【令和3年12月8日判決(知財高裁 令和3年(ネ)第10044号)[著作権「滑り台」控訴審事件]】

【キーワード】

著作権法2条
著作権法10条
応用美術
滑り台
著作物性

第1 事案

 控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)に対して、訴外第三者が製作したタコの形状を模した滑り台(以下「本件原告滑り台」という。)が美術の著作物又は建築の著作物に該当し、被控訴人がタコの形状を模した滑り台2基を製作した行為が、控訴人が当該訴外第三者から譲り受けた本件原告滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)の侵害に該当する旨を主張して、著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償等を請求した。
 以下では、本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか否かの争点に関する控訴審の判断について述べる。
【本件原告滑り台】

(本件判決の別紙1(原告滑り台目録)より)

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

1 争点1(著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の存否)について
(1) 争点1-1(本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか)について
 次のとおり訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の第3の1(1)記載のとおりであるから、これを引用する。
 ア 原判決27頁18行目の「利用者が」を「背面に利用者が」と改め、同頁25行目の「そして」から29頁15行目末尾までを次のとおり改める。
 「イ 前記ア認定のとおり、本件原告滑り台は、遊具としての実用に供されることを目的として製作されたことが認められる。
 ところで、著作権法2条1項1号は、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうと規定し、同法10条1項4号は、同法にいう著作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を規定しているところ、同法2条1項1号の「美術」の「範囲に属するもの」とは、美的鑑賞の対象となり得るものをいうと解される。そして、実用に供されることを目的とした作品であって、専ら美的鑑賞を目的とする純粋美術とはいえないものであっても、美的鑑賞の対象となり得るものは、応用美術として、「美術」の「範囲に属するもの」と解される。
 次に、応用美術には、一品製作の美術工芸品と量産される量産品が含まれるところ、著作権法は、同法にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする(同法2条2項)と定めているが、美術工芸品以外の応用美術については特段の規定は存在しない。
 上記同条1項1号の著作物の定義規定に鑑みれば、美的鑑賞の対象となり得るものであって、思想又は感情を創作的に表現したものであれば、美術の著作物に含まれると解するのが自然であるから、同条2項は、美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示した規定であると解される。他方で、応用美術のうち、美術工芸品以外の量産品について、美的鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると、実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成についても著作権で保護されることになり、当該物品の形状等の利用を過度に制約し、将来の創作活動を阻害することになって、妥当でない。もっとも、このような物品の形状等であっても、視覚を通じて美感を起こさせるものについては、意匠として意匠法によって保護されることが否定されるものではない。
 これらを踏まえると、応用美術のうち、美術工芸品以外のものであっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては、当該部分を含む作品全体が美術の著作物として、保護され得ると解するのが相当である。

 以上を前提に、本件原告滑り台が美術の著作物に該当するかどうかについて判断する。
 ウ 控訴人は、本件原告滑り台は、一品製作品というべきものであり、「美術工芸品」(著作権法2条2項)に当たり、創作性を有するから、美術の著作物に該当する旨主張する。
(省略)
 しかしながら、上記各証拠の記載は、いずれも、B会長の発言又は伝聞を掲載したものであって、客観的な裏付けに欠けるものである。他方で、前記前提事実(2)及び(3)のとおり、前田商事が全国各地から発注を受けて製作したタコの滑り台は260基以上にわたること、前田商事が製作したタコの滑り台は、基本的な構造が定まっており、大きさや構造等から複数の種類に分類され、本件原告滑り台は、その一種である「ミニタコ」に属するものであったことからすれば、本件原告滑り台と同様の「ミニタコ」の形状を有する滑り台が他にも製作されていたことがうかがわれる。そうすると、上記各証拠から直ちに本件原告滑り台が一品製作品であったものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 よって、本件原告滑り台は、「美術工芸品」に該当するものと認められないから、控訴人の上記主張は、その前提を欠くものであって、理由がない。
 エ 控訴人は、本件原告滑り台が「美術工芸品」に当たらないとしても、美術の著作物として保護される応用美術である旨主張する。
 そこで、まず、本件原告滑り台において、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるかどうかを検討し、その上で、全体として美術の著作物に該当するかどうかについて判断する。
 イ 原判決29頁23行目の「正面向かって後方にやや傾いた」を「後部に向かってやや傾いた」と改める。
 ウ 原判決30頁7行目から21行目までを次のとおり改める。
 「このように、タコの頭部を模した部分は、本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されており、同部分に設置された上記各開口部は、滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成であるといえる。また、上記空洞は、同部分に上った利用者が、上記各開口部及びスライダーに移動するために必要な構造である上、開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって、高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえる。他方で、上記空洞のうち、スライダーが接続された開口部の上部に、これを覆うように配置された略半球状の天蓋部分については、利用者の落下を防止するなどの滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成とまではいえない。
 そうすると、本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち、上記天蓋部分については、滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであるといえる。
 しかるところ、上記天蓋部分の形状は、別紙1のとおり、頭頂部から後部に向かってやや傾いた略半球状であり、タコの頭部をも連想させるものではあるが、その形状自体は単純なものであり、タコの頭部の形状としても、ありふれたものである。
 したがって、上記天蓋部分は、美的特性である創作的表現を備えているものとは認められない。

 そして、本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち、上記天蓋部分を除いた部分については、上記のとおり、滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であるといえるから、これを分離して美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えているものと把握することはできないというべきである。
 以上によれば、本件原告滑り台のうち、タコの頭部を模した部分は、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものとは認められない。

 エ 原判決31頁8行目から12行目までを次のとおり改める。
 「そうすると、本件原告滑り台のうち、タコの足を模した部分は、座って滑走する遊具としての利用のために必要な構成であるといえるから、同部分は、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものとは認められない。
 オ 原判決31頁24行目の「美術鑑賞」を「美的鑑賞」と、同頁25行目の「美的特性」を「美的特性である創作的表現」と改める。
 カ 原判決32頁2行目から33頁3行目までを次のとおり改める。
 「前記(ア)ないし(ウ)のとおり、本件原告滑り台を構成する各部分において、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握することはできない。
 そして、上記各部分の組合せからなる本件原告滑り台の全体の形状についても、美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできないし、また、美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできない。
 したがって、本件原告滑り台が美術の著作物に該当するとの控訴人の主張は、採用することができない。

第3 検討

 本件は、応用美術(実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする美的創作物)の著作物性について判断した事案である。
 応用美術の著作物性の判断については、大きく分かると、❶著作権法2条2項を限定規定と考え、美術工芸品に該当しない応用美術は美術の著作物に該当しないとして、著作物性を否定する立場(東京高判昭和58年4月26日・昭和54年(ネ)第590号)と、❷応用美術であっても美術の著作物に該当しうる立場がある。
 ❷の中には、①高度の美術性・芸術性を求める立場(東京高判平成3年12月17日・平成2年(ネ)第2733号(「木目化粧紙原画」事件))、②「実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できる」かで判断する立場(知財高判平成26年8月28日・平成25年(ネ)第10068号等)、③一般の著作物同様に著作物性を判断する立場(知財高判平成27年4月14日平成26年(ネ)第10063号(「TRIPP TRAPP」事件))等がある。これらの立場は、意匠法との棲み分けの観点や応用美術を著作権法で保護した場合の弊害に関する観点等をどのように考えるかによって、それぞれ見解を異にする。例えば、②の立場は、「実用目的に必要な構成」については意匠法の保護の対象とし、それ以外の構成については著作権法の保護の対象とすることで、著作権法と意匠法で妥当な棲み分けがされていること、そのように解すれば、他者の創作活動を過度に制約することにならないことを根拠にすると考えられる。
 本判決は、②の立場(知財高判平成26年8月28日・平成25年(ネ)第10068号等)を踏襲しており、この立場が現在、裁判上で主流となっている。

 本判決は、本件原告滑り台の著作物性の有無に関する判断として、「実用目的に必要な構成と分離」する検討をし、その結論として、「本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち、上記天蓋部分については、滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであるといえる」と判断した。
 ここで、本判決は、本件原告滑り台の各部が「実用目的を達成するために必要な構成」となる理由として、「滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造」、「高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有する」、「隠れん坊などの遊びをすることもできる」(原審の判断を維持)等を挙げているが、「実用目的」をどの程度まで具体的に考えるかについては、その目的を広範・抽象的に考えると著作物性を過度に制限することになりかねないので、今後重要な検討事項であると考える。

そして、本判決は、上記のとおり、「本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち、上記天蓋部分については、滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるもの」と判断したが、当該形状は「単純なもの」、「形状としてもありふれたもの」として、美的特性である創作的表現を備えているものとは認められないと判断した。
 加えて、本件原告滑り台の各部分の組合せからなる全体の形状についても、美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできず、美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできないと判示した。
 そして、本判決は、以上を理由に、本件原告滑り台の著作物性を認めない判断を下した。
 以上のように、本判決は応用美術の著作物性の判断基準及ぶ判断手法において参考になる事案である。

以上

弁護士 山崎臨在