【令和5年9月7日(知財高裁 令和5年(行ケ)10031号 審決取消請求事件)】

【キーワード】

商標法3条1項4号、ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章、結合商標

【事案の概要】

 原告は、次の商標(以下「本願商標」という。)を出願したところ、特許庁より拒絶査定を受けた。当該拒絶査定を不服として不服審判請求を行ったが、請求不成立の審決がなされたため、当該審決の取消しを求め、本件訴訟を提起した。

 <商標>
 池上製麺所(標準文字)
 <指定商品・役務>
 第43類  飲食物の提供

【争点】

 本願商標が商標法3条1項4号に該当するか。

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第4(省略)
第5 当裁判所の判断
1 商標法3条は商標登録の要件を規定するものであり、同条1項柱書及び同項4号によると、「ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は、商標登録を受けることができないものとされている。これは、ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章は、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、多くの場合、自他商品・役務識別力を欠くと考えられることから、このような標章のみからなる商標については、登録を許さないとしたものと解される。
 そして、ありふれた氏に業種名や会社の種別、屋号に慣用的に用いられる文字等を結合し、普通に用いられる方法で表示したものは、当該ありふれた氏を称する者等が取引をするに際して、商標として使用することを欲するものと考えられ、同様に特定人による独占的使用になじまず、かつ、その表示だけでは自他識別力を欠くものというべきであるから、特段の事情のない限り、「ありふれた名称」に当たると解するのが相当である。

2 本願商標は、「池上」の文字と「製麺所」の文字からなる結合商標である。以下、各構成部分について検討する。
(1) 「池上」について
 「池上」は、我が国において氏として約4万4100人に用いられている文字であり・・、商標法3条1項4号所定の「ありふれた氏」に当たる。・・(省略)・・
(2) 「製麺所」について
 ア 後掲各証拠によると次の事実が認められる。
 (ア) 「製麺所」は、「麺類を製造すること」を意味する「製麺」(乙6)に、場所を意味する「所」が付されたもので、麺類を製造する所を意味する。
 (イ) 香川県では、卸売りをする讃岐うどんの製麺所において、昼時に、セルフサービスで客がうどんを湯掻いて食べるという業態のうどん店が多く存在する。これらのうどん店は・・・製麺所タイプ(製麺所スタイル)のうどん店がある。(証拠略)
 (ウ) さらに、日本全国において、うどんやラーメン等の麺類を提供する飲食店において、「○○製麺所」という名称が用いられていることが認められる。香川県内で「〇〇製麺所」の名称を用いてうどんを提供している前記うどん店以外のこれらの飲食店の具体的な所在地及び店名は別紙「製麺所」の使用状況記載のとおりである。(証拠略)
 イ 前記アの各事実に照らすと、「製麺所」の名称は、もともとは、麺工場などの麺類を製造する所を指していたものであるが、製麺所において飲食物であるうどん等を提供するという業態が一般化するなどし、さらには、少なくとも本件審決時までに、全国的に、「○○製麺所」という名称のうどんやラーメン等の麺類を提供する飲食店が少なくない数において存在するに至っているということができる。このような実態に照らすと、本件審決時においては、本願商標の指定役務である「飲食物の提供」の取引者、需要者は、「製麺所」の名称について、麺類を製造する所を意味するものと認識、理解するのみならず、麺類を提供する飲食店を指す店名の一部として慣用的に用いられているものと認識、理解すると認めるのが相当である。
 ウ (省略)

3 本願商標について
 本願商標は、ありふれた氏である「池上」と、麺類を提供する飲食店を表すものとして慣用的に用いられている「製麺所」を組み合わせた「池上製麺所」を標準文字で表したものであり、「池上」氏又は「池上」の名を有する法人等が運営する麺類を提供する飲食店というほどの意味を有する「池上製麺所」というありふれた名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であると認められるから、商標法3条1項4号に該当するというべきである。
 原告は、過去の審決(甲55~58)において示されたように、名称全体として多数存在するものでなければ「ありふれた名称」に当たらないと主張するが、商標法3条1項4号の文言上、「ありふれた名称」であると認めるために当該名称が現に多数存在することは要件とはされておらず、ありふれた氏である「池上」と、麺類を提供する飲食店を示すものとして慣用的に用いられている「製麺所」とを結合し、普通に用いられる方法で表示した本願商標は、本件全証拠によっても、我が国における飲食店の取引者、需要者が、特定人の運営する飲食店(原告店舗)を意味するものであることを認識することができるほどの自他識別力を有するに至ったことを認めるに足りない。したがって、本願商標は、特定人の独占にはなじまず、自他識別力を欠くものとして、同条1項4号の「ありふれた名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」と認めるほかはない。

・・(以下、省略)・・

【検討】

1 商標法3条1項4号
 商標法3条1項各号では、商標登録が認められない商標を列挙しており、その中でも、商標法3条1項4号は、「ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」について、商標登録できないことを定めている。当該商標に該当する場合、多数の者が業種を問わず使用する可能性があり、識別力を欠くためである。同号に該当する例としては、「シバ」(東京高判昭和48年2月23日(昭和41年(行ケ)49号)、「morimoto」(知財高判平成29年11月27日(平成29年(行ケ)10110号))があげられる。

2 本件について
 本件は、「池上製麺所」という結合商標について、商標法3条1項4号の該当性が争われた事案である。
 裁判所は、①「池上」を姓氏とする者が全国に約4万4100人存在することから、「池上」を「ありふれた氏」と認定し、②香川県において「〇〇製麺所」といった店名の製麺所タイプのうどん店が12店舗あること、③香川県以外に、日本全国において、うどんやラーメン等の麺類を提供する飲食店において、「〇〇製麺所」という名称が29店舗に用いられていることから、「製麺所」の名称について、本願商標の指定役務である「飲食物の提供」の取引者、需要者は、麺類を提供する飲食店を指す店名の一部として「慣用的に用いられている」ものと認識、理解する、と認定して、「池上」と「製麺所」とを結合した本願商標は商標法3条1項4号に該当すると判示した。
 また、裁判所は、「池上製麺所」の名称全体は多数存在していないとの原告主張について、「商標法3条1項4号の文言上、「ありふれた名称」であると認めるために当該名称が現に多数存在することは要件とはされて」いないとして、当該主張を認めなかった。

3 検討
 特許庁の審査基準では、商標法3条1項4号の「ありふれた氏又は名称」とは、「原則として、同種の氏又は名称が多数存在するものをいう」と定められている(審査基準「3-1-4」)。そのため、原告は、当該審査基準に沿って、「池上製麺所」の名称全体が多数存在しない旨を主張した。
 しかし、本件において、裁判所は、「名称が現に多数存在すること」は商標法3条1項4号の要件ではないと判示し、原告主張を認めなかった。「名称が現に多数存在すること」は、あくまで同号該当性を基礎づける一事情となることを述べたものと解される。
 今後、結合商標についての同号該当性を検討するにあたり参考となるものと考える。

 なお、原告は、事実②・③について、全国のうどん店及びラーメン店の数と比較すると「〇〇製麵所」の名称を用いた店舗はごくわずかであり、飲食物の提供という業種は連想されないと主張したが、裁判所は「ごく僅かであるとはいい難い」としたうえで、他の事情より、取引者・需要者は「「製麺所」の文字から「麺類を提供する飲食店」すなわち「飲食物の提供」の役務を想起する」「慣用的に用いられている」と判断している。「慣用的に」用いられているか否かについても、現に存在する数は、一事情にすぎないことを言うものと解する。

以上
弁護士 市橋景子