【令和5年12月19日(大阪地裁 令和4年(ワ)第9818号)】

【キーワード】

商標法39条、特許法104条の3、商標法46条、商標法3条1項3号、無効の抗弁

【事案の概要】

 原告及び被告は、共に、安全衛生保護用具等の販売等を目的とする株式会社である。原告は、次の商標(以下「本件商標」という。)に係る権利(以下「本件商標権」という。)を有しているところ、被告による「熱中対策応急キット」との標章(以下「被告標章」という。)を付した商品を販売する行為、及び同商品の広告に被告標章を付する行為が、本件商標権を侵害するとして、被告に対し、商標法36条1項に基づき商品の販売等の差止を求め、同条2項に基づき被告標章の抹消を求め、民法709条に基づき損害賠償を求めた。

<登録番号>

商標登録第6526506号

<出願日>

令和3年4月13日

<登録査定日>

令和4年2月28日

<商標>

熱中対策応急キット(標準文字)

<指定役務>

第5類   タブレット状サプリメント、その他のサプリメント

第9類   カード型温度計

第18類  ポーチ、かばん類

第21類  化学物質を充てんした保温保冷具、再利用可能な代用氷、水筒、飲料用断熱容器、携帯用クーラーボックス(電気式のものを除く。)、保温袋

第24類  布製身の回り品、タオル

第32類  飲料水、清涼飲料、果実飲料、飲料用野菜ジュース、乳酸飲料

 

【争点】

・本件商標の商標法3条1項3号に基づく無効理由の有無

 

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)

第4 当裁判所の判断

 1 認定事実(省略)

 2 本件商標の法3条1項3号に基づく無効理由の有無(争点1)について

 (1) 本件商標が、その指定商品について商品の用途を普通に用いられる方法で表示す る標章のみからなる商標であるというためには、本件査定日(令和4年2月28日)の時点において、当該商標が当該商品との関係で商品の用途を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に、将来を含め、商品の用途を表示したものと一般に認識されるものであれば足りると解される。そして、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に商品の用途を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定商品に関する取引の実情を考慮して判断すべきである。

 (2) ア 本件商標は、「熱中対策応急キット」の文字を標準文字で表してなり、本件商標を構成する文字は、同じ大きさ及び書体で、等間隔かつ横一列にまとまりのある態様で並べられている。そうすると、本件商標は、取引者及び需要者に、これを構成する文字の全体をもって、一連一体の語を表すものとして理解されると考えられる。

   イ 本件商標中の「熱中」、「対策」、「応急」及び「キット」の4つの語は、それぞれ、「物事に心を集中すること。夢中になってすること。また、熱烈に思うこと。」、「相手の態度や事件の状況に応じてとる方策。」、「急場のまにあわせ。」、「組立て模型などの部品一式。工具・用具一式。」といった意味を一般に有するところ(いずれも広辞苑第七版、平成30年1月発行)、これらの語を字義どおりに捉えると、「熱中対策応急キット」の語全体から、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品ないしそれらをバッグに入れて一まとめにしたものといった意味合いが直ちに導かれるものではない。
 もっとも、「熱中」との語は、「熱中症」との3文字の語のうち、「症状」を示すものと解される「症」の文字を除く2文字と一致しており、「熱中症」との語の一部を示すものとみても不自然とはいえない。

   ウ 取引の実情をみると、前記認定事実のとおり、「熱中対策応急キット」との標章が付された商品(本件商標に係る商品の区分ごとに本件指定商品と同一又は類似の商品を含んでいるもの)は、平成24年頃から本件査定日(令和4年2月28日)までに、ミドリ安全を中心とする多数の法人(被告を含む。)において、熱中症に応急的に対応するための物品一式として広告販売されている状況が認められる。一方、前記イの「熱中」の語の意味(物事に心を集中すること。夢中になってすること。また、熱烈に思うこと。)を踏まえて、これに対応するといった用途に用いられる商品が、「熱中対策応急キット」ないし「熱中対策」との標章を付して広告販売されている事実を認めるに足りる証拠はない。なお、原告も、平成31年(令和元年)から、熱中症に対応するための物品一式が収納されたポーチに「熱中対策キット」との標章を付して広告販売している上、令和5年には、熱中症に応急的に対応するための物品一式がポーチに収納された「熱中対策応急キット」との名称の商品の広告販売を開始している(前記認定事実(7))。

   エ 以上を総合すると、「熱中対策」の語は、本件査定日の時点で、「熱中症対策」との意味でも一般的に理解され、「熱中対策応急キット」の語は、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品一式ないしそのような物品を含む商品との意味を有することが一般に認識されていたことが認められる。そして、本件指定商品は、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品ないしそれらを収納するポーチ等(それらの全部又は一部を組み合わせたものを含む。)の商品に含まれると認められるところ、標準文字で表される「熱中対策応急キット」との本件商標がかかる商品に使用された場合、当該商品の取引者又は需要者によって、当該商品の用途を示すものとして一般に認識される状態となっていたといえる。そうすると、「熱中対策応急キット」との本件商標は、指定商品に使用された場合、商品の用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として、法3条1項3号に該当するものと解するのが相当である。

 (3) したがって、本件商標は、法3条1項3号に違反して登録されたものであり、無効審判により無効とされるべきものであるから、原告は、被告に対し、本件商標権を行使することができない(法46条1項1号、39条、特許法104条の3第1項)。

(以下、省略)

 

【検討】

1 商標権侵害訴訟における無効の抗弁
 商標法では39条にて特許法104条の3を準用し、商標権が無効審判により無効にされるべきものであるときは、相手方に対して権利行使できない旨を定めており、商標権侵害訴訟において、いわゆる「無効の抗弁」を認めている。
 ただし、商標法では、一部の無効理由について除斥期間が定められており(商標法47条)、侵害訴訟の場面において、当該期間が経過後に無効の抗弁を主張できるか否かについては議論となっている。この点について、除斥期間経過後は、権利濫用の抗弁が成立し得るという裁判例も存在する(東京地判平成17年10月11日)。
 なお、本件は、設定登録日から5年経過前での事案であり、除斥期間の点は問題とならなかった。

2 商標法3条1項3号該当性
 商標法では、3条1項3号において、「その商品の・・用途・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」について商標登録を受けることができないと定められている。取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであり、特定人による独占使用を認めることが公益上適当でなく、また、一般的に使用される標章であって、多くの場合は自他識別力を欠くためである(最判昭和54年4月10日〔ワイキキ事件〕)。
 そして、同法違反は拒絶理由であり(商標法15条1号)、無効理由となる(商標法46条1項1号)。
 また、無効審判において、同法違反の無効理由が主張された場合、判断基準時は査定時であり、対象の商標が指定商品又は役務に使用されたときに取引者・需要者において商品又は役務の用途等の特徴を表示するものと一般に認識するか否かで判断する。

3 本件について
 本件では、本件商標権について商標法3条1項3号該当性が争われた。
 裁判所は、まず商標法3条1項3号該当性について、従前の裁判例のとおりの判断基準を示したうえで、本件の「熱中対策応急キット」について、その語全体のみからは、「熱中症の対策又は応急処置に用いる物品ないしそれらをバッグに入れて一まとめにしたもの」といった意味合いが直ちに導かれるものではないとしつつも、登録査定日までに「熱中対策応急キット」との名称の商品を、原告を含む多数の法人が販売し、広告宣伝していたとの取引の実情を考慮し、「熱中対策応急キット」とは「商品の用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」と認定した。
 「熱中対策応急キット」との語が使用されすぎた結果、登録査定時までに、取引者・需要者において、「熱中症の対策又は応急処置に用いる物品ないしそれらをバッグに入れて一まとめにしたもの」といった意味合いが認識できるに至ったと判断したものと解する。

4 検討

 本件では、平成24年頃から「熱中対策応急キット」との語が使用されていたようであるため、そもそも商標出願の時点で、「熱中症の対策又は応急処置に用いる物品ないしそれらをバッグに入れて一まとめにしたもの」といった意味合いが認識できるに至っていたと思われるが、商標出願後、登録査定までの半年~1年ほどの間に、商標が他の事業者にも使用されてしまい、本件のように「商品の用途を普通に用いられる方法で表示する標章」となってしまう可能性もある。
 このような事態を回避するためには、商標出願後は、同一又は類似する商標を使用する事業者に対して、書面(金銭的請求権に関する警告書(商標法13条の2第1項)もありうる。)を送付する等して、その使用を止めるように依頼することが考えられる。

 

以上

弁護士 市橋景子