【令和4年3月24日判決(東京地裁 令和1年(ワ)5620号・令和2年(ワ)10046号】
【ポイント】
公然実施による特許無効の抗弁が認められた事案
【キーワード】
特許法29条
特許法104条の3
公然実施
虚偽事実の告知
不正競争防止法第2条1項21号
第1 事案
原告は、被告らに対して、被告らの製品が原告の有する特許権に係る発明の技術的範囲に属するとして、損害賠償請求等を求めた。
これに対して、被告らは、被告が本件特許出願前から、本件特許発明の技術的範囲に属する製品等を製造販売していたので、裁判所が公然実施による特許無効の抗弁が認めた事案である。
なお、原告が被告の取引先に被告製品が原告の特許権を侵害するとの虚偽の事実を告知したことが不正競争(不正競争防止法第2条1項21号)に当たるとして、被告の原告に対する損害賠償請求が認められた事案でもある。
以下では、主に公然実施による特許無効の抗弁について述べる。
第2 判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)
(2) 本件特許権
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(イ) 訂正後請求項2
太陽電池の発電電力を制御するパワーコンディショナと、負荷に接続された受変電部と、前記負荷の消費電力を取得すると共に前記パワーコンディショナの出力を制御する発電制御装置と、を備え、前記発電制御装置は、前記発電電力の上限値を、前記発電電力の上限値と前記消費電力との差分が前記消費電力の一次関数となるよう設定して出力指令値を算出し、前記出力指令値に基づいて前記パワーコンディショナは前記発電電力が前記上限値以下となるよう制御することで逆潮流を回避することを特徴とする発電制御システム。
(ウ) 訂正後請求項3
前記発電制御システムは、さらに蓄電池を備えることを特徴とする請求項2記載の発電制御システム。
(エ) 訂正後請求項6
太陽電池の発電電力及び負荷の消費電力を取得すると共に、前記発電電力の上限値を、前記発電電力の上限値と前記消費電力との差分が前記消費電力の一次関数となるよう設定してパワーコンディショナの出力指令値を算出し、前記パワーコンディショナは前記発電電力が前記上限値以下となるよう制御することで逆潮流を回避する発電制御装置。
・・・
4 公然実施発明に基づく本件訂正発明2及び6の新規性欠如及び本件訂正発明3の進歩性欠如の有無(争点3-1)について
・・・
ア 被告フィールドロジックの従業員であったP1氏は、自家消費型太陽光発電制御システムの開発を行っており、システム仕様書(乙26。以下「本件仕様書」という。)を作成した。
イ P1氏は、本件仕様書に次の記載をした。
(ア) 平成29年9月1日作成(同年11月14日更新)
・・・
(イ) 平成29年12月25日作成
・・・
ウ 被告フィールドロジックは、平成29年12月、第三者から、ヤクルトが自家消費型太陽光発電制御システムの構築を検討しており、そこで使用する制御装置を納品することの打診を受け、第三者との間で仕様等について協議を行った。
エ P1氏は、本件仕様書に基づき、ヤクルト向けの仕様書(乙28、31)を作成するなどした。
また、P1氏は、平成30年1月5日時点で、発電電力を制御するプログラムのうち、制御値を算出する次のプログラムを制作した。従前、本件仕様書(前記イ(ア)e)では、「発電電力」と「消費電力×閾値」を比較して制御指令値を算出していたのに対し、ここでは、「PCS定格電力」と「消費電力×閾値」を比較して制御指令値を算出するようになった。
(ア) 消費電力×制御閾値<PCS定格電力の場合、発電電力の上限値が消費電力×制御閾値となるように、消費電力×制御閾値/PCS定格電力を制御指令値として算出する。
(イ) 消費電力×制御閾値≧PCS定格電力の場合、発電電力の上限値がPCS定格電力となる制御指令値を算出する。
オ 被告フィールドロジックは、平成30年1月29日、第三者との間で、ヤクルト向けの仕様書を確定させ、DC2、PLC、その他関係機器一式を譲渡する契約を締結した。
カ P1氏は、平成30年2月13日、ヤクルトにおいて、DC2等の関係機器を設置し、委託を受けた請負業者は、同月19日、ヤクルトにおいて、PCS等の関係機器を設置して太陽光発電設備工事を完了させ、ヤクルトに対し、自家消費型太陽光発電制御システム(以下「ヤクルト向けシステム」という。)を引き渡した。
(2) P1発明の構成等
前記認定のとおり、P1氏は、平成30年1月5日時点で、P1発明、すなわち、DC2及びPLCで構成されており、太陽電池の発電電力及び負荷の消費電力を取得すると共に、PCSの出力を制御し、「消費電力×制御閾値<PCS定格電力」の場合は、「消費電力×制御閾値/PCS定格電力」を制御指令値として算出し、「消費電力×制御閾値≧PCS定格電力」の場合は、発電電力の上限値がPCS定格電力となる制御指令値を算出し、前記制御指令値に基づいて、前記PCSを制御することで、「発電電力≦消費電力×制御閾値」を実現して逆潮流を回避する制御装置を考案し、同年2月13日、納品先のヤクルトに対し、DC2及びPLCを設置する作業を行った。また、被告フィールドロジックは、P1氏からP1発明を知得し、第三者を介して、ヤクルトに対し必要な機器を納品し、委託を受けた請負業者は、太陽光発電設備工事を完了させ、ヤクルト向けシステム、すなわち、太陽電池の発電電力を制御するPCSと、負荷に接続された受変電部(電力会社からの電力供給を受けるために備えられる(乙47)。)と、前記負荷の消費電力を取得すると共に前記PCSの出力を制御する発電制御装置とを備え、前記発電制御装置は、「消費電力×制御閾値<PCS定格電力」の場合は、「消費電力×制御閾値/PCS定格電力」を制御指令値として算出し、「消費電力×制御閾値≧PCS定格電力」の場合は、発電電力の上限値がPCS定格電力となる制御指令値を算出し、前記制御指令値に基づいて、前記PCSを制御することで、「発電電力≦消費電力×制御閾値」を実現して逆潮流を回避する自家消費型太陽光発電制御システムを構築して、同月19日、ヤクルトに対し、これを引き渡した。
以上によれば、P1発明は、本件訂正発明6の各構成要件を充足し、ヤクルト向けシステムは、本件訂正発明2の各構成要件を充足する。
(3) 公然実施について
特許法29条1項2号所定の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうところ、前記認定のとおり、被告フィールドロジックは、本件特許出願前の平成30年2月19日までの間に、第三者及びヤクルトに対し、P1発明及びヤクルト向けシステムを納品し、これを実施した。
ア 本件訂正発明2及び6について
本件訂正発明2及び6は、特許出願前に日本国内において公然実施された発明であるから、新規性を欠く。
イ 本件訂正発明3について
本件訂正発明3とヤクルト向けシステムとを比較すると、本件訂正発明3は、蓄電池を備えているのに対し、ヤクルト向けシステムでは、蓄電池を備えていない点が相違している。
証拠(乙20、21、49、50)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許の出願時において、特許公報において、太陽光発電システムに蓄電池を備える構成とすることが公開されており、太陽電池による発電電力を補完するものとして蓄電池を備えた太陽光発電システムは産業用・住宅用として一般的に設置されていたことが認められるから、このような構成は周知の技術であったと認められる。そうすると、当業者にとって、ヤクルト向けシステムに蓄電池を備える構成とすることの動機付けが存在し、蓄電池からの電力が太陽電池による発電電力を補完する構成とすることに阻害要因が存在することをうかがわせる事情はないから、当業者は、ヤクルト向けシステムに蓄電池を備えることを容易に想到し得たといえる。したがって、本件訂正発明3は進歩性を欠く。
(4) 原告の主張について
・・・
イ また、原告は、DC2は、外部から一見してその制御の方法がわかるものではないから、当該制御方法を搭載した製品が1社に納品されて使用されたからといって、公然実施となるものではない旨を主張する。
しかし、前記認定のとおり、被告フィールドロジックは、第三者に対しP1発明を譲渡し、最終的にヤクルトに納品されているところ、当該第三者やヤクルトがP1発明の内容等について守秘義務を負っていることやその解析を禁止されていることをうかがわせる事情はない。そうすると、少なくともヤクルトに対する納品をもって、P1発明は公然と実施されたと認めるのが相当である。
したがって、原告の主張は採用できない。
(5) 以上から、本件特許は、新規性又は進歩性が欠如していることから、無効審判により無効とされるべきものであり、原告は、被告らに対し、本件特許権を行使することができない(特許法123条1項、104条の3第1項、29条1項2号、2項)。
第3 検討
本件は、原告が被告らに対して、本件訂正発明2、3及び6に係る特許権に基づき損害賠償請求等をしたが、被告が本件特許出願前に、本件特許発明(本件訂正発明2及び6)の技術的範囲に属する製品、又は本件特許発明(本件訂正発明3)を容易想到することができる製品を製造販売していたことを理由とした公然実施による特許無効の抗弁が認められた事案である。
本件特許出願前に製造販売された公然実施品の内容(公然実施品と特許発明の同一性)の立証が困難なケースがあるが、本件においては、当該製品のシステム仕様書や第三者との協議の上で作成した仕様書、それに伴い作成したプログラムにより、公然実施品の内容を立証した。
そして、本件訂正発明2及び6については、公然実施品に係る発明と同一であったため、新規性を欠くとの判断がされた。また、本件訂正発明3については、公然実施品と相違点(蓄電池を備えているか否かという点)があると判断した上で、当該相違点にかかる構成は、「本件特許の出願時において、特許公報において、太陽光発電システムに蓄電池を備える構成とすることが公開されており、太陽電池による発電電力を補完するものとして蓄電池を備えた太陽光発電システムは産業用・住宅用として一般的に設置されていたことが認められるから、このような構成は周知の技術」であり、阻害要因もないことから、容易想到で進歩性を欠くと判断された。
また、原告は、被告の公然実施による特許無効の抗弁に対して、公然実施品の太陽電池に接続されたパワーコンディショナの制御システムは、外部から一見してその制御の方法が分かるものではない旨を理由に、公然実施されていないと反論した。
しかし、本判決は公然実施品を受領した第三者は、公然実施品に係る発明の内容等について守秘義務を負っている事情や解析を禁止されている事情等がないので、原告の当該反論は採用できないと判断した。
ここで、本判決では詳細に言及されていないが、従前の裁判例では、公然実施(特許法29条1項2号)の解釈として、「法29条1項2号にいう「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、本件各発明のような物の発明の場合には、商品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からそれを知ることができなくても、当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。」と判示し、「外部からそれを知ることができなくても、当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合も公然実施となる」と判断されている(知財高判平成28年1月14日・平成27年(行ケ)第10069号等)。本判決も、公然実施品の太陽電池に接続されたパワーコンディショナの制御システムは、外部から一見してその制御の方法が分からないが、当業者が通常の方法で分析等することによってそれを知ることができるということが前提として判断されたものであることがうかがわれる。
また、自己の特許権に基づく損害賠償請求等を提起する際に、予め自己の特許権が無効になりえないかの調査をすることがある。しかし、本件においては、公然実施品が市場に出回った製品ではなく、ごく限られた第三者のみが納品を受けた製品であるから、仮に原告が自己の特許権が無効か否かの事前調査をしていたとしても、当該公然実施品を把握できたかは難しい事案であったと思われる。
なお、本件は、原告が本件訴訟係属中に、被告の取引先に対して、被告製品が原告の特許権を侵害している旨が記載された書面を送付した行為について、被告が原告に対して当該行為が虚偽の事実を告知したとして不正競争防止法に基づく損害賠償請求事件と併合された案件である。同事件においては、当該行為が不正競争(不正競争防止法第2条1項21号)に当たるとして判断され、①逸失利益、②信用毀損による損害及び③弁護士費用が損害賠償として認められた。
以上
弁護士 山崎臨在