【令和4年7月20日判決(東京地裁 令元(ワ)31378号、令2(ワ)13188号】

◆充足論、無効理由の抗弁(新規性欠如)に関する裁判例

【キーワード】

 営業秘密、秘密情報、不競法2条6項

1 事案の概要

 原告と被告とは、原告が被告に対して木材用乾燥機を販売する旨の本件売買契約を締結した。原告は、当該木材用乾燥機に関する特殊加工内装板を被告に対して納入したが、それ以外については納入しなかったところ、被告は、催告のうえで本件売買契約のうちの特殊加工内装板を除く部分を解除する意思表示をし、その後、被告は自ら乾燥機(本件被告乾燥機)1台を製造した。

 原告は、本件被告乾燥機が原告の営業秘密を使用して製造されたものであると申し立て、被告が原告から営業秘密を取得又は使用した行為が、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号又は7号の不正競争行為及び不法行為(民法709条)に該当する主張し、損害賠償請求等をした。

◆争点1(本件情報(被告が営業秘密であると主張する情報)が不競法2条6項所定の営業秘密に当たるか)について

※:本件では、被告も不当利得返還請求の反訴をしており、複数の争点が存在するが、本紙では、上記争点1についてのみ取り上げる。

2 裁判所の判断

第3  当裁判所の判断

 1 争点1(本件情報が不競法2条6項所定の営業秘密に当たるか)について

  (1) 不競法2条6項所定の営業秘密に当たるというためには、本件情報について、①「秘密として管理されている」こと、②「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」であること、及び③「公然と知られていないもの」であること、の各要件を満たす必要がある。

 そして、上記①の「秘密として管理されている」とは、客観的にみて、情報にアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識し得る程度に管理されていることと解される。

 これを本件についてみると、証拠(甲30、31〔枝番含む〕)によれば、別紙目録記載3の書面には、不動文字で「極秘資料」である旨の記載が、別紙目録記載1ないし6、8、10、11及び14の各書面には、手書きで「秘密情報」である旨の記載が、それぞれされていることが認められる。しかし、これらの記載がされた具体的な時期を認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって、原告から被告に送付された同様の書面には、「極秘資料」、「秘密情報」等の記載が存在しない(乙42ないし48)。そうすると、原告が被告に上記各書面に記載された情報を開示したと主張する時点において、上記各書面に「極秘資料」又は「秘密情報」の記載がされていたと認めることはできない。

 また、別紙目録記載のその余の各書面には、当該各書面の記載内容が秘密であることをうかがわせるような表示等はされておらず(甲30、31〔枝番含む〕)、他に別紙目録記載の各書面及び本件情報の具体的な管理方法を認めるに足りる証拠はない。

 以上によれば、本件情報が、客観的にみて、これにアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識し得る程度に管理されていたと認めることはできず、よって、原告において、秘密として管理されていたということはできない。

  (2) そうすると、その余の点について認定、判断するまでもなく、本件情報が不競法2条6項所定の営業秘密に当たるということはできないから、原告の不競法4条に基づく請求は理由がない。

(以下略)

3 コメント

 本件で、裁判所は、営業秘密に該当するための要件としての秘密管理性要件(①「秘密として管理されている」こと)について、「客観的にみて、情報にアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識し得る程度に管理されていること」を判断基準とした。

(同様の判断基準を採用する裁判例として、平21(ワ)38627号・平21(ワ)44344号・平22(ワ)163など)

 そのうえで、裁判所は、原告が被告に対して開示した書面に「極秘資料」等の記載がされていたとは認められない旨の認定をして、本件情報が上記判断基準を満たしておらず、本件情報は秘密管理性要件を満たしていないものと判断した。

 ここで、原告が被告に対して開示した書面に「極秘資料」等の記載があれば、本件情報が秘密管理性要件を満たすものとして認められたか。

 この点、逐条解説不正競争防止法(令和元年7月1日施行版 経済産業省 知的財産政策室編)においては、以下のような記載がある(下線は著者が付した。)。

『秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分である。

 すなわち、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置6 によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要がある。

 取引相手先に対する秘密管理意思の明示についても、基本的には、対従業員と同様に考えることができる。』

6 秘密管理性要件は、従来、①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)の2つが判断の要素になると説明されてきたしかしながら、両者は秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるが、それぞれ別個独立した要件ではなく、「アクセス制限」は、「認識可能性」を担保する一つの手段であると考えられる。したがって、情報にアクセスした者が秘密であると認識できる(「認識可能性」を満たす)場合に、十分なアクセス制限がないことを根拠に秘密管理性が否定されることはない。

 もっとも、従業員等がある情報について秘密情報であると現実に認識していれば、営業秘密保有企業による秘密管理措置が全く必要ではないということではない法の条文上「秘密として管理されている」と規定されていることを踏まえれば(法第2条第6項)、何らの秘密管理措置がなされていない場合には秘密管理性要件は満たさないと考えられる。』

 上記のような説明によれば「極秘資料」等の記載があって「認識可能性」が担保されていたとしても、何らの秘密管理措置も全くとられていなかったとすれば、秘密管理性要件が認められない可能性もありえそうである。

 もっとも、社外(取引先)との関係において、個別に提供する資料等に「極秘資料」等の記載があるにもかかわらず、何らの秘密管理措置も取られていなかったことを立証することは通常困難であると思われる。そのため、本件でも、原告が開示した書面に「極秘資料」等の記載がされていたと裁判所に認められていたとすれば、秘密管理性要件は肯定された可能性は十分にあったと思われる(その場合でも他の要件との関係で営業秘密と認められない可能性はある)。

以上

弁護士・弁理士 高玉 峻介