【令和5年1月18日(知財高裁 令和4年(行ケ)第10007号 審決取消請求事件】

【事案】

 発明の名称を「熱搬送システム」とする特許出願(特願2019-525638号)について拒絶査定を受けた原告が、拒絶査定不服審判を請求したところ、拒絶審決がなされたことから、この審決の取消しを求めた事案である。

【キーワード】

 特許法第29条2項、進歩性、容易の容易

【事案の概要】

(特許庁における手続きの経緯等)

(1) 原告らは、平成30年(2018年)6月19日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 平成29年(2017年)6月23日 (US)アメリカ合衆国。以下、平成29年(2017年)6月23日を「本願優先日」という。)を国際出願日として、発明の名称を「熱搬送システム」とする特許出願(平成30年(2018年)12月27日国際公開、WO2018/235832、特願2019-525638号、出願当初の請求項の数10。以下「本願」という。)を行った(以下、本願の願書に添付された明細書を図面と併せて「本願明細書等」という。本願明細書等は、別紙再公表特許公報(WO2018/235832、甲1)のとおりである。)。

(2) 原告らは、令和2年3月16日付け拒絶理由通知を受け、同年4月15日に意見書及び手続補正書を提出し、同手続補正書により、特許請求の範囲の記載を補正したが(この補正により、請求項の数は11となった。)、同月28日付けで拒絶査定を受けた。

 原告らは、令和2年9月11日、拒絶査定不服審判(不服2020-12722号、以下「本件審判」という。)を請求した。

 特許庁は、令和3年9月10日、本件審判について、結論を「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。本件審決は、別紙のとおりである。)をし、その謄本は、同月28日、原告らに送達された。なお、出訴期間として原告ダイキン アプライド アメリカズ インコーポレィティッドに対し90日が附加された。

(3) 原告らは、令和4年1月21日、本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

(特許請求の範囲の記載)(下線は筆者が付した。)
以下、請求項1に記載された発明を「本願発明」という。
【請求項1】
A 冷媒を昇圧する冷媒昇圧機と、
B 前記冷媒と室外空気とを熱交換させる室外空気熱交換器と、
C 前記冷媒と熱搬送媒体とを熱交換させる媒体熱交換器と、
D 前記室外空気熱交換器を前記冷媒の放熱器として機能させ、かつ、前記媒体熱交換器を前記冷媒の蒸発器として機能させる冷媒放熱状態と、前記室外空気熱交換器を前記冷媒の蒸発器として機能させ、かつ、前記媒体熱交換器を前記冷媒の放熱器として機能させる冷媒蒸発状態と、を切り換える冷媒流路切換機と、
を有しており、前記冷媒としてHFC-32からなる流体が封入された冷媒回路と、

E 前記熱搬送媒体を昇圧する媒体昇圧機と、
F 前記媒体熱交換器と、
G 前記媒体熱交換器を前記熱搬送媒体の放熱器として機能させる第1媒体放熱状態と、前記媒体熱交換器を前記熱搬送媒体の蒸発器として機能させる第1媒体蒸発状態と、を切り換える第1媒体流路切換機と、
H 前記熱搬送媒体と室内空気とを熱交換させる複数の室内空気熱交換器と、
を有しており、前記熱搬送媒体として二酸化炭素が封入された媒体回路と、を備えた、

I 熱搬送システム。

【争点】

 本件の争点(原告の主張する本件審決の取消事由)は、取消事由1(引用発明、並びに一致点及び相違点の認定の誤り)、取消事由2(周知技術の認定の誤り)、取消事由3(進歩性の判断の誤り)である。

 本稿では、取消事由2(周知技術の認定の誤り)について、「容易の容易」の主張に関係する部分について取り上げる。

【本件審決の認定】

 本件審決は、相違点1について、以下のとおり認定した。

(相違点1)

 「冷媒として流体が封入された冷媒回路について、本願発明は、「HFC-32からなる流体が封入され」ているのに対して、引用発明は、「HC系冷媒であるプロパン」が流体として用いられている点。」

【原告の主張】

(下線は筆者が付した。)

 本稿では、「容易の容易」に関して原告が行った2つの主張を取り上げる。主張の概要は、周知事項1の認定の段階で推定・推論した上で、引用発明に適用しているから、「容易の容易」に該当するとの主張(以下「主張①」という。)と、周知事項1を複数の文献を組み合わせて認定しているから、「容易の容易」に該当するとの主張(以下「主張②」という。)である。

1 主張①(周知技術の認定)

 原告は、「引用文献2(甲12)の段落【0018】には、1次側冷媒としてHFC冷媒、HFO冷媒、HC冷媒等が多数列挙されており、2次側冷媒として二酸化炭素が例示されているにすぎず、引用文献11の段落【0021】には、一次側冷媒としてアンモニア(R717)、プロパン(R290)、プロピレン(R1270)、フッ素系冷媒(R410、R32、R134a、R407c)などが多数列挙され、実施例ではプロピレンが開示されているに過ぎないから、いずれの文献にも、「1次側の冷媒回路内の冷媒としてR32、2次側の冷媒回路内の冷媒として二酸化炭素を用いること」(「周知事項1」)の記載がない。本件審決は、周知事項の認定の段階で、例示される複数の冷媒からR32を選択するという推定・推論をしており、客観的に周知事項を認定していない。」「本件審決は、本願発明に接した後で、複数列挙の冷媒から、本願発明と同じ構成を選択しており、このような判断は、引用発明の認定に容易想到性の判断を持ち込むもので許されない。また、本件審決の認定は、周知事項の認定の段階で想定・推論し、さらに、本願発明と引用発明との相違点について論理付けができるかどうかの判断をしているから、いわゆる容易の容易であって許されない。」として、本件審決の認定は「容易の容易」に該当すると主張した。

2 主張②(周知性を裏付ける文献)

 原告は、「周知事項1は、被告の主張によっても、それを根拠づける文献は、引用文献2と引用文献11のみで数が少なく、周知技術に該当しないことは明白である。また、本件審決は、周知事項1を、複数の文献(引用文献1、2及び10)を組み合わせて認定しており、いわゆる容易の容易であり、許されない。」として、本件審決の認定は「容易の容易」に該当すると主張した。

【裁判所の判断】

(下線は筆者が付した。)

1 主張①(周知技術の認定)に対する判断

 裁判所は、以下のように判示した。

「確かに、一般論としては、引用刊行物において、例えば、当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、当業者は、特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできないといえる。しかし、引用文献2と引用文献11のように、一般式のような形式ではなく、1次側冷媒が具体的に列挙されている場合には、複数列挙されている1次側冷媒のそれぞれと二酸化炭素との組み合わせが、並列的に、現実に記載されているものと認められるから、当該刊行物の記載から、1次側冷媒のうちの一つと二酸化炭素の組み合わせからなる特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を示す構成を認めることができるというべきである。

「しかし、前記ア(イ)のとおり、引用文献2と引用文献11には、複数列挙されている1次側冷媒のそれぞれと二酸化炭素との組み合わせが、現実に記載されているものと認められ、複数列挙されている1次側冷媒の一つであるR32と二酸化炭素の組み合わせは、現実に記載されている組み合わせのうちの一つである。そして、引用発明の認定は、本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるように行うものであり、相違点1において、1次側冷媒について、本願発明がR32であるのに対して引用発明がプロパンであることが示されていることからすれば、相違点1に関係する冷媒の組み合わせとしては、1次側冷媒がR32である組み合わせを選択することは当然に行われるべきことである。そこにおいて、相違点1に関係する冷媒の組み合わせを選択して示すという精神作用が働いているとしても、それは、引用文献の記載のうち相違点に関連する組み合わせを、「R32」という本願発明の構成要件中の具体的な用語と同一の用語を探すことにより選択しているというにとどまり、それをもって、引用文献の記載と離れた推定、推論、想定が行われていると認めることはできないし、容易想到性に関する判断が行われているとはいえない。」

2 主張②(周知性を裏付ける文献)に対する判断

 裁判所は、「前記イのとおり、本件審決が、引2事項及び引11事項から周知事項1を導き出したことは、各刊行物の記載に基づいて、客観的かつ具体的に、そこに記載された技術的事項を認定したものと認められ、誤りがあるとは認められず、前記ア(ウ)のとおり、それをもって、引用文献の記載と離れた推定、推論、想定が行われていると認めることはできないし、容易想到性に関する判断が行われているとはいえない。」と判示した。

【検討】

1 主張①(周知技術の認定)について

 原告の主張は、周知事項の認定の段階で、例示される複数の冷媒からR32を選択するという推定・推論を行い、その上で、引用発明に適用することが「容易の容易」に該当する、というものである。これは、副引用発明等に対して副々引用発明等を適用して、副引用発明等を変更した上で、変更後の副引用発明等を主引用発明に対して適用する、という2つの「容易想到」の段階を経て特許発明の構成に想到するものである、という主張と考えられる。

 これに対して、裁判所は、「引用文献2と引用文献11には、複数列挙されている1次側冷媒の一つであるR32と二酸化炭素の組み合わせは、現実に記載されている組み合わせのうちの一つである。」と判示し、R32の選択に関し、推定や推論は行われていない、と判断した。原告の主張する1段階目の容易想到性の判断に誤りがある、と判断したものと考えられる。

 ただし、裁判所は、「確かに、一般論としては、引用刊行物において、例えば、当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、当業者は、特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできないといえる。」と判示した。この裁判所の判断を踏まえると、仮に、引用文献に、R32と二酸化炭素の組み合わせが現実に記載されているわけではなく、化合物が一般式の形式で記載されており、当該組み合わせの示唆や動機付けもなければ、「容易の容易」として、特許発明の進歩性が肯定された(特許発明の容易想到性が否定された)とも考えられる。

2 主張②(周知性を裏付ける文献)について

 原告の主張は、周知事項の認定の段階で、複数の文献(引用文献1、2及び10)を組み合わせて設定しており、その上で、引用発明に適用することが「容易の容易」に該当する、というものである。これは、上記1(主張①)と同様に、副引用発明等に対して副々引用発明等を適用して、副引用発明等を変更した上で、変更後の副引用発明等を主引用発明に対して適用する、という2つの「容易想到」の段階を経て特許発明の構成に想到するものである、という主張と考えられる。

 これに対して、裁判所は、上記1(主張①)と同様に、周知事項1は、各刊行物の記載に基づいて、そこに記載された技術的事項を認定したものと認められる、と判断した。原告の主張する1段階目の容易想到性の判断に誤りがある、と判断したものと考えられる。

 本件では、原告による「容易の容易」の主張は認められなかったが、「容易の容易」の考え方を理解する上で参考になる判決である。

以上 

弁護士・弁理士 溝田尚