【令和3年9月29日(東京地裁 平成30年(ワ)35263号)】
【事案の概要】
原告及び被告会社はいずれも2WAY対応型酸素チャンバー(高気圧、低気圧両方のいずれにも対応する酸素チャンバー)を製造・販売等し、競合関係にあるところ、本件は、原告が、被告会社及び原告の元従業員で被告会社の従業員である被告Yに対し、〈1〉被告らは、共同して、原告が取引先に納入した原告製の2WAY対応型酸素チャンバーから、営業秘密である別紙営業秘密目録記載のパラメータに係るデータ(以下「本件データ」という。)を内蔵する制御装置等を取り外して持ち出し、競合製品の製造過程で同データを外注先に開示したものであり、同行為は、不正な手段による営業秘密の取得及び当該不正取得により取得した営業秘密の使用・開示(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号)に当たる、〈2〉被告会社が、上記〈1〉の不正競争行為により取得した本件データを使用して製造した2WAY対応型酸素チャンバーを譲渡し、展示会において展示し、ウェブサイト上で紹介した行為は、同項10号の不正競争行為に当たる、〈3〉被告らによる上記持出し行為は、一般不法行為を構成すると主張し、不競法3条1項に基づき、本件データの使用及び開示並びに被告会社製の2WAY対応型酸素チャンバーの譲渡等の差止めを、同条2項に基づき、被告会社製の2WAY対応型酸素チャンバー及び本件データ(同データを基に作成されたデータを含む。)の廃棄をそれぞれ求めるとともに、上記〈1〉〈2〉については不競法4条、民法709条、719条1項、上記〈3〉については民法709条、719条1項にそれぞれ基づき、連帯して、損害賠償金462万円(逸失利益420万円、弁護士費用42万円)及びこれに対する訴状送達の日(被告会社について平成30年11月21日、被告Yについて同月19日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
【判決文抜粋】(下線は筆者)
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告会社は、別紙営業秘密目録記載のデータを酸素チャンバーの製造、販売に使用し、又はこれを開示してはならない。
2 被告会社は、別紙営業秘密目録記載のデータを使用して製造した酸素チャンバーを譲渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、又は電気通信回路を通じて提供してはならない。
3 被告会社は、別紙営業秘密目録記載のデータを使用して製造した酸素チャンバー及び同データ又はこれを基に作成されたデータを破棄せよ。
4 被告らは、原告に対し、連帯して462万円及びこれに対する被告会社について平成30年11月21日から、被告Yについて同月19日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
(中略)
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び文中掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実。なお、本判決を通じ、証拠を摘示する場合には、特に断らない限り、枝番を含むものとする。)
(1) 当事者
ア 原告及び被告会社は、酸素チャンバー等の製造、販売等を目的とする株式会社である。
イ 被告Yは、被告会社の静岡工場の従業員で、平成28年1月19日から平成29年9月7日まで原告の従業員であった者であり、原告に在籍中、酸素チャンバーを顧客に納品し、組み立てて設置する作業に従事していた。
被告Yは、平成30年4月21日付けで被告会社に入社し、現在、同社の静岡工場に正社員として勤務しているが、原告の退職前から、原告の許可を得ることなく、被告会社でアルバイトとして働いていた。(甲1、15、20、乙3、10、原告代表者〔8~9、14~15頁〕、被告Y〔1、6~7、11~14頁〕)
(2) 原告と被告会社の関係
原告と被告会社は、平成22年11月1日、原告が高気圧酸素チャンバーシステムを製造して被告会社に供給し、被告会社が販売代理店としてこれを日本国内で販売することを内容とし、以下の条項(ただし、甲を原告、乙を被告会社と表記する。)を有する販売代理店契約(以下「本件販売代理店契約」という。甲3)を締結した。
第5条(事後管理)
(1) 製品の無償修理保証期間
納品後12ヵ月以内の故障についての修理代及びそれにかかる諸経費については原告が負担する。
但し、使用者の過失または故意による故障については原告に責任は無いものとする。
また、対応については原告が迅速に販売先まで訪問するものとし、原告は被告会社の指示に従うものとする。
また、製品の故障について被告会社が移動した交通費およびそれに伴う諸経費に対しては原告は負担しないものとする。
(2) 製品の有償修理
保証期間経過後、修理の必要が発生した場合は顧客の諸費用負担により現地にてその修理を行うものとし、現地修理不可の場合は顧客の諸経費負担により原告指定の工場にて修理をするものとする。
(3) (省略)
(4) 原告以外の業者を利用し、商品を移動した際に起こった故障については原告に責任がないものとし原告は諸経費を負担しないものとする。
(5) 原告は被告会社に対し事前に製品の規格(大きさ・重量等)を正確に伝えるものとする。
顧客に納入後、建物の床・壁等に破損が生じた場合は原告は責任を負わないものとする。
(3) 湾岸桑名フットサルクラブへの2WAY対応型酸素チャンバーの販売
ア 三重県桑名市で湾岸桑名フットサルクラブを運営する株式会社Qサポート(以下、同社を含めて「本件クラブ」という。)は、平成24年10月頃、酸素チャンバーを購入しようと考え、被告会社に連絡をしたところ、被告会社従業員のW(以下「W」という。)と原告代表者が同クラブを往訪した。(甲11、15)
本件クラブは、同月5日、原告製の2WAY対応型酸素チャンバーの購入申込書(乙1)を作成して被告会社にファックスで送信し、その後、申込みに係る2WAY対応型酸素チャンバー(以下「本件酸素チャンバー」という。)が同クラブに納入された。
イ 本件酸素チャンバーは、装置本体に加え、その動作を制御するための制御装置(甲16写真1参照。以下「本件制御装置」という。)、電磁弁ボックス(同写真2参照)及びケーブル(同写真3参照。以下、本件制御装置、電磁弁ボックス及びケーブルを併せて「本件制御装置等」という。)から構成される。
原告製の2WAY対応型酸素チャンバーの制御装置においては、通常、その動作を制御するためのデータを修正することができないようにロックするための加工が施されているが、本件制御装置については、本件クラブの要望を踏まえ、ロックを外し、作動条件を自由に設定することが可能な状態にされていた。(甲11、15、原告代表者〔24、28~30頁〕)
ウ 本件クラブは、平成24年10月16日、本件酸素チャンバーの購入代金として、498万7500円を原告の預金口座に振り込み、原告は、同月18日、そのうち176万8515円を被告会社の預金口座に振り込んだ。同様に、本件クラブは、同年12月27日、本件酸素チャンバーの購入代金として、500万2830円を原告の預金口座に振り込み、原告は、同月28日、そのうち177万円を被告会社の預金口座に振り込んだ。(甲10、15、原告代表者〔3、4頁〕)
(4) 被告らによる制御装置等の持出し等
ア 被告会社取締役のA(以下「A」という。)、W及び被告Yは、平成29年9月1日、本件クラブを訪れ、同クラブの代表者に検査・点検目的であることを告げ、同月2日午前0時20分から同時24分までの間に、同クラブに設置されている本件酸素チャンバーから本件制御装置等を取り外して持ち出した(以下、同行為を「本件持出し行為」という。)。(当事者間に争いがない事実)
イ 同クラブの代表者は、平成29年9月11日頃、原告代表者に本件制御装置等の返却予定について電話で問い合わせたところ、原告がその持ち出しに関与していないことが判明したことから、被告会社に対し、弁護士を通じて本件制御装置等の返還を求めた。(甲11、15、乙9、原告代表者〔5~7頁〕)
ウ 被告会社は、平成29年9月17日、本件クラブに対し、検査・点検をすることなく本件制御装置等を返還したが、その後、本件酸素チャンバーには、低圧モードが正常に機能しない不具合が生じた。このため、同クラブは、原告にその修理を依頼し、同年11月頃までの間に、原告において修理を行った。(甲17~19、原告代表者〔16、17頁〕)
(5) 被告会社による2WAY対応型酸素チャンバーの製造販売等
ア 被告会社は、本件販売代理店契約に基づき、原告製の酸素チャンバーを販売していたが、平成28年11月18日、同チャンバーの仕入れを終了し、同年12月頃から、酸素チャンバーの製造を新たな事業として開始した。(甲15、原告代表者〔1頁〕)
イ 被告会社は、平成29年3月21日、共立電機株式会社(以下「共立電機」という。)に対し、2WAY対応型酸素チャンバー用の制御装置の開発、製造を依頼した。共立電機は、上記依頼に基づいて制御装置の設計を開始し、同年6月26日、「2WAY酸素ルーム制御盤」に関する図面の表紙を作成して被告会社に提出した。(乙2、9、11)
ウ 被告会社は、平成29年7月20日、福井県にあるBから、2WAY対応型酸素チャンバーを535万円で購入する旨の注文を受けた。被告会社は、同年10月4日までに、Bに対し、2WAY対応型酸素チャンバーを納品し、同日、被告会社のウェブサイトにその旨を2WAY対応型酸素チャンバーの写真付きで掲載した。(甲7、乙12、証人W〔13頁〕)
エ 被告会社は、平成29年10月13日までに、被告会社のウェブサイトに同年7月9日時点には掲載されていなかった2WAY対応型酸素チャンバーの広告の掲載を開始した。(甲4)
(6) 就業規則
原告の就業規則(甲9)には、以下の規定が存在する。
(服務心得)
第5条 従業員は、常に次の事項を守り服務に精励しなければならない。
(1)~(4) (省略)
(5) 在職中はもとより退職後において、自己の職務に関すると否とを問わず職務上知り得た機密事項、技術及び技術情報、生産ノウハウ、その他会社の不利益となる事項を社外に漏らさないこと
a.会社の機密事項には一般に公表されたもの以外の資料、書類図面、電子データ、未決事項等の全ての情報、顧客及び従業員の全ての個人情報又はそれらの複写を含むものとする。
(6)~(16) (省略)
(17) 従業員は、許可なく他の会社の役員もしくは従業員となり、又は会社の利益に反するような業務に従事しないこと
(以下略)
2 争点
(1) 本件データの営業秘密(不競法2条6項)該当性(争点1)
(2) 不競法2条1項4号該当性(争点2)
(3) 不競法2条1項10号該当性(争点3)
(4) 一般不法行為の成否(争点4)
(5) 損害額(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
(中略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件データの営業秘密(不競法2条6項)該当性)について
(1) 秘密管理性
ア 本件データは、気圧の上限・下限、加圧(減圧)に要する時間、チャンバー内を一定の気圧に保っている時間、排気時間及び動作の繰返しの回数等を内容とし、これらの数値に基づいて酸素チャンバー内の気圧を昇降させるためのものであり、本件酸素チャンバーの制御装置内に設置された媒体に記録されているものであると認められる(原告代表者〔10、11頁〕)、弁論の全趣旨)。
イ 本件データの上記内容に照らすと、同データは酸素チャンバーの作動を制御する上で中核をなすものであり、その秘密性は高いと考えられるところ、証拠(甲2、3、9、11、15、原告代表者〔2、6、23頁〕)によれば、〈1〉原告製の酸素チャンバーは、その出荷前に、制御装置内の特定の箇所をジャンパー線で接続し導通させることにより、本件データ等を読み出せないようロックがかけられており、それ以降、原告社内でこれにアクセスできるのは、原告代表者のほか限られた人数の役員等であったこと、〈2〉原告の従業員には就業規則第5条(5)により守秘義務を課せられていたこと、〈3〉原告は、本件データを含む制御装置一式の製作を委託していた協立電機との間で機密保持契約を締結しており、本件データは同契約第1条の「秘密情報」に該当すると考えられること、〈4〉原告製の酸素チャンバーの販売代理店であった被告会社も本件データの変更は自由にできなかったこと、〈5〉原告製の酸素チャンバーを購入した顧客も本件データにアクセスすることはできなかったことの各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
このように、原告社内においても本件データにアクセスすることのできる者は限られており、取引先等についても秘密保持義務が課せられ、あるいは本件データへのアクセスができない状態とされていたことに照らすと、本件データは原告において秘密として管理されていたというべきである。
ウ(ア) これに対し、被告らは、原告が主張するロックの内容は明らかではなく、また、全国的に販売されている原告製の酸素チャンバーの納品や修理の作業を支障なく行うには本件データの内容を原告の従業員等が知っていることが必要であったと主張する。
しかし、原告の主張するロックの内容は上記イ〈1〉のとおり十分に具体的であり、かかる措置を講じてもなお本件データへのアクセスが可能であることをうかがわせる証拠はない。本件データへのアクセスが可能であることをうかがわせる証拠はない。また、原告の従業員が、原告製の酸素チャンバーの納品を行い、あるいは同製品の修理を行うために本件データにアクセスすることが必要な事例が日常的に生じていたことをうかがわせる証拠はなく、原告製の酸素チャンバーが全国に販売されていたとしても、そのことから、原告従業員が本件データにアクセスすることができたとの事実を推認することはできない。
(イ) また、被告らは、原告との間で、本件データを対象とする秘密保持契約を締結したことはなく、本件販売代理店契約の契約書(甲3)をみても、原告製の酸素チャンバー全てについて原告又は原告が委託した者が修理をする旨の規定はないと主張する。
しかし、上記イ〈4〉のとおり、被告会社が本件データを自由にアクセスし、これを変更し得たことを示す証拠はないことに照らすと、被告会社との間で本件データは秘密として保護されていたというべきである。また、被告会社又は原告の委託者が原告製酸素チャンバーを修理することがあったとしても、これらの業者が本件データにアクセスすることができたことをうかがわせる証拠はない。
そうすると、本件データは、被告会社及び原告製酸素チャンバーの修理を行う業者との間においても、秘密として管理されていたというべきである。
(ウ) さらに、被告らは、本件クラブに納品された本件酸素チャンバーには本件データのロックがかけられていなかったので、本件データは秘密として管理されていなかったと主張する。
しかし、本件クラブに納品された本件酸素チャンバーに本件データのロックがかけられなかったのは、前記前提事実(3)イのとおり例外的な措置であって、このことは、本件データが秘密として管理されていたとの上記判断を左右しないというべきである。
(2) 有用性及び非公知性
本件データは、前記(1)アのとおり、酸素チャンバーを制御する上で必須の情報であり、いずれの製造業者においても酸素チャンバーを制御するためにかかるデータの設定が必要であるとしても、その内容は製造業者ごとに異なり得るものであるから、これが有用であることは明らかである。また、本件データが非公知であることは、当事者間に争いがない。
(3) まとめ
したがって、本件データは不競法2条6項の営業秘密に該当する。
2 争点2(不競法2条1項4号該当性)について
原告は、被告らは、不正の手段により本件制御装置等を持ち出し、営業秘密である本件データを取得し又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用・開示したものであるから、不競法2条1項4号の不正競争行為に該当すると主張するので、以下、検討する。
(1) 本件持出し行為の動機・意図について
ア 本件持出し行為の目的について
被告会社の取締役であるA、同社の従業員であるW及び被告Yが、平成29年9月1日、本件クラブを訪れ、同クラブに設置されている本件酸素チャンバーから本件制御装置等を取り外して持ち出したことについては、当事者間に争いがない。
被告らは、本件制御装置等を同クラブから持ち出した理由について、平成26年9月に埼玉県で低圧酸素チャンバー使用に伴う死亡事故(乙4)が発生して以降、被告会社は、持販売者としての責任を果たすため、酸素チャンバーを販売した顧客に対して検査・点検を実施しており、本件持出し行為もその一環として行ったものであったと主張し、証人Wもこれに沿う証言をする。
しかし、被告らが指摘するネット記事は本件持出し行為の約3年近く前のものであり、事故を起こした製品が原告製の酸素チャンバーかどうかも明らかではない上、本件持出し行為の前に、原告製の酸素チャンバーについて同種の事故が発生していたことをうかがわせる証拠もない。
また、本件酸素チャンバーを納品したのが被告会社であるとしても、納品先である本件クラブからの求めもなく、また定期点検の時期や不具合の報告もないにもかかわらず、顧客である本件クラブで使用中の本件酸素チャンバーから制御装置等のみを持ち出すべき合理的な理由は見出し難く、原告が本件データを含む本件制御装置等の持出しについて承諾していたことを示す証拠も存在しない。
以上によれば、死亡事故を契機とした検査・点検のため本件制御装置等を持ち出したとの被告らの主張は不自然で採用し難い。
イ 前記前提事実(4)イ、ウのとおり、本件クラブは、被告らが本件制御装置等を持ち出した後、原告がその持出しに関与していないことを認識したため、被告会社に対し、その返還を求めたところ、被告らは、本件持出し行為から2週間以上経過した平成29年9月17日、本件制御装置等の検査・点検をすることなく制御装置等を返還し、その後、本件酸素チャンバーには低圧モードが正常に機能しない不具合が生じたとの事実が認められる。
被告らは、検査・点検名目で本件制御装置等を持ち出したにもかかわらず、検査・点検を実施しなかった理由について、本件持出し行為後、数日内に本件制御装置を本件クラブに返還したからであると主張し、証人Wもこれに沿う証言をするが、上記のとおり、本件持出し行為から返還までには2週間以上の期間があり、本件持出し行為の目的が検査・点検にあるのであれば、この間に必要な検査等を実施することは十分に可能であったと考えられる。
また、被告らは、本件制御装置等の部材の取外し等は行っていないと主張するが、同装置等を本件クラブに返還した後、本件酸素チャンバーに不具合が生じていることからすると、被告らが同装置等を保管中に何らかの作為を加えた可能性も否定できない。
以上によれば、被告らが本件制御装置等を持ち出した理由はその検査・点検以外の点にあったのではないかとの疑念を払拭できない。
ウ 前記前提事実(5)のとおり、被告会社は、平成28年12月頃から酸素チャンバーの製造を開始し、平成29年7月には顧客から2WAY対応型酸素チャンバーの注文を受け、同年10月4日までに同製品を納品したものと認められる。
被告会社製の酸素チャンバーの上記開発経緯に照らすと、本件持出し行為の行われた同年9月1日の時点において、被告会社製の酸素チャンバーの制御装置や同装置に格納されるデータの開発が一定程度進められていたと考えられるものの、被告らが被告製品の独自開発の根拠として提出する共立電機作成に係る同年6月26日付け図面(乙2)は、図面の表紙にすぎず、制御装置等の図面は証拠として提出されておらず、同装置に格納するデータが独自に開発・作成されていたことを客観的に示す証拠もない。
そうすると、本件持出し行為当時、被告会社に本件データを取得する必要がなかったということはできない。
エ 以上によれば、本件制御装置等を持ち出した目的がその検査・点検にあったとの被告らの主張は不自然・不合理で採用し難く、その真の目的は他の点にあったのではないかとも考えられるところである。
(2) 本件データの取得及び使用について
しかし、本件においては、以下のとおり、被告らが本件データを実際に読み出して取得し、また、被告会社が取得した本件データを使用して酸素チャンバーを製造したことを客観的に示す証拠は存在しない。
ア 被告らが本件制御装置等を保管していた間、本件制御装置に対していかなる作業又は操作を行ったかは証拠上明らかではない。
原告は、本件制御装置等の持ち出し前と返還後とでは、同装置等の側面にテープ付けしていた鍵の位置が異なっており、明らかに鍵を使用した痕跡があったことや、原告が本件酸素チャンバーの復旧作業を行った際、本件制御装置に対する原告のPC以外のPCからのアクセスを確認したことなどを指摘するが、これを裏付ける客観的な証拠は何ら提出されていない。
また、原告代表者は、本件クラブには本件データを読み出し、パラメータの設定や変更を行い得る設備や人材等を有していたため、ロックの解除の方法を伝えたものであり、本件クラブにおいて同ロックを解除したかどうか、また、パラメータ等の変更後のロックをかけたかどうかは承知していない旨の供述をしているところ(原告代表者〔24、28~29頁〕)、同供述を前提にすると、仮に被告らが持ち出した本件制御装置等を使用して本件データへのアクセスを試みたとしても、奏功したかどうかは明らかではない。
さらに、原告は、制御装置等の取外しや取付けをしたのみでは酸素チャンバーの機能が動作しなくなることはないので、本件制御装置等の返還後に本件酸素チャンバーの低圧モードに支障が生じたのは、本件データの複製等が行われた現れであると主張するが、低圧モードに支障が生じたことから、直ちに本件データの複製等が行われたと推認することはできない。
そして、他に、被告らが本件制御装置等を保管していた間に本件制御装置に対して行った具体的な操作や作業の内容を特定し得る証拠はない。
イ 原告は、被告会社が本件データを使用して、酸素チャンバーを製造したと主張するが、被告会社製の酸素チャンバーの開発・製造に当たり、本件データが使用されたことを客観的に示す証拠はない。
かえって、被告会社の製造した酸素チャンバーの制御装置マニュアル(乙8)及びW証言〔1、2頁〕によれば、被告会社製の酸素チャンバーにおいては、制御装置のモード選択画面に表示される圧力や運転時間について、納品時に所定の設定はされているものの、顧客がこれを変更することも可能な仕様となっており、顧客がこれらの数値を自由に変更することができない原告製の酸素チャンバーとは仕様が異なるものであると認められる。
なお、原告は、本件酸素チャンバーのラダープログラムと被告会社製の酸素チャンバーのラダープログラムを対比することにより、被告会社による本件データの使用の有無を解析できると主張し、被告らに対し、同プログラムの任意提出を求めていたが、その後、被告らが同プログラムを改ざんしているおそれが高いとして、被告会社の保有するラダープログラムの提出を求めない旨の意思を表明した(原告第6準備書面)。原告は、被告らがラダープログラムを証拠として任意提出しないことから本件データの使用を推認し得ると主張するが、ラダープログラムを実際に対比することなく、そのような推認をすることはできない。
ウ 以上によれば、被告らが本件データを取得し、また、被告会社が取得した本件データを使用して酸素チャンバーを製造したとの事実を認めるに足りる証拠はないので、本件持出し行為が不競法2条1項4号の不正競争行為に該当するとの原告主張は理由がない。
3 争点3(不競法2条1項10号該当性)について
不競法2条1項10号の不正競争行為は同項4号の不正競争行為を前提とするところ、上記2のとおり、被告らの本件持出し行為は同号の不正競争行為に当たらないので、同項10号の不正競争行為にも当たらない。
4 争点4(一般不法行為の成否)について
(1) 原告は、被告Yによる本件持出し行為は、原告の就業規則に定められた守秘義務(第5条(5)a)及び競業避止義務(同条(17))に違反に該当し、一般不法行為を構成すると主張すると主張する。
しかし、前記判示のとおり、被告らが本件データを実際に取得し、また、被告会社が取得した本件データを使用して酸素チャンバーを製造したと認めるに足りる証拠はないので、被告Yの行為が就業規則の規定する上記守秘義務に反するということはできない。
また、前記前提事実によれば、被告Yは、原告の許可なく、原告と競合する被告会社でアルバイトとして勤務し、本件持出し行為に関与したものと認められる。同行為は、原告の就業規則の規定する上記競業避止義務との抵触が問題となるが、被告らが本件データを実際に取得したと認めるに足りる証拠はないことに照らすと、一般不法行為を構成するということはできず、原告の主張する損害との間に相当因果関係があるということもできない。
(2) 原告は、被告会社は、本件持出し行為が原告の被告Yに対する守秘義務及び競業避止義務違反に基づく請求債権を侵害することを認識していたものであり、債権侵害による不法行為責任を負うと主張するが、前記のとおり、仮に被告Yに競業避止義務違反が認められるとしても、本件持出し行為自体が債権侵害を構成するものではなく、被告会社に上記の認識があったと認めるに足りる証拠もない。
(3) したがって、被告らによる本件持出し行為が共同不法行為を構成するとの原告主張は理由がない。
5 結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
【解説】
本件は、酸素チャンバーを製造、販売する原告が、原告の元従業員(被告Y)と、当該元従業員の現在の勤務先である原告製品の販売代理店(被告会社、被告Yと合わせて「被告ら」という。)に対して、原告の酸素チャンバー(本件酸素チャンバー)に関する営業秘密である制御パラメータに係るデータ(本件データ)を不正な手段により取得し使用・開示したことは不競法2条1項4号に該当し、同データを使用して製造した被告会社の酸素チャンバーを譲渡等したことは同項10号に該当するとして、差し止め及び損害賠償請求した事件である。
不競法において保護される営業秘密の要件は、同法2条6項に規定されるとおり、秘密管理性、有用性、非公知性、である。この3つの中で、最も争いがある要件が秘密管理性であり、本件でも争点となった。裁判所は、本件酸素チャンバーは、出荷前に制御装置内の特定の箇所をジャンパー線で接続し導通させることにより本件データ等を読み出せないようロックがかけられており、それ以降原告社内でアクセスできるのは原告代表者と限られた役員であったこと、原告従業員に守秘義務が課せられていたこと、酸素チャンバーの製作委託先との間で機密保持契約を締結していたこと、販売代理店である被告会社や顧客も本件データを自由に変更ないしアクセスできなかったこと、などから、本件データの秘密管理性を認めた。これに対する被告らの反論は証拠に基づくものではなく、裁判所の判断は正当である。
本件データが営業秘密に該当したとしても、被告らがこれを不正に取得、又は使用若しくは開示することが、不競法2条1項4号に該当するための要件となる。これについては、裁判所は、本件データが保存された、本件酸素チャンバーの制御装置(本件制御装置)を被告らが持ち出した行為について、検査・点検のために当該持ち出し行為を行ったとの被告らの主張は不自然であり、被告らは検査・点検以外の理由で本件制御装置を持ち出したのではないかとの疑念を払拭できない、としながらも、被告らが実際に本件データを読み出して取得し、また、本件データを使用して被告会社が酸素チャンバーを製造したことを客観的に示す証拠が存在しないとして、不競法2条1項4号該当性、10号該当性及び一般不法行為の成立を否定した。
被告らが本件制御装置を持ち出した事情は不自然であり、その後、被告会社が自社の酸素チャンバーを販売したことを鑑みると、被告らが本件データを不正取得して使用した可能性は一定程度あると思われる。しかし、営業秘密該当性(特に秘密管理性)については、原告内部での管理体制に関するものであるため、原告による立証は比較的容易であるが、本件データの取得や使用は被告らの内部で行われた行為であることから、原告が立証するための難易度は営業秘密該当性に比較して高い。本件においては、本件データの不正取得及び使用を立証するために、原告は、被告会社が製造した酸素チャンバーのラダープログラムの任意提出を求め、本件酸素チャンバーのプログラムと比較すること考えていたようだが、被告が同プログラムを改ざんしているおそれが高いとして、被告に同プログラムの提出を求めないこととした。このように、原告は、本件データの不正取得及び使用を直接的に立証することができず、かえって、被告会社が製造した酸素チャンバーの制御装置において、圧力や運転時間が変更可能である点で、本件酸素チャンバーと仕様が異なる、という外観からも判断可能な理由などにより、不競法2条1項4号該当性は否定された。原告側としては疑念が残る結論といえるが、やむを得ない判断と思われる。
本件は、営業秘密該当性及び不競法2条1項4号の具体的な判断方法(特に不正取得及び使用の立証の困難性)について、参考になると思い、取り上げさせていただいた。
以上
弁護士 石橋茂