【令和5年3月24日(東京地裁 令和2年(ワ)31524号 販売差止等請求事件)】

【キーワード】

商標法36条1項及び2項、不正競争防止法2条1項1号、ファッション、ブランド

【事案の概要】

 原告は、「Dr.Martens」又は「ドクターマーチン」のブランド名を用いて、靴商品や服飾品のデザイン、企画並びにこれらの商品の製造及び販売を業とする英国法人であり、以下の商標権(以下「原告商標権1」といい、原告商標権1に係る登録商標を「原告商標1」という。)を有している。

<原告商標権1>
登録番号 商標登録第6195751号
登録日 令和元年11月8日
指定商品又は指定役務 
第3類「靴用つや出し剤及び靴クリーム、せっけん類、つや出し類、靴墨、靴ワックス、香料、        薫料、化粧品」
第9類「事故防護用安全靴」
第18類「皮革、かばん類、袋物、携帯用化粧道具入れ、傘、ステッキ、つえ、つえ金具、つえの柄」
第25類「履物、運動用特殊ブーツ、被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、仮想用衣服、運動用特殊衣服」 
登録商標

 また、原告は、「1460 8 ホールブーツ」の商品名で以下の商品(以下「原告商品」という。)を販売している。

 被告は、少なくとも令和元年にブーツである以下の被告商品1を他の業者に卸売し、また、少なくとも令和2年にブーツである以下の被告商品2を他の業者に卸売した(以下、被告商品1及び被告商品2を併せて「被告各商品」という。)。被告商品1の履き口の踵側には、被告標章が付されたヒールループ(着脱が容易となるように設けられたストラップ)が縫い付けられている。

<被告商品1>

  

<被告商品2>

  

<被告標章>

 原告は、被告商品1を販売し又は販売のために展示した被告の行為が原告商標権を侵害すると主張して、商標法36条1項及び2項に基づき、被告に対し、被告商品1の販売又は販売のための展示の差止め及び廃棄を求めるとともに、原告商品の形態と実質的に同一の被告商品1及び被告商品2を販売し又は販売のために展示して原告商品と混同を生じさせた被告の行為は不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号に該当すると主張して、不競法3条1項及び2項に基づき、被告に対し、被告各商品の販売又は販売のための展示の差止め及び廃棄を求めた。

【争点】

・原告商標1と被告標章が同一又は類似であるか
・不競法2条1項1号の不正競争の成否

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1・第2(省略)
第3 当裁判所の判断
1 (省略)


2 争点1-1(原告商標1と被告標章が同一又は類似であるか)について
(1) 原告商標1について(省略)
(2) 被告標章について
 被告標章は、・・・黒地に、左半分部分に手書き風の字体で「AirWair」と、右半分部分の上部に約1ないし2文字分の間隔を空けてゴシック体風の字体で「WITH」及び「SOLES」と、右半分部分の下部に概ね水平に「Bouncing」と、いずれも黄色の英文字が配されて構成されるものである。もっとも、被告標章は、被告商品1のヒールループに付されているものであるところ、当該ヒールループが履き口の踵部分に深く縫い付けられているため、需要者が通常の使用状況において視認できるのは、「AirWair」の「Ai」を除いた部分に限られる・・。したがって、原告商標1との類否を判断するに当たっては、被告標章のうち「Ai」を除いた部分(以下「被告標章対比部分」という。)を対象として対比するのが相当である。
・・(省略)・・
(3) 原告商標1と被告標章対比部分との対比
 原告商標1と被告標章対比部分の外観を比較すると、文字の色味に違いがあるほか、「Ai」の有無、「WITH」と「SOLES」との間隔の幅、「Bouncing」の字体と配置に差異があるものの、いずれも黒地に黄色味の文字で「rWair」、「WITH Bouncing SOLES」と記載されている点において共通しており、両者の外観は類似していると認められる。
 また、原告商標1と被告標章対比部分の称呼を比較すると、両者は、「ウェアウィズバウンシングソールズ」の点において共通しているものの、原告商標1の冒頭が「エア」であるのに対し、被告標章対比部分の冒頭が「アール」である点に差異がある。もっとも、原告商標1及び被告標章対比部分の文字部分はいずれも英語で表記されており、「エア」も「アール」も英語風に発音するものと理解できるから、「エア」と「アール」の称呼上の違いは実質的に「エ」の有無にとどまり、両者の差異はほとんどないといえる。したがって、原告商標1と被告標章対比部分の称呼は類似していると認められる。
 さらに、原告商標1と被告標章対比部分の観念を比較すると、前者は「弾む履き心地のソールを持つAirWair」との観念も生じるものの、両者とも「弾む履き心地のソールを持つ」との観念が生じる点で共通している。したがって、原告商標1と被告標章対比部分の観念は類似していると認められる。
(4) 小括
 以上のとおり、原告商標1と被告標章対比部分は、外観、称呼及び観念において類似するものと認められ、原告商標1と被告標章対比部分を含む被告標章とが同一又は類似の商品に使用された場合には、商品の出所について混同を生じるおそれがあるといえるから、両者は類似しているものと認められる。
 また、前提事実(5)のとおり、被告商品1は、ブーツであることから、原告商標権1の指定商品に含まれる第25類「履物」と同一であると認められる。
 したがって、被告標章が付された被告商品1を販売等した被告の行為は、原告商標権1を侵害するというべきである。


3 争点2―1(原告商品の形態が原告の周知な商品等表示であるか)について
(1) (省略)
(2) 原告商品の各形態についての検討
ア 黄色のウェルトステッチ
(ア) 原告商品における形態
 前記1(1)イ(ア)のとおり、原告商品においては、靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出し、ウェルトステッチが視認できること、また、ウェルトステッチには、明るい黄色の糸が使用されており、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できることがそれぞれ認められる。
(イ) 特別顕著性について
a ・・ウェルトの表面に現れる縫合糸の色をどのようにするかについては、アッパー及びアウトソールの色との兼ね合いから様々な選択が考えられるところ、原告が指摘するとおり、他社の靴製品においては、アッパーとアウトソールとの縫合糸が目立たないような色の組合せが採択されていることが多いと認められる・・。しかし、グッドイヤーウェルト製法を採用した他社の靴製品において、ウェルトに茶色系の色、ウェルトステッチに白色というように、縫合糸が目立つような色の組合せを採択しつつ、一つ一つの縫い目が比較的細かい形状で露出したものも存在することが認められる・・。そうすると、ウェルトの色と縫合糸の色とがコントラストを有する組合せにより当該縫合糸が明瞭に視認できるとの形態上の特徴を有する靴製品が全く存在しなかったということはできない。
b これに対し、前記(ア)のとおり、原告商品のウェルトステッチは、ウェルトには黒色、縫合糸には明るい黄色の組合せを使用し、かつ、ウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出しているものであるところ、原告が昭和60年に我が国において原告商品の販売を開始した後、少なくとも被告が被告商品2を販売した令和2年までの間において、原告商品のほかに、このような形態上の特徴を有する靴製品が販売されていたことを認めるに足りる証拠はない。
c 以上によれば、原告商品は、形態(ア)の点において、原告が原告商品の販売を開始した昭和60年当時から、少なくとも被告が被告商品2を販売した令和2年の時点までの間、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していたものと認められる。
(ウ) 周知性について
a ・・(省略)・・
b ・・原告は、ファッション雑誌を中心に、原告商品の外観を撮影した写真を掲載した広告を継続的に掲出している上、雑誌、ウェブサイト、SNS等で原告商品が紹介される際にもその外観の写真が併せて掲載されている。これらの写真には、原告商品を斜め前方又は側面から撮影したものが多く使用されているところ、ウェルトの黒色とウェルトステッチの黄色とのコントラストにより、黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できるものとなっていたと認められる・・。
 そして、前記1(4)のとおり、原告商品の紹介記事において、黄色のウェルトステッチは「ドクターマーチン」の特徴であると指摘するものが多数見られる。
c ・・(省略)・・
(エ) 小括
 以上によれば、靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出し、かつ、ウェルトステッチに明るい黄色の糸が使用されており、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できるという原告商品の形態(ア)は、少なくとも被告が被告商品2を販売した令和2年の時点において、原告の商品等表示として周知となっていたと認められる。
イ~コ (省略)


4 争点2-3(原告商品の形態と被告商品2の形態が同一又は類似であるか)について
(1)・(2) (省略)
(3) 被告商品2の形態
 被告商品2の形態のうち、原告商品の商品等表示に対応する部分は、ウェルトに黒色を、ウェルトステッチに黄色を採用し、かつ、靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出しているという外観を有しており・・、当該形態からは、特段の称呼が生じないものの、黒色のウェルトと黄色のウェルトステッチとの観念が生じると認められる。
 この点、被告は、被告商品2のウェルトステッチの実際の色合いが、原告商品のウェルトステッチの黄色と比較すると、よりオレンジ色に近いものであると主張するが、原告商品のウェルトステッチの色合いと特段の差異があると認めるに足りる証拠はなく、被告の同主張を採用することはできない。
(4) 両形態の対比
 前記(2)及び(3)の認定を前提として原告商品の商品等表示に係る形態と被告商品2の形態とを対比すると、当該各形態に係る外観、称呼及び観念はいずれも一致しているから、需要者は、両表示を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるというべきである。
 したがって、原告商品の商品等表示に係る形態と、被告商品2のそれに対応する形態とは、ほぼ同一と評価できる程度に類似しているものと認められる。


5 争点2-5(被告商品2の販売等が原告の商品と混同を生じさせる行為であるか)について
(1) 原告の商品等表示に係る形態とこれに対応する被告商品2の形態の類似性
・・(省略)・・
(2) 原告商品と被告商品2の取引の実情
ア 原告商品と被告商品2は、いずれもブーツという同種の商品であって、両商品の需要者も、我が国における革靴及びブーツの購入及び使用に関心のある一般消費者並びにブーツを取り扱う靴製品販売事業者と共通しているというべきである。
イ ・・原告商品と被告商品2は、いずれもインターネット上のオンラインストアにおいて販売されているという点で販売形態が共通している。オンラインストアにおいて商品を購入しようとする者は、通常、販売者が予め記載及び掲載している商品名や商品写真といった限定的な情報からその商品の出所を識別することになると考えられる。そして、ウェルトステッチは、オンラインストア向けの商品写真を作成するために靴製品の外観を撮影すると必然的に写り込む部分といえるところ、被告商品2を販売していたオンラインストアにおいても、ウェルトステッチを容易に視認できる態様で撮影された写真が掲載されていた・・。
(3) 小括
 以上のとおり、靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出し、かつ、ウェルトステッチに明るい黄色の糸が使用されており、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できるという原告商品の形態は、我が国において35年間近くという長期にわたって他の同種商品には見られない形態として原告によって継続的かつ独占的に使用されてきたことにより、革靴及びブーツの購入及び使用に関心のある一般消費者において、原告の商品の出所を表示するものとして広く認識されていたこと、原告の商品と被告商品2とは購買層や販売形態を共通にしていること、オンラインストアにおいて商品を購入しようとする者は、通常、販売者が予め記載及び掲載している商品名や商品写真といった限定的な情報からその商品の出所を識別することになると考えられること、このほか、前記(1)及び(2)において説示した諸事情を総合考慮すると、需要者である一般消費者がオンラインストアに掲載された商品写真等を通じて原告商品の商品等表示に係る形態と類似する被告商品2の形態に接した場合には、両商品の出所が同一であると誤認するおそれがあると認めるのが相当である。・・・
・・(以下、省略)・・

【検討】

1 商標法による保護と不正競争防止法による保護
 自己の商品・役務を識別する標識である商標は、商標法による保護と不正競争防止法による保護を受けることができる。
 商標法では、登録要件を満たす商標を設定登録することで、指定商品・指定役務について当該商標を使用する独占権(商標権)を発生させて保護する。他方、不正競争防止法は、需要者の間に広く認識されている商標(周知な商品等表示)と同一又は類似のものを使用して商品又は営業と混同を生じさせる行為を不正競争として定め、当該商標を使用する者を保護する。

2 本件の検討
 本件において、被告標章が付されていた被告商品1は、原告商標権1の侵害が問題となったが、被告商品2は、不正競争の成否が問題となった。
 被告商品1については、外観・称呼・観念、及び、使用時の混同のおそれの観点から原告商標1と被告標章は類似していると認定され、被告商品1を販売等する行為は原告商標権1を侵害すると判断された。
 一方、被告商品2については、原告商品の形態のうち、ウェルトステッチの部分のみが原告の「周知」な「商品等表示」といえるところ、被告商品2の形態は外観・称呼・観念の観点で当該商品等表示と「類似」しており、取引の実情を踏まえると需要者は商品の出所が同一であると「混同」するおそれがあると認定し、被告商品2を販売等する行為は不正競争に該当すると判断された。
 被告商品1では比較的あっさりと商標権侵害が判断されているといえるのに対し、被告商品2では、特別顕著性・周知性・類似性・混同のおそれの要件がそれぞれ問題となっている。被告商品2では、原告商標権1と異なり、原告商品の「形態」についての不正競争が問題となったという違いはあるものの、商標権侵害よりも不正競争該当性の方が立証のハードルが高かったといえる。

3 まとめ
 商標法による保護と、不正競争防止法による保護は、それぞれ要件が異なるため、どちらの法律による保護を受けるかはケースバイケースといえるだろう。
 しかし、実際の侵害の場面において、不正競争防止法による保護を受けるためには周知性等の要件の立証が必要となることを考えると、まずは、商標法による保護を検討することも有用と考える。

以上

弁護士 市橋景子