【東京地裁令和5年3月9日(令3(ワ)22287号 損害賠償請求事件)】
【キーワード】
商標法4条1項11号、立体的形状の商標、ブランド
【事案の概要】
原告は、「エルメス」との名称のブランドを展開するフランス国の法人であり、「バーキン」、「ケリー」との名称の原告商品を製造販売していた。また、原告は、原告商品の各形状を商標とする以下の登録商標(商標としてのバーキンの形状を「バーキン商標」、ケリーの形状を「ケリー商標」といい、両者を併せて「原告商標」という。また、バーキン商標に係る商標権を「原告商標権1」、ケリー商標に係る商標権を「原告商標権2」といい、両者を併せて「原告商標権」という。)を有していた。
<原告商標権1(バーキン商標)>
登録番号 商標登録第5438059 号
登録日 平成23 年9 月9 日
商品区分 第18 類
指定商品 ハンドバッグ
登録商標
<原告商標権2(ケリー商標)>
登録番号 商標登録第5438058 号
登録日 平成23 年9 月9 日
商品区分 第18 類
指定商品 ハンドバッグ
登録商標
被告は、バッグ及びアクセサリー等の服飾雑貨の卸及び販売等を業とする株式会社であり、百貨店に出店している自社の実店舗及び自社の運営するEC サイト等において、以下の商品を販売していた。
<被告商品1>
原告は、被告商品の形状はそれぞれバーキン商標及びケリー商標に類似すると主張して、被告に対し、原告商標権侵害の不法行為(民法709条)に基づき損害賠償を求めた[1]。
【争点】
・原告商標と被告商品の形状の類否
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1(省略)
第2 事案の概要
1 (省略)
2 前提事実
⑴~⑷ (省略)
⑸ 原告商標の特徴
ア バーキン商標
バーキン商標は、別紙「解説図1(バーキン商標)」記載のとおり、次の特徴を備える(以下、「バーキン商標の特徴」と総称する。)。(甲3)
(ア) 本体部分の正面及び背面は底辺のやや長い台形状であり、本体各側面は縦長の二等辺三角形状である。
(イ) 蓋部は、背面から正面上部にかけて本体部分を覆い、略凸型状となるように両サイドに切込みを有し、横方向に略3 等分する位置に鍵穴状の縦方向の切込みが2 か所設けられ、本体背面の上端部と縫合されている。
(ウ) 本体背面上部の左右端部に縫合され、左右各側面に形成されたタックの山部を貫通し、正面の上部まで延在する左右一対のベルトが設けられている。
(エ) 前記蓋部の略凸型部分と前記左右一対のベルトとを本体正面の上部中央にて同時に固定することができると共に左右のベルトを止めるリング状の固定具が本体正面の上部中央に設けられ、さらに、前記鍵穴状の切込みの外側の位置において、前記蓋部の略凸型部分と前記各ベルトとを同時に固定することができる左右一対の補助固定具が設けられている。
(オ) 本体正面上部及び背面上部に、円弧状をなす一対のハンドルが縫合され、前記正面側のハンドルは前記鍵穴状の切込みを通るように設けられている。
【解説図1(筆者追記)】
イ ケリー商標の特徴
ケリー商標は、別紙「解説図2(ケリー商標)」記載のとおり、次の特徴を備えている(以下、「ケリー商標の特徴」と総称する。)。(甲4)
(ア) 本体部分の正面及び背面は底辺のやや長い台形状であり、左右各側面は縦長の二等辺三角形状である。
(イ) 蓋部は、背面から正面上部にかけて本体部分を覆い、天辺において水平面を形成し、かつ、正面上部と重なる部分が凸型状となるように両サイドに切込みを有している。
(ウ) 本体背面上部の左右端部に縫合され、左右各側面に形成されたタックの山部を貫通し、正面の上部まで延在する左右一対のベルトが設けられている。
(エ) 前記蓋部の凸型状の部分と前記左右一対のベルトとを本体正面の上部中央にて同時に固定することができると共に左右のベルトを止めるリング状の固定具が本体正面の上部中央に設けられている。
(オ) 前記蓋部の天辺の水平面にハンドルが一つ設けられている。
【解説図2(筆者追記)】
⑹ (省略)
3 (省略)
第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1-1(原告商標と被告商品の形状の類否)について
(1) 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。もっとも、商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず、これら3点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和43 年2 月27 日第三小法廷判決・民集22 巻2 号399 頁、最高裁平成9 年3 月11 日第三小法廷判決・民集51 巻3 号1055 頁参照)。
(2)バーキン商標と被告商品1 の形状の類否について
ア 証拠(甲71、乙2)によれば、被告商品1の形状は、バーキン商標の特徴を全て備えていると認められる。このことに鑑みると、バーキン商標と被告商品1の形状は、その外観が類似しているものといえる。
これに対し、被告は、角部及び側面の各形状、蓋部の長さ及びハンドルの形状等の相違点を指摘して、両者は外観上類似していないと主張する。しかし、バーキン商標の特徴はいずれもハンドバッグの外観を特徴付ける基礎的な構成に関わるものであり、需要者がハンドバッグの外観から受ける印象に大きな影響を及ぼし得る。他方、被告が指摘する上記各相違点は、バーキン商標の特徴の構成要素と比較すると、ハンドバッグの細部に関するものであるにとどまり、しかも、バーキン商標と慎重に比較して初めて相違点と認識し得る程度の相違に過ぎない。また、バーキン商標はサイズや生地を特定したものではないこと、被告商品1のチャーム(取り外し可能なもの)は付属品に過ぎないことに鑑みると、これらに関する相違点はバーキン商標と被告商品1の形状の類否の判断に当たり考慮すべき事情とはいえない。
したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
イ バーキン商標及び被告商品1 の形状は、いずれも特定の観念及び称呼を生じさせるものとは認められない。
ウ バーキン商標と被告商品1の形状とは外観上類似している上、バーキンと被告商品1のどちらも少なくとも百貨店にある店舗で販売されている点で、その販路が共通している。このため、取引の実情を考慮しても、被告商品1の出所について誤認混同を生じるおそれがあることがうかがわれる。
これに対し、被告は、価格や刻印の有無等の違いを指摘して、取引の実情を考慮すれば、被告商品1の出所について誤認混同を生じるおそれはないと主張する。しかし、中古市場で取引される原告商品1の中には新品より相当低廉な価格で販売されているものもあること(甲69)、通常の取引において購入者が刻印の有無やファスナーポケットの有無を必ず確認した上で購入しているとまで認めるに足りる証拠はないこと等に照らすと、被告が指摘する上記各相違点を考慮しても、なお被告商品1の出所について誤認混同を生じるおそれがあることは否定されない。
したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
エ 以上のとおり、バーキン商標と被告商品1の形状は、その外観において類似し、観念及び称呼は類否判断の要素となり得ず、取引の実情を考慮しても出所の誤認混同を生じるおそれがないとはいえないことから、類似するものといえる。
(3) ケリー商標と被告商品2の形状の類否について
ア 証拠(甲71、乙3)によれば、被告商品2の形状は、ケリー商標の特徴を全て備えていると認められる。このことに鑑みると、ケリー商標と被告商品2は、その外観が類似しているものといえる。
これに対し、被告は、角部の形状、生地、側面の形状等バーキン商標の場合と同様の相違点を指摘すると共に、固定具とベルトの長さの比率の相違をも指摘して、ケリー商標と被告商品2の形状は外観上類似していないと主張する。しかし、バーキン商標の場合と同様の被告指摘に係る相違点については、その場合と同様の理由が妥当する。固定具とベルトの長さの比率の相違も、ケリー商標と慎重に比較して初めて認識し得る程度のわずかな違いにすぎない。
したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
イ ケリー商標及び被告商品2の形状は、いずれも特定の観念又は称呼を生じさせるものとは認められない。
ウ ケリー商標と被告商品2の形状とは外観上類似している上、ケリーと被告商品2のどちらも少なくとも百貨店にある店舗で販売されている点で、その販路が共通している。このため、取引の実情を考慮しても、被告商品2 の出所について誤認混同を生じるおそれがあることがうかがわれる。
これに対し、被告は、バーキン商標の場合と同様に、価格等の違いを指摘して、取引の実情を考慮すれば被告商品2の出所について誤認混同を生じるおそれはないと主張する。
しかし、バーキン商標の場合と同様の理由から、被告指摘に係る各相違点を考慮しても、なお被告商品2 の出所について誤認混同を生じるおそれがあることは否定されない。
したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
エ 以上のとおり、ケリー商標と被告商品2 の形状は、その外観において類似し、観念又は称呼は類否判断の要素となり得ず、取引の実情を考慮しても出所の誤認混同を生じるおそれがあることから、類似するものといえる。
(4) 小括
以上より、原告商標と被告商品の形状はいずれも類似すると認められる。
・・(省略)・・
【検討】
1 立体的形状の商標(立体商標)
平成8年の商標法改正により、「立体的形状」についても商標登録が可能となった。
立体商標の類否判断の基準は、平面商標と同様、「同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべき」である。ただし、立体商標の場合、観る方向によって視覚に映る姿が異なるという特殊性があるため、「所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似する場合には、原則として、当該立体商標と当該平面商標との間に外観類似の関係があるというべきであり、また、そのような所定方向が二方向以上ある場合には、いずれの所定方向から見たときの看者の視覚に映る姿にも、それぞれ独立に商品又は役務の出所識別機能が付与されていることになるから、いずれか一方向の所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似していればこのような外観類似の関係があるというべき」とされている(東京地裁平成30年12月27日〔エルメスバーキン事件〕)。
2 本件の検討
エルメスの「バーキン」の立体商標の侵害については、過去にも裁判例で争われたところである(前掲東京地裁平成30年12月27日、東京地裁令和2年6月3日)。本件でも他の裁判例と同様、「バーキン」の立体商標の特徴が認定され、被告商品は当該特徴を有するため類似すると判示された。
また、本件では「ケリー」との名称の商品に関する立体商標についても、同様に侵害の判断が行われた。「バーキン」と同様に、立体商標の特徴が認定され、被告商品は当該特徴を有するため類似と判示された。
「バーキン」と「ケリー」の立体商標の特徴を認定するにあたっては、①正面・背面の形状、②蓋部の形状、③正面から見た際の形状・装飾、④ハンドルの形状、⑤側面の形状について、共通して着目されている。
3 まとめ
上記のとおり、本件では、「バーキン」商標と「ケリー」商標について、ほとんど同じ観点から特徴を認定している。カバンの立体商標について、特徴を主張する際の参考となる裁判例と考える。
弁護士 市橋景子
[1] 原告は、被告商品は周知かつ著名な商品表示であるバーキン、ケリーの各刑場に類似するとひて不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求も主張したが、判決では商標権侵害の点が認められたため、本稿では省略する。