【令和5年11月30日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10063号)】

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を若干簡略化している)

 本件は、原告(商標登録出願人)が、「被服」(第25類)等を指定商品として商標「VENTURE」(標準文字)に係る商標登録出願(商願2020−128329号)をしたところ、本願商標が引用商標と類似する商標であって、引用商標に係る指定商品と同一の商品について使用するものであるから、商標法4条1項11号に該当し、登録することができない旨の拒絶理由通知が発せられ、その後、拒絶査定となり、拒絶査定不服審判を請求したものの棄却審決(以下「本件審決」という。)となったため、これに不服として提訴した事案である。

引用商標

(登録第6434159号

/商願2020−100987号)

本願商標

VENTURE(標準文字)

 

 本件審決は、本願商標と引用商標の類否に関し、大要、以下のとおり判断した。

ア 本願商標は、「ベンチャー」の称呼及び「冒険」の観念を生じる。

イ 引用商標中「遊」の文字部分と「VENTURE」の文字部分との間に意味上の繋がりは見いだし難く、文字の大きさ、文字種、文字の書体も異なり、他にこれらの文字部分を常に不可分一体のものとしてのみ認識し把握すべき格別の理由もないから、各文字部分が独立して自他商品の識別標識としての機能を果たし得る。

 引用商標は、その構成中「VENTURE」の文字部分を分離、抽出し、この部分だけを要部として他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも許される。

ウ 本願商標と引用商標は、全体の外観においては「遊」の文字部分が相違するものの、本願商標と引用商標の要部である「VENTURE」の文字部分との比較について、外観において互いに似かよった印象を与える。また、両者は「ベンチャー」の称呼及び「冒険」の観念を共通にする。

 そうすると、本願商標と引用商標は、要部の比較において、外観上似かよった印象を与えるものである上、称呼及び観念を同一にするものであるから、これらの外観、称呼及び観念によって、取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すれば、両商標は、互いに紛れるおそれのある類似の商標というべきである。

 

 本件では、引用商標が結合商標であることを前提に、その各構成部分を分離した場合の要部をどのように捉えるかが問題となった。

 

2 判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

 ⑴ 結合商標の類否の判断基準

 裁判所は、まず、結合商標の類否に関して判示した、つつみのおひなっこや事件最高裁判決(最判平成20年9月8日集民228号561頁)の判示内容に言及しつつも、同判決が示した商標の構成部分の一部を抽出できる場合の例示を更に敷衍して、以下のように判示した。

1 取消事由(商標法4条1項11号該当性の判断の誤り)について

(1) 商標法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、①その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合、③商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合などを除き、許されないというべきである。なお、上記③で例示する場合においては、分離された各構成部分の全てが当然に要部(分離・抽出して類否判断を行うことが許される構成部分)となるものではないことに留意が必要である。

 

 ⑵ 要部の認定について

 上記の基準を踏まえて、裁判所は、引用商標の外観・称呼・観念の観点から、詳細に引 用商標の構成を認定した上で、引用商標中の「遊」の文字部分と「VENTURE」の文字部分を分離して理解することが可能であり、「VENTURE」の部分を要部と認定することはできず、本件審決の判断中、「『VENTURE』の文字部分を要部と認めた部分は是認できない」と判示した。

 「VENTURE」の文字部分を要部として認定することができないという点は、上記「⑴」の基準の③で示された「分離された各構成部分の全てが当然に要部(分離・抽出して類否判断を行うことが許される構成部分)となるものではないことに留意が必要である」という判示内容が反映されている。

(3) 引用商標について

ア 引用商標は、中央上部に筆文字風の書体による「遊」の漢字を大きく配し、底辺部にゴシック体風の書体による「VENTURE」の欧文字を配した構成からなる結合商標である。

(ア) この外観に着目して具体的に観察すると、中央上部の「遊」の文字は、「VENTURE」を構成する各文字よりも縦横とも約5倍の大きさで、面積にして約25倍相当となる。「遊」の文字と「VENTURE」文字部分(7文字分)全体の面積を比較しても、前者が後者の約3.5倍ということになり、「遊」の文字部分が「VENTURE」の文字部分に対して圧倒的な存在感を示している。

 また、「遊」の文字の書体は、勢いのある行書の筆文字風であり、「遊」の語義と相まって、看者に躍動感と趣味感を印象づける書体であるのに対し、「VENTURE」は、太目の文字をわずかに右に傾けたゴシック体風の書体という以上の特徴はみられない。

 そして、「遊」の文字部分は、中央上部に配置され、これが商標の全体構成の中心部分をなすとの位置づけを否応なくアピールするのに対し、「VENTURE」の文字部分は、底辺部で「遊」を支える台座のような印象を与える外観となっている。

(イ) 次に、称呼及び観念に着目して検討するに、引用商標の構成中、「VENTURE」の文字部分からは、(2)で述べたところと同様、「ベンチャー」の称呼及び「冒険」の観念を生ずる。そして、「遊」の文字部分からは、「ゆう」又は「あそ」(び、ぶ)の称呼を生じ、「あちこち出歩いてあそぶ」等の観念を生ずる(乙5)。

 したがって、これを全体として観察した場合、一応は「ユウベンチャー」又は「アソベンチャー」の称呼を生ずるといえるが、一義的に明確とはいえず、一連一体の文字商標としての読み方は定まらない(よく分からない)という印象を取引者、需要者に与えることも否定できない。

 また、「遊」の部分から生ずる観念(あちこち出歩いてあそぶ)と「VENTURE」の部分から生ずる観念(冒険)とを統合する単一の観念を見出すことは困難であり、造語としての「ユウベンチャー」又は「アソベンチャー」から特定の観念が生ずるとも認められない。

 この点、原告は、上記各部分を通じて、「気ままに冒険する」といった観念上のつながりが理解される旨主張するが、連想の域を出ない希薄なつながりにすぎず、ここに商標の出所識別機能の根拠を求めるには無理がある。

イ 以上の認定を踏まえ、上記(1)の③で例示したところを参考に、引用商標における分離観察の可否及び要部認定について検討する。

 引用商標は、「遊」の文字部分と「VENTURE」の文字部分からなる結合商標であり、原則として全体観察をすべきことは前述のとおりであるが、上記各構成部分を比較すると、文字の大きさの違いからくる「遊」の文字部分の圧倒的な存在感に加え、書体の違いからくる訴求力の差、全体構成における配置から自ずと導かれる主従関係性といった要素を指摘することができ、称呼及び観念において一連一体の文字商標と理解すべき根拠も見出せない等の事情を総合すると、引用商標に接した取引者、需要者は、「遊」の文字部分と「VENTURE」の文字部分を分離して理解・把握し、中心的な構成要素として強い存在感と訴求力を発揮する「遊」の文字部分を略称等として認識し、これを独立した出所識別標識として理解することもあり得ると解される。

 他方、「VENTURE」の文字部分は、商標全体の構成の中で明らかに存在感が希薄であり、従たる構成部分という印象を拭えず、これに接した取引者、需要者が、「VENTURE」の文字部分に着目し、これを引用商標の略称等として認識するということは、常識的に考え難い。したがって、「VENTURE」の文字部分を引用商標の要部と認定することはできないというべきである。

 本件審決の判断中、「遊」の文字部分と「VENTURE」の文字部分との分離観察が可能という点は正当であるが、「VENTURE」の文字部分を要部と認めた部分は是認できない。

 

 ⑶ 結論

 以上のとおり判示した上で、裁判所は、本願商標と「遊」の文字部分を要部とした引用 商標は類似性が認められないとして、本願商標は商標法4条1項11号に該当しないから、審決を取り消す旨判断した。

 

3 若干のコメント

 結合商標の類否については、つつみのおひなっこや事件最高裁判決が以下のとおり判示している。

法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。

 同最高裁判決においても、分離観察が可能な場合の例示が示されており、本判決も同最高裁判決の事件番号は引用していないものの、基本的には同判決の基準に沿って判断しているものと解される。同最高裁判決では、上記例示に関し、(ⅰ)「その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」、及び(ⅱ)「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合」について言及しており、この二つの例示は、それぞれ、本判決の「①その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」、及び「②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合」に対応している。

 本判決では、更に、同最高裁判決では言及されていない例示である「③商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合」に言及した上で、さらにこの「③」の場合について、「分離された各構成部分の全てが当然に要部(分離・抽出して類否判断を行うことが許される構成部分)となるものではないことに留意が必要である」と述べた点に特徴がある。

 本判決は、つつみのおひなっこや事件最高裁判決の基準をさらに敷衍したものでもあり、実務上参考となるものである。

以上

弁護士 藤田達郎