【令和5年5月18日(知財高裁 令和5年(ネ)第10009号 損害賠償請求控訴事件)】

【要約】

 特許権者(一審原告・控訴人)が、被告製品について、特許権侵害であるとして損害賠償を請求した。しかし、当該特許は、確定した前訴判決においても被控訴人ら(一審被告ら)に対して特許権侵害を主張して損害賠償を請求し、全部棄却されたものであった。
 前訴と本件訴訟との間では、被告製品のバージョンが異なるが、本件特許の侵害に関する争点、主張等は同一又は実質的に同一であるため、同一の紛争の蒸し返しであり信義則違反に反するとして、訴えが却下された(請求棄却の本案判決をした第一審判決を取消し)。

【キーワード】

紛争の蒸し返し、同一の特許

1 事案

 控訴人(一審原告)は、発明の名称を「入力支援コンピュータプログラム、入力支援コンピュータシステム」とする特許第4611388号(本件特許)の特許権者である。被控訴人シャープ(一審被告・シャープ株式会社)は、被告製品(スマートフォン:型番SHV44、SHV45及びSHV46)を製造し、被控訴人KDDI(一審被告・KDDI株式会社)はこれを販売している。控訴人は、被控訴人らに対し、本件特許権の侵害を主張し、損害賠償を請求した。
 控訴人は、本件訴訟の前にも、被控訴人らに対し、複数回、本件特許に基づく損害賠償を請求する訴えを提起しており、そのうち、東京地判(令和2年(ワ)第15464号)、控訴審知財高判令和4年2月8日(令和3年(ネ)第10066号)(これらの一連の訴訟を「令和2年事件」という。)においては、被控訴人らが製造・販売するスマートフォンと型番が異なるSHV39、SHV40、SHV41、SHV42及びSHV43(以下「前訴被告製品」という。)に対して権利行使したものである。当該請求は全部棄却され、確定した。
 控訴人は、本件特許権に基づく前訴被告製品に対する権利行使が全部棄却されたものであるところ、本件訴訟における被告製品に対する本件特許権の行使を求める訴えが、同一の紛争の蒸し返しとして違法となるかどうかが問題となった。

2 判決

 第一審判決は、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないとして、控訴人の請求を全部棄却した。
 本判決(控訴審判決)は、訴えの適法性(本案前の抗弁)について、以下のとおり判例の規範を示した上で、本件について検討し、第一審判決を取り消して訴えを却下した。
 「後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し返しにすぎない場合には、後訴の請求又は後訴における主張は、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁、最高裁昭49年(オ)第163号、164号同52年3月24日第一小法廷判決・裁判集民事120号299頁参照)。」

 令和2年事件においては、前訴被告製品が本件特許の特許請求の範囲の請求項1、3及び4の各発明の技術的範囲に含まれるかが問題となり、具体的には前訴被告製品にインストールされた「AQUOS Home」と呼ばれるアプリケーション(以下「前訴アプリ」という。)における「操作メニュー情報」の有無が争点となった(令和2年事件における争点1-3)。そこで、本判決は、以下のとおり判断を示し、原判決を取り消して訴えを却下した(下線追加)。

 「本件の対象製品である被告製品は、令和2年事件の対象製品である前訴被告製品と同一シリーズの製品であって、前訴被告製品よりも後に発売されたものと推認されるものの、前訴被告製品から大きな仕様変更がされたことはうかがえず、特に、問題とされているアプリケーションは同一(いずれもAQUOS Home)であって、そのバージョンが異なる可能性はあるとしても、大きな仕様変更がされたこともうかがえず、また、問題となる動作(前記(2)イ及び(3)イ)は同一又は少なくとも実質的に同一である
 そして、令和2年事件と本件における争点は、対象製品(前訴被告製品又は被告製品)にインストールされた「AQUOS Home」と呼ばれるアプリケーション(前訴アプリ又は本件ホームアプリ)における「操作メニュー情報」の有無であるから、争点も同一又は少なくとも実質的に同一であり、そればかりか、当該争点についての控訴人の主張も実質的に同一である
 そうすると、本件における控訴人の主張は、対象製品に「操作メニュー情報」が存在しないことを理由として、控訴人の被控訴人らに対する本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求に理由がないとの判断が確定した令和2年事件における控訴人の主張の蒸し返しにすぎないというほかない。控訴人は、令和2年事件判決が、「操作メニュー情報」が存在しないと判断した根拠となる前訴被告製品の構成(前訴アプリの動作)と、被告製品の構成(本件ホームアプリの動作)が実質的に同一であり、そのために、被告製品が、前訴被告製品におけるものと同一の理由により、本件特許権を侵害しないものであることを十分認識しながら、本件訴えを提起したものと推認されるのであって、本件において控訴人の請求を審理することは、被控訴人らの令和2年事件判決の確定による紛争解決に対する合理的な期待を著しく損なうものであり、訴訟上の正義に反するといわざるを得ない。」

(中略)

 「したがって、控訴人が本件において本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求をし、これに係る主張をすることは、令和2年事件における紛争の蒸し返しにすぎないというべきであり、同事件の当事者である控訴人と被控訴人らとの間で、控訴人の請求について審理をすることは、訴訟上の信義則に反し、許されない。」

3 検討

 法律を専門に扱っていない限り、民事訴訟における「請求棄却」と「訴え却下」の判決の違いに注意することは多くはないと思われる。「請求棄却」は、原告の請求について、請求の内容を認めるべきかどうかを判断した上で、認められない場合の判決である。例えば、交通事故の被害者が加害者に損害賠償を請求したが、その加害者に過失が認められなかった場合、「請求棄却」となる。民事訴訟における原告の敗訴は、「請求棄却」であることが多い。これに対し、「訴え却下」は、訴え自体が不適法である(訴訟要件を満たしていない)場合に、請求の内容を審理するまでもなく、訴えそのものを却下し、門前払いするというものである。
 損害賠償請求訴訟は、通常、損害賠償を認めるか認めないかという内容の判断をすればよいから、「訴え却下」の判決になるのは特殊な事情がある場合に限られる。例えば、確定した判決と同一の訴えをした場合、確定した判決により既に訴えの目的は達しているため、「訴えの利益」がないことを理由として訴えが却下されることとなる(判決で認容された債権の時効が迫っている場合に、時効を更新するため、同じ内容の判決を求めて同一の訴えをすることが認められるなどの例外はある。)。
 本判決は、前の訴訟である令和2年事件との間で被告製品の型番が異なるため、同一の訴えではない。しかし、被告製品に大きな仕様変更はうかがえず、問題となる動作が同一又は少なくとも実質的に同一であり、争点も同一又は少なくとも実質的に同一であることを理由として、控訴人の主張を「蒸し返しにすぎない」と判断し、これについて審理をすることが信義則上許されないと判断した。実質的に同一の訴えについて、信義則上許されないとする枠組みは、本判決も引用する最高裁判例において確立している。しかし、その理由として「争点も同一又は少なくとも実質的に同一であり、そればかりか、当該争点についての控訴人の主張も実質的に同一である」と述べられている趣旨は明らかではない。訴えが信義則違反であると判断するためには、控訴人が行使した特許権が同一であること及び被告製品が令和2年事件とほぼ同一の内容であることという2点のみでもよいのか、これらでは足りず、「争点についての控訴人の主張も実質的に同一である」ことまで必要であるのか。後者が認められるとすると、特許権者の立場からは、前訴と争点が同一であっても、前訴における主張・立証に漏れがあった場合などには、前訴の被告製品と型番等が形式的に異なる被告製品に対し、新たな主張をもって別訴を提起することができる可能性がある。

以 上

弁護士 後藤直之