【令和5年3月23日(東京地裁 令和4年(行ウ)第382号)】

【事案の概要】

 本件は、原告が、令和元年10月29日付けでした特許出願(特願2019-196800号。以下「本件親出願」という。)について、令和2年7月29日に特許権(特許第6741320号。以下「本件特許権」という。)の設定登録を受けた後、同年8月5日付けで本件親出願をもとの特許出願とする分割出願(特願2020-132958号。以下「本件出願」という。)をしたところ、これにつき特許庁長官(処分行政庁)から令和3年3月30日付けで出願却下の処分(以下「本件却下処分」という。)を受けたため、本件出願は特許法(以下「法」という。)44条1項2号に規定する期間内にされたものであり、同項に規定する要件を満たす適法なものであるなどとして、本件却下処分の取消しを求める事案である。

【裁判例抜粋】(下線は筆者)

主文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1 請求

  特許庁長官が令和3年3月30日付けでした、特願2020-132958号についての出願却下の処分を取り消す。

第2 事案の概要

(中略)

 1 前提事実(争いのない事実、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

  (1) 本件親出願に関する経緯

  ア 原告は、令和元年10月29日、発明の名称を「ギフト資産管理システム」とする発明について特許出願(本件親出願)をした。

  イ 特許庁審査官は、令和2年6月30日付けで本件親出願について特許査定を行い(以下「本件特許査定」という。)、同年7月7日、本件特許査定の謄本が原告に送達された。

  ウ 原告は、同月20日付けで本件親出願について第1年から第3年までの各年分の特許料を納付した。これを受けて、特許庁長官は、同月29日、本件特許権の設定登録をした(以下「本件設定登録」という。)。

  (2) 本件出願及び本件却下処分

  ア 原告は、令和2年8月5日、本件親出願をもとの特許出願とする分割出願(本件出願)をした。

  イ 特許庁長官は、同年9月25日付け却下理由通知書(甲6。以下「本件理由通知書」という。)により、原告に対し、本件出願は特許出願を分割できる時又は期間内にされた分割出願ではないことを理由に、法令で定める要件を満たしていないため却下すべきものと認められる旨を通知すると共に、弁明書提出の機会を付与した。

  本件理由通知書には、その理由として、法44条1項2号所定の期間内であっても、特許出願について特許権の設定登録がされた後は、その特許出願は特許庁に係属しなくなるため、その特許出願をもとの出願として新たな特許出願をすることはできない旨示した上で、本件親出願は令和2年7月29日に特許権の設定登録がされているところ、同年8月5日に行われた本件出願は、特許庁に係属していない特許出願をもとの出願として行われたものであるから、法44条1項所定の要件を満たしていない不適法な手続であって、その補正をすることができないものであり、法18条の2第1項の規定により却下すべきものと認められる旨の記載がある。

  ウ これを受けて、原告は、同年11月21日、特許庁長官に対し、弁明書(甲7。以下「本件弁明書」という。)を提出した。本件弁明書には、本件出願をした同年8月5日時点では、原告において本件特許権に係る特許証を受領しておらず、同年7月29日に本件設定登録がされたことは了知していなかった旨が記載されている。

  エ しかし、特許庁長官は、令和3年3月30日付けで、原告に対し、本件弁明書の内容を考慮しても本件理由通知書記載の却下理由を解消することはできないなどとして、本件却下処分をした(同年4月6日発送)。

  (3) 本件審査請求及び本件裁決

  原告は、同年6月10日付けで、特許庁長官に対し、本件却下処分の取消しを求める審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。

  これに対し、特許庁長官は、令和4年2月22日付けで本件審査請求を棄却する旨の裁決をした。

  (4) 本件訴訟の提起

  原告は、令和4年8月5日付けで、本件却下処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

 2 争点及び争点に関する当事者の主張

(中略)

 

第3 当裁判所の判断

 1 争点(本件却下処分の違法性の有無)について

  (1) 法44条1項柱書きは、特許出願人は、一の特許出願中に二以上の発明が含まれている場合、その特許出願の一部を新たな出願(分割出願)とすることができる旨規定する。ここで、「特許出願人」及び「特許出願」とされていることに鑑みると、同項の規定は割出願のもととなる特許出願が特許庁に係属していることを前提とするものと理解される。他方、同項は、分割出願の時期的要件につき、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる時又は期間内にするとき」(1号)や「拒絶をすべき旨の最初の査定の謄本の送達があった日から三月以内にするとき」(3号)と定めるほか、「特許をすべき旨の査定…の謄本の送達があった日から三十日以内にするとき」(2号)と定めているところ、上記のとおり、法44条1項はもととなる特許出願が特許庁に係属していることを前提とするものと理解されることを踏まえると、特許査定の謄本の送達があった日から30日以内であっても、特許権の設定登録がされればその特許出願は特許庁に係属しなくなる以上、これをもとに分割出願をすることはできないと解される。

  本件については、前提事実(1)のとおり、本件特許査定の謄本が原告に送達されたのは令和2年7月7日であるから、原告は、同日から30日以内である同年8月5日に本件親出願をもとの特許出願とする分割出願(本件出願)をしたといえる。しかし、本件出願に先立つ令和2年7月29日に本件設定登録がされたことにより、本件親出願は特許庁に係属しないものとなったことから、それ以降は本件親出願をもとの特許出願として分割出願をすることはできなくなっていたものである。

  したがって、本件出願は、法44条1項所定の分割可能期間を経過した後にされたものであり、同項所定の要件を満たさないものと認められる。

  以上のとおり、本件出願は、法44条1項所定の要件を満たさない不適法なものであり、その補正をすることができないものといえるから、同法18条の2第1項本文に基づいて本件出願を却下した本件却下処分は適法と認められる。

  (2) 原告の主張について

  ア 取消事由1について

  原告は、法44条1項の定める分割出願について、特許査定謄本の送達の日から30日以内であっても特許権の設定登録がされた後はすることができないとの解釈は、明文の規定のない被告による解釈にすぎず、十分な合理性を有しないなどと主張する。

  しかし、「二以上の発明を包含する特許出願の一部」(法44条1項柱書き)のうちの「特許出願」及び「特許出願人」(前同)が、特許庁に係属している特許出願及び同出願における特許出願人をそれぞれ意味するものであることは文理上明らかである。

  また、法46条の2第1項は実用新案制度に特有の事情を考慮して設けられたものであることなどに鑑みると、同条項の存在は、分割出願の時期的要件に係る解釈に結び付くものでは必ずしもない

  したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

  イ 取消事由2について

  原告は、仮に特許査定謄本送達から30日以内であっても特許権の設定登録後は分割出願できないとする法解釈が許容されるとしても、少なくとも特許出願人との関係では特許権の効果が発生するのは特許証を受領した日と解すべきであり、分割出願不可化の効力発生時期も特許証の受領日でなければならないなどと主張する。

  しかし、「特許権は、設定の登録により発生する」(法66条1項)とされており、特許出願人(特許権者)との関係において例外的に特許証の受領日に特許権が発生する旨を定める規定は存在しない。また、特許権は対世効を有するところ、特許出願人との関係においてのみ特許権の効力発生時期を別異に解することは、対世効を有する特許権の法的安定性を欠くこととなる。さらに、特許証は、特許権の設定を公証するものにすぎず、権利の得喪変更とは無関係なものであるから、特許証の受領をもって特許権が発生すると解することはできない。なお、原告主張に係る設定登録後の出願無効処分なる行政処分の性質等は必ずしも明らかではないが、少なくとも法にはそのような行政処分の存在やその効力発生時期等を定める規定は存しないことから、原告の主張は法の規定を離れた独自の見解というほかない。また、特許査定後の分割出願に関する他の主要国の立法例との調和という点については、仮に他国の立法例が原告主張のとおりであるとしても、そのことをもって、分割出願の時期的要件と特許権の設定登録の効力発生時期等につき原告の主張する解釈を採用すべきことには必ずしもならない。

  したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

 2 まとめ

  以上より、本件却下処分は違法とはいえず、取り消すべきものとは認められない。

第4 結論

  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

【解説】

 本件は、原告が、特許出願(本件親出願)について、特許権(本件特許権)の設定登録を受けた後、本件親出願をもとの特許出願とする分割出願(本件出願)をしたところ、特許庁長官から本件出願の出願却下の処分(本件却下処分)を受けたため、本件却下処分の取消しを求めた事案である。

 特許法(以下「法」という。)44条1項2号によれば、特許出願人は、特許をすべき旨の査定の謄本の送達があつた日から三十日以内に、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願(分割出願)とすることができる。しかし、特許査定の謄本の送達があった日から30日以内であっても、特許出願が設定登録を受けた場合、特許庁は、係る特許出願を親出願とした分割出願を認めない取り扱いをしており、このため、本件出願については本件却下処分がなされた。

 裁判所は、被告(国)の主張を認め、法44条1項で、「特許出願人」及び「特許出願」とされていることを鑑みると、同項の規定は分割出願の基となる特許出願が特許庁に係属していることを前提とするものであるから、特許査定の謄本の送達があった日から30日以内であっても、特許権の設定登録がされればその特許出願は特許庁に係属しなくなる以上、これをもとに分割出願をすることはできない、と判断した。

 原告は、「特許出願人」は、親出願の出願人以外の第三者が分割出願を行うことができないとの主体的要件を定めるものであり、「特許出願」とは、分割出願は親出願に包含されている内容がされなければならないという客体的要件を定めるものであると主張し、また、法46条の2第1項を例として、登録後に出願が再係属することがあると主張したが、認められなかった。条文の分離解釈としては、裁判所の判断は妥当なものと考えられる。

 さらに、原告は、特許査定の謄本の送達があった日から30日以内であっても、特許権の設定登録後は分割出願できないと解されるとしても、特許出願人は、特許証を受領するまでは特許権が設定登録された事実を知ることができないのだから、少なくとも特許出願人との関係では、特許権の効果が発生するのは特許証を受領した日と解すべきと主張し、本件出願は、特許証の受領日より前に行われたものであるから適法であると主張した。

 しかし、裁判所は、法66条1項に、「特許権は、設定の登録により発生する」とされていることや、特許権は対世効を有するので特許出願人との関係においてのみ特許権の効力発生時期を異にすることは法的安定性を欠く、という理由で原告の主張を認めなかった。この判断も、妥当なものと考えられる。

 本件からも明らかなとおり、特許権の設定登録後は、当該特許権に係る特許出願を親出願とした分割出願はできない。特許権の設定登録は、特許料の納付を行うことによりなされるものであるから、分割出願を行う場合には、特許料納付書の提出と同日以前の出願は必須である(この点は特許庁のウェブサイトにも注意喚起されている。)。

 本件は、分割出願の却下処分の取消訴訟という珍しい事例であるが、分割出願が可能な期間を確認する意味もあり、紹介させていただいた。

以上

弁護士 石橋茂