【令和4年9月13日(東京地裁 令和4年(ワ)第8439号)】
【判旨】
不正競争防止法2条1項20号に基づく不作為義務に係る間接強制の執行について原告の当該執行を許さないとする請求異議について、請求を棄却した事例。
【キーワード】
不正競争防止法2条1項20号、民事執行法172条、間接強制
【事案の概要】
証拠番号等は適宜省略する。
1 東京地方裁判所は、確定判決(知的財産高等裁判所以下事件番号省略。以下「本件判決」という。)に基づき、原告が本件判決により禁止された行為をした場合に原告に対して間接強制金の支払を命ずる旨の間接強制決定(東京地方裁判所以下事件番号省略。以下「本件決定」という。)をした。
本件は、原告が、本件決定につき請求異議事由があると主張して、本件決定の正本に基づく強制執行の不許を求める事案である。
2 前提事実
⑴ 本件判決等
ア 卵子等のガラス化凍結保存・加温融解に用いる医療関連器具を販売する原告の管理に係るウェブサイト5 又は原告の作成に係るカタログに表示されている「解凍後 100%生存」、「100% survival」、「100% Post-warm Survival」、「achieving 100%、literally 100%、survival」等の表示について、被告は、原告が販売する卵子等の凍結保存の技術である「クライオテック法」によるガラス化凍結保存容器及びそれと共に用いる凍結液、融解液(以下「原告製品」という。)の品質及び内容を誤認させる表示であると主張して、不正競争防止法2条1項20号に基づき、原告製品の広告における上記各表示の禁止等を求める訴訟を提起した。
これに対し、東京地方裁判所は、平成30年12月20日、被告の請求を棄却する判決を言い渡した(東京地方裁判所以下事件番号省略)。
イ 上記判決に対し、被告が控訴したところ、知的財産高等裁判所は、令和3年3月30日、被告の請求を一部認容する仮執行宣言付判決(本件判決)を言い渡した(知的財産高等裁判所以下事件番号省略)。
本件判決は、原告の広告に記載された表示につき、医療関係者がクライオテック法のプロトコールを遵守し原告製品を使用して正常な卵子等の凍結保存をした場合に、取引者、需要者である医療関係者において、融解後の生存率が100%になるという意味であるものと認識するものの、実際には、上記の場合に、融解後の生存率が100%になるとは限らないとした。そのため、本件判決は、「解凍後100%生存」、「100% survival」等の記載部分につき、原告製品の品質及び内容を誤認させる表示であるとして、原告の広告に上記表示をする行為は、不正競争防止法2条1項20号の不正競争に当たるとした。
そして、本件判決の主文第2項の内容は、原告は、ガラス化凍結保存容器及びそれと共に用いる凍結液、融解液の広告、取引に用いる書類及びウェブサイトその他の宣伝広告媒体において、「解凍後 100%生存」、「100% survival」、「100% Post-warm Survival」、「achieving 100%、literally 100%、survival」及び「凍結卵を解凍した後の生存率100%を達成できる」旨の表示をしてはならないというものである(以下、本件判決の主文第2項記載の不作為義務を「本件不作為義務」という。)。
なお、被告は、同月31日、本件判決につき、執行文の付与を受けた。
⑵ 本件決定等
ア 被告は、令和3年12月1日、執行力ある本件判決の正本に基づき、被告を債権者、原告を債務者として、原告が本件不作為義務に違反するおそれがあるとして、間接強制の申立てをした。
東京地方裁判所は、同月21日、上記申立てを相当と認め、本件決定をした(東京地方裁判所以下事件番号省略)。
本件決定の内容は、①原告は、ガラス化凍結保存容器及びそれと共に用いる凍結液、融解液の広告、取引に用いる書類及びウェブサイトその他の宣伝広告媒体において、「解凍後 100%生存」、「100% survival」、「100% Post-warm Survival」、「achieving 100%、literally 100%、survival」及び「凍結卵を解凍した後の生存率100%を達成できる」旨を表示してはならない(1項)、②原告が本件決定送達の日から2日以内に上記①の債務を履行しないときは、原告は、被告に対し、上記期間経過の翌日から履行済みまで1日につき2万3737円の割合による金員を支払え(2項)というものである。
イ 本件決定に対し、原告は執行抗告をしたところ、知的財産高等裁判所は、令和4年3月3日、上記執行抗告を棄却する決定をした(知的財産高等裁判所以下事件番号省略)。
上記決定は、不作為を目的とする債務の強制執行として民事執行法172条1項所定の間接強制決定をするには、債権者において、債務者がその不作為義務に違反するおそれがあることを立証すれば足り、債務者が現にその不作為義務に違反していることを立証する必要はないと解されるところ、原告が平成27年7月26日から令和2年7月31日までの間、原告製品の広告に「解凍後100%生存」、「100% survival」等の表示をしていたこと、原告がその後も原告製品に関する事業を継続し、令和3年11月16日時点において、原告のウェブサイトにおいて、「クライオテック法」に関し、「世界100施設・連続する100融解周期・生存率100%達成を目指す」、「“100% SURVIVAL CLUB”」等の表示をしていたことが認められることからすれば、原告には本件不作為義務に違反するおそれがあるものと認められるとした。
ウ 知的財産高等裁判所の裁判所書記官は、令和4年4月25日、本件決定について事実到来執行文を付与した。
【争点】
請求異議事由が存在するか否か。
【判旨抜粋】
第4 当裁判所の判断
1 原告は、本件不作為義務に違反していないことを理由として、本件決定について請求異議の事由がある旨主張する。
しかしながら、不作為を目的とする債務の強制執行として民事執行法172条1項所定の間接強制決定をするには、債権者において、債務者がその不作為義務に違反するおそれがあることを立証すれば足りるところ(最高裁平成17年(許)第18号同年12月9日第二小法廷決定・民集59巻10号2889頁参照)、間接強制決定の発令後、進んで、債権者が債務者から金銭を取り立てるためには、執行文の付与を受ける必要があり、そのためには、間接強制決定に係る義務違反があったとの事実を立証することが求められているのであるから(民事執行法27条1項、33条1項)、その不作為義務に違反しているかどうかは、間接強制決定の発令後、執行文の付与の当否において判断されるべきである。
したがって、上記間接強制決定に対する請求異議の訴えにおいて、その不作為義務に違反していない事実をもって請求異議の事由とすることはできないものと解するのが相当である。
以上によれば、原告の主張は、失当というほかない。
2 なお、本件訴訟の経過及び事案の内容に鑑み、念のため、請求異議事由の有無につき、改めて検討したとしても、次のとおり、原告の請求には理由がないことは明らかである。
⑴ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、①原告は、本件判決が言い渡された後も、原告製品に関する事業を継続したこと、②原告は、原告のウェブサイトにおいて、クライオテック法を実施するなどして生存率100%達成を目指す取組(チャレンジ100、Challenge 100)を紹介したり、「100% SURVIVALCLUB」や同表示がある本件メダルを表示したこと、③原告は、令和3年720 月20日、原告のツイッターアカウントにおいて、「#不妊治療」、「#リプロ」、「#胚凍結」及び「#卵子凍結」のハッシュタグを付けた上で、「Welcome to the “100% SURVIVAL CLUB”」との文言や本件メダルが表示されたトロフィーを写した画像と共に、「がん患者の妊孕性保存に力を入れておられる「A」を取材しました。こちらは、クライオテックを使用し、融解後生存が難しいとされる卵子の凍結融解100%生存達成された素晴らしいクリニックです。」との投稿をしたこと、④原告は、同日、原告のツイッターアカウントにおいて、「#不妊治療」、「#リプロ」、「#胚凍結」及び「#卵子凍結」のハッシュタグを付けた上で、「Welcome to the “100% SURVIVAL CLUB”」との文言や本件メダルが表示されたトロフィーを写した画像と共に、「素晴らしい臨床成績を残されている「B」にお邪魔しました。こちらは当社の製品を使用し、胚の凍結融解連続100周期100%生存を達成された凍結技術に優れた医療機関です。」との投稿をしたこと、⑤原告は、一般社団法人日本臨床エンブリオロジスト学会が令和3年12月10日に発行した学会雑誌において、本件メダルや「Welcome to the “100% SURVIVAL CLUB”」の表示と共に、原告製品を宣伝広告したこと、以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば、原告が本件不作為義務に違反するおそれがあると認めるのが相当であり、更に原告の主張が仮に請求異議事由としての事情の変動による権利濫用の成否をいうものとしても、現時点においてその事情の変動がなく、その前提を欠くことは明らかである。
【解説】
本件は、原告製品に関して、不正競争防止法2条1項20号[1]の不正競争に該当するため、「『解凍後 100%生存』、『100% survival』、『100% Post-warm Survival』、『achieving 100%、literally 100%、survival』及び『凍結卵を解凍した後の生存率100%を達成できる』旨の表示をしてはならない」(本件不作為義務)との裁判がなされ執行文付与を受けていたところ、その後、令和3年12月1日、執行力ある本件判決の正本に基づき、被告を債権者、原告を債務者として、原告が本件不作為義務に違反するおそれがあるとして、間接強制の申立てがなされ、これを相当として、本件決定がなされていたところ、これに対しての、請求異議事件である。
裁判所は、請求異議に関しては、当該決定における執行文付与の当否を判断するものであって、本件不作為義務に違反が無いことを、請求異議の事由にすることができないとの判断をした上で、一応、本件不作為義務に違反が無いか否かを判断した。
裁判所は、上記判決の①乃至⑤記載の事実を認定し、原告に本件作為義務違反のおそれがある旨を認定した。本件は、不正競争防止法等の不作為義務に係る執行の手続きについて、実務上参考になると思われる。
[1]第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
(中略)
二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為
以上
弁護士 宅間仁志