【令和5年11月16日(知財高裁 令和5年(ワ)第10040号)】    

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を若干簡略化している)

 本件は、原告が、発明の名称を「トレーニング器具」とする特許(特許第3763840号。以下「本件特許」という。)に対し、無効審判の請求をしたところ、特許庁が棄却審決(以下「本件審決」という。)をしたので、これを不服として審決取消訴訟を提起した事案である。

 本件特許の請求項1には、以下の記載がある。

【請求項1】

 ほぼ並行状で相対向している一対の第1グリップ部と、該第1グリップ部それぞれの両端部同士を接続し、第1グリップ部相互の間隔に比し狭くしてほぼ並行状に相対向している一対の第2グリップ部とによって全体を平面からみてほぼ横長矩形枠を呈した一体のループ状に形成して成り、第1グリップ部は直線状もしくは緩やかな曲線状に形成され、第2グリップ部は正面からみて弓形に湾曲され、中央部分が相互に近接するように平面からみて矩形枠の内方に向かってやや窄まり状に形成されていることを特徴とするトレーニング器具。

 

 上記無効審判において、原告は、本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)は、米国特許第6196951号明細書に記載された発明(以下「甲1発明」という。)に記載された発明であるとして、本件発明1の新規性を有しない旨の主張をした。これに対し、本件審決は、甲1発明の「バー及びハンドルアセンブリ」は「側面視で台形状」であり、円弧状とはいえないので、本件発明1の「正面からみて弓形に湾曲され」た「第2グリップ部」に相当しないと判断して、原告の新規性欠如の主張を排斥した。

 原告は、審決取消訴訟において、同様に新規性欠如の主張を行うほか、被告が「バー10のみで運動を行うことは想定されていない」と主張したことに対して、「甲1にバー10のみを運動具として用いることについての記載がないからといって、甲1に引用発明(バー10)が記載されていないとはいえないし、バー10のみでは運動具として用いることが想定されていないと断言することもできない」と反論した。

 

【甲1発明の図1〜図4】

 

2 判示内容(判決文中、下線部は本記事執筆者が挿入)

 裁判所は、甲1発明の認定に当たって、「三頭筋運動器具の発明に関する甲1の記載から、その部材の一つにすぎないバー10のみを抽出し、これを独立した運動器具の発明であると解することはできない」と判示し、バー10のみを抽出して甲1発明を認定した原告主張の誤りを指摘した。

 この際、裁判所は、引用文献(甲1)に記載されている発明の課題や解決手段、そして作用効果を詳細に認定し、上記の判示をした。

(2) 甲1記載の発明の認定

 前記(1)のとおりの甲1の記載及び弁論の全趣旨によると、甲1には、本件審決が認定したとおりの甲1発明(前記第2の3(1)ア(ア))が記載されているものと認めるのが相当である。

(3) 原告の主張について

ア 原告は、甲1には、甲1発明のほか、引用発明としてバー10も記載されていると主張する。

 しかしながら、前記(1)のとおり、甲1には、①従来のバーベル機材及びダンベル機材において、比較的長いバーを有する装置はバランスをとることが困難であり、錘を使用しない装置は本格的なボディビルダーに対しては限定的な有効性しか有しないとの欠点や、三頭筋を働かせるのに使用されるほとんどの器具が手のひらを上に向けることを必要とするが、このようなタイプのハンド・ポジションは、特に重い錘を持ち上げながら肘を内側で維持することを困難にするとの欠点があったこと、②甲1記載の発明は、三頭筋のエクササイズをするためのウエイトリフティング装置を提供することにより従来技術の短所を解消するものであり、バランスをとることの問題を有意に低減する中央に位置する錘プレート固定手段を有し、複数のハンド・ポジション及び間隔を可能にする三頭筋伸展装置を開示するものであること、③装置は、バー及びハンドルアセンブリと支持及びクランプアセンブリである2つの主要構成要素を有すること、④重量支持プラットフォーム26及び解除可能なクランプ手段28は、支持及びクランプアセンブリを形成し、バー10は、中央に位置する重量支持プラットフォーム26に固定されること、⑤重量支持プラットフォーム26のバー10への取付けは、好適には、故障を引き起こす可能性を排除するために、溶接によって達成されること、⑥錘又は錘プレート40を重量支持プラットフォーム26上で位置決めするのに固定支柱38が使用され、クランプ部材28は、固定支柱38の周りで固定的に留められ、それにより錘を重量支持プラットフォーム26上に固着することが記載されている。これらの記載によると、甲1記載の発明において、重量支持プラットフォーム26を含む支持及びクランプアセンブリは、バー10を含むバー及びハンドルアセンブリと共に装置の主要構成要素であり、バー10は、溶接等の方法により重量支持プラットフォーム26に固定され、重量支持プラットフォーム26等と物理的に一体であることが前提となっているといえる。また、甲1記載の発明は、従来のバーベル機材等における欠点(比較的長いバーを有する装置は、バランスをとることが困難であり、錘を使用しない装置は、本格的なボディビルダーに対しては限定的な有効性しか有しないなどの欠点)を解消するため、バランスをとることの問題を有意に低減する中央に位置する錘プレート固定手段を有し、複数のハンド・ポジション及び間隔を可能にする三頭筋伸展装置を提供するものであり、バー10は、支持及びクランプアセンブリと一体となって作用効果を奏するといえる。そして、バー10のみが独立してウエイトリフティング・エクササイズにおける運動器具としての作用効果を奏することにつき、甲1には記載も示唆もない

 以上によると、三頭筋運動器具の発明に関する甲1の記載から、その部材の一つにすぎないバー10のみを抽出し、これを独立した運動器具の発明であると解することはできない

イ 原告は、前記アの主張の根拠として、①甲1に溶接前の部材としてバー10が記載されていること、②重りを備えるトレーニング器具のうち重りを支持するハンドル部分のみを用いてトレーニングを行えることが古くから広く知られた事実であること、③甲1のバー10が本件発明1の奏する効果と同様の効果を奏することを挙げる。

 しかしながら、前記アにおいて説示したところに照らすと、①及び②の点は、いずれも原告の前記アの主張を根拠付けるものではない。また、③の点は、甲1に記載された三頭筋運動器具からバー10を取り外して使用することを前提とするものであるから、やはり原告の前記アの主張の根拠となるものではない。

ウ 以上のとおりであるから、甲1に、甲1発明のほか、原告が主張する引用発明(バー10)が記載されているものと認めることはできない。

 

3 若干のコメント

 引用発明の認定に当たっては、本件特許(本願特許)の構成を所与の前提として、都合良く引用文献から特定の構成のみを抽出すること、いわゆる「後知恵」が起こりやすい。後知恵的な引用発明の認定を回避するためには、引用文献に記載の課題や解決手段を前提として行うことが指摘されるが、本判決は、後知恵的な引用発明の認定を回避するための一つのアプローチ方法を示したものということができ、参考となる。

以上

弁護士 藤田達郎