【令和5年3月21日(知財高裁 令和5年(ラ)第10001号)】

【ポイント】

建築(美術館・庭園)の著作物性、及び建築物の自由改変の成否について判断した事案

【キーワード】

著作権法10条1項5号
著作権法20条2項2号
美術館の著作物性
庭園の著作物性
建築物の自由改変

第1 事案

 抗告人(原審債権者)は相手方(原審債務者)が所有する版画美術館及び庭園の設計等の業務を行った建築設計事務所の代表者である。
 本件は、抗告人(原審債権者)が、相手方(原審債務者)に対し、美術館新築工事に伴う本件各工事の実施により、当該版画美術館及び当該庭園に係る抗告人の著作者人格権(同一性保持権)が侵害されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求めた事案の即時抗告事件である。
 原審は、版画美術館は、抗告人がその著作者である「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)に該当し、本件各工事によって版画美術館に加えられる変更は抗告人の意に反する改変に当たるが、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当すると判断し、庭園は、「建築の著作物」に該当するとは認められないとして、本件申立てをいずれも却下したため、抗告人が即時抗告をした。本決定は、原審の決定の結論を維持した。
 以下では、本事案の争点のうち、建築の著作物性、庭園の著作物性及び本件各工事が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)として許容されるか否かの法解釈について述べる。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)

 建築物に『建築の著作物』としての著作物が認められるためには、「文芸学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』…に該当すること…が必要とされるところ、『美術』の『範囲に属するもの』といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。そして、建築物は…意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があ…るものというべきである。このような観点から、建築物が「美術」の『範囲に属すもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。
…さらに、『著作物」は、『思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならない。…その要件のうち、創作性については…建築物に化体した表現がありふれたものであるため後進の創作者の事由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。…
 建築基準法2条1号によれば、…『建築物』とは『土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱もしくは壁を有するもの…』などをいうところ…土地である庭園そのものは。『建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常…『建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、『建築物』と同様に、その新築、増築…等を観念することも可能であるからすると、著作権法上の『建築の著作物』に準じて、その著作物性が認められ得ると解するのが相当である。…
 著作権法20条1項は…著作物について…その意に反して…改変を受けないことを定めるが、同条2項2号において、建築物の増築、改築…による改変については…特段の条件を付すことなく、同条1項の規定を適用しない旨を定めている。
…したがって、建築物の所有者が、効用の増大を図るため、建築物の増築、改築…による改変を行うことは…同一性保持権を侵害するものではない。
…もっとも、このような同一性保持権に対する制限は…建築物について経済的・実用的な見地からその効用の増大を図ることを許す必要性が高いとの趣旨によるものであることに照らすと、改変が経済的・実用的な見地から全く必要性のないものであったり、著作者に対する害意に基づくもので認められるなどの特段の事情がある場合には、当該改変は許されないものと解するのが相当である。

第3 検討

 本件は、建築(美術館・庭園)の著作物性、及び建築物の自由改変(著作権法20条2項2号)の成否について判断した裁判例である。
 まず、建築の著作物性について、本決定は、意匠法等の保護範囲との棲み分けを理由に、「建築物が「美術」の『範囲に属すもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。」と判示する。この判断基準は、公園にある滑り台(応用美術)の著作物性を判断した知財高裁令和3年12月8日判決(令和3年(ネ)第10044号)が判示した基準と同じである。
 もっとも、それらの基準は、量産される量産品を前提としている基準であると考えられるところ(本決定が引用する最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第1小法廷判決)、本件の美術館や庭園は量産される量産品(建築物)とはいえないので、本件において当該基準を採用していいのかについては見解が分かれるところである。
 次に、庭園の著作物性について、本決定は、「庭園は、通常…『建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、『建築物』と同様に、その新築、増築…等を観念することも可能であるからすると、著作権法上の『建築の著作物』に準じて、その著作物性が認められ得ると解するのが相当である」と判示し、庭園は、「建築物」に該当しないものの、『建築の著作物』に準じて著作物として認められる場合があることを示しました。もっとも、本件においては、本件庭園は、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成にすぎないため美術の範囲に属さず、また、美術館(建築物)との一体性を否定する旨を述べ、本件庭園の著作物性を否定しました。他方で、本決定は、美術館の著作物性は認めました。
 また、建築著作物の自由改変(著作権法20条2項2号)については、同項の文言とおり、原則として、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」は、同一性保持権を侵害するものではないとし、例外として、「改変が経済的・実用的な見地から全く必要性のないものであったり、著作者に対する害意に基づくもので認められるなどの特段の事情がある場合」は同一性保持権を侵害する旨を判示した。そして、本件各工事は、著作権法20条2項2号の改変に該当し許されることを判示した。
 他方で、原審の決定は、最終的に本件各工事は著作権法20条2項2号の改変に該当し許されるとしながらも、本決定とは異なり、建築著作物の自由改変の例外として、「個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変」を判示した。本判決は、上記のとおり、「建築物について経済的・実用的な見地からその効用の増大を図ることを許す必要性が高いとの趣旨」という本号の趣旨に鑑みて、改変の必要性の欠如や著作者への害意といった「特段の事情」がある場合を例外としており、原審の決定とは異なる。この点については、裁判例でも見解が分かれているところであり、今後の裁判例の蓄積が待たせる。
 このように、本判決は建築(美術館・庭園)の著作物性の判断基準及び建築物の自由改変(著作権法20条2項2号)の解釈を示しており、実務上参考になる。

以上
弁護士 山崎 臨在