【令和4年5月13日判決(東京地裁 令和2年(ワ)第4331号)】

【ポイント】
①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②「被告製品における別件発明の顧客吸引力」を理由に覆滅した部分について、特許法102条3項の重畳適用の可否について判断した事案

【キーワード】
特許法102条2項
特許法102条3項
覆滅事由
別件発明の顧客吸引力

第1 事案

本件は、発明の名称を「加熱式エアロゾル発生装置、及び一貫した特性のエアロゾルを発生させる方法」とする特許(特許第6125008号)の特許権者である原告が、被告の製品(加熱式タバコ用デバイス)の製造等が当該特許権の侵害に当たるとして、損害賠償等を求めた事案である。
本事案における争点の一つとして、①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、及び②特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否があった。以下では、当該争点について述べる。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

イ 推定覆滅事由
(ア) 推定覆滅の事情
 特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、〈1〉特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、〈2〉市場における競合品の存在、〈3〉侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、〈4〉侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である(前掲知財高裁特別部判決参照)。
 そこで、被告らが主張する推定覆滅の可否について、以下検討する。
(イ) 被告製品の優位性について
 被告らは、被告製品には、〈1〉連続喫煙機能(乙A65ないし67)、〈2〉高いデザイン性(乙A64ないし67)、〈3〉温度調節機能(乙A67、68)、〈4〉手動加熱クリーニング機能(乙A69)がある点において、原告製品より優位性があると主張する。
 しかしながら、侵害品が特許権者の製品に比べて優れた性能を有するとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、当該優れた性能が侵害者の売上げにまで貢献している事情が認められなければならないというべきである。そして、本件全証拠によっても、上記〈1〉ないし〈4〉の性能が、本件各発明等による顧客吸引力と比較しても優れた性能であり、これらが被告らの売上げにまで貢献している事情を認めるに足りない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
(ウ) 競合品の存在について
 被告らは、被告製品以外にも原告製品専用のタバコスティックを利用できる原告製品の互換機が多く存在することが、推定覆滅事由に当たると主張する。そして、証拠(乙A71)及び弁論の全趣旨によれば、令和2年12月の時点で、原告製品の互換機として、少なくとも7種類の製品が販売されていることが認められる。
 しかしながら、上記互換品の販売時期、市場占有率等は明らかではない上、本件全証拠によっても、被告製品が販売されていた平成30年6月頃から令和元年12月までの間に(前提事実(6))、市場において、被告製品と競合関係に立つ製品があったものとまで認めることはできない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。 
(エ) 被告製品における本件各発明の実施の範囲について
 被告らは、本件各発明がエアロゾルの発生装置の構成に関するものであり、被告製品の一部のみに実施されているにすぎないと主張する。
 そこで検討するに、本件各発明は、エアロゾル形成基材の加熱中にエアロゾルを均等に送達することを可能にする発明であるところ、前提事実のとおり、被告製品は、タバコスティックをキャップに挿入し、ファンクションボタンの押下により予熱を開始し、予熱完了後に一定時間又は一定回数、タバコスティックから発生するエアロゾルの吸入を可能にする加熱式タバコ用デバイスである。そうすると、被告製品の上記の構成を踏まえると、本件各発明は、被告製品の全体について実施されていると認めるのが相当である。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
(オ) 被告ジョウズの営業努力について
 被告らは、被告製品の売上げは被告ジョウズの営業努力によるところが大きいと主張する。
 しかしながら、事業者は、製品の製造、販売に当たり、製品の利便性について工夫し、営業努力を行うのが通常であるから、通常の範囲の工夫や営業努力をしたとしても、推定覆滅事由に当たるものとはいえない。そして、本件において、被告らが通常の範囲を超える格別の工夫や営業努力をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
(カ) 同一製品の製造等による別件特許権の侵害について
 証拠(乙A80)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、本件各発明の実施品であるとともに、別件発明の実施品であること別件発明は、エアロゾル発生のための加熱アセンブリに関するものであり、エアロゾル形成基材を加熱するための熱源を局所化し、エアロゾル発生装置のための頑丈でコストの低い加熱アセンブリを提供するためのものであること、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、別件発明は、安価で耐久性のある製品を提供するものとして、本件各発明と相等しく、被告製品の付加価値を高め、顧客吸引力を有するものとして、被告製品の売上げに貢献しているものと認めるのが相当である
 そうすると、別件発明による上記貢献の事情は、特許法102条2項の推定を覆滅する事情であるといえる。
 これに対し、被告らは、別件訴訟において別件発明に係る侵害を理由として認容された損害額につき、本件訴訟で推定された損害額から覆滅されるべき旨主張するが、別件発明が被告製品の売上げに貢献した部分は、上記のとおり本件訴訟における推定覆滅の事情として考慮されているのであるから、被告らの主張は、上記判断を左右するに至らない。
 したがって、被告らの主張は、採用することができない。
(キ) 推定覆滅の割合
 以上によれば、本件においては、上記(カ)に掲げる事情の限度で推定を覆滅させるのが相当であり、上記(カ)において認定した事情を踏まえると、推定覆滅の割合は、5割と認めるのが相当である。
ウ まとめ
 本件特許権の侵害について、特許法102条2項により算定される損害額は、1853万0467円(3706万0935円×0.5(1円未満切り捨てとする。以下同じ。))となる。
エ 覆滅部分についての特許法102条3項の損害金について
 原告は、本件特許権の侵害における特許法102条2項の推定の覆滅部分について同条3項が適用されると主張して、覆滅部分について同項にいう実施料相当損害金を請求する。
 しかしながら、本件特許権の侵害における推定の覆滅は、上記において説示したとおり、本件各発明以外にも別件特許権が被告製品の売上げに貢献していた事情を考慮したものである。そのため、本件各発明のみによっては売上げを伸ばせないといえる原告製品の数量について、原告が、被告ジョウズに対し本件各発明の実施の許諾をし得たとは認められないというべきである。そうすると、当該数量について同条3項を適用して、実施料相当損害金を請求する理由を認めることはできない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。

第3 検討

前提として、令和元年に特許法102条1項が改正されたことを契機に、特許法102条1項1号又は2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分に、同条1項2号又は3項が重畳適用されるか否かの論点について議論が改めて盛り上がっている。
本件は、当該令和元年改正後に出された裁判例であり、実務上参考になる事案である。具体的には、①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②「被告製品における別件発明の顧客吸引力」を理由に覆滅した部分について、特許法102条3項の重畳適用の可否について判断した事案である。
上記①の争点について、本判決は、知財高裁平成30年(ワ)判決(第10063号令和元年6月7日大合議判決)を引用し、覆滅事由の例を列挙し、本件の覆滅事由の存否について判断した。まず、「被告製品の優位性」については、「侵害品が特許権者の製品に比べて優れた性能を有するとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、当該優れた性能が侵害者の売上げにまで貢献している事情が認められなければならないというべきである」と述べ、本件では、そのような事情を認める証拠がないとして、被告製品の優位性に関する覆滅事由はないと判断した。
その他、被告は、「競合品の存在」、「被告製品における本件発明の部分実地」、「被告の営業努力」に関する覆滅事由を主張したが、上記「第2」のとおり、本判決はそれらの覆滅事由の存在を認めなかった。
他方で、被告は、被告製品は別件発明の実施品でもあり、別件発明が被告製品の売上に貢献するとして、被告製品における別件発明の顧客誘引力があるという覆滅事由を主張したところ、本判決は、「別件発明は、安価で耐久性のある製品を提供するものとして、本件各発明と相等しく、被告製品の付加価値を高め、顧客吸引力を有する」と述べ、当該覆滅事由があることを認めた。このように、本判決は、被告製品における別件発明の顧客誘引力があるという覆滅事由のみを認めた。
次に、上記②の争点(特許法102条2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分について、同法3項の適用の可否)について、本判決は、「別件特許権が被告製品の売上げに貢献していた事情を考慮したものである。そのため、本件各発明のみによっては売上げを伸ばせないといえる原告製品の数量について、原告が、被告ジョウズに対し本件各発明の実施の許諾をし得たとは認められないというべきである」として、覆滅した部分について3項の適用を認めなかった。
しかし、「本件各発明のみによっては売上げを伸ばせないといえる原告製品の数量」に相当する数量についても、被告が無許諾で本件発明を実施しているのに変わりはない。また、3項を適用しない理由が本判決の述べる「本件各発明のみによっては売上げを伸ばせない」という抽象的な理由であれば、「市場の同一性」以外のほとんどの覆滅事由において同様の理由が妥当することになり、ほとんどのケースで3項の適用がないことになってしまう。したがって、今後の裁判例において明瞭な理由(論理)が待たれる。
本判決は、理由がやや明瞭ではない部分があるが、特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否について判断した知財高裁の大合議判決(知財高大判令和4年10月20日・令和2年(ネ)10024号)では、「被告製品における別件発明の顧客吸引力」に関する覆滅事由に関する判断はしていないので、本件は実務上参考になる事案である。

以上
弁護士 山崎臨在