【令和5年4月19日判決(知財高裁 令和4年(ネ)第10077号)】

【ポイント】

 元プロテニス選手を被写体とする写真を同人に無断で週刊誌に掲載する行為が肖像権を侵害しないと判断した事例

【キーワード】

 肖像権
 著名人の写真の掲載

第1 事案

 被控訴人(一審被告。出版社)は、控訴人(一審原告)の出資話の被害者が控訴人の事業に出資した経緯等が掲載されている記事を発行し、その記事には、控訴人の写真も掲載されていた。
 そこで、控訴人は被控訴人に対して、当該写真はいずれも控訴人の容ぼうが写っていることから当該写真の掲載は、控訴人の肖像権を侵害するとして、不法行為に基づき損害賠償請求訴訟を提起した。しかし、原審(東京地判令和4年7月19日・令和2年(ワ)33192号)が控訴人の請求を棄却したので、控訴人がこれを不服として控訴した。
 控訴審は原審の判断基準及び判断を支持しており、原審判決の一箇所しか補正していないので、以下では、当該写真の掲載が肖像権を侵害するか否かに関する原審の判断について述べる(控訴審の当該補正箇所は「第2」で記載する。)。
 なお、本件では、当該記事の掲載が名誉棄損に該当するか否かの争点や、当該写真の掲載が著作権を侵害するか否かの争点もあるが、原審及び控訴審はどちらの争点もその成否を否定した(本稿では当該争点に関する判断は割愛する)。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線や注釈は筆者)

2 争点2(肖像権侵害の成否)について
 肖像は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有すると解するのが相当である(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁、最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁、最高裁平成21年(受)第2056号同24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁各参照)。他方、人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もあるというべきである。そうすると、肖像等を無断で撮影、公表等する行為は、〈1〉撮影等された者(以下「被撮影者」という。)の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、〈2〉公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、〈3〉公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるときなど、被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。
 これを本件についてみると、証拠(甲1、16)及び弁論の全趣旨によれば、本件写真は、元プロテニス選手で当時社会的地位もあった原告が、いずれも、著名人と並んで笑顔で握手等をしている場面を撮影したものであるから、公的領域において撮影されたものと認めるのが相当である。そして、本件写真の上記の内容によれば、原告を侮辱するものではなく、原告のブログで公開されていた写真であったという事情も考慮すれば(注:控訴審判決では「原告のブログで公開されていた写真であったという事情も考慮すれば」は「また、控訴人によれば、本件写真はいずれも控訴人のブログにおいて公開されていたと思われるとのことであり、そうであれば、本件写真の内容は相当程度の範囲の者に知られていたものといえる上、控訴人も本件写真が広く公開されることを許容していたものといえることからすれば、本件写真が本件雑誌に掲載されることにより」に補正された。)、平穏に日常生活を送る原告の利益を害するものともいえない仮に、本件写真が私的領域において撮影されたものと認定したとしても、証拠(甲1、16、乙6の1ないし4、乙7、8、証人丙、証人丁)及び弁論の全趣旨によれば、本件写真は、原告と著名人との親交を示すものであり、A(丙)をして原告が億単位の出資をするに足りる人物であると思わせて、A(丙)が原告に出資する理由の一つとなったものと認められることからすると本件写真は、原告が社会的に強い非難の対象とされる行為を犯した旨を摘示する本件記事を補足するものであるから、公共の利害に関する事項であるといえることは明らかである。そうすると、仮に上記のとおり認定したとしても、上記の結論を左右するものとはいえない。
 したがって、被告が本件写真を原告に無断で本件雑誌に掲載する行為は、肖像権を侵害するものとして不法行為法上違法であるということはできない。
 以上によれば、肖像権侵害をいう原告の主張は、採用することができない。

第3 検討

 本件は、元プロテニス選手を被写体とする写真を同人に無断で週刊誌に掲載する行為が肖像権を侵害しないと判断した事案である。
 本判決(原審)は、従前の裁判例を踏まえて、肖像権が法的に保護される権利であることと、肖像を利用した表現活動・創作行為等の自由の調和の観点から、肖像権侵害になりうるケースとして、以下の3類型を例示して、肖像権侵害の成否の判断基準を示した。
 つまり、肖像等を無断で撮影、公表等する行為は、

  • ① 撮影等された者(以下「被撮影者」という。)の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、
  • ② 公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、
  • ③ 公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるときなど、

 被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するという判断基準を示した。本件控訴審もこの判断基準を支持した。
 従前の最高裁は、「ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである」(最判平成17年11月10日・民集第59巻9号2428頁)と判示したように、いわゆる受忍限度論の判断基準は示していたが、本判決はさらに3類型を例示し、より具体的な規範を示したことに意義を有する。
 そして、本件における事例の判断としては、まず、当該写真は撮影の状況等からして「公的領域」において撮影されたものであるとし、上記①類型(「私的領域」で撮影されたケース)に該当しない判断した。また、当該写真は、「侮辱するものでは」ないとして、上記②類型(「被撮影者を侮辱するものである」ケース)に該当しないと判断した。そして、当該写真は控訴人のブログに公開されていた写真であると思われ、控訴人としても当該写真が「広く公開されることを許容していたもの」といえることから、上記③類型(「平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがある」ケース)に該当しないと判断した。
 以上のように、本判決は、肖像権侵害の成否に関する具体的な規範を提示し、その規範に基づく具体的なあてはめがなされており、実務上参考になる事案である。

以上

弁護士 山崎臨在