東京地決令和4年11月25日(令和4年(ヨ)第22075号)仮処分命令申立事件

【キーワード】

建築の著作物、実用目的、美術鑑賞、美的特性、分離観察、著作者人格権、同一性保持権、高度経済成長期、老朽化、地域おこし、地方創生

【事案の概要】
 本件は、債権者(個人)が、①町田市立国際版画美術館(本件建物)、及び本件建物の敷地の一部であって芹ヶ谷公園(本件公園)[i]の一部を構成する庭園(本件庭園)の著作者であること、及び、②債務者(町田市)が計画する工事(本件各工事)が債権者の著作者人格権(同一性保持権)を侵害するおそれがあることを主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求めた事件である。
 なお、町田市のプレスリリースによれば、本件の却下決定に対してなされた即時抗告を棄却する旨の令和5(2023)年3月31日付け決定書が到達し、そのほかに抗告人(債権者)から特別抗告等の申立てはなく、当該棄却決定にて確定したとのことである[ii]

【位置づけ】
 判旨における債務者の主張の要旨の言葉を借りるなら、昨今、「高度経済成長期に整備した多くの施設が老朽化により更新の時期を迎え、多額の維持管理費の確保が課題」となり、かつ、地方公共団体における「税収入の減少と扶助費等の義務的経費の増加による財源不足が年々深刻化」する中、「これからの時代に合った公共施設・公共空間の再編が急務」とされているという。
 このようにこのように、現在、施設の取り壊しや改築、リノベーション等を契機とする同様の紛争事案が各地で散見されるため、一事例として本件をここに紹介する。

【事案の概要】
債権者:個人
債務者:町田市
事件の種類:著作権法112条1項に基づく仮処分命令申立事件
本件建物:本件建物の公式サイトは以下のとおりである。
    http://hanga-museum.jp/
本件庭園:判旨によれば、本件公園の南側に位置し、本件建物の敷地及びその周辺部分によって構成され、本件建物の建設と同時に整備された。
  なお、本件庭園そのものではないが、本件庭園を含む本件公園の案内サイトは以下のとおりであり、「再整備基本計画案」から、本件各工事の概要が窺える。
    https://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/park/shisetu/serigaya/index.html(※)

「再整備基本計画案」(出典:上記※より。カラー部分が本件公園。なお、赤字は筆者加筆。)

また、本件公園の2024年度リニューアルオープンに向けたプロジェクトサイトにおいて、デザインブック及びコンセプトブックが公表されており、視覚的に工事概要を窺い知ることができる。
     https://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/park/shisetu/serigaya/art_project/index.html

判旨によれば、本件に至る事案の経過は、以下のとおりである。

1973(昭和48)年町田市郷土資料館(のちの「町田市立博物館」)、開館
1981(昭和56)年1月債務者、「国際版画館建設準備委員会」を設置
1982(昭和57)年6月債務者、本件公園内に本件建物を建設することを決定
1983(昭和58)年1月8日債務者=A建築設計事務所
 「(仮称)町田市立国際版画美術館」基本構想作成委託契約
同年7月11日債務者=A建築設計事務所
町田市立国際版画美術館基本設計作製業務委託契約
同年10月19日債務者=A建築設計事務所
町田市立国際版画美術館実施設計作製業務委託契約
1985(昭和60)年3月9日債務者=A建築設計事務所
町田市立国際版画美術館新築工事監理委託契約
同年4月債務者が本件建物及び本件庭園の建築請負工事を締結した大成建設・小田急建設・高尾建設共同企業体が、建設工事に着手
1986(昭和61)年8月本件建物及び本件庭園、竣工
1987(昭和62)年4月本件建物、開館
2008(平成20)年債務者における事業仕分けにおいて、町田市博物館について「不要」と評価
債務者、「町田市博物館等の在り方検討委員会」を設置
2009(平成21)年5月~6月債務者、「町田市立博物館に関する意識調査」を実施
2010(平成22)年債務者、外部の有識者により構成される「町田市の博物館等の新たな在り方構想検討委員会」を設置
2011(平成23)年同委員会、報告書をまとめる。
- 展示機能を持つ債務者の施設を「美術系」、「歴史民俗系」及 び「自然系」の3分野に整理
-「美術系」については、美術系機能の連携による「美術ゾーン」を形成し、相乗効果を高めること、バリアフリーやアクセスの向上、美術系施設の運営の一体化の検討等の課題を挙げた
2012(平成24)年3月債務者、「町田市における博物館機能の再整備に向けた調査・検討報告書」を策定
2013(平成25)年3月A建築設計事務所→債務者、工芸美術館の建設候補地の検討に関する報告書を提出
同年6月債務者、「(仮称)町田市立国際工芸美術館整備基本計画」を策定
2015(平成27)年債務者、「(仮称)町田市立国際工芸美術館」基本設計に係る設計者選定のためのプロポーザルを実施
→ A建築設計事務所を含む設計会社8社が参加し、B社が選定される
同年8月28日債務者=B社、「(仮称)町田市立国際芸術美術館」基本設計業務委託契約を締結
2016(平成28)年3月B社、工芸美術館の基本設計を完成
2018(平成30)年6月債務者の6月議会定例会において、工芸美術館整備費を削る修正案が可決
→当該基本設計は、事実上、利用できなくなる
2019(平成31)年3月債務者の3月議会定例会において、市長が、芹ヶ谷公園と町田市立博物館から収蔵品を引き継ぐ工芸美術館を「芹ヶ谷公園“芸術の杜”」として一体的に整備することを表明
債務者、「芹ヶ谷公園“芸術の杜”公園・美術館一体整備」におけるデザイン監修(総合企画)及び設計業務受託候補者選定のための公募型プロポーザルを実施
→ A建築設計事務所が参加するチームを含む17者が参加し、C共同企業体が選定される
2019(令和元)年5月31日債務者=C共同企業体、業務委託契約を締結
同年11月8日「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェクト」と称する地域再生計画について、地域再生法5条15項の内閣総理大臣の認定がされる
同年11月14日債務者=C共同企業体、「(仮称)国際工芸美術館」基本設計業務委託契約を締結
2022(令和4年)11月25日本決定
2022(令和4年)着工予定

【東京地裁の判断及び検討】
1.著作物該当性について
 本件建物についても、本件庭園についても、「建物の著作物」の該当性基準については、従前の裁判例を踏襲し、本件建物については著作物性を肯定し、本件庭園については著作物性を否定した。

  • (1)本件建物について
    • ✓本件建物の①壁の形状、②外壁のレンガ部分及びコンクリートリブ部分、③西側に本件建物に接続するように設置された二段の池、並びに④エントランスホールの吹き抜け部分が取り上げられた。
    • ✓このうち、②~④については、「建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができる」
    • ▷本件建物は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」である、と肯定された。
    • ✓かつ、②~④については、「設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる」とされ、
    •  ▷「作成者の思想又は感情が創作的に表現された部分を含む」ことから、
    • ⇒ 本件建物は、全体として、「「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される」と著作物性が肯定された。
  • (2)本件庭園について
    • ✓本件庭園を構成する①レンガ造りの門柱、②スロープ、広場、階段、歩道及び広場、及びこれらの床の濃淡の異なる2色の茶色のタイル、③白い御影石のベンチ及び直径100cm弱、高さ約10cmの石材、④バルコニー、⑤モミジ園の遊歩道、橋並びにモミジ及びショウブ自体、並びに⑥マイスカイホールのいずれについても、また、通路や階段、ベンチ、門柱、広場等本件庭園が備える設備を総合的に検討しても、
    •  ▷庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできない、と否定された。
    •  ▷「美術」の「範囲に属するもの」に該当するとは認められず、「建築の著作物」として保護されないと結論付けられた。
    • ✓さらに、本件庭園が本件建物の建設と同時に整備されたものであり、相互の利用を考慮して設計されたものであるとしても、
    •  ▷本件建物と「共に「建築の著作物」を構成するとも認められない」と否定した。

2.著作者について
 上記1のとおり、本件建物についてのみ著作物性が肯定されたため、本件建物のみについて著作者の認定がなされた。
 以下、判旨の抜粋である(※略表示及び下線は、筆者加筆による。)。
 東京地裁は、債権者との間で著作物の作成に関する契約を締結し当該契約に基づく権利義務の主体となる者(契約当事者)と当該著作物を創作した者である著作者とが必ず一致するとは限らないとし、また、本件建物は職務著作とは認められないとした上で、A建築設計事務所の代表取締役であった債権者個人が本件建物の著作者であるとした。

 上記認定事実によれば、債権者は、自らの氏を商号の一部に含むA建築設計事務所を設立して、その代表取締役に就任し、法人設立から間もなく、所属する所員も少数であった昭和58年に、A建築設計事務所をして債務者から版画美術館に係る基本設計作製業務等を受託させたものであり、債権者は、自ら設計図等を作成し、あるいは、所員に対し、具体的な指示をして図面等を作成させ、その図面等に基づいて版画美術館が完成するに至ったものである。そして、建築物の設計者は、「建築家」と呼ばれることがあり、当該設計者が設計した建築物について、当該設計者個人の業績として紹介されることが少なくないことを併せ考慮すると、版画美術館は、債権者の思想又は感情を創作的に表現した著作物であると認められ他方、A建築設計事務所の発意に基づき、債権者及び所員がA建築設計事務所の職務上作成したものとは認められず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はないから、債権者が版画美術館の著作者であると認めるのが相当である。
(2)  これに対して、疎明資料(略)によれば、A建築設計事務所のウェブサイト中の「Works」及び「Awards」の各ウェブページにおいて、版画美術館が紹介されていること、版画美術館に係る設計図等にはA建築設計事務所の名称が記載されていること、版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞では、A建築設計事務所が設計者として表示され、JIA25年賞では、A建築設計事務所及び債権者が設計者として表示されていることが認められる。
 しかし、A建築設計事務所のウェブサイト中において版画美術館が紹介されたり、版画美術館に係る設計図等にA建築設計事務所の名称が記載されたりしているのは、前記(略)のとおり、債務者との間で版画美術館に係る基本設計作製業務等の委託契約を締結したのがA建築設計事務所であったことによるものであると考えられるところ、著作物を創作した者である著作者と、著作物の作成を依頼した者との間で契約を締結して当該契約に基づく権利義務の主体となる契約当事者とが、必ず一致するとは限らない。また、上記各賞において、A建築設計事務所が設計者と表示された理由は明らかではないが、これらについても、A建築設計事務所が上記委託契約を締結した契約当事者であったからであると考えられ、A建築設計事務所が著作者であることを直ちに裏付けるとはいい難い
 そうすると、上記各認定事実をもって、前記(1)の認定を左右するということはできないというべきである。
 (3)  また、債務者は、前記(2)のとおり、A建築設計事務所のウェブサイトや版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞等において、版画美術館及び本件庭園の著作者名として、専らA建築設計事務所の名称が通常の方法により表示されており、債権者の名前が単独で表示されている例はないと認められるから、著作権法14条により、A建築設計事務所が版画美術館及び本件庭園の著作者として推定されると主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、版画美術館の著作者は債権者であると認められるので、同条の推定は結論に影響を及ぼさない。
 (4)  以上を踏まえると、債権者は、版画美術館の著作者であり、版画美術館に係る著作者人格権(同一性保持権)を有する。

当時のA建築設計事務所のような小規模の建築設計事務所は多く、通常、施主(依頼主)は建築設計事務所と契約を締結するものであるが、仮に依頼する建築物の著作権について将来の増改築等に備えて著作者人格権の不行使に関する合意を得ようとするのであれば、建築設計事務所との間の当該契約とは別に、著作者に該当し得る可能性のある代表者兼設計者との間において当該合意に関する契約を締結しなければならないと言える。

3.「増築」又は「模様替え」について
 東京地裁は、本件各工事について、本件建物の「機能や外観に対して相当程度大きな変更を加えるものであり、実際、債権者は、これに反対する意向を示していたことからすると、債権者の意に反する改変であると認めるのが相当である」であると認定した上で、以下のとおり(※略表示及び下線は、筆者加筆による)、「増築」及び「模様替えの」の基準を示して、本件各工事はいずれも著作権法20条2項2号に該当すると以下のとおり判示した。

  (1)  著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」は、建築基準法において用いられる用語ではあるものの、著作権法及び建築基準法のいずれにも定義規定がないことからすると、これらの用語の一般的な意味を考慮しつつ、両法に整合的に解釈するのが相当である。
  この点、「増築」とは、一般的に、在来の建物に更に増し加えて建てることをいい、建築基準法6条2項等においてもこのような意味で理解することができる。また、「模様替え」とは、一般的に、室内の装飾、家具の配置等を変えることをいうが、同法2条15号、6条1項等からすると、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変することをいうと解すべきである。そして、これらの解釈は、著作権法20条1項、2項2号の趣旨に反するものではない。
  そうすると、本件工事1(1)は、(略)、在来の建物に更に増し加えて建てるものであるといえ、「増築」に該当すると認められる。また、本件工事1(2)は、(略)、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまるものといえ、「模様替え」に該当すると認められる。さらに、本件工事1(3)及び(4)は、(略)やはり、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまり、「模様替え」に該当すると認められる。
   (2)  もっとも、著作権法は、著作物を創作した著作者に対し、著作者人格権として、同法20条1項により、その著作物の同一性を保持する権利を保障する一方で、建築物が、元来、人間が住み、あるいは使うという実用的な見地から造られたものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図ることを許す必要性が高いことから、同条2項2号により、建築物の著作者の同一性保持権に一定の制限を課したものである。このような法の趣旨に鑑みると、同号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当でなく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。
  これを本件について検討するに、前記1の認定事実によれば、本件工事1(1)ないし(4)が決定されるに至った経緯は、次のとおりである。(略)
  以上の経緯によれば、版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)は、債務者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会においても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインによって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない
  したがって、本件工事1(1)ないし(4)については、著作権法20条2項2号が適用されるから、版画美術館に係る債権者の同一性保持権が侵害されたとは認められない

意に反する改変から著作者を保護する同一性保持権を制限する著作権法20条2項2号について、建築物の経済的・実用的な効用という観点から、経済的・実用的な観点から必要な範囲の増改築に該当するか否かという基準が示されたことは、今後の同種紛争において参考になろう。

もっとも、経済的・実用的な観点からの必要性は事案ごとによるものであり、必要性の有無を巡って、紛争が生じ得ることは避けられない。

建築物の建築を依頼する施主側からすれば、設計者個人との間で著作者人格権の不行使に関する合意を取得しておくことが望ましい。

この点、2020年4月から施行されている改正意匠法により、建築物も意匠登録できることとなったため、現在は、建築物の意匠登録を受ける権利の授受や帰属の取扱いとともに、著作者人格権の不行使に関する合意を得やすい環境が整備されていると言える。

【おわりに】
 冒頭で触れたように、高度経済成長期に建てられた建築物の老朽化等に伴う再開発には、規模の大小を問わず、枚挙に暇がない。
 本件からは、公共施設に限らず、建物や庭園のデザインを依頼する際にも、著作者に該当する可能性のある設計者との間で著作者人格権の不行使に関する合意を取得することの必要性を考えさせられるものである。

以上

(筆者)弁護士 阿久津匡美


[i] 債務者(町田市)は、「公の施設」(地方自治法244条1項)に該当すると主張したが、裁判所は、その点については何ら示しておらず、当該公園又は本件庭園の敷地の所有者が債務者であるか否かは、判旨の限りでは不明である。

参考:地方自治法 (公の施設) 第二百四十四条 普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。 2 普通地方公共団体(次条第三項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。 3 普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。

[ii] 町田市プレスリリース[2023年4月19日]「国際版画美術館等に関する工事の差止を求める仮処分命令申立事件について」(https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koho/faxrelease/2023/202304.files/13.pdf