【令和5年2月6日判決(大阪地裁 令和4年(ワ)第1848号】

【事案の概要】
 本件は、原告が、被告に対し、特許権(以下、総称して「本件各特許権」という。)に係る各発明(以下「本件各発明」という。)は、被告代表者の原告在職中の職務発明であって原告が特許を受ける権利を有しているのに、被告が出願して特許を受けたものであって、特許法123条1項6号に規定する事由があるから、同法74条1項に基づき、各移転登録を求める事案である。

【キーワード】
 特許権移転登録手続請求、特許法74条1項、職務発明規程、制定日、遡及適用

【争点】

 あらかじめ原告に特許を受ける権利を取得させることを定めた就業規則が存したかとの争点について紹介する。

 以下、下線は筆者が付した。

【原告の主張】

原告においては、労働者代表と協議の上、平成30年9月3日、職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する(第4条)旨及び同規程を平成26年1月1日以降に完成した発明に適用する(第10条)旨等を定める職務発明取扱規程(甲12。以下「甲12規程」という。)を制定し、同日、朝礼及び社内ポータルシステム「evalue掲示板」により従業員に通達するとともに、文書を掲示した。

よって、本件各発明には、甲12規程の定めが適用される。

【被告の主張】

⑶ 甲12規程は本件各発明に遡及適用できないこと

 そもそも原告の主張によっても、甲12規程は「あらかじめ」定められたものではない。仮に甲12規程について遡及適用が可能であるとしても、改定された基準を改定前に使用者等に帰属した職務発明に適用して相当の利益を与えることについて個別の合意が必要であると解される。

本件において、原告は、被告が主張した平成30年8月頃の原告代表者と当時原告従業員であった被告代表者間の協議を否認し、被告代表者が原告を退職した後、被告が原告に無断で本件各発明の特許出願をしたと主張するものであることからすると、本件各発明に関し、そのような個別合意がされていないことは争いがないものと解される。

よって、甲12規程を本件各発明に遡及適用することはできない。また、仮に遡及適用されたとしても、被告代表者から原告に対して特許を受ける権利が承継されるのは合意に基づくものにすぎないから、これを被告に対抗できない。

【裁判所の判断】

1 争点2(あらかじめ原告に特許を受ける権利を取得させることを定めた就業規則(甲12規程)が存したか)について

(1) 甲12規程に関する主張立証の経緯

原告は、訴状とともに提出した令和4年3月4日付証拠説明書において、甲12規程の作成年月日を平成26年1月1日としていたこと、被告は、令和4年8月9日付準備書面において、甲12規程の存在を否認し、その根拠として、甲12規程に用いられる「取得」「相当の利益」との文言は、平成27年7月に公布され、平成28年4月1日に施行された特許法等の一部を改正する法律(平成27年法律第55号)で初めて採用されたものであって、平成26年1月1日時点でこのような文言が使われた規程が存したのは極めて不自然であると指摘したこと、原告は、平成4年9月20日付け原告第1準備書面において、前記第3「2」【原告の主張】のとおり主張したこと、はいずれも当裁判所に顕著である。

(2) 本件において、甲12規程は、原告が本件各発明に係る特許を受ける権利を原始取得する根拠として不可欠のものであって、訴え提起の段階で、甲12規程が適用されるかどうかについては、その制定過程及び本件各発明の完成時期や被告代表者の退職時期との関係で慎重に検討されるはずのものである。しかも、この経緯は、専ら原告の領域内の事情であり、かかる検討を阻むものはない。

しかるところ、原告は、当初甲12規程の作成日時を平成26年1月1日と特定したにもかかわらず、被告から文言の不自然さを指摘されるや、その制定日は平成30年9月3日であって、平成26年1月1日にさかのぼって適用されると主張したものであって、このように主張が変遷した経緯自体、被告代表者が原告に在職中に甲12規程が制定されたことを疑わしめるに十分である。

また、そのように作成されたのであれば、甲12規程は、制定日を明らかにした上、同規程の適用を定めた10条は「さかのぼって適用する」と表現するのが自然と思われるが、同条にはそのような遡及適用の趣旨は記載されていないし、制定日も書かれていない。遡及の限度が平成26年1月1日である根拠も何ら示されていない。

加えて、甲12規程が、被告代表者の原告退職時期に近接した平成30年9月3日に真実制定されたというのであれば、原告と被告代表者間で当然に退職時に本件各発明に係る特許を受ける権利の帰属について協議ないし確認がされるものと考えられる。しかし、原告は、被告代表者が原告を退職した後本件各発明について特許出願がされたことを知った後も、本件各特許権に係る発明の実施品と思料されるボックス容器に関する大王製紙、原告、被告の取引に継続して関与していたことを自認しているのであって、かかる協議や確認がされたこともうかがえないどころか、被告が権利者であることを前提とした行動をとっているものというべきである。

(3) その他原告の提出する証拠等も、前記認定の経緯に照らすと採用の限りでなく、結局、平成30年9月3日当時を含め、被告代表者が原告に在職する期間中に、甲12規程が適法に制定されたと認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。

2 前記1によると、争点1に関わらず、原告が甲12規程により本件各発明に係る特許を受ける権利を取得したとは認められない。本件各発明に適用される就業規則(乙1)によっても、原告が特許を受ける権利を承継したとは認められないし、また当該承継の事実を被告に対抗できない(特許法34条1項)。

なお、原告は、当裁判所が口頭弁論を終結する予定の期日として指定した令和4年12月16日の期日の直前に、同年11月29日付け準備書面により本件各発明を原始取得させる旨の黙示の合意が存した旨の主張をした。同主張はそもそも時機に遅れた攻撃防御方法というべきであるが、前判示のとおり、本件各発明において適用されるべき就業規則(乙1)が存するところ、かかる明示の合意のほかに、原告主張の従業員が原告名義の特許出願に異を唱えなかった等の事情から特許を受ける権利の移転等に関する黙示の合意が成立する余地はないというべきであって、原告の主張は、それ自体失当である。

【検討】

 本件は、本件各特許権が、被告代表者の原告在職中の職務発明で、あらかじめ原告に特許を受ける権利を取得させることを定めた就業規則が存したか等が争点になった事案である。

 この点について、本判決は、被告代表者が原告に在職する期間中に、職務発明規程が適法に制定されたと認めるに足りる証拠はないと判断した。当該判断に至るまでの説示に参考になると思われる点があるため、以下説明する。

 職務発明規程(甲12規程)は、原告の主張によれば、平成30年9月3日に制定されたところ、甲12規程の第10条には、同規程を平成26年1月1日以降に完成した発明に適用する旨定めてあるとのことである。

 しかし、本判決は、「甲12規程は、制定日を明らかにした上、同規程の適用を定めた10条は『さかのぼって適用する』と表現するのが自然と思われるが、同条にはそのような遡及適用の趣旨は記載されていないし、制定日も書かれていない。遡及の限度が平成26年1月1日である根拠も何ら示されていない。」と判断した。

 当該判断からも、職務発明規程(に限らず規程)を制定する場合、制定日(や改定があれば改定日)を記載し、また、遡及適用させるのであれば、その旨明記することが肝要といえる。

 

 また、本判決は、「甲12規程が、被告代表者の原告退職時期に近接した平成30年9月3日に真実制定されたというのであれば、原告と被告代表者間で当然に退職時に本件各発明に係る特許を受ける権利の帰属について協議ないし確認がされるものと考えられる。」と判断する。

 職務発明規程を制定後、少なくとも近接した時期に職務発明規程の適用があり得る従業員が退職するような場合、当該従業員の退職時に特許を受ける権利の帰属について確認しておくことがベターだと思われる。

 本件は、珍しい事例と思われるものの、上記のとおりの参考になる点があると思われることから、紹介した。

以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順