【令和5年9月5日(知財高裁 令和5年(ネ)第10020号 著作権侵害差止等請求控訴事件)】

【要約】
 業務委託契約における業務の内容が具体的でなかったため、その後受託者が作成した著作物が業務内で行われたものであるかどうか及び著作権の帰属が争点となった。証拠から、受託者による当該著作物の作成は、業務委託契約における業務の内容が明確化されたものであり、業務委託契約に基づき、著作権は委託者に帰属すると認定された。

【キーワード】
 業務委託契約、著作権の帰属

1 事案

⑴ 本件業務委託契約

 控訴人(一審原告。以下「X」という。)は、被控訴人(一審被告、独立行政法人国際協力機構(以下「JICA」という。)との間で専門家業務委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結し、フィジー共和国(以下「フィジー」という。)及び大洋州地域の防災政策に関する業務の委託を受け、フィジーに派遣された。一審判決が認定した契約内容の要旨は以下のとおりである。

  • 派遣期間 平成28年10月6日~平成30年10月5日
  • 派遣目的
     専門家による技術指導、政策助言を通して、フィジー及び大洋州地域の連携により、防災政策の質が向上すること
  • 活動内容
     SDG’s及び仙台防災枠組、気候変動枠組等を踏まえ、これらの実施促進を目的として、防災政策及び防災計画の質の向上、国及び地方における防災活動の理解促進及び取組みの強化等の活動に取り組むこと
  • 期待される成果
     防災政策及び計画策定能力が強化されること、フィジー共和国災害管理局(以下「NDMO」という。)における情報管理及び知見の管理が強化されること、国及び地方における予警報及び予防防災能力が強化されること、フィジーでの活動経験を踏まえ、大洋州地域に経験が共有され、大洋州地域の防災の取組みが強化されること
  • 業務報告
     Xは、派遣期間中に、個別案件活動進捗報告書及び専門家業務完了報告書を被告に提出し、業務の進捗状況を報告しなければならない。
  • 派遣手当等
     JICAは、専門家の派遣手当等支給基準に基づき、Xの専門家の号を定め、これに該当する派遣手当及び旅費を支給する。JICAは、支給基準に基づき、Xが本邦において所属先を有さない場合はXに国内俸を支払う。
  • 知的財産権
     Xが業務上作成した報告書等の一切の成果品の著作権(法27条、28条所定の権利を含む。)は、JICAに帰属する。

⑵ 本件ポリシー

 Xは、本件委託契約に基づきフィジーへ派遣中の平成29年3月頃、NDMO(フィジー共和国災害管理局)から、フィジーの防災ポリシーに関する「The Republic of Fiji National Disaster Risk Reduction Policy 2018-2030」との文書(以下「本件ポリシー」という。)の作成を打診され、X及びNDMO職員らで構成されるチームにより本件ポリシーの案(以下「本件ポリシー案」という。)を作成した。

⑶ 争点

 Xは、本件ポリシーは、本件委託契約に基づくXの現地専門家としての業務には含まれないため、本件ポリシーに係る著作権はXに帰属すると主張し、本件ポリシーの利用差止め及び廃棄と不当利得の返還を請求した(なお、一審判決で全部棄却され、Xが控訴したのは、不当利得返還請求の部分のみである。)。
 JICAは、本件ポリシーはXが単独で作成したものではなく原告を含むNDMOの作成チームが共同で作成したものである、この点を措くとしてもXは本件委託契約に基づく委託業務の一環として本件ポリシーの文案作成業務を行ったから、本件委託契約に基づきJICAに移転した等の主張をした。

2 判決

⑴ 著作権の帰属

 一審判決及び本判決は、本件ポリシーのうちXの創作に係る部分は、Xが本件委託契約に基づき業務上作成した成果品であるため、本件委託契約に基づき、著作権はJICAに帰属すると認定した。一審判決は、概ね以下の理由により本件ポリシーの作成が本件委託契約に基づき業務上作成されたものであることを認定した。

  1. 本件委託契約において、業務の内容は比較的抽象的なものにとどまることから、Xの具体的な業務内容は、Xの専門分野及び技能、相手国のニーズ等に応じて、相手国との協議を通じて明確化されることが予定されていた。
  2. 以下の事情を総合考慮すると、本件ポリシーの作成は、直接的にはNDMOからXに対して打診されたが、あくまでJICAの専門家であるXの業務の一環としてこれを行うことの可否の打診であり、JICAも、これを了解したことによって、X、JICA及びNDMOの間において、本件委託契約で定めたXの業務の一環として行われることとなった。
  • 本件ポリシーの内容は、本件委託契約に活動内容の規定に沿うものである。
  • X自ら作成した「業務計画書(案)」の「業務内容」の項目にも、「フィジーのための効果的な防災ポリシーの作成」等と記載されている。
  • XのJICAに対する報告書に、Xが専門家の業務として本件ポリシー案の作成に専念していたと記載されている。
  • JICAは、Xの依頼を受けて、本件ポリシー案の翻訳費用やワークショップに係る費用等を負担した。
  • フィジー政府(NDMO)も、本件ポリシーの作成につき、JICAを通じた日本政府による支援であると認識していたことがうかがえる。
  • Xは、フィジーにおける本件ポリシーの公式発表セレモニーにJICAのゲストとして招待され、JICAの費用負担でこれに出席した。

 また、Xは、派遣終了後、本件ポリシー案を修正したため、これらの修正箇所について新たな創作性があり、Xがその部分の著作権を有するとも主張したが、形式的な修正にとどまるため、新たに創作性が付与された部分が存在するとは認定されなかった。
 さらに、Xは、控訴審において、派遣期間満了となった時点では本件ポリシーが完成していなかったことについて、本件ポリシーの作成がXの業務であったなら、完成させないことは債務不履行になるはずだが、本件ポリシーを完成せずに派遣期間満了となっても問題とされなかったとも主張した。しかし、本判決は、「、本件ポリシー案の成果物を被控訴人に提出しているところ、NDMOからその修正の要請があったからといって、本件委託契約上、派遣期間が既に満了しているにもかかわらず控訴人にその修正作業を義務の履行として求めるべき根拠があるとはいえない。本件ポリシーの作成が本件委託契約上の業務であったか否かと、被控訴人が控訴人に対し、いつまでどの程度まで当該業務の遂行を求め得るかは別問題であり、これを混同する控訴人の主張は失当である。」と述べた。

⑵ 不当利得返還請求権の存否

 控訴審では、不当利得返還請求権の存否のみが審理対象となったため、実は、本判決では、仮に著作権の帰属がXの主張のとおりであったとしても、以下の理由により、不当利得返還請求が主張自体失当であると判断した(著作権の帰属については、念のために判断を示したものである。)。
 「仮に、著作権の帰属につき控訴人の主張する前提に立ったとしても、被控訴人[JICA]が当該著作権を自らの権利として有償譲渡して対価を得ているという場合であれば格別、本件において、被控訴人[JICA]が本件ポリシーに係る著作権をフィジー政府に譲渡したことで被控訴人[JICA]が財産的な利益を受けたと認めるに足りる証拠はない。
 この点につき、控訴人[X]は、フィジー政府に対する著作権の譲渡が被控訴人に金銭的な利益をもたらさないとしても、防災関連ODA予算が計上されるなどの利益が被控訴人[JICA]に生じている旨主張するが、被控訴人[JICA]の財産上の利益といえるものとはいえず、民法上の不当利得の成立を基礎づけるものではない。」

3 検討

 業務委託契約等の契約において、業務において知的財産権等が生じた場合に当該知的財産権等を委託者と受託者のいずれに帰属することと規定するのかは実務上重要な問題である。
 本判決は、業務委託契約において業務の内容が具体的ではなかったため、紛争となった事案である。委託者JICAは、本件ポリシーの作成は、業務の内容が明確化されたものであると主張し、受託者Xは、業務外であると主張した。本判決及び一審判決によれば、本件ポリシーの作成がXの業務に含まれていたことについて、客観的にも、Xの主観においてもこれを指し示す証拠が多く存在したため、比較的結論が出やすい事案であったと思われる。しかし、現実の事例では、受託者としては業務外のサービスのような位置づけで作業を行うことも多くあると思われ、そこで知的財産権が生じた場合、紛争の原因になり得る。とりわけ、業務委託契約において、業務の内容が抽象的な規定にとどまる場合、委託者としてリスクを認識する必要がある。業務の内容を明確化する際、その内容について書面で委託者の確認を得るようにするなどの工夫も検討すべきである。

以上
弁護士 後藤直之