【令和5年11月14日(知財高裁 令和4年(行ケ)第10113号)】

1 事案の概要

⑴ 手続の経緯等
 原告らは、発明の名称を「表示装置」とする発明について、令和1年11月18日に特許出願(特願2019-208203号)をしたが、令和3年12月23日付けで拒絶査定を受けたことから、令和4年4月1日に、拒絶査定不服審判を請求するとともに、特許請求の範囲の請求項1を変更する旨の手続補正書を提出した(以下、この手続補正書による補正を「本件補正」という。)。
 これに対し、特許庁は、同年9月22日、本件補正を却下した上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、「本件審決」という。)をしたことから、原告らは、令和4年11月2日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

⑵ 審決の認定及び原告らの主張
 本件審決では、本件補正後の特願2019-208203号の特許請求の範囲の請求項1に記載の発明(以下、「本件補正発明」という。)について、引用文献1に記載の発明(以下、「引用発明」という。)及び複数の技術常識(技術常識1~3)に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものであるとして進歩性を否定したところ、本件審決が認定した技術常識のうち一つ(技術常識3)は、「紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にあり、表示部における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること。」というものであった。
 これに対し、原告らは、引用発明は周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持するような制御をするもの(以下、「最低輝度の維持制御技術」という。)であり、技術常識3を適用することで、照度と放射輝度が比例関係となるような構成(以下、「照度輝度比例構成」という。)を採用することには阻害要因があると主張した。

 

2 判決

 本判決は、以下のように述べて、阻害要因に関する原告らの主張を否定し、本件審決を維持した。なお、下線は筆者によるものである。

「引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)。
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ(ウ))、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ(エ)の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。」

 

3 解説

 発明の進歩性を判断するにあたっては、副引用発明(本件の場合技術常識)を主引用発明に適用することを阻害する要因(阻害要因)があることが、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。
 本件は、本件審決において引用発明に複数の技術常識が適用されて本件補正発明の進歩性が否定されたのに対し、原告らが、本件審決における進歩性判断の誤りを主張するにあたって、適用された技術常識のうちの一つである技術常識3と引用発明との間の制御の違い(引用発明における「最低輝度の維持制御技術」と技術常識3における「照度輝度比例構成」との違い)を阻害要因として主張したものである。
 これに対し、裁判所は、①引用発明において技術常識3を適用することが自然なものと認められる点、②引用発明において「最低輝度の維持制御技術」の位置づけは、一実施形態であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない点、及び③引用発明における「最低輝度の維持制御技術」と、技術常識3における「照度輝度比例構成」とは、技術思想として矛盾・抵触するものではなく、両立・並存するものと認められる点から、引用発明に含まれる「最低輝度の維持制御技術」は、引用発明と技術常識3とを組み合わせる上で阻害要因には該当しないと認定した。
 本件は、副引用発明(本件の場合技術常識)を主引用発明に適用することに関する阻害要因の有無について、裁判所が詳細に認定した事案であり、発明の進歩性を判断するにあたって参考となる事案であると考えたことから、紹介させていただいた。

以上
弁護士・弁理士 井上修一