【令和5年2月16日判決(東京地裁 令和2年(ワ)第17104号)】
【事案の概要】
本件は、発明の名称を「金融商品取引管理装置、金融商品取引管理システム、金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法」とする発明に係る特許(特許第6154978号。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である原告が、被告に対し、被告が外国為替取引管理方法である「iサイクル」(以下「被告サービス」という。)を被告サーバ目録記載のサーバ(以下「被告サーバ」という。)からインターネット回線等を通じて顧客に提供したところ、被告サーバが本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属するものであり、被告サーバの使用が本件発明の実施に当たると主張して、不法行為に基づき、損害金等の支払を求めた事案である。
なお、当事者等の概要については、以下のとおりである。
【キーワード】
特許法102条2項、発明を実施していない特許権者、発明を実施している完全子会社、ライセンス契約
【争点】
争点は、複数あるが、本稿では、発明を実施していない特許権者の完全子会社が発明を実施している場合についての特許法102条2項の適用の可否のみ紹介する。
【裁判所の判断】(下線は筆者が付した。)
3 争点2-1-1(特許法102条1項の類推適用の可否)について
(1) 特許法102条1項1号は、特許権の排他的独占的効力に鑑み、特許者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)においてその侵害の行為により売上げが減少した数量が、権利者の実施能力の限度で侵害者の譲渡数量に等しくなるものと擬制して、侵害者の譲渡数量に権利者の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、権利者の実施能力に応じた額の限度で損害額と推定するものである。そうすると、特許権者等がその特許発明を実施していない場合には、特許権者等においてその侵害の行為により売上げが減少した数量を認めることはできず、上記の推定をする前提を欠くことになる。
したがって、特許権者等がその特許発明を実施していない場合には、特許法102条1項の規定は適用又は類推適用されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前提事実によれば、原告は、本件期間を通じて金融商品取引業者としての登録を受けていないため実施の能力すらなく、FX取引業を営んでいなかったことが認められる。
上記認定事実によれば、原告は本件発明を実施していないことが認められることからすると、特許法102条1項の規定は適用又は類推適用されないものといえる。
(2) これに対し、原告は、特許法102条1項が直接適用されるのは、規定上は物が譲渡された場合であるものの、被告が被告サーバを業として使用した結果、原告の顧客を奪ったことによって原告が被った損害については、同項が類推適用されるべきである旨主張する。しかしながら、特許法102条1項が特許権の排他的独占的効力に鑑みて特許権者等の売上げ減少による逸失利益の額を推定するものであることは、上記において説示したとおりである。そうすると、原告が本件発明を実施していない以上、原告の主張は、上記結論を左右するものとはいえない。
また、原告は、原告の完全子会社である原告子会社が原告サービスを提供し、原告と完全親子会社の関係にある以上、完全子会社が被った損害は、そのまま完全親会社の被った損害といえる旨主張するとともに、原告は、原告と原告子会社との間で原告ライセンス契約を締結しているところ、●(省略)●という関係があるから、特許法102条1項が類推適用されるべきである旨主張する。
しかしながら、原告と原告子会社は、飽くまで別法人であるから、完全子会社が被った損害がそのまま完全親会社の被った損害とするのは相当ではない。また、証拠(甲24、27)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、●(省略)●仮に、上記関係が認められたとしても、特許法102条1項が特許権者等の売上げ減少による逸失利益の額を推定する規定であることに鑑みると、●(省略)●特許法102条1項の趣旨目的に鑑み、相当ではない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
(3) 以上によれば、その余について判断するまでもなく、特許法102条1項の規定は適用又は類推適用されるものではない。
4 争点2-2-1(特許法102条2項の適用の可否)について
(1) 原告と原告子会社との間では、原告ライセンス契約が締結されており、●(省略)●として、特許法102条2項の適用が認められるべきであると主張する。
しかしながら、上記3⑴及び⑵において説示したとおり、証拠(甲24、27)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件期間を通じて金融商品取引業者としての登録を受けていないため実施の能力すらなく、FX取引業を営んでいなかったのであり、また、●(省略)●が認められる。そうすると、●(省略)●原告の主張は、前提を欠く。
(2) 仮に、●(省略)●としても、原告の主張を採用することができない理由は、次のとおりである。
特許法102条2項は、特許権の排他的独占的効力に鑑み、特許権者等においてその侵害の行為により売上げが減少した逸失利益の額と、侵害者が侵害行為により受ける利益の額とが等しくなるとの経験則に基づき、当該利益の額を特許者等の売上げ減少による逸失利益の額と推定するものである。しかしながら、●(省略)●場合には、上記の推定をする前提を欠くことになる。
そうすると、●(省略)●場合には、特許法102条2項の規定は適用又は類推適用されないと解するのが相当である。
したがって、仮に●(省略)●特許法102条2項の規定は適用又は類推適用されないものといえる。
これに対し、原告は、上記のとおり、特許法102条2項の適用が認められるべきであると主張するものの、特許法102条2項が特許権者等の売上げ減少による逸失利益の額を推定する規定であることからすると、●(省略)●売上げ減少による逸失利益の額まで推定するのは、特許法102条の趣旨目的に鑑み、相当ではない。
以上によれば、原告の主張は、採用することができない。
(3) これに対し、原告は、原告の完全子会社である原告子会社が原告サービスを提供し、原告子会社には、被告による特許権侵害行為がなかったならば利益を得ることができたという事情が認められ、完全子会社が得られる利益は、そのまま完全親会社の利益ということができるから、特許法102条2項の適用が認められるべきであると主張する。
しかしながら、上記3⑵において説示したところと同様に、原告と原告子会社は、飽くまで別法人であるから、完全子会社が得られる利益がそのまま完全親会社の利益とするのは相当ではない。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
(4) 以上によれば、その余について判断するまでもなく、特許法102条2項の規定は適用又は類推適用されるものではない。
【検討】
特許権者等から許諾を受けた通常実施権者が発明を実施している場合で、特許権者等が企業グループ内の特許管理会社・通常実施権者が同一企業グループ内の事業会社のとき等に、特許法102条2項の「特許権者又は専用実施権者が…侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合」の規定文言との関係で、本条2項が適用されるかが問題となる。
ところで、原告が「原告と原告子会社との間では、●(省略)●ライセンス契約(以下「原告ライセンス契約」という。)が締結されている(甲24、27)。すなわち、原告ライセンス契約においては、原告の保有する特許権や特許出願中の発明に関し、通常実施権又は仮通常実施権を許諾しているところ、●(省略)●このような事情に照らせば、被告の特許権侵害行為によって、●(省略)●被告と原告とで利益を食い合う関係にあることから、同項(*筆者注:特許法102条1項を意味する)の類推適用が認められるべきである。」と主張しているものの、原告ライセンス契約の内容が、通常実施権が独占的通常実施権か非独占的通常実施権なのかは明らかではない。
本判決は、「原告と原告子会社は、飽くまで別法人であるから、完全子会社が得られる利益がそのまま完全親会社の利益とするのは相当ではない。」と判断する。仮に完全子会社が得られる利益がそのまま完全親会社の利益になるとすると、完全親会社はライセンス契約において、例えば、完全子会社が第三者に特許権を再実施許諾した場合には、再実施許諾の対価全額が、完全親会社のものになることを意味すると思われるが、このような状況は考え難いように思われる。
そうすると、本判決の上記判断は妥当なように思われる。
ところで、知財高裁令和4年4月20日令和3年(ネ)第10091号(以下「別件訴訟」という。)の事案では、知財高裁は、以下に示す関係を前提として、特許法102条2項の適用を肯定している。
参考 別件訴訟の一審原告が主張するジンマー・バイトオメットグループ
別件訴訟の知財高裁は、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。」と判示した上で、以下の判断をした。
一審原告製品は本件特許権の実施品であり、一審被告製品1~3と競合するものである。そして、一審原告製品を販売するのはジンマー・バイオメット合同会社であって特許権者である一審原告ではないものの、前記(1)のとおり、一審原告は、その株式の100%を間接的に保有するZimmer Inc.の管理及び指示の下で本件特許権の管理及び権利行使をしており、グループ会社が、Zimmer Inc.の管理及び指示の下で、本件特許権を利用して製造した一審原告製品を、同一グループに属する別会社が、Zimmer Inc.の管理及び指示の下で、本件特許権を利用して一審原告製品の販売をしているのであるから、ジンマー・バイオメットグループは、本件特許権の侵害が問題とされている平成28年7月から平成31年3月までの期間、Zimmer Inc.の管理及び指示の下でグループ全体として本件特許権を利用した事業を遂行していると評価することができる。そうすると、ジンマー・バイオメットグループにおいては、本件特許権の侵害行為である一審被告製品の販売がなかったならば、一審被告製品1~3を販売することによる利益が得られたであろう事情があるといえる。
そして、一審原告は、ジンマー・バイオメットグループにおいて、同グループのために、本件特許権の管理及び権利行使につき、独立して権利を行使することができる立場にあるものとされており、そのような立場から、同グループにおける利益を追求するために本件特許権について権利行使をしているということができ、上記のとおり、ジンマー・バイオメットグループにおいて一審原告の外に本件特許権に係る権利行使をする主体が存在しないことも併せ考慮すれば、本件について、特許法102条2項を適用することができるというべきである。
以上の判示内容からすると、別件訴訟の知財高裁は、①「グループ」である点、②特許権者が当該グループにおいて、当該グループのために、本件特許権の管理及び権利行使につき、独立して権利を行使することができる立場にある点、③当該グループにおいて特許権者以外に特許権に係る権利行使をする主体が存在しない点を考慮して、特許法102条2項の適用を肯定したように思われる。
仮に原告ライセンス契約において、本件特許につき非独占的通常実施権が設定されているのであれば、本件についても、原告と原告完全子会社を「グループ」として見れば、上記②及び③についても、別件訴訟と同様に見ることもできそうであるが、本件では、別件訴訟とは異なり、特許法102条2項の適用が否定された。
どのような場合に特許法102条2項の適否の結論が変わるのか明らかでなく、今後の事例の蓄積が待たれるところである。
以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順