【令和5年3月27日 (知財高判 令和4年(行ケ)第10092号)】

【キーワード】
補正、新規事項

1 事案の概要

 本件は、拒絶査定不服審判の請求不成立審決の審決等取消訴訟である。
 本件は、補正が、新規事項の追加にあたるかどうかが争われた。

2 本件発明(補正後)

【請求項1】
 複数の通信端末に対して一ユーザ対一ユーザの対戦ゲームを提供するコンピュータに、
 前記通信端末を操作するユーザ毎に一意に割り当てられる識別情報と、ユ ーザ情報とを、それぞれのユーザ毎に対応づけて管理するステップと、
 前記ユーザー情報に応じて、数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さの下限値及び上限値により定められた強さの各段階のうち、前記ユーザがいずれの強さの段階であるかを決定するステップと、
 前記ユーザから対戦要求を受けた場合、前記識別情報に対応付けられたユーザ情報に応じた強さの段階に基づき、当該強さの段階から所定範囲内の同じ強さまたは異なる強さの段階の他のユーザとの対戦を開始するステップと、
を実行させ、
 前記対戦を開始するステップは、
 前記下限値及び上限値により定められた強さの段階毎に設定された対戦相手の強さの段階の上限および下限、ならびに、当該対戦相手の強さの段階の上限および下限に含まれる弱者の割合および/または強者の割合に基づいて、自動的に対戦相手候補であるユーザを抽出し、当該対戦相手候補であるユーザの中から前記ユーザによって決定された他のユーザとの対戦を開始することを特徴とするプログラム。

3 特許庁の判断

 当初明細書等において、本願発明が解決しようとする課題は、段落 【0004】、【0005】及び【0006】の摘記から明らかなよう に、「攻撃力及び防御力の合計値が乖離してしまう」ことに起因して、ゲームに対するユーザの興味を著しく低下させてしまっていたことであると認められる。
 上記課題からすれば、「強さ」とは、「攻撃力及び防御力の合計値」のみであると認められる。
 当初明細書等には、「強さ」が、「攻撃力及び防御力の合計値」であることは記載されているものの、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が「強さ」であることまでは記載されていない。

 「ゲーム」分野における技術常識として、「ユーザ」の「強さ」には、攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が技術常識といえる。
 確かに、体力、俊敏さ、所持アイテム数等の数値が高ければ対戦ゲームを有利に進めることができる可能性があるものの、当初明細書等において、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が、上記課題を解決することは記載されていない。

 そうすると、「強さ」を、「数値が高い程対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」とする本件補正は、新規事項の追加にあたる。

4 裁判所の判断

「3 取消事由の存否」
 当初明細書等及び第2次補正後の明細書等に記載の発明の技術的意義は、前記2(1)イ及び(2)記載のとおり、ユーザの強さの段階を基準として所定範囲内の強さの段階にある対戦相手を抽出することにより、従来のように対戦相手をランダムに抽出する場合に比べて、対戦相手間の強さに大差が出て勝敗がすぐについてしまう戦いの数を低減することができ、また、対戦相手の強さに一定のばらつきを含ませて対戦ゲームの難度を変化させ、ユーザのゲームに対する興味を増大させることにある。
 そして、「ゲーム」分野における技術常識に関して、「ユーザ」の「強さ」に、攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が含まれることが本願の出願時の技術常識であったことは、当事者間に争いがない。
 上記のような、対戦ゲームにおいて、強さに大差のある相手ではなく、ユーザに適した対戦相手を選択するという発明の技術的意義に鑑みれば、当初明細書等記載の「強さ」とは、ゲームにおけるユーザの強さを表す指標であって、 ゲームの勝敗に影響を与えるパラメータであれば足りると解するのが相当であり、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」とすることは、発明の一実施形態としてあり得るとしても、技術常識上「強さ」に含まれる要素の中から、あえて体力、俊敏さ、所持アイテム数等を除外し、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」に限定しなければならない理由は見出すことができない。言い換えれば、 「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定するか否かは、発明の技術的意義に照らして、そのようにしてもよいし、しなくてもよいという、任意の付加的な事項にすぎないと認められる。
そうすると、当初明細書等には、「強さ」の実施形態として、文言上は「攻撃力及び防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みると、第2次補正により、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」 に限定せずに、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したことによって、さらに技術的事項が追加されたも のとは認められず、第2次補正は、新たな技術的事項を導入するものとは認められない。そうすると、第2次補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであると認められ、特許法17条の2第3項の規定に違反するものではないというべきである。
 したがって、本件審決が、第1次補正発明の「強さ」について、第2次補正により「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と補正したことは新たな技術的事項を導入するものである として、第2次補正は特許法17条の2第3項の規定に違反すると判断して第2次補正を却下した(本件審決第2)のは誤りであると認められ、本件審決には、原告主張の取消事由が認められる。」

5 コメント

 補正が新規事項にあたるかどうかについて、特許庁と裁判所の判断が分かれたケースである。本年は、訂正や補正に関して、決定や審決が取り消された事例が数件あり、特許庁と裁判所の補正・訂正に対する考え方の相違が目立った。
 裁判所は、
・本件発明の技術的意義に鑑みれば、当初明細書等記載の「強さ」とは、ゲームにおける
 ユーザの強さを表す指標であって、 ゲームの勝敗に影響を与えるパラメータであれば足り
 る。
・ 技術常識上「強さ」に含まれる要素の中から、あえて体力、俊敏さ、所持アイテム数等
 を除外し、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」に限定しなければならない理由は見出すこ
 とができない。
・そうすると、本件補正が、「強さ」を、「攻撃力及び防御力の合計」に限定せずに、「数値
 が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したこと
 によって、さらに技術的事項が追加されたものとは認められない。
ということで、本件における補正は新規事項の追加ではないと判断した。

以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎