【大阪地裁令和5年8月28日判決(令和2年(ワ)第9135号)】

【キーワード】

専用使用権の設定登録

【事案の概要】

 本件訴訟は、縦書きで「千鳥屋」との登録商標に係る商標権(以下「本件商標権」という。)についての争いであり、本件商標権の譲渡等の経緯は以下のとおりである(本稿で論じる部分以外は、一部簡略化してある。)。

 ①本件訴訟における原告は、平成28年6月17日、訴外Aから、本件商標権を譲り受け、同年7月15日、その移転登録手続を行った。

 ②原告は、同日(平成28年7月15日)、被告P1に対し、本件商標権を譲渡した。その移転登録は、平成29年1月4日付けで行われた。

 ③被告P1は、同日、原告に対し、無償での専用使用を「許諾」した(以下「専用使用権許諾契約」という。)。専用使用権許諾契約には、本件商標権を第三者に譲渡してはならない旨の特約(本件譲渡禁止特約)が付されていた。ただし、本件商標権について、専用使用権の設定登録はされていない

 ④被告P1は、平成29年4月10日、被告P2及び被告P3に対して、本件商標権の持分3分の1をそれぞれ無償で譲渡する旨合意した。被告P2及び被告P3は、同合意に基づき、同月19日、本件商標権についての一部移転登録(本件移転登録)を行った。

図1.経緯(筆者作成)

 本件訴訟は、上記の経緯のもと、原告が、

 (1)被告P2及びP3に対しては、本件移転登録の抹消登録手続を、

 (2)被告P1に対しては、主位的に、原告に対する本件商標権に関する専用使用権の設定登録手続をすることを、予備的に、専用使用権設定登録義務の債務不履行に基づく損害賠償を

 請求している事案である。

【判決(抜粋)】

 裁判所(大阪地裁民事26部)は、以下のとおり判示し、原告の請求をいずれも棄却した。

 ※下線は筆者による。また、固有名詞には変更を加えた。

第4 当裁判所の判断
(中略)
(2)原告は、…本件移転登録は、物権的な効力を有する本件譲渡禁止特約に反するものであって絶対的に無効である旨を主張する。しかし、商標権の設定登録は商標権の発生要件であり(商標法18条1項)、専用使用権の登録もまた効力発生要件であること(同30条4項、特許法98条1項2号)からすると、登録を伴わない契約当事者間の単なる合意が本件移転登録の効力に優越するとは考え難い。原告の前記主張は採用できない。
(3)…したがって、被告P1が被告P2及び被告P3に対して本件移転登録の抹消を求める法的根拠はなく、原告の被告P2及び被告P3に対する請求は、いずれも理由がない。  
 また、本件移転登録により本件商標権は被告らにおいて共有される状態となったところ、被告P2及び被告P3が、本件商標権につき原告に専用使用権を設定することについて承諾する見込みはない(弁論の全趣旨)から、専用使用権許諾契約に基づく、被告P1の原告に対する専用使用権設定登録手続債務は社会通念上履行不能となったというべきである。  
 したがって、原告の被告P1に対する主位的請求もまた理由がない。  

※筆者注:被告P1についての予備的請求については、裁判所は、被告P1の原告に対する専用使用権設定登録手続債務が履行不能となったものと認めつつも、原告が何らかの損害を被ったとはいい難いとして、理由がないものとした。

【筆者コメント】

 判決文に明記され、法律の条文からも明らかなように、専用使用権の設定は、登録しなければ、その効力を生じない(商標法30条4項、特許法98条1項2号)。したがって、専用使用を単に「許諾」したにすぎない、未登録の専用使用権許諾契約があるのみでは、専用使用権の効力は生じない。

 本件は、さらに一歩進んで、登録を伴わない契約当事者間の単なる合意が、移転登録の効力に優越するとは考え難いとして、未登録の専用使用権許諾契約に譲渡禁止特約が含まれていたとしても、同契約がされた後の商標権の移転登録が無効になるわけではないとした。

 本判決は、本件において専用使用権の設定登録がされていたと仮定した場合に、本件譲渡禁止特約が本件移転登録の効力に優越し、本件移転登録が無効になるとまでは述べていない(※)が、専用使用権の設定登録がされていない場合、専用使用権の効力が発生しないことはもちろん、譲渡禁止特約の物権的効果についても簡単に否定されてしまうことについて参考になる。

 ※:むしろ、特許権の譲渡禁止については債権的な約束に過ぎず、譲渡禁止条項に違反して行われた特許権譲渡自体を無効にすることはできないと解されている(磯田直也「通常実施権の当然対抗制度とライセンス契約の当然承継の有無」パテント誌65巻3号11頁(2012)、中山=小泉編「新・注解特許法(第2版)中巻」1609-1610頁(2017))。商標権の譲渡禁止特約についてもこれと同様に、債権的な効果があるにすぎないというべきと考える。

                 以上

弁護士・弁理士 奈良大地