【令和5年4月20日判決(大阪地裁 令和2年(ワ)第7001号)】

【事案の概要】

 本件は、原告らが被告に対し、被告と原告会社とが、被告の製造する商品の売買に係る基本契約(甲1。以下「本件契約」という。)を締結していたところ、当該商品が補助参加人の有する特許権に抵触し、原告会社が将来にわたって被告から当該商品を購入して第三者に販売することができなくなったとして、本件契約上の第三者の工業所有権との抵触について被告の負担と責任において処理解決する旨の約定(以下「本件特約」という。)の債務不履行又は瑕疵担保責任に基づき、原告会社について損害賠償金、原告P1について損害賠償金等の支払請求等を求める事案である。

【キーワード】

 知財保証条項、損失補償義務、対応義務、債務不履行、瑕疵担保責任

【前提事実等】(下線は筆者が付した。以下同様)

・本件契約
 原告会社と被告は、平成27年11月30日付けで、以下の内容の商品の売買に係る基本契約を締結した(甲1。本件契約)。
(中略)
ウ 被告は、前記アの商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。万一、抵触した場合には、被告の負担と責任において処理解決するものとし、原告会社には損害をかけない(本件特約)。


裁判所が認定した事実に基づき概略図を作成

【争点】

 争点は複数あるが、本稿においては、本件特約上の対応義務違反の成否についてのみ紹介する。

【裁判所の判断】

争点4(本件特約上の対応義務違反の成否)について

(1) 対応義務の内容について
本件は、原告会社やその取引先が補助参加人から被告の商品が第三者の特許権に抵触することが訴訟において確定したことによって損害が生じたという事案ではなく、補助参加人から侵害警告を受けたにとどまるものであるところ、被告は、本件特約は、第三者の特許権に抵触した場合に被告が責任を負うものであって、商品が第三者の特許権を侵害している事実ないし判断が確定した場合に限定され、未だ第三者から特許権侵害を主張されるにとどまっている段階では、被告に紛争対応に関する義務はないと主張する。
 この点、本件特約は、典型的には、原告会社が第三者から特許権侵害を理由に訴えを提起されて敗訴し、損害を被った場合の損失補償を規定したものと解されるが、被告が商品の製造元として原告会社よりも技術的な知見等の情報を有している立場であることを前提に、単に事後的な金銭補償のみならず、被告の負担と責任において処理解決する積極的な作為義務をも規定しているから、原告会社が第三者から被告が原告会社に販売した商品が特許権に抵触することを理由に侵害警告を受けたときについても、被告において、原告会社の求めに応じて、原告会社に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、原告会社が必要な情報の不足により敗訴し、又は交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務を負うものと解される。
 他方で、本件特約上の対応義務は、あくまで原告会社に損害が発生することを防止すべき義務であるから、被告は、原告会社がその経営判断により自ら決定した対応に反してまで独自に特許権侵害を主張する第三者に訴訟提起等の対抗手段を講ずべき義務を負うものとは解されない。

(2) 本件の交渉経過等
 証拠(後掲各証拠のほか、全体につき甲33、乙32、原告P1本人、被告代表者本人(認定に反する部分を除く))及び弁論の全趣旨によれば、本件について補助参加人から原告会社等が特許権侵害の主張を受けた以降の交渉経過並びに原告会社及び被告の対応は、以下のとおりと認められる。
ア 補助参加人は、平成24年5月に、アムテックスに対し、乙1特許権、甲4特許権の実施許諾をし(丙1)、アムテックスは、「ループボンド・タフバインダー工法」との商品を展開していたものであるところ(丙2)、原告会社ないし被告が扱うSWCはSLBの刻印を省略しただけの同一品であるとの認識を持ち、SWCを用いた建設物の安全性などにも補助参加人なりの懸念を有していた。
  平成28年11月ないし12月頃、原告会社は、かかる問題意識を持っていた補助参加人から特許権侵害に関して呼び出しを受け、原告P1、被告代表者及び被告の依頼を受けたエール国際特許事務所のP6弁理士(以下「P6弁理士」という。)が補助参加人の事務所に赴いた。補助参加人は、WC、SWC及びWCDが補助参加人の特許権に抵触すると主張したが、被告代表者はこれを否定した(原告P1本人)。
イ 平成28年12月頃、原告会社は、穴吹工務店との間で、SWCの暫定採用による取引を開始した。
ウ 平成28年12月14日、被告は、P2から、被告代表者が乙1発明の共同発明者である旨をP2が認める旨が記載された共同開発者証明書(乙5)を入手した
  同月28日、原告会社は被告と連名で、SWCの暫定採用を決めていた長谷工に対し、SWCが乙1発明の技術的範囲に属さない旨の見解を通知した。
  長谷工は、同日、原告会社に対し、補助参加人との話し合いによる解決を希望する旨回答した(甲10、11)。
エ 平成29年1月27日、補助参加人は、原告会社、被告及び穴吹工務店に対し、SWCが乙1特許権及び甲4特許権の技術的範囲に属する可能性が高いこと、原告会社、被告及び穴吹工務店が連名で公開しているWCDの施工方法をSWCに使用した場合に甲5特許権の技術的範囲に属する可能性が高い旨を通知した(甲12)。
オ 平成29年2月7日、被告の事務所において、補助参加人への対応について、原告会社及び被告とその依頼を受けたP6弁理士並びに株式会社大京(以下「大京」という。)及び穴吹工務店とその依頼を受けたP4弁理士らによる協議が行われた。その結果、原告会社及び被告のグループが乙1特許権及び甲4特許権への対応を担当し、大京及び穴吹工務店のグループが甲5特許権への対応を担当することとされた。
  同月13日、P4弁理士らは、補助参加人への対応について、原告会社、被告、大京及び穴吹工務店に対し、乙1特許権及び甲4特許権についても、原告会社及び被告の費用負担でP4弁理士らが対応すること、乙1特許権については先使用権、冒認その他の無効主張が、甲4特許権については、非抵触の主張が、甲5特許権については、非抵触及び無効主張が、それぞれ考えられるので検討することや、利益相反については現時点ではないと考えられることを連絡した(乙32、及びその添付資料4)。
  同月21日、P4弁理士は、穴吹工務店に対し、SWC及びWCDは、甲4特許権の技術的範囲に属さないこと、SWCは、乙1特許権の技術的範囲に属する蓋然性が極めて高いこと、SWC及びWCDは甲5特許権の技術的範囲に属さないことを主な内容とする鑑定書を提出した(甲29)。
カ 平成29年3月21日、被告は、SWCに対する補助参加人の権利主張に対抗して、乙6特許権に係る特許出願を行った(乙6)。
キ 平成29年4月5日、補助参加人の事務所において、原告会社、穴吹工務店及び大京並びに原告会社らの代理人としてP4弁理士らと補助参加人との間の協議が行われた。P4弁理士は、補助参加人に対し、SWCは、甲4特許権及び甲5特許権の技術的範囲に属さず、乙1特許権には、平成10年11月13日に東レから被告に送付されたFAXにより新規性が喪失している無効理由が、甲5特許権には、新規性ないし進歩性欠如の無効理由がそれぞれ存在する旨を主張した。これに対し、補助参加人は、乙1特許権、甲4特許権及び甲5特許権について、原告会社及び被告に実施許諾し、アムテックスからWC、SWC、WCDに相当する製品を購入することとし、過去の実施については金銭解決を提案した。P4弁理士は、原告会社、被告及び穴吹工務店が、特許問題が解決するまでの間WC、SWC、WCDについて実施に該当する行為をしないこと、過去の実績に基づく金銭解決については、原告会社、被告及び穴吹工務店において検討することを回答した(甲25)。
ク 平成29年7月14日、原告P1は、長谷工及び武新との協議において、長谷工から、社長、副社長その他の役員は補助参加人との特許権に関する問題を十分承知しており、その上で、全く特許権を問題とせず、原告会社から武新を通じてSWCを長谷工が購入する取引の正式承認、平成29年上期以降の物件へのSWCの採用が正式に決まっている旨の説明を受け、被告にその旨報告した(甲16)。
  同月24日、原告P1は、長谷工及び武新との協議において、長谷工から、SWCを長谷工の標準工法として正式採用することや今後の具体的な購入見込み、今後の課題として、補助参加人の特許権に抵触しない新WCの実現や現行SWCの特許問題に関する法的手段による対処等を示されると共に、補助参加人との特許問題に関して、SWCの本採用決定に至るまで役員会議において賛否両論があったが、被告に正義があると判断して正式採用に至った旨の説明を受け、同月26日、被告にその旨報告した(甲17)。
ケ 平成29年8月2日、補助参加人は、原告会社に対し、WC及びSWCに関するウェブページ上の記載の削除及び特定の物件に関してWC及びSWCの見積書を出していることについての説明を要求し、同月31日までに対応がされない場合は、特許権に基づく差止めを求めて提訴する旨を通知した(甲18)。
コ 平成29年9月1日、乙6特許権が設定登録された(乙6)。
サ 平成30年1月頃、補助参加人の要請により、補助参加人と長谷工の直接交渉が行われ、補助参加人から長谷工に対し、過去の特許侵害ペナルティーを請求しない旨の条件が提示され、補助参加人と長谷工の間で和解が成立した。長谷工は、原告会社に対し、武新を通じた原告会社とのSWCの取引を中止するが、SWCの在庫については補償する旨の意向を示した(甲33、34)。
シ 平成30年1月30日、補助参加人は、原告会社及び被告に対し、SWCが乙1特許権及び甲4特許権に係る発明の技術的範囲に属すること、WC、SWC及びWCDによる施工が甲5特許権に係る発明の技術的範囲に属することを理由に、WC、SWC及びWCDの販売の中止を要求し、これに応じない場合は法的手続きをとることを検討せざるを得ない旨の警告書を送付した(甲21、丙3)。
  同年2月9日、被告は、P6弁理士を代理人として、補助参加人に対し、補助参加人の侵害主張の根拠が明らかではないため、根拠を具体的に明らかにするよう求める回答書を送付した(丙10)。
ス 平成30年2月14日、原告会社は、被告に対し、同月13日に長谷工と協議した結果、在庫は完全補償とし、特許権問題解決後、即時再採用することの確約を得た旨を報告した。
  同月26日、補助参加人は、乙6特許権について無効審判請求をした(乙7)。
  同年3月末日までに、長谷工は、武新を通じて原告会社から在庫補償のために購入していたSWCの取引を終えた(甲34)。
  平成31年4月26日、被告及び補助参加人は、乙6特許権について、請求項の一部は無効であるが、その余に係る無効審判請求は成り立たない旨の審決予告を受けた(丙26)。

(3) 対応義務違反の有無
ア 前記(2)の認定事実によれば、被告は、平成28年11月ないし12月頃、原告会社が補助参加人から最初に呼び出しを受けた際、P6弁理士に依頼して協力を求めると共に、原告会社がWC及びSWCの取引を継続できるよう、補助参加人に対して、特許権侵害を否定する対応をとったこと、被告がLBやSLBの開発過程において重要な発案をし、商品の具体化及び実現に深く関与していたことから、補助参加人の主張に理由がなく、乙1特許権には共同出願違反の無効理由があって、補助参加人の主張には十分対抗できるものと判断し、同年12月14日には、P2から共同開発者証明書(乙5)を入手し、速やかに被告代表者が乙1発明の発明者であることを裏付ける証拠の収集を行ったこと、原告会社及びその取引先であった穴吹工務店の依頼したP4弁理士にもLB及びSLBの開発経緯を説明し、乙1特許権に係る出願前のFAX等の重要な資料の提供を行って、平成29年4月5日にP4弁理士が補助参加人に対し、特許権非侵害や無効の主張をする前提となる情報を提供したこと、原告会社の取引先であった長谷工に対してもLB及びSLBの開発経緯を説明し、資料を提供して、平成29年7月頃までに、長谷工が補助参加人との特許権問題について被告の主張が正しいためSWCを採用する旨の決断に至ったこと、それ以降も、原告会社と情報を共有しながら一貫して補助参加人による特許権侵害の主張に対抗する対応を続けたことが認められる。
  また、平成29年4月頃までの補助参加人への対応については、原告会社とWCDを共同開発していた穴吹工務店とその依頼を受けたP4弁理士が主導しており、それ以降については、原告会社は、補助参加人の主張を問題とせずにSWCの採用を決断した長谷工の意向に従って、SWCの取引を推進したことが認められる。
  そして、被告代表者が、接着補助具をコネクター兼用とし、コネクター部と係止部を樹脂で一体成形し、枠状の支持突起を設けることといった乙1発明の主要な構成を全て着想し、具体的な構成を創作したと主張しており、乙1発明の共同発明者であるP2が被告代表者も共同発明者であると述べていたこと(乙5。なお、P2は、後にこれを撤回する旨の書面(丙17)を作成しているが、同書面が本件訴訟提起後に作成されたことなど本件からうかがわれる経緯等から、なお乙5の信用性を左右するには至らない。)、共同発明者でなければ、通常は入手しえない出願前に作成された文言修正途中の明細書案(乙25)を被告が入手していたこと全く開発に関与しない単なる製造委託業者であれば交付される理由のない東レとのやり取りや東レの内部資料等(乙2、4、10、11、14、15、24)が存在すること本件訴訟においてすら、補助参加人が有する発明者性に関する客観的資料は、乙1発明が完成して乙1特許権を出願しようとする時期以降に作成された東レから入手した資料のみであり(丙11、22)、発明者として乙1特許権の特許公報に記載された補助参加人の従業員については、乙1発明の構成について具体的に、いつ、発明者のうちの誰が、どの部分を着想し、誰がどの程度関与して具体的構成の創作に至ったのかが全く明らかではなく、東レ又は補助参加人の従業員であった発明者全員で全部を同時に創作したかのような記載にとどまる陳述書(丙25)があるにすぎないことからすれば、補助参加人から特許権侵害の主張を受けた平成28年11月頃から長谷工が武新を通じての原告会社との取引を中止した平成30年3月までの間において、乙1特許権が共同出願違反であって無効である旨の被告の主張には、十分な理由及び根拠資料があり、補助参加人の主張に対抗できる見込みのあるものであったといえる。
  そうすると、被告は、補助参加人からの特許権侵害主張に対して、原告会社に損失が発生しないよう取引を継続すべく、弁理士とも相談の上、対抗主張を検討し、原告会社のみならずその取引先とも対応を検討し、対抗主張をするに必要な情報の共有を行ったものであり、重要な情報の提供を怠ったとか、立証の見込みの乏しい情報を提供したとかといった事情は認められない
  原告会社が、補助参加人の主張に理由がないものと判断していたにもかかわらず、補助参加人に対して、積極的に訴訟や無効審判請求等を行わず、補助参加人との交渉が行われたのは、もっぱら原告会社の取引先である穴吹工務店や長谷工の意向を受けた原告会社の判断によるものであって、その結果、被告の主張が正しいものと判断して補助参加人の権利主張を知りながらSWCの採用を決断した長谷工を始めとする原告会社の取引先が、原告会社や被告を除いた補助参加人との直接交渉により最終的にWCやSWCの取引継続を中止したからといって、被告が本件特約上の対応義務違反をしたということにはならない。さらに、原告会社は、被告の説明が誤っており、補助参加人の主張が正しいと判断したから、WC及びSWCの販売継続を断念したのではなく、平成30年に長谷工が補助参加人との直接交渉の結果、それまでの態度を翻してSWCの販売中止を決めたことから、原告会社のような企業が大企業に抵抗することはできないと判断して、それ以上の販売事業の継続を断念したというのである(原告P1本人)から、同年4月以降に原告会社がWC及びSWCの販売事業を行っていないのは、被告とは何ら関係のない原告会社としての経営判断の結果にすぎないことが明らかである。
なお、補助参加人は、乙25の資料は、乙1特許権の出願後に、甲30特許権の出願の参考として被告に交付されたものであると主張するが、乙25は、平成10年11月26日に、東レ及び補助参加人により多数の文言の修正が行われる前の明細書案であり(丙11の6)、乙1発明の出願後にあえて現実に出願されたものと異なる明細書案を参考として被告に交付することは考え難く、同日以前に交付されたものというべきである。また当該明細書案は、発明者や出願人の記載がないものであるから、当時、被告において被告代表者が乙1発明の発明者とされていないことを認識していたともいえない。

 

【検討】

1 本件についての検討
 本件は、具体的な記載とは言い難い本件特約の内容(以下に再掲する)から、被告の具体的な義務を導いた。

被告は、前記アの商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。万一、抵触した場合には、被告の負担と責任において処理解決するものとし、原告会社には損害をかけない(本件特約)


 本件特約の「抵触した場合には」との文言からすれば、本判決が判示するとおり、典型的には、「原告会社が第三者から特許権侵害を理由に訴えを提起されて敗訴し、損害を被った場合」を定めたものと解される。
 もっとも、本判決は、「被告が商品の製造元として原告会社よりも技術的な知見等の情報を有している立場であること」を前提として、「原告会社が第三者から被告が原告会社に販売した商品が特許権に抵触することを理由に侵害警告を受けたとき」についても、「被告において、原告会社の求めに応じて、原告会社に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、原告会社が必要な情報の不足により敗訴し、又は交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務を負う」と解した点に特徴があると考える。
 一方で、本判決は、「本件特約上の対応義務は、あくまで原告会社に損害が発生することを防止すべき義務であるから、被告は、原告会社がその経営判断により自ら決定した対応に反してまで独自に特許権侵害を主張する第三者に訴訟提起等の対抗手段を講ずべき義務」については否定した。本件特約上の対応義務として、被告に、原告会社の決定した対応に反する義務まで負わせるのは、酷であると考えられるため、当該判断は妥当と考える。
 本判決の判示内容からすれば、原告会社が被告に対して「特許権侵害を主張する第三者に訴訟提起等の対抗手段」を要求した場合には、被告は、本件特約上の対応義務を負うのかは明らかといえない。被告に対してこのような義務まで負わせようとするのであれば、契約において明確に規定することが必要になると考える。

2 別件との比較
 本件のように、いわゆる知財保証条項の違反の有無が問題となった先行事例としては、知財高判平成27年12月24日平成27年(ネ)第10069号(以下「別件」という。)がある。
 本件における特約と別件における特約を比較すると以下のとおりである。本件の契約と別件の契約とは、やや表現が異なるものの、具体的とはいえない表現を用いている点(本件では、「被告の負担と責任において処理解決するものとし、原告会社には損害をかけない。」との表現、別件では、「自己の費用と責任でこれを解決し、又は被告に協力し、被告に一切の迷惑をかけないものとする。」)が共通するなど、内容としては概ね同じような規定になっているものと思われる。

本件

別件

被告は、前記アの商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。万一、抵触した場合には、被告の負担と責任において処理解決するものとし、原告会社には損害をかけない。

別件基本契約18条1項

原告は、被告に納入する物品並びにその製造方法及び使用方法が、第三者の工業所有権、著作権、その他の権利を侵害しないことを保証する。

同18条2項

原告は、物品に関し、第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合、自己の費用と責任でこれを解決し、又は被告に協力し、被告に一切の迷惑をかけないものとする。被告に損害が生じた場合には、原告は、被告に対し、その損害を賠償する。

 別件では、別件基本契約18条2項に基づく義務について、以下のとおり判断した。

ア 本件基本契約は、控訴人と被控訴人との間の物品の売買取引に関する基本的事項を定めるものであるところ、18条1項は「被控訴人は、控訴人に納入する物品並びにその製造方法及び使用方法が、第三者の工業所有権、著作権、その他の権利(総称して「知的財産権」という。)を侵害しないことを保証する。」旨、同条2項は「被控訴人は、物品に関して知的財産権侵害を理由として第三者との間で紛争が生じた場合、自己の費用と責任においてこれを解決し、または控訴人に協力し、控訴人に一切迷惑をかけないものとする。万一控訴人に損害が生じた場合、被控訴人はその損害を賠償する。」旨規定する。そして、本件基本契約には、他に知的財産権侵害を理由とする第三者との間の紛争に対する解決手段・解決方法等についての具体的な定めがないことからすれば、同条2項は、同条1項により、被控訴人は、控訴人に対し、その納品した物品に関しては第三者の知的財産権を侵害しないことを保証することを前提としつつ、第三者が有する知的財産権の侵害が問題となった場合の、被控訴人がとるべき包括的な義務を規定したものと解するのが相当である。
イ この点、被控訴人は、本件基本契約18条2項は「自己の費用と責任においてこれを解決」する債務と、「控訴人に協力し、控訴人に一切の迷惑をかけない」債務を選択的に規定したものであり、選択権を有する被控訴人は、前者の債務を選択したから、本件紛争の解決権は被控訴人に留保されていたものであると主張する。
  しかし、本件紛争の解決権が被控訴人に留保されていたことを認めるに足りる証拠はなく、同項の文言から被控訴人が選択権を有すると解することはできない。
ウ 一方、控訴人は、被控訴人が、本件基本契約18条2項に基づき、少なくとも①第三者が保有する特許権を侵害しないこと、具体的には納入した物品が特許請求の範囲記載の発明の技術的範囲に含まれないことや、当該特許が無効であることなどの抗弁があることを明確にし、また、②当該第三者から特許権の実施許諾を得て、当該第三者に対してライセンス料を支払うなどして、当該第三者からの差止め及び損害賠償請求により控訴人が被る不利益を回避する義務を負っていたと主張する。
  しかし、同項の文言のみから、直ちに被控訴人の負うべき具体的な義務が発生するものと認めることはできず、上記のとおり、同項は、被控訴人がとるべき包括的な義務を定めたものであって、被控訴人が負う具体的な義務の内容は、当該第三者による侵害の主張の態様やその内容、控訴人との協議等の具体的事情により定まるものと解するのが相当である。
(3) 本件基本契約18条2項に基づく被控訴人の具体的義務について
ア 前記のとおり、控訴人はWi-LAN社から、本件各特許権のライセンスの申出を受けていたこと(前記前提事実等(8)及び前記(1)イ。なお、Wi-LAN社のライセンスの申出が、本件チップセットあるいは本件製品を問題としていたのか、控訴人のサービスを問題としていたのかは、証拠上、明らかでない。)、控訴人は、被控訴人に対し協力を依頼した当初から、本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての回答を求めていたこと(前記(1)ア)、被控訴人、控訴人及びイカノス社の間において、ライセンス料、その算定根拠等の検討が必要であることが確認され、イカノス社において、必要な情報を提示する旨を回答していたこと(前記(1)タ)に鑑みれば、被控訴人は、本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務として、①控訴人においてWi-LAN社との間でライセンス契約を締結することが必要か否かを判断するため、本件各特許の技術分析を行い、本件各特許の有効性、本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を、裏付けとなる資料と共に提示し、また、②控訴人においてWi-LAN社とライセンス契約を締結する場合に備えて、合理的なライセンス料を算定するために必要な資料等を収集、提供しなければならない義務を負っていたものと認めるのが相当である。
イ 控訴人は、この点について、被控訴人が自ら又はイカノス社をして、Wi-LAN社から特許権の実施許諾を得てライセンス料を支払うことにより、控訴人が被る不利益を回避する義務をも負っていたと主張する。しかし、前記(1)で認定した被控訴人と控訴人との間の交渉の経緯及び内容、並びに前記1説示のとおり、本件ライセンス契約が締結される以前はおろか、現段階に至っても、本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かは明らかではないことに鑑みても、本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務として、被控訴人において、自ら又はイカノス社をして、Wi-LAN社との間でライセンス契約を締結すべきであったとまで認めることはできない。

 別件訴訟の判決では、別件基本契約18条2項の義務について「包括的な義務」を定めたものと解し、「被控訴人が負う具体的な義務の内容は、当該第三者による侵害の主張の態様やその内容、控訴人との協議等の具体的事情により定まるもの」と解した。
 本判決では、別件訴訟の判決のような判断手法は採っていない。
 しかしながら、本判決は、「原告会社が第三者から被告が原告会社に販売した商品が特許権に抵触することを理由に侵害警告を受けたとき」という場面において、「被告において、原告会社の求めに応じて、原告会社に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、原告会社が必要な情報の不足により敗訴し、又は交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務を負う」と解するところ、「原告会社の求め」る内容や、それに対する「必要な情報」は、具体的事情により決まるものと考えられることから、結局のところ、別件訴訟の判決で判示した内容と大きく変わるものではないと思われる。
 また、本判決では、「被告が商品の製造元として原告会社よりも技術的な知見等の情報を有している立場であること」を前提として、一定の義務を導いている。一方、別件の判決では、このような記載はない。別件の被控訴人は、製造元ではなく商社であるため、商品に係る技術的な知見は異なり、それゆえ具体的な義務の内容も異なるものと思われる。

3 本件は、特許保証条項の内容について解釈し、また、具体的事案における対応義務の内容や当該対応違反の成否を判断した貴重な事案であることから、紹介した。

以上

文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順