【令和5年9月7日判決(知財高裁 令和5年(行ケ)第10030号)】

1 事案の概要

 被告は、「くるんっと前髪カーラー」という標準文字からなる登録商標(以下「本件商標」といい、本件商標に係る商標登録(商標登録第6399042号)を「本件商標登録」という。)の商標権者であったところ、原告が、本件商標が商標法3条1項3号、同項6号及び同法4条1項16号に掲げる商標に該当すると主張して、本件商品(第26類「ヘアカーラー(電気式のものを除く。)」)についての本件商標登録を無効にすることについて審判を請求したところ、特許庁は、いずれの該当性も否定して、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をしたことから、原告が本件審決の取消しを求めて訴えを提起した事案である。
 なお、以下においては、特許庁と知財高裁とで判断が分かれた商標法3条1項3号該当性に関する部分のみを扱う。

2 判決

 本判決は、以下のように述べて、本件商標について商標法3条1項3号該当性を肯定し、本件審決を取り消した。なお、下線は筆者によるものである。
「(1) 本件商標の構成について
 本件商標は、「くるんっと前髪カーラー」の文字を標準文字で表してなるものであるから、本件商標を構成する文字は、当然に、同じ大きさ及び同じ書体のものであり、また、これらの文字は、当然に、等間隔かつ横一列に、まとまりのある態様で並べられている。したがって、本件商標は、これを構成する文字の全体をもって、一連一体の語句を表すものであると理解されるものである。本件商標の商標法3条1項3号該当性を判断するに当たっては、このような一連一体の語句を構成する各語の意味に加え、取引の実情に照らし、取引者又は需要者によって、当該一連一体の語句が、商品の品質、効能、用途等の特徴を示すものと一般に認識されるものであるかどうかを検討する必要がある(昭和61年最判参照)。
(2) 本件商標に接した取引者又は需要者の認識について
ア 辞典の記載
(中略)
イ ウェブサイトにおける使用例
(中略)
ウ 新聞記事における使用例
(中略)
エ 検討
 前記ア(イ)及び(ウ)のとおり、「前髪」及び「カーラー」の各語は、本件査定日当時、それぞれ前記ア(イ)及び(ウ)の意味を有するものとして、我が国において高い信頼性を有すると認められる国語辞典に掲載されていたものであるところ、弁論の全趣旨によると、当該各語がそのような意味を有する語であることは、本件査定日当時、本件商品に係る取引者又は需要者(以下、本件商品に係る本件査定日当時の取引者又は需要者を「本件需要者等」という。)にとって極めて明確であったものと認められる(以下、本件商標に接した本件需要者等の認識を検討するに当たり、「前髪」及び「カーラー」の各語については、「額に垂れ下がる髪」、「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」などと敷えんすることはせず、これらの語をそのまま用いることとする。)。
 他方、辞典に記載された「くるん」の語の意味及び用例(前記ア(ア))、本件査定日前のウェブサイト及び新聞記事における「くるんと」等の語の使用例(前記イ及びウ)並びに日本語の文法に照らすと、「くるんと」の語は、前髪を含む毛髪について用いられるときは、通常、「(毛髪が)丸く曲がった様子」を示す語として用いられている。また、ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例(前記イ)に照らすと、「くるんと」の語と「くるんっと」の語は、促音の有無により互いに意味を異にするものとは認められない。そうすると、「前髪」の語の直前に置かれた本件商標の構成中の「くるんっと」の語は、それが副詞として修飾することになる用言(動詞、形容詞等)が明示されていなくても、その内容は自明であって、通常、「(前髪が)丸く曲がった様子」を示すものとして、本件需要者等に認識されるものと認めるのが相当である。
(中略)
 以上によると、本件査定日当時、被告商品(甲14、15の1及び2、甲42、44)及び商品名を「前髪くるんとカーラー」とする原告の商品(乙2)を除くほか、「くるんっと前髪カーラー」の語句又はこれに準ずる語句を本件商品について用いる例があったと認めるに足りる証拠がないことを考慮しても、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等は、通常、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味するものと認識することになると認めるのが相当である
(中略)
オ 被告の主張について
(中略)
(3) 本件商標の商標法3条1項3号該当性について
 前記(2)のとおり、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等は、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味すると認識することになるところ、「カーラー」は、「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」であるから(前記(2)ア(ウ))、「くるんっと前髪カーラー」の語句は、単に本件商品(電気式のものを除くヘアカーラー)の効能等を述べたものにすぎない。また、本件商標は、「くるんっと前髪カーラー」の語句のみからなり、当該語句を標準文字で表すものであって、本件商品の効能等を普通に用いられる方法で表示するものである(「くるんと」の語に促音を付加した「くるんっと」の語を用いた表現が特殊なものであるということはできない。)。したがって、本件商標は、本件商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるということができるから、商標法3条1項3号に掲げる商標に該当する
 被告は、本件商標は本件商品の品質等を直接的かつ具体的に表示するものとはいえないから、同号に掲げる商標に該当しないと主張する。しかしながら、前記(2)において説示したところに照らすと、本件商標は、本件商品の品質、効能等を間接的に暗示するにとどまるものではなく、これを直接的かつ具体的に表示するものであると認められるから、同主張は採用することができない。
 また、被告は、「くるんっと前髪カーラー」の標章につき特定の者による独占使用を認めても何ら弊害はないと主張する。しかしながら、「くるんっと前髪カーラー」が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」などを意味するものとして、本件商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章である以上、他の事業者において、本件商品に該当する商品の製造、販売等をするに当たり、「くるんっと前髪カーラー」と同一又は類似の標章を用いようとすることは当然に想定されるところであるから、「くるんっと前髪カーラー」の標章につき独占使用を認めても何ら弊害はないとの被告の主張を採用することはできない。
(4) 小括
 以上のとおり、本件商標は、商標法3条1項3号に掲げる商標に該当するから、これと異なる本件審決の判断は誤りであり、取消事由1は理由がある。」

3 解説

 商標登録の要件について規定した商標法3条は、同条1項各号に掲げる商標を除き商標登録を受けることができると規定するところ、同項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」について商標登録を受けることができないものとしている。
 本件は、本件商標が、商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標に過ぎないとして、商標法3条1項3号に該当するかが争点となり、特許庁と知財高裁とで判断が分かれた事案である。
 すなわち、特許庁の審決においては、本件商標について、「くるん」、「前髪」及び「カーラー」という語のそれぞれについては意味合いを特定できるとしても、構成文字全体として成語や文章としての意味合いを特定するためには言葉が不十分であるから、商品の品質表示としては具体性を欠き、さらに、「くるんっ」という擬態語が、美容情報と関連する雑誌記事やインターネット情報などにおいて、髪が巻かれた様子を表すために使用される場合があるとしても、その点をもって、本件商標のような文字構成からなる文章について、商品の具体的な品質等を表示する慣用的な表現として取引上一般に採択・使用されている事実関係は見いだせないとして、商標法3条1項3号該当性を否定した。
 これに対し、本判決は、上記のように、辞典の記載、ウェブサイトにおける使用例及び新聞記事における使用例に基づいて詳細に検討した上で、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した需要者等は、通常、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味するものと認識することになるとした上で、「カーラー」は、「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」であるから、「くるんっと前髪カーラー」の語句は、単に本件商品の効能等を述べたものにすぎないとして、商標法3条1項3号該当性を肯定したものである。
 本件は、商標の構成文字を全体としてみた場合に、その意味合いを需要者等が具体的に認識することができるか否かについて、特許庁と知財高裁とで判断が分かれた事案であり、商標法3条1項3号該当性の判断にあたり参考となる事案であると考えたことから、紹介させていただいた。

以上

弁護士・弁理士 井上 修一