【令和5年11月30日(知財高裁 令和4年(行ケ)第10109号)】
キーワード:明確性
1 事案の概要
本件は、異議申し立ての取消決定の審決等取消訴訟である。
本件は、輝度分布に関するパラメータの測定条件が一義的に定まるかどうかが争われた。
2 本件発明
ヘイズ値が50%以上99%以下の範囲の値であり、平均粒径が0.5μm以上5.0μm以下の範囲の値に設定された複数の微粒子を含む防眩層を備え、
前記防眩層には、前記複数の微粒子の凝集が分散しており、分散した前記複数の微粒子の凝集により、前記防眩層の表面に凹凸の分布構造が形成され、
画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記有機ELディスプレイの輝度分布の標準偏差が0以上6以下の範囲の値であり、且つ、光学櫛幅0.5mmの透過像鮮明度が0%以上60%以下の範囲の値である、
防眩フィルム。
3 特許庁の判断(取消決定)
画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記有機ELディスプレイの輝度分布の標準偏差が0以上6以下」
との構成要件について、
本件標準偏差の測定条件のうち、撮影距離とFナンバーにつき具体的にどの値を設定するのかが、一義的に定まらないので、本件標準偏差、ひいてはこれを含む本件パラメータ
が不明確であり、本件特許発明1は不明確である。
4 裁判所の判断
「(2) Fナンバーについて
本件特許発明における撮影は、撮像された画像データから、ディスプレイ の輝度の標準偏差を求め、コントラストを測定することが目的であるから (本件明細書の【0124】)、当業者は、なるべく被写体のコントラストを忠実に再現できる条件で撮影するものと解される。 レンズの一般的特性として、コントラスト性能は、中間的なFナンバー(多少絞りを絞った状態)で最大化し、絞りを開いたり、絞り込んだりすることで低下する傾向があることは技術常識である(甲19~21、26~39)。
そうすると、当業者は、コントラストのピークがあるFナンバーに絞りを設定することになり、そのようなFナンバーを特定する上で必要な作業は、 Fナンバーを変えながら数回の撮影を行ってコントラストの変化を確認し、 最もコントラストが高くなるFナンバーを求めることだけであり、そのことに特段の困難性があるとは認められない。なお、本件明細書にギラツキ検査機として挙げられているコマツ検査機の説明書(乙9)の7頁に絞りの調整が記載されている。
被告は、甲7(ディスプレイのぎらつき度合の求め方に関するJIS規格 及びその解説)に上記のような作業が記載されていないことをもって、本件出願時の業界の技術常識として、Fナンバーの設定には、ある程度の自由度が許容されていた旨主張するが、甲7は本件特許の出願の後である令和元年 12月20日に制定されたものであり、ディスプレイのぎらつき度合いの求め方に関して当業者に共通認識がなかったことを示すものではあっても、コントラスト性能の設定方法に関する上記技術常識を否定するものではない。 本件特許発明は、「8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整」するものであり、そのような条件を充足させる前提の下で無制限に測定条件を調整できるわけではない。
(3) 撮影距離について
本件明細書の【0128】には、「次に、撮像装置12の撮像素子の単位画素当たりに撮像されるフィルムを装着したディスプレイ16aの画素サイズを調整する調節ステップを行う。調整ステップでは、撮像装置12の撮像素子の有効画素数に応じて、撮像装置12が撮像する画像において、画素による輝線がない、或いは、画素による輝線があってもディスプレイ16a のギラツキの評価に影響を与えない程度に、撮像装置12と、フィルムを装着したディスプレイ16aとの間の相対距離を調整する。」と具体的に記載されており、輝度の分布を把握するのに十分な解像度が得られる程度に撮影距離を短くすることを前提としつつ、ギラツキの評価に影響を与えるほど輝線が映り込まない程度の距離を保持すべきことを当業者は理解できると解される。そのように調整された距離は、輝線が見える距離の範囲と輝線が見えない相対距離の範囲との境界付近に設定されることとなるから、それほど大きくない一定の範囲に定まるといえる。なお、本件特許発明は、「8ビッ ト階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整」するものであって、無制限に測定条件を調整できるわけではないことは、前記(2)のとおりである。
被告は、ディスプレイのサイズは様々であり、ディスプレイの画面サイズ及び使用態様に応じて視聴距離が異なること、その視聴距離にも幅が存在することから、撮影距離について一義的に定まらない旨主張するが、被写体の大きさに個別性があるとしても、コマツ検査機を使用の上、本件明細書の【0128】に従った方法により調整すれば、被写体毎に自ずと撮影距離は定まるのであり、第三者に不利益を与えるほどに不明確であるとはいえない。
また、被告は、乙6や乙7を挙げて、当業者が合理的に選択する撮影距離は、「約160mmより大きく約410mm以下」という幅のある撮影距離となる旨主張するが、乙6では、測定の対象となったディスプレイも、防眩フィルムやその特性も特定されておらず、乙7では、ディスプレイは特定さ れているが、防眩フィルムの特性は特定されておらず、本件標準偏差を測定する前提となる事項は示されていないのであるから、これらの文献は比較の対象として適当でなく、また、これらの組合せによって導き出された数値が技術常識であったとも認められない。 ・・・
(4) 結論
以上のとおり、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできず、特許を受けようとする発明は明確であり、請求項4及び5についても同様である。
したがって、この点の明確性要件を充足しないとした本件決定の判断は誤りであり、取消事由1は理由がある。」
5 コメント
クレームに記載されたパラメータの測定条件が一義的に定まらない場合、実施可能要件違反や明確性要件違反に問われることが多い。粒子径の測定方法が明細書中に記載されていないケースが典型例である。
本件では、測定条件が一義的に定まるか否かについて、特許庁の判断と裁判所の判断が割れており、参考になるものと思われる。
以上
弁護士・弁理士 篠田淳郎