【令和5年10月5日(知財高裁 令和4年(行ケ)第10125号)】

 

キーワード:除くクレーム

 

 1 事案の概要

 本件は、無効審決の審決等取消訴訟である。
 本件は、除くクレームとする訂正が、新規事項の追加にあたるかどうかが争われた。

 

 2 本件発明(訂正後)

HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)

 

 3 特許庁の判断(取消決定)

 本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、・・・、または、「除く対象」 が存在しないとしても、訂正後の請求項1に係る発明(以下「本件訂正発明1」という。)には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。
 しかしながら、訂正前の請求項1には、HCFC-225cbについての規定はなく、請求項1を引用する請求項2~7においても、HCFC-225cbについての規定はないし、本件明細書等にも、HCFC-225cbについての記載を見いだすことはできず、本件発明1に「HCFC-225cb」が含まれているかどうかは判然としない。さらに、本件明細書等に記載されたいずれかの反応生成物にHCFC-225cbが含有されるものであるという技術常識も存在しない。
 ましてや、本件明細書等には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、本件発明1が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。
 そうすると、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。・・・・・
 したがって、本件訂正は認められない。

 

 4 裁判所の判断

「(3) 特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条 の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

(4) 本件についてみると、次のとおり、本件訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」されたものと認められる。

ア(ア) 本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」というものであって、 その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含むことは明らかであり、文言上、これらの化合物を含む限り、それ以外のいかなる物質を含む組成物も当該特許請求の範囲に含まれ得るものと解される。
(イ) 本件明細書等には、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」 (【0003】)、「本発明によれば、HFO-1234yfと、HFO-1234z・・・からなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成物は、少なくとも1つの追加の化合物の約1重量パーセント未満を含有する。」 (【0004】)、「一実施形態において、HFO-1234yfを含む組成物中の追加の化合物の合計量は、ゼロ重量パーセントを超え、1重量パーセント未満までの範囲である。」(【0012】)との記載があり、これらの記載からすると、本件明細書等には、1HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること及び2HFO-1234yfを含む組成物中の追加の化合物の合計量がゼロ重量パーセントを超え、1重量パーセント未満までの範囲であることが記載されているといえる。

イ 前記アの各記載を踏まえると、本件における当初技術的事項の内容は、HFO-1234yfを調製するに当たり、副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb) に含まれる不純物が追加の化合物として少量存在し得ること、及び、本件発明1については、追加の化合物として、少なくとも、HFC-254ebとHFC-245cbが含まれることであると認められる。
 他方、本件明細書等には、HFO-1234yfを調製する過程において、HFC-254eb及びHFC-245cb並びにその余の化合物が含まれる組成物についての記載はあるものの(【表6】表5、【表7】表6)、HCFC-225cbに係る記載はなく、また、本件明細書等の記載から、HFO-1234yfを調製する過程においてHCFC-225cbが副生成物として生じたり、HFO-1234yf又はその原料にHCFC-225cbが不純物として含まれたりするなどして、組成物にHCFC-225cbが含まれることが当業者にとって自明であると認めることはできないから、当業者は、本件明細書等のすべての記載を総合することによっても、本件発明1にHCFC-225cbが含まれるとの技術的事項を導くことはできない。

ウ そして、本件訂正発明1は「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」というものであって、本件訂正によって、本件発明1から、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が除外されたものであるが、前記イに照らせば、本件訂正により、本件明細書等に記載された本件発明1に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているとはいえないから、本件訂正は、本件明細書等に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したもので はない。

エ  本件審決は、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、・・・または、「除く」対象が存在しないとしても、・・・本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解した上、本件では、 本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
 そこで検討するに、前記イの通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記ア(ア)のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC- 245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明 示されたということはできるものの、本件発明1が、HCFC-225cbを 1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。

オ したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。」

 

 5 コメント

 除くクレームとする訂正が新規事項にあたるかどうかについて、特許庁と裁判所の判断が分かれたケースである。本年は、除くクレームについて決定や審決が取り消された事例が数件あり、特許庁と裁判所の除くクレームに対する考え方の相違が目立った。

以上
弁護士・弁理士 篠田淳郎