【令和5年10月26日判決(知財高裁 令和4年(ネ)第10113号)】

【事案の概要】

 本件は、発明の名称を「コンプレッションサポーター」とする本件特許(特許第5133797号)の特許権者である控訴人が、被控訴人による被控訴人各製品の販売が特許権の侵害に当たると主張して、被控訴人に対し損害賠償等を求める事案である。
 なお、原審は、被控訴人各製品は本件発明の構成要件Bⅱを充足せず、本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するということもできず、また、本件発明は特許法36条6項1号(サポート要件)に違反し特許無効審判により無効とされるべきものであるとして、控訴人の請求をいずれも棄却する判決をしたところ、控訴人がこれを不服として控訴した。

【キーワード】

 均等侵害、第1要件、明細書に記載されていない従来技術の参酌

【争点】

 争点は複数あるが、本稿においては、均等侵害の第1要件についてのみ紹介する。

【本件発明】

 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される(原審判決より引用する)。
A 伸縮性素材より成り膝部に着用し得る形態の本体を具備し、上記本体よりも伸縮性の低い低伸縮領域を本体に設け、上記低伸縮領域と本体の伸縮性の相違により膝関節部及び周囲筋腱をサポートするサポーターであって、
B 低伸縮領域として、
ⅰ 膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を吊り上げ、大腿四頭筋の機能を補助するために、膝蓋骨の下部を取り囲むほぼU字型に、本体正面に設けた正面吊り領域を具備し、
ⅱ また、大腿骨及び周囲筋腱を圧迫するために、上記ほぼU字型の正面吊り領域の左右両端から上方へ連続して伸びる方向に、本体両側面に設けた側面圧迫領域を具備し、
C 上記低伸縮領域は、樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した構成を有している
D コンプレッションサポーター。

本件特許の明細書の【図3】に筆者が赤枠、文字等を追加した。

【被告製品17(被控訴人製品17)】
原審判決の別紙より引用

 また、原審で、被告(被控訴人)は、乙4発明に基づく新規性欠如の無効理由を主張していたところ、乙4文献

本判決別紙4の乙4文献の図に筆者が赤枠、文字等を追加した。

【上記争点に関する当事者の主張】(下線は筆者が付した。以下同様)

【控訴人の主張】
 仮に、本件発明を被控訴人の主張する「別材料固着構造」のものに限定解釈し、その結果、「別材料固着構造」を有しない「一体編成・織成構造」であるとされる被控訴人製品17が本件特許発明の技術的範囲に文言上属さないとしても、以下のとおり、本件発明と被控訴人製品17の構成とは均等である。
ア 第1要件について
 本件発明の課題は、「膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定するコンプレッションサポーターを提供すること」であるところ、当該課題は、低伸縮領域であるほぼU字型の「正面吊り領域」が「膝蓋靭帯を圧迫」すると共に、「膝蓋骨を吊り上げ」て「大腿四頭筋の機能を補助」することで解決されるものである(本件明細書【0010】、【0011】)。このことから、本件発明の本質的部分は、「低伸縮領域として、膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を吊り上げ、大腿四頭筋の機能を補助するために、膝蓋骨の下部を取り囲むほぼU字型に、本体正面に設けた正面吊り領域」を備えるという構成である。
 そして、上記課題は「別材料固着構造」を有していなくても解決可能であるため、被控訴人の主張する「別材料固着構造」は本件発明の本質的部分ではない。

【被控訴人の主張】
ア 均等侵害が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中のいかなる部分が対象製品と「異なる部分」であるかを特定した上で、当該部分が均等侵害に係る5要件を充たす必要があるが、控訴人の主張は、被控訴人各製品と本件発明の構成がいかなる点で相違するのかが明らかではなく、主張自体失当である。
イ 控訴人が構成要件Cの「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した」という構成がないものとして均等侵害を主張しているとしても、本件明細書には、一体編成・織成構造について全く開示がないばかりか、本件明細書【0002】には、一体編成・織成構造のサポーターでは本件発明の課題を解決できないと明記されている。
 したがって、上記相違点が本件発明の非本質的部分であるとも(第1要件)、置き換えても本件発明の目的を達成できるとも(第2要件)、置換えが容易であるとも(第3要件)いえない。

【裁判所の判断】

⑶ 構成要件Cの「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した構成」の充足性について(争点1-4関係)
ア 「樹脂より成る低伸縮性材料」の意義について
(ア) 構成要件Cの「樹脂」が天然樹脂ではなく合成樹脂を意味することは、本件明細書の記載及び弁論の全趣旨から明らかである。
 そして、(中略)
 これらの辞書、辞典類の記載によれば、合成樹脂と合成繊維はいずれも高分子化合物であり、合成繊維は合成樹脂を材料とすると認められるものの、「合成樹脂」という用語の一般的な意義としては、合成繊維を含まないとみるのが相当である。
(イ) また、本件明細書には、(中略)この「樹脂材料」に合成繊維が含まれるとする記載はない。その他、本件明細書には、低伸縮領域を形成する「樹脂」又は「樹脂より成る低伸縮性材料」が合成繊維を含むことを示唆する記載は見当たらない。
(ウ) 以上の「合成樹脂」の一般的な意義及び本件明細書の記載によれば、構成要件Cの「樹脂より成る低伸縮性材料」は合成繊維を含まないと解される。
イ 「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した」の意義について
 上記アのとおり「樹脂より成る低伸縮性材料」は合成繊維を含まないと解されるから、「固着」についても、本体の一部に低伸縮性の合成繊維を編み込むことや、本体に用いる合成繊維の織り方や編み方を変えることによって、本体の一部に設けることは含まないと解される。
(中略)
ウ 被控訴人製品17について
(ア) 被控訴人は、被控訴人製品17の構成は「一体編成・織成構造」(部分によって織り方や編み方を変化させることにより、伸縮性等の異なる部位を配置した構造)である旨主張し、これに沿う報告書(乙14)を提出するところ、控訴人は特に争っていない。
(イ) そうすると、被控訴人製品部分2は、「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した」低伸縮領域に相当するとはいえないから、被控訴人製品17の構成は、構成要件Cを充足しない。

4 均等侵害の成否について(争点1-5関係)
(1) 均等の第1要件(非本質的部分)について
ア 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって、特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
 そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。その結果、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定せざるを得ないこととなる。
 ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである(知財高裁平成28年3月25日判決・判例タイムズ1430号152頁参照)。
イ 本件明細書に記載された従来技術、発明の課題及び課題を解決するための手段は、以下のとおりである(前記引用に係る補正後の原判決「事実及び理由」第4の1(2)のとおりであるが、再掲する。)。
(ア) 従来技術では、サポーター本体に織り込まれているゴムの収縮力や織り方を変えることで患部に対する圧迫、押圧の強度を変化させていたが、膝関節の任意の箇所に必要な押圧を加えることができないという問題があった(【0002】)。先行特許文献に記載された逆U字型のパッドを備える構成では、膝蓋骨を吊り上げて大腿四頭筋の機能を補助することができず、縦方向と横方向の伸長率を変化させてずれにくくする構成はサポーター本来の機能とは関係がないという問題があった(【0003】)。
(イ) 本件発明は、膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定するコンプレッションサポーターを提供することを発明の課題とし(【0005】)、この課題を解決するための手段として、本件発明の構成要件A~Cの構成を採用した(【0006】)。
(ウ) これにより、本件発明は、適切に膝蓋靱帯を圧迫し、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定し得るコンプレッションサポーターを提供するという効果を奏する(【0020】)。
ウ 控訴人は、本件明細書の記載に基づき、本件発明の課題は「膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定するコンプレッションサポーターを提供すること」であり、当該課題は、低伸縮領域であるほぼU字型の「正面吊り領域」が「膝蓋靭帯を圧迫」すると共に「膝蓋骨を吊り上げ」て「大腿四頭筋の機能を補助」することで解決されるものであり(【0010】、【0011】)、このことから、本件発明の本質的部分は、「低伸縮領域として、膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を吊り上げ、大腿四頭筋の機能を補助するために、膝蓋骨の下部を取り囲むほぼU字型に、本体正面に設けた正面吊り領域」を備えるという構成(構成要件Bⅰ)であると主張する。
エ しかし、本件特許の出願前に頒布された乙4文献には、別紙4「乙4文献の記載」の事項が記載されている(乙4及びその訳文)。これらの記載から、乙4文献には、伸縮性材料からなり着脱容易な膝サポータ(第1の1)であって、シリコーン材料、ゴムなどの弾性材料から形成され、膝蓋骨用開口部の横及び下から膝蓋骨の下部を取り囲み、下部膝蓋靭帯の上に位置するU字形状パッドを備え付けることにより(第1の1、2、第2の1、3)、下部膝蓋靭帯の領域に押圧力を生じさせ、膝蓋骨の負荷を軽減するもの(第2の2、4)が開示されていると認められる。
 なお、上記「パッド」は、伸縮性材料からなり着脱容易な膝サポータにおいて、シリコーン材料、ゴムが例示される弾性材料から形成され、これが位置する領域に押圧力を生じさせるものであるから、上記伸縮性材料より伸縮性が低いと認められる。
 また、乙4文献には、膝蓋骨を保持又は「吊り上げ」ることは明記されていないが、本件発明においても「膝蓋骨を吊り上げ、大腿四頭筋を補助する」のは「膝蓋骨の下部を取り囲むほぼU字型に、本体正面に設けた正面吊り領域」であり(構成要件Bⅰ、本件明細書【0006】)、この「正面吊り領域」は、「本発明においては、低伸縮領域として、膝蓋靭帯を圧迫するために、膝蓋骨17の下部を取り囲むほぼU字型…に、本体正面に設けた正面吊り領域を具備している。低伸縮領域である正面吊り領域を、ほぼU字型に形成することにより、膝蓋骨を吊り上げ、大腿四頭筋を補助するものである。」(【0010】)、「膝蓋靭帯15を圧迫するために本体正面に設けた正面吊り領域22を具備する。正面吊り領域22は、膝蓋骨17の下部を取り囲む湾曲部を有するほぼU字型…に設けられており、膝蓋骨17の下部を取り囲む湾曲部を有することにより、前述のように膝蓋骨17を吊り上げ、大腿四頭筋に好適な作用を及ぼすものである。」(【0023】)というものである。
オ 以上の乙4文献の開示事項を考慮すると、本件明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは、出願時の従来技術に照らし客観的にみて不十分というべきである。
 そして、乙4文献記載の従来技術をも参酌すると、従来技術に「膝関節の任意の箇所に必要な押圧を加える」ことができないという問題があり、「膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定するコンプレッションサポーターを提供する」という課題が未解決であったということはできず、少なくとも、従来技術と比較した本件発明の貢献の程度は大きいものではないと評価せざるを得ない。
 以上によれば、本件発明の本質的部分は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものと認めるのが相当であり、少なくとも、樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した低伸縮領域の構成を定める構成要件Cは本件発明の作用効果に直結する部分であって、その本質的部分に含まれるというべきである。
カ そうすると、上記3のとおり、被控訴人各製品は、構成要件Cを充足しないから、本件発明の本質的部分を備えていないこととなり、均等の第1要件を充足するとは認められない。
(2) したがって、被控訴人各製品については、その余の点を判断するまでもなく、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとしてその技術的範囲に属すると認めることはできない。

【検討】

1 均等侵害の5要件について、均等侵害の成立を主張する側(特許権者側)に第1要件から第3要件の充足性についての立証責任があり、これを否定する側(被疑侵害者側)に第4要件及び第5要件の非充足性についての立証責任がある(知財高判平成28年3月25日〔マキサカルシトール事件〕)。
  均等の第1要件については、本判決も判示するように「ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定される」ことになる(知財高判平成28年3月25日〔マキサカルシトール事件〕)。
  ところで、当該部分(「…課題…が、…客観的に見て不十分な場合…」の部分)は、要件事実ではないと考えられるため、主張立証責任の問題とはいえないと思われる。
  もっとも、現実的には、特許権者は、明細書を作成する際に、出願時の従来技術として一応十分なものを記載していると思われること、特許権者側が自ら明細書に記載の従来技術が不十分であると主張することは期待しがたいこと、従来技術の主張については、無効の抗弁と内容が重複し得ることから、当該部分については、均等の第1要件の充足性を否定する側(被疑侵害者側)が主張立証することになると思われる(主張立証責任を負うという趣旨ではない)。

2 裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断することができる(民事訴訟法247条)。そのため、被疑侵害者側が無効の抗弁の主張の証拠として提出した証拠(文献)であっても、裁判所は、当該文献の記載に基づき「明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合」であるかどうかを判断できることになる。
  本件で、被疑侵害者側(被控訴人)は、原審において新規性欠如の無効の抗弁との関係で、乙4文献に基づく主張をしていたものの、均等の第1要件との関係では、乙4文献に基づく主張をしていない。それでも、裁判所は、乙4文献の記載に基づき、「本件明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは、出願時の従来技術に照らし客観的にみて不十分というべきである。」と判断している。
  とはいえ、均等の第1要件との関係でも裁判所に取り上げてもらうために、無効の抗弁との関係で証拠とした文献は、均等の第1要件との関係でも主張しておく方が無難なように思われる。

 本件は、知財高判平成28年3月25日〔マキサカルシトール事件〕が示した均等の第1要件に関する「明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合」であるかどうかとの部分について、事案に即した具体的な判断を行った事例として実務上参考になると考えられることから紹介した。

以上

文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順