【令和5年3月22日(知財高裁 令和4年(行ケ)第10091号)】

【キーワード】
進歩性

1 事案の概要

 本件は、無効審判の請求不成立の審決取消訴訟である。
 本件は、引用文献の明細書中に記載された事項が、引用発明の認定に用いられるべきかが争われた。

2 本件発明

下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2 ・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1〜18のアルキル基を示し;nは0〜2 の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。

3 引用発明

1,2−プロピレングリコールおよびグリセリン中の5−ALAの10%溶液。

4 本件発明と引用発明の相違点

 本件特許発明が5−アミノレブリン酸リン酸塩であるのに対し、引用発明が、1,2−プロピレングリコールおよびグリセリン中の5−ALAの10%溶液溶液である点。

5 引用文献の記載

 【0012】
本発明により、組成物は5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する。誘導体は、特に塩、エステル、錯体および付加化合物であると理解される。作用物質は、特に有利には5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステルである。塩およびエステルの有利な例は5 -ALAヒドロクロリド、5-ALAスルフェート、5-ALAニトレート、 5-ALAホスフェート、5-ALAボラート、5-ALAタンネート、5- ALAラクテート、5-ALAグリコラート、5-ALAスクシネート、5- ALAシトレート、5-ALAタルトレート、5-ALAエンボネート、5- ALAメチラート、5-ALAエチラート、5-ALAプロピオネート、5- ALAブチレート、5-ALAヘキサノエート、5-ALAオクタノエート、5-ALAデカノエート、5-ALAミリステート、5-ALAパルミテート、5-ALAオレエートである。

6 裁判所の判断

「2 引用発明について
(2)引用文献における5-ALAホスフェートの記載
ア 上記(1)のとおりの引用文献の請求項1及び2に係る特許請求の範囲の記載によれば、引用文献には、「誘導体が5-ALAの塩およびエステルから選択される」「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸 および/またはその誘導体を含有する組成物」の発明が記載されているも のといえる。
また、上記(1)によれば、引用文献の段落【0012】には、引用文献の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステル」 が特に有利である旨が記載された上で、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が挙げられ、その中に「5-ALAホスフェート」が記載されている。
イ 以上の記載内容によれば、引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているものといえる。
なお、5-ALAホスフェートが5-アミノレブリン酸リン酸塩と同義であることは技術常識であり、この点について当事者間に争いはない。
(3) 5-ALAホスフェートを引用発明として認定することの可否
ア 判断基準
(ア) 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊 行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定 するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されているこ とを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であるこ と(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、 思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。 特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。
(イ) 以上を前提として検討するに、5-ALAホスフェートは新規の化合物であるところ、上記(2)のとおり、引用文献には、化合物である5-A LAホスフェートが記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載は見当たらない(甲2)。 したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要である。
・・中略・・

ウ 検討
(ア) 原告は、甲17文献ないし甲19文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であったことからすれば、本件優先日当時の当業者は、極めて容易に5-ALAホスフェートの製造方法を理解し得たものといえる旨主張する (前記第3〔原告の主張〕2)。
そこで検討するに、・・・
そうすると、甲17文献及び甲19文献においては、 細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。 また、上記イ(イ)のとおりの甲18文献の記載によれば、同文献においては、発酵液中に培地成分と混合した状態で存在するALAの濃度が開示されているにすぎない。そうすると、甲18文献においても、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。
 以上のとおり、甲17文献ないし甲19文献において、5-アミノレ ブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、前記(1)のとおり、引用文献においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充 分に安定であると示される」と記載されているとおり(段落【0007】)、 これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。
・・・
エ 小括
以上によれば、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない。
したがって、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。」

7 コメント

  引用文献の[0012]には、ALAホスフェート、すなわちALAのリン酸塩が記載されている。本件において、この記載が引用発明の認定に用いられれば相違点はないということになった。
  引用発明の認定について、裁判所は、
「当該物が新規の化学物質である場合には、
①刊行物にその製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。
②そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要である。」との規範を示し、本件では、②について検討したうえで、原告の主張を排斥した。
 引用文献中の化学物質の記載が、引用発明の認定に用いられるかどうかに関して参考になるものと思われる。

                                        以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎