【令和5年5月26日(東京地裁 令和3年(ワ)第31840号)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

 本件は、ストレーナという器具に関する発明(以下「本件発明」という。)に関し、本件発明に係る特許出願の願書の発明者欄に記載されていた原告(被告会社の元従業員)が、本件発明は原告が被告会社の職務として原告が単独で発明したものであると主張して、被告会社に対し、相当の対価として金員を請求した事案である。なお、本件は、平成16年改正特許法が適用される事案である。

2 本稿で紹介する内容

 本件発明に係る特許出願(以下「本件特許出願」という。)の願書には、原告のほか、被告会社の従業員B及びCが記載されていたところ、原告は自らが本件発明の単独発明者であると主張した。これに対し、被告会社は、①原告は、本件発明に事実上関与したにすぎず、本件発明に対して創作的に関与したものではないこと、②さらに、被告会社において本件特許出願の当時、営業担当者を発明者の1人として出願する慣習があったため、原告が共同発明者として当該出願をしたに過ぎないと主張し、原告の発明者性を争った。
 以上に関し、裁判所は、本件発明の完成に至る経緯について詳細に認定した上で、原告の発明者性を否定して、原告の請求を棄却した。
 本稿では、最近の職務発明対価請求事案として、発明者性に関する裁判所の認定過程を簡単に紹介したい。

3 判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

⑴ 特許発明の特徴的部分を踏まえた検討
 裁判所は、まず、本件発明が完成した時期の認定を行い、本件発明の特徴的部分を踏まえた上で、原告が本件特許の完成までに本件発明に実質的に関与したかどうかを検討した。裁判所は発明者性の認定基準には敢えて言及していないが、裁判実務上、発明の特徴的部分の完成に現実に関与した者を発明者と認定することが一般的である(知財高判平成28年2月24日(平成26年(行ケ)第10275号))。裁判所が「本件発明の特徴的部分は、本件構成であるところ…」と言及している点も、上記の認定基準を前提にしているものと思われる。

…そうすると、本件発明は、遅くとも同性能実験の時点では完成していたと認められる

本件発明の特徴的部分は、本件構成であるところ…、原告は、本件構成の形状について、原告が発案したものであり、C等は原告の指示に基づいて図面を作成したにすぎないなどと主張する。

…しかし、…

⑵ 原告の陳述書の信用性の検討
 原告が本件発明の特徴的部分についてどのように関与したかについて、裁判所は、原告の主張内容(審理過程における主張の経過・変遷等も含む。)、及び、原告の着想や具体的な提案を裏付ける証拠の有無を検討した。
 この点について、裁判所は、原告が提出した2通の陳述書には、本件発明に係る具体的な着想に関する記載はなく、具体的な提案を行った時期についても記載がないことから、原告の陳述書の記載のうち、上記で認定した本件発明の完成時期までに原告が本件発明に実質的に関与した旨の記載部分は信用できないとした。

しかし、原告は、前記…で認定したとおり、本件訴訟の当初、本件発明が着想され、完成するまでの具体的な経緯を説明せず、本件発明の特徴的部分の完成に対する原告の具体的な関与の内容、時期が問題となったところ、令和4年8月の準備書面で、平成25年初めころにジェットエンジンの形状から着想したと主張したものの、原告が被告の社内において当該形状について言及したことについて、単にC等に図面等の製作を依頼したと主張するのみで、具体的な状況も、その時期についても明らかにしなかった。また、原告は、本件特許の出願をした理由を記載するに当たりFに対し別の構成のストレーナの提案をしたことがあったことを述べつつ、本件構成はDに提案したものであると主張した。しかし、前記…のとおり、本件構成は、Fの依頼に基づいて設計されて平成26年5月にはFに提案されたものであった。また、原告が主張する平成25年初めの着想に関する証拠は何も提出せず、それと本件図面が平成26年5月に作成されたこととの関係も不明であった。被告はこれらの点を指摘したが、原告は、上記以上の主張をしなかった。

 その後、原告は、発明者であることについての立証の最終段階として甲23陳述書を提出したところ、甲23陳述書には、原告が被告に初めて逆コーン型の形状を提案したのは、平成26年8月末から同年9月初め頃にかけてであり、D向けのストレーナの開発過程において、Dの担当者に逆コーン式のストレーナを提案したときであると記載され、また、それ以前に本件構成のストレーナの設計がされなかったと記載されていた。原告は、甲23陳述書をもって、本件構成を被告において明らかにした時期等について初めて本件訴訟において明示したところ、そこには、その時期は平成26年8月末から同年9月初め頃にかけてであり、Dの担当者に対してであることや、それ以前には本件構成のストレーナの設計がされなかったことが明確に記載されていた。

 これに対し、被告が書面による準備手続に係る協議において、改めて、原告の甲23陳述書の上記記載は本件図面が平成26年5月に作成されたことと矛盾することなど指摘したところ、原告は急遽陳述書を訂正したいとの申出をし、本件図面が作成される前からもHの相談に応じて逆コーン式を提案していたなどと記載された甲25陳述書を提出した。しかし、甲25陳述書にもそのような提案をした具体的な時期についても状況についても記載はなく、このことを裏付ける証拠も提出されなかった。

 上記の原告の主張立証の経過及び原告が主張する原告の着想や具体的な提案を客観的に裏付ける証拠が全くないことによれば、甲25陳述書の記載うち、原告が、前記F向けの性能実験までの間に本件発明に実質的に関与していたと記載された部分はにわかに信用できない

⑶ 知得の経路(原告は他の従業員により開発された知見を流用したこと)
 原告は、自らが担当した顧客の開発において本件構成を備えたストレーナを用いていることを主張していたところ、裁判所は、原告が、被告従業員Cがかつて関与した案件において開発された本件構成を備えたストレーナの知見が流用されていると推認して、原告の主張を否定した。

…上記開発過程やその採用の時期を考えるとDに採用されたストレーナについては、Fとの関係で開発された本件構成を備えたストレーナの知見が流用されたことが推認できる

⑷ 営業担当者を発明者の1人として出願する慣習について
 被告は、営業担当者を発明者の1人として出願する慣習があったと主張したが、裁判所は、そのような慣習の存在については認定をしなかった。もっとも、原告が願書の発明者欄に記載されている点については、本件特許出願当時に、弁理士との窓口になっていた被告従業員の担当者が「経緯等から原告が本件発明に関与した者であると考えたか、又は本件構成を有するストレーナをDが採用する過程で尽力した者として発明者として取り扱うこととし、被告において、原告も発明者として本件特許の出願がされたことがうかがえる。」と認定し、当該担当者が「原告を発明者として扱い、被告が原告を本件発明の発明者として出願したとしても、そのことが、前記…のとおり遅くとも平成27年2月までに完成した本件発明の発明者が原告であることを裏付けるものとはいえない。」とした。

4 若干のコメント

 本判決は、職務発明対価請求訴訟において特に新しい判断基準等を示したものではなく、従来の裁判実務で認められた発明者性の認定基準に従って、事実認定を行い、判断したものと考えられる。職務発明関連訴訟においては、原告本人、他の発明者の過去の体験が問題となるところ、これらの者の陳述書において、発明の完成までの具体的な関与がどのような態様のものであったかが具体的に記載されることが予定される。この場合、肝要なのは、重要部分における記載内容(主張内容)が、客観的事実と整合し、かつ、一貫していることである。本件では、原告の陳述書の重要な記載内容が客観的事実と整合しないことが、裁判所の心証に相当程度影響を与えたものと考えられる。

以上
 弁護士藤田達郎