【令和5年11月30日(大阪地裁 令和4年(ワ)第4903号)】

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を若干簡略化している)

 本件の原告及び被告は、共に葬儀業を営んでいる。本件は、「葬儀・法要の相談又は企画」(第45類)等を指定商品・役務とする文字商標「久宝殿」(標準文字)に係る登録商標(登録第6432352号。以下「本件商標」という。)の商標権者である原告が、本件商標の指定商品と同一の役務に関して、被告商標を付した印刷物、看板その他の宣伝広告物を展示している等の行為について、本件商標に係る商標権(以下「本件商標権」という。)に基づき、被告に対し、上記展示等の差止め、被告標章を付した宣伝広告物の廃棄を求める事案である。

被告標章

本件商標

久 宝 殿

久宝殿(標準文字)

 

 本件では、本件商標の商標登録出願前から被告標章と同一の標章「久宝殿」を付して葬儀業を営んでいた者がおり、被告は、この者が事業に使用していた葬儀会館(以下「本件会館」という。)を被告が新たに賃借し、葬儀業を営んでいた。このような事情があり、被告は、原告の請求に対し、先使用の抗弁(商標法32条1項)を主張した。

 被告は、商標法32条1項の周知性の地理的範囲は、商標法4条1項10号の周知性の地理的範囲よりも緩やかに解釈すべきであると主張した上、葬儀会社の商圏は、葬儀会館を中心として半径2km程度といわれているから、当該地域を周知性の地理的範囲として、先使用権の有無を判断すべきと主張した。

 

2 判示内容(判決文中、下線部は本記事執筆者が挿入)

 裁判所は、被告が「葬儀会社の需要者は、主として葬儀会館の周辺地域に居住する者である」と主張したことに「一定の合理性が認められる」とし、さらに商標法32条1項の周知性は同法4条1項10号よりも緩やかに解釈する余地について言及したものの、先使用権が認められた場合における商標権の効力に対する重大な制約に鑑み、本件における商標法32条1項の周知性の地理的範囲について、半径2km程度の範囲で周知されていれば足りると判断することは相当でないとした。その上で、本件会館の葬儀申込者の2割弱が本件会館の半径2km圏外に存在することを指摘し、本件における商標法32条1項の周知性の地理的範囲を本件会館から最大で約10km圏内に相当する範囲とした。そして、この範囲における本件会館のシェアの程度から、周知性は認められないと判断した。

2被告標章につき被告に先使用権が認められるか(争点1)について

(1) 被告は、葬儀会社の需要者は、主として葬儀会館の周辺地域に居住する者であるとした上で、一般に、葬儀会社の商圏は、葬儀会館を中心として半径2km程度といわれているから、当該地域を周知性が求められる地理的範囲として、被告標章に係る先使用権の有無を判断すべきである旨主張する。

(2) この点、葬儀はその施行の必要が予測不可能である一方で、一旦不幸があれば直ちにその施行が求められるという性質を有することを踏まえて、主として葬儀会館の周辺地域に居住する者が需要者として想定されるということについては、一定の合理性が認められる。

  しかしながら、ある標章につき先使用権が認められた場合、未登録でありながら、登録商標が有する禁止権の効力を排除して当該標章の使用が許されることになり、商標権の効力に対する重大な制約をもたらすことになる。かかる重大な制約に鑑みると、法32条1項前段にいう「需要者の間に広く認識されている」の地理的範囲につき、法4条1項10号におけるものよりも緩やかに解する余地があるとしても、独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営するウェブサイトにおける「業種別開業ガイド」の「葬祭業」のページにおいて「斎場事業は、商圏範囲が2キロメートル、人口3万人に1会館を1つの目安とする。」と記載されていること(乙25)をもって、葬儀会社の商圏が半径2km程度であるとして、被告標章につき本件会館を中心として半径2km程度の範囲で周知されていれば足りると判断することは相当ではない。

  前記認定の事実によれば、本件会館における平成28年から令和2年までの葬儀の全施行件数(567件)のうち、葬儀申込者の居住地が半径2km圏内に存在する件数が約82%(464件)を占めている(認定事実(2)イ)が、上記圏外の件数が2割弱も存在すること、みと大協が近隣地区のみならず大阪地域ないし東大阪・八尾の相当程度広い地域を対象とした宣伝広告活動も行っていたこと(認定事実(5))を考慮すると、みと大協が被告標章と同一の「久宝殿」との標章をその業務(葬儀業)に使用していた地理的範囲は、おおむね東大阪市及び八尾市の全域(本件会館から最大で約10km圏内に相当する。乙169)と考えられるから、先使用権が認められるための要件としての周知性についてはその範囲において検討されるべきである。

(3) そして、認定事実(2)ア及び(3)によれば、平成28年から令和2年までのみと大協の葬儀の施行実績(年順に、127件、102件、137件、124件、77件〔令和2年8月頃まで〕)は、東大阪市及び八尾市における死亡者数の8割(年順に、6258人〔1人未満切捨て。以下同じ。〕、6211人、6452人、6522人、4481人〔令和2年8月までとして、年全体の3分の2〕)を基準とした場合、そのうち約2%にすぎない上、認定事実(4)のとおり、本件会館の半径2km圏内における他社の葬儀会館の数は、東大阪市内に4件、八尾市内に5件であって、これらの葬儀会館における本件会館のシェアは明らかではないところ、上記の範囲が半径3km圏内に拡大するだけでも、他社の葬儀会館の数は東大阪市内に12件程度、八尾市内に14件程度に増加し、これらの葬儀会館における本件会館のシェアはより縮小することになる。しかも、認定事実(1)イのとおり、みと大協は、平成28年頃から経営状況が悪化し、福田商事に支払う本件会館の使用料も以前より大きく減少していることから、令和2年当時の本件会館のシェアはさらに縮小していた可能性がある。 

  以上のことからすると、仮に、東大阪市及び八尾市全域という地理的範囲における先使用権の成立が許容され得ることを前提として、本件会館が、平成12年から「メモリアルホール久宝殿」との名称で約20年にわたり葬儀会館として使用されてきたこと、「久宝殿」との標章(被告標章)が一定程度の識別力を有すること(前提事実(4)ア参照)を考慮しても、被告標章は、本件商標の登録出願(令和2年9月17日出願)の際、当該範囲において、現に需要者の間に広く認識されていたとは認められない。 

(4) したがって、被告が、みと大協から「当該業務を承継した者」(法32条1項後段)に当たるか否かを検討するまでもなく、被告標章につき被告に先使用権が認められるとの被告の主張(抗弁)は理由がない。

 

3 若干のコメント

 本件は、先使用の抗弁(商標法32条1項)の要件である周知性の地理的範囲について判断した例であり、検討した具体的事案として参考となる。上記地理的範囲を画定するに際し、本件会館の葬儀申込者の居住地を基準に検討しており、被告が主張した本件会館から2km圏の外に居住地がある者が2割弱存在することを重視し(判文では「2割弱も存在する」と記載されている。)、上記地理的範囲が2km圏内であるとの被告主張を排斥した。本判決は、先使用の抗弁の地理的範囲を検討する際の視座を与えてくれるという点で参考になる。

以上

弁護士 藤田達郎