【令和4年3月30日判決(知的財産高等裁判所 令和3年(ネ)第10049号、同年(ネ)第10069号】
【キーワード】
明細書の記載、技術的意義
【事案の概要】
本件は、発明の名称を「吹矢の矢」とする特許発明についての本件特許権を有する被控訴人(原審原告)が、控訴人(原審被告)に対し、控訴人が製造等する吹矢の矢である被告製品が本件特許の特許請求の範囲の請求項2の発明(本件発明)の技術的範囲に属すると主張して、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の製造販売等の差止め及び被告製品(半製品を含む。)の廃棄を求めるとともに、民法709条に基づき、損害賠償金等の支払を求める事案である。
【争点】
本稿においては、被告製品の「楕円形」該当性についてのみ検討する。
【本件発明】
本件発明を分説すると、以下のとおりである。
A 吹矢に使用する矢であって、
B 長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって、該円柱部の横断面の直径が前記楕円形の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと、
C 円錐形に巻かれたフィルムであって、先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固着されたフィルムと、からなり、
D 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘として接続された
E 矢。
【被告製品】
【裁判所の判断】
本件では、原審(東京地判令和3年5月18日・平成31年(ワ)2675号)においても、同一の争点(被告製品のピンが、長手方向断面が「楕円形」(構成要件B、D)である先端部を有しているか)が判断され、かつ、本判決とは結論が逆になる判断をされていた。本判決の判断を理解する上で、原審の判断も重要となることから、上記争点に関する、原審の判断、本判決の判断を順に紹介する(以下、判決文に下線等を付し、また、明細書の図面を挿入した。)。
(原審の判断)
2 被告製品のピンが、長手方向断面が「楕円形」(構成要件B、D)である先端部を有しているか(争点1-1)について
⑴ 「楕円」とは、一般的に「円錐曲線(二次曲線)の一。幾何学的には一平面上で二定点(F、F’)からの距離の和(FP+F’P)が一定であるような点Pの軌跡。」を意味する(乙2)。また、「楕円形」について、「楕円状をなす形、あるいは、それに近い形。」(デジタル大辞泉)、「楕円のような形。また、そのような形のさま。小判がた。長円形。側円形。」(精選版日本国語大辞典)と説明されたりする(甲9)。
また、長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状のこたつの天板について、「楕円形こたつ」、「楕円形 たまご型 卵型天板」と記載されたり、長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状の水色の画像について、「楕円形ブルー水滴」と記載されたりしたものがある(甲10の1、4)。
これらによれば、「楕円形」は、一般的には、幾何学的意味での楕円の形のほか、水滴などともいわれるそれに近い形も含むものであり、また、長手方向の端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれることがあるといえる。
⑵ 本件明細書には、「楕円形」の意義につき特段の定義はない。
本件発明の実施例として、「楕円形ヘッド14」とそれと連続して後方に伸びる「円柱部10」を有する「楕円ピン12」が示され、その形状は【図3】のとおりである。この「楕円ピン12」は鉄製で一体成型されたことが記載されている(段落【0066】)。【図3】のとおり、「楕円ピン12」は、直線の上辺、下辺を有していて、幾何学的な楕円ではなく、楕円に近い形といえるものである。
なお、本件発明のピンは、先端部と先端部から後方に延びる円柱部とからなるが(構成要件B)、一定の強度が必要な吹矢の矢のピンにおいて、先端部と円柱部は、一点のみで接するものではなく、一定の範囲で接する。円柱部と先端部が接している部分について、円柱部を基準とすると、円柱部のうちの最も先端部側と接している部分まで円柱部が伸びているとみることができる。本件明細書の【図3】においても、円柱部と楕円型ヘッドは一定の範囲で接しており、円柱部が楕円型ヘッドの最も先端部側と接している部分を基準として、円柱部がそこまで伸びているということもできる。また、本件発明で先端部と円柱部の素材が異なることは定められておらず、実施例でも先端部と円柱部は鉄を一体成型したとされており、先端部と円柱部が材質等で限定されるものではない。
そして、前記1⑵に照らせば、本件発明の先端部を「楕円形」にした技術的意義は、「かえし」がないために矢が抜きやすいこと、上下方向の重心が均等であり、また、従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり、矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることにあるといえる。
(3) 構成要件B及びDの「楕円形」の意味及び文言侵害の成否について
ア 前記(1)及び(2)の点を踏まえると、構成要件B及びDの「楕円形」は、幾何学上の楕円の形状や、本件発明の実施例の形のような、楕円に近い形状であって長手方向の両端の曲率を同じくする形状は含むものと解される一方で、曲率に差のある形状は含まないものと解するのが相当である。なお、これと異なる技術常識を認めるべき証拠もない。
イ 被告製品のピンの先端部は、「長手方向断面が、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描き、後部の円柱部との接合面が上下に角を有し、前記後部の角と角とを直線で結んだ形状である先端部」(構成要件b)であり、曲率に差のある形状の一端を更に一定の範囲で切断した形状というべきものであるから、構成要件B及びDの「楕円形」には含まれない。
したがって、被告製品が、文言上、本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。
ウ 被控訴人は、曲率に差のある形状のピンの先端についても、①「かえし」がないため矢が抜きやすいこと、②上下方向の重心が均等であり、また、③従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり、矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることという本件発明の技術的意義を満たすものであるから構成要件B及びDの「楕円形」に含まれると主張するが、前記(1)及び(2)で認定説示した点に照らし、上記①~③を満たすことから直ちに上記「楕円形」に含まれるということはできない(なお、被控訴人の上記主張によると、請求項1の発明に係る「球形」が、同時に本件発明に係る「楕円形」に含まれることとなり得、この観点からも上記主張は相当といい難い。)。
また、被控訴人は、本件で問題になっているのは、一般的に楕円形といえばどのような形を最初に思い浮かべるかではなく、卵形や涙滴型のような、長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状を「楕円形」と表現するのか否かであると主張するが、被告製品の先端部の形状が本件発明の構成要件B及びDの「楕円形」に含まれるかという判断に先立って、まず、本件発明の構成要件の解釈として構成要件B及びDの「楕円形」の意味が問題となるのであるから、被控訴人の上記主張は、その前提を誤るものといえ、前記ア及びイの判断を左右するものではない。
【検討】
本判決と原審の判断とでは、構成要件B、Dの「楕円形」が、幾何学上の楕円の形状がそれに含まれ、同形状とは異なるがそれに近い形についても用いられる語であると解される点については、同じである。
一方、「同形状とは異なるがそれに近い形」として、どの範囲まで含むのかという点について違いがある。
原審は、「長手方向の端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれることがある」こと、また、「本件発明の先端部を『楕円形』にした技術的意義は、『かえし』がないために矢が抜きやすいこと、上下方向の重心が均等であり、また、従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり、矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることにあるといえる」こと、「被告製品の先端部も同じ効果を奏するものであ」ることから、被告製品の先端部は、「楕円形」(構成要件B、D)の先端部であるということが相当と解されると判断した。
一方、本判決は、当該楕円の両端(当該楕円とその長軸が交わる2点をいう。)付近の曲線を比較した場合に、その一方の曲率が他方の曲率より小さい形状を含むものとして「楕円形」の語が用いられているか否かは、明細書(図面を含む。)における当該「楕円形」の語が用いられている文脈等を踏まえて判断する必要があるとした上で、本件明細書には、先端部の形状について、「楕円形」としてどのような範囲内のものであればピン抜けの課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は、何ら記載されていないこと、本件明細書には、先端部の形状について、「楕円形」としてどのような範囲内のものであれば重心の課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は、何ら記載されていないこと等から、曲率に差のある形状は含まないと判断した。
このように、原審は、技術的意義を検討し、被告製品の先端部も同じ効果を奏するから、被告製品の先端部は、「楕円形」(構成要件B、D)の先端部であると判断しており、「楕円形」の意義を積極的には解釈していない。つまり、「楕円形」として、どのような形状が含まれ、どのような形状が含まれないのかは判断していない一方、本判決は、「楕円形」として、曲率に差のある形状は含まないと判断している点に違いがある。
本判決は、被控訴人の、曲率に差のある形状のピンの先端についても、①「かえし」がないため矢が抜きやすいこと、②上下方向の重心が均等であり、また、③従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり、矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることという本件発明の技術的意義を満たすものであるから構成要件B及びDの「楕円形」に含まれるとの主張に対し、上記①~③を満たすことから直ちに上記「楕円形」に含まれるということはできないと判断している。やや厳しい判断のようにも思えるが、「本件明細書には、先端部の形状について、『楕円形』としてどのような範囲内のものであればピン抜けの課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は、何ら記載されていない。」、「本件明細書には、先端部の形状について、『楕円形』としてどのような範囲内のものであれば重心の課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は、何ら記載されていない。」といった本判決の判示内容からすれば、「楕円形」として、どのような形まで含むのか外縁が明らかでない点を重視したのだと思われる。
もしも上記①~③の技術的意義がある形状を権利範囲に含めるのであれば、どのような形状を含むのか外縁が明らかになるように、明細書(図面含む)に例を記載した上で、「楕円形」の意義を定義し、併せて、機能的クレームの独立請求項も設けておくことが考えられる。
本判決は事例判決であるものの、特許請求の範囲に形状を含む場合の明細書の記載に参考になると思われることから、紹介した。
以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順