【令和4年5月27日(東京地裁 令和元年(ワ)26366号 著作権侵害差止等請求事件)】

【キーワード】

著作権侵害,地図の著作物,複製,翻案,改変,譲渡,頒布,住宅地図、ポスティング

【事案の概要】

 原告は、住宅地図である「ゼンリン住宅地図」や「ゼンリン電子住宅地図デジタウン」(以下、併せて「原告地図」という)等を作成し、販売する株式会社である。

 被告は、特定のエリアを中心に、広告物の各家庭のポストへの投函(ポスティング)等を行う有限会社である。

 被告は、原告地図を購入し、複数の地域にあるポスティング拠点において、長期間にわたり、当該地図の一部を適宜縮小して複写し、配布エリア毎に、複写した当該地図を切り貼りした上、集合住宅名、ポストの数、配布数、配布禁止宅等の情報を書き込む等した地図(以下「ポスティング用地図」という)の原図を作成した。被告は、当該原図を複写して配達員に渡し、複数の地域においてポスティング業務を行わせた。

 また、被告は、被告ウェブサイト内の店舗2拠点に係るウェブページ上に、複数回にわたり、ポスティング用地図の一部の地図画像データを掲載したのに加え、店舗1拠点に係るウェブページ上に、原告地図の一部を複写した画像データを掲載した。

 以下、被告がポスティング用地図の作成及び上記画像データの掲載に用いられた原告地図を総称して、「原告各地図」と定義する。

 そこで、原告は、被告に対し、著作権112条1項、2項に基づき、原告各地図の各部分の複製、複製物の譲渡又は貸与による公衆への提供、自動公衆送信若しくは送信可能化の差止め及び複製物の廃棄を請求すると共に、損害賠償を請求した。

【争点と結論】

本裁判例の争点は以下のとおりだが、本稿では、原告地図の著作物性についての争点のみ取り上げる。

(1)原告各地図の著作物性

(2)原告各地図の著作者

(3)被告らによる著作権侵害行為

(4)被告らの故意又は過失の有無

(5)被告Aの任務懈怠行為

(6)原告による黙示の許諾の有無

(7)許諾料を支払うことなく出版物を複製することができる慣習の有無

(8)被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否

(9)零細的利用であることを理由とする原告の被告らに対する著作権行使の制限の可否

(10)差止等対象地図に係る原告の著作権を侵害するおそれの有無

(11)損害額

 なお、被告らは、以下の項目を主張して原告各地図の著作物性を否定していたが、裁判所はいずれの主張も採用せず、当該地図の著作物性を認める結果となった。

 内容
地図に著作物性が認められる場合は一般的に狭く、住宅地図は他の地図と比較して著作物性が認められる場合が更に制限される、
原告各地図は、江戸時代の古地図や既存の地図、都市計画図に依拠して作成されたものであり、創作性が発揮される余地は乏しい
原告各地図は機械的に作成され、正確・精密であるとされることからすると、創作性が発揮される部分は更に限定され、国土地理院は、2500分の1の縮尺の都市計画基本図について、著作物性が認められる可能性は低いとの見解を示している
過去に作成された住宅地図には家形枠が記載されたものがあり、家形枠を用いた表現自体ありふれている
原告は地図作成業務のうち少なくとも6割を海外の会社に対して発注しており、原告各地図には独自性がない

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1・第2(省略)

第3 当裁判所の判断

1 争点1(原告各地図の著作物性)について

(1)一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである。

(2)原告各地図について、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

ア 原告は、昭和27年頃から、住宅地図を作成販売するようになり、昭和55年に、日本全国を網羅する住宅地図を完成させ、平成6年頃から、地域ごとに順次、住宅地図をデジタルデータ化するための改訂作業(以下「本件改訂」という。)を開始した(省略)。

 本件改訂は、最新の2500分の1の都市計画図等を基図としてデータ化し、これに、それまでに作成していた住宅地図における居住者名や建物名、地形情報等を記載し、また、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して調査原稿に記入した情報を書き加えるなどし、最終的に販売可能な住宅地図に完成させることによって行われた。配布地域1ないし24の各配布地域を構成する別紙本件改訂時期等一覧表の「市町村」欄記載の各市町村に係るゼンリン住宅地図については、同「本件改訂時期」欄記載の各時期に、本件改訂が行われた。(省略)

 本件改訂より後に更に改訂された原告各地図は、調査員による調査結果を踏まえ、本件改訂により発行された原告各地図から、順次、改訂される前の原告各地図を基にして、道路や建物等の記載に修正を加えたものである(省略)。

イ 本件改訂により発行された原告各地図は、以下の特徴を備えている(省略)。

(ア)一つ又は複数の市町村ごとに発行され、基本的に1500分の1の縮尺で、道路や住宅、宅地の区画等の客観的な状況を表した地図である。

発行の単位となる市町村の区域を複数に分割し、見開きの左右2頁を用いて一枚の地図が収められており、当該地図の上辺及び下辺に左からAないしJと、右辺及び左辺に上から1ないし5と、それぞれ目盛りが振られている。

 見開きの左の頁の左上に、当該地図の番号が振られており、右の頁の右上に、当該地図の上、右上、右、右下、下、左下、左及び左上の各位置にある地図の番号が記載されている。

(イ)地図には、道路又は歩道と宅地との境界線が実線で、道路と歩道との境界線が破線で、それぞれ記載されており、そのほかに、河川、線路、道路の中央分離帯等が記載されている。

 また、信号機やバス停、橋、歩道橋、階段等は、イラストを用いて記載されている。

 さらに、道路や交差点、バス停、鉄道、河川等の各名称が書き込まれており、国道や一方通行の道路には、道路標識を模したマークが付されている。

 山間部については、等高線が記載されている。

(ウ)地図上の敷地には、当該敷地上にある建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されており、当該枠線の中に収まるように、当該建物等の居住者名、店舗名、建物名等が記載されている。

 また、駐車場や公園等として利用されている土地については、駐車場名や公園名等が記載されている。

 土地については、その境界が記載されていることもある。

 さらに、住居表示が記載されており、各建物等の上記枠線に地番が記載されているものもある。

(3)(省略)

(4)前記(2)によれば、本件改訂により発行された原告各地図は、都市計画図等を基にしつつ、原告がそれまでに作成していた住宅地図における情報を記載し、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して得た情報を書き加えるなどし、住宅地図として完成させたものであり、目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる。したがって、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)と評価することができるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)であると認めるのが相当である。

 また、前記(2)アのとおり、本件改訂より後に更に改訂された原告各地図は、いずれも本件改訂により発行された原告各地図の内容を備えるものであるから、同様に地図の著作物であると認めるのが相当である。

 なお、本件改訂より前に発行された原告各地図については、原告は、本件訴訟において、被告らにより著作権が侵害された対象として主張していないので(省略)、著作物性についての検討を要しない(以下においては、「原告各地図」という場合、特に断らない限り、本件改訂以降に発行されたものを指す。)。

(5)これに対して、被告らは、〔1〕地図に著作物性が認められる場合は一般的に狭く、住宅地図は他の地図と比較して著作物性が認められる場合が更に制限される、〔2〕原告各地図は、江戸時代の古地図や既存の地図、都市計画図に依拠して作成されたものであり、創作性が発揮される余地は乏しい、〔3〕原告各地図は機械的に作成され、正確・精密であるとされることからすると、創作性が発揮される部分は更に限定され、国土地理院は、2500分の1の縮尺の都市計画基本図について,著作物性が認められる可能性は低いとの見解を示している、〔4〕過去に作成された住宅地図には家形枠が記載されたものがあり、家形枠を用いた表現自体ありふれている、〔5〕原告は地図作成業務のうち少なくとも6割を海外の会社に対して発注しており、原告各地図には独自性がないとして、原告各地図には著作物性が認められないと主張する。

 しかし、上記〔1〕については、前記(1)のとおり、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものであるところ、前記(4)のとおり、原告各地図は、その作成方法、内容等に照らして、作成者の個性が発現したものであって、その思想又は感情を創作的に表現したものと評価できるから、地図の著作物であると認められる。 

 上記〔2〕については、原告が古地図や都市計画図等を参照して原告各地図を作成したものであったとしても、前記(2)アのとおり、原告各地図は、本件改訂によって、都市計画図等をデータ化したものに、居住者名や建物名、地形情報、調査員が現地を訪れて調査した家形枠の形状等を書き加えるなどして作成されたものであり、その結果、前記(2)イの特徴を備えるに至ったものであって、このような原告各地図の作成方法、特徴等に照らせば、原告各地図は、都市計画図等に新たな創作的表現が付加されたものとして、著作物性を有していると認められる。

 上記〔3〕については、原告各地図が正確・精密であるとしても、前記(1)のとおり、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法等において創作性を発揮する余地はある。また、被告らの指摘する国土地理院の見解(省略)は、都市計画基本図について述べたものであり、住宅地図作成会社が作成する住宅地図一般について述べたものではないし、上記〔2〕について説示したとおり、原告各地図は、都市計画図等を基図としてデータ化した上、これに種々の情報を書き加えるなどすることで、住宅地図として完成させたものであるから、国土地理院の上記見解は原告各地図に当てはまるものではない。さらに、前記(2)イのとおり、原告各地図は、地図の4辺に目盛りが振られ、当該地図の上、右上、右、右下、下、左下、左及び左上の各位置にある地図の番号が記載されており、目的とする地図を検索しやすいものとなっている上、信号機やバス停等がイラストを用いてわかりやすく表示されたり、建物等の居住者名や店舗名等を記載することにより住居表示についてもわかりやすくする工夫がされているなどの特徴を有するのに対し、証拠(省略)によれば、都市計画基本図にはこのような特徴が全くないことが認められ、原告各地図と都市計画基本図とでは、そもそも性質が異なることから、同列に論じることはできない。

 上記〔4〕については、住宅地図において家形枠を記載することがよくあるとしても、原告各地図における家形枠の具体的な表現がありふれていることを認めるに足りる証拠はないから、直ちに原告各地図の著作物性を否定することはできないというべきである。

 上記〔5〕については、原告が原告各地図の作成業務を海外の会社に発注していることのみをもって、原告各地図の独自性を否定し、ひいては、その著作物性を否定することはできないというべきである。

 以上のとおり、被告らの上記各主張はいずれも採用することができない。

2ないし11(省略)

第4 結論

 以上によれば、原告の請求は、被告会社が差止等対象地図を複製し、同地図の複製物を譲渡により公衆に提供し、自動公衆送信又は送信可能化してはならず、被告らが原告に対して連帯して3000万円及びこれに対する令和元年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

【検討】

1.地図の著作物についての一般的な考え方

 著作権法上の例示著作物として、図形の著作物(10条1項6号)が挙げられているが、最も問題となりやすいのは地図であるといえる。

 地図は、地物の形状や位置関係を可能な限り正確かつ精密に再現するという要請がある一方、閲覧者が場所や地域を容易に探索できるよう表現方法に工夫が施されるという特徴を有する。

 本裁判例は、地図の著作物性について、「記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべき」とする。

 富山地判昭和53年9月22日判タ375号(富山住宅地図事件)は、「素材の選択、配列及び表現方法を総合」して地図の著作物性を判断するとし、素材選択や表現方法等に作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たすことを理由に創作性が認められる余地があるとする。

 下級審の判断枠組みは概ねこの方向性であるといえる。

 一方、著作物として例示されていても、地図の前記特徴から、その著作物性は狭く解されるといわれている。特に実測地図をベースに編集された地図(住宅地図等)は、実用性や機能性等が求められるという性質上、表現の選択の幅が狭くなり、創作性が否定されたり、その保護範囲が狭く認定される場合がある(中山信弘『著作権法〔第3版〕』[2014]114頁)。

 富山住宅地図事件も、住宅地図について、「その性格上掲載対象物の取捨選択は自から定まつており、この点に創作性の認められる余地は極めて少いといえるし、また、一般に実用性、機能性が重視される反面として、そこに用いられる略図的技法が限定されてくるという特徴がある」と述べる。

 

2.本件における原告各地図の創作性の判断

 本裁判例は、地図の著作物性を判断した他の裁判例と同じく、「一般に、地図は、…地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく…著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である」であると述べた上で、地図の著作物性は「記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断」するとしている。

 被告は、例に漏れず、住宅地図は他の地図に比して著作物性が認められる場合が制限され、創作性が発揮される余地は乏しい旨主張し、原告地図の著作物性を否定した。これに対し、裁判所は、前記第3の1(2)イのとおり、原告各地図が備えている特徴を丁寧に認定した。そして、「長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示した…。したがって、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)と評価することができるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)であると認めるのが相当である。」と述べた上、被告の前記主張に肩入れすることなくこれを排斥した。

3.若干のコメント

(1)本裁判例と富山住宅地図事件について

 本裁判例は、前記のとおり原告の住宅地図の著作物性をあっさりと認めた感があるが、住宅地図の創作性の判断基準が従来に比べ緩くなったわけではない。

 同じく住宅地図の著作権侵害が争われたといっても、本裁判例は、富山住宅地図事件と同列には論じることができない事情がある。

 同事件は、本裁判例のように被告が原告各地図をデッドコピーした事案とは異なる。著作権侵害の有無について、同事件の裁判官は「著作物性がある部分を個々的に抽出することは困難であり、結局、侵害の成否は全体的に判断せざるを得ない」と述べた。そして、原告地図と被告地図を対比し、後者から前者の特徴を認識(感得)することができるかを検討した結果、被告の著作権侵害が否定された。

 また、本裁判例で著作物性が争われた住宅地図は、原告が、平成6年頃から地域毎に順次、住宅地図をデジタルデータ化するための改訂作業をしていたもの(判決文中「本件改訂」と定義された部分)である。裁判所は、「本件改訂によって、都市計画図等をデータ化したものに、居住者名や建物名、地形情報、調査員が現地を訪れて調査した家形枠の形状等を書き加えるなどして作成されたものであ」るとし、その結果、前記第3の1(2)イの特徴を備えるに至ったと述べる。

 一口に「住宅地図」といっても、情報の選択方針や表現方法の工夫によって、表現の特徴が常に変化しておくという性質を有するので、創作性の判断においてはこの点を念頭に置く必要がある。

(2)地図のデジタルデータ化について

 本件改訂は、地図のデジタルデータ化の賜物ともいえるが、ここでデジタル地図についても触れておきたい。

 デジタル地図は、従来の紙地図同様、視覚的に認識可能な図形(ポリゴン等)やイラストの側面があるのに加え、スマホやタブレット等の端末に触れた閲覧者の指の動きに応じて地図の縮尺を変えたり、表示する情報の種類・内容を変化させることができる。その意味で、従来の紙地図より表現のバリエーションが増えたといえる。一方、収録できる情報が多量かつ正確になればなるほど、逆に現実の地理・空間情報の再現が容易になり、表現内容が画一的かつ統一的になっていくというジレンマもある。また、地図データベースの整備には多大なコストと労力を要するが、こうした「額の汗」が保護されるわけではない。このことは、高精度地図やメタバース上の空間情報等、技術の進化に伴い表現内容が精緻化するデータベースにも当てはまる。

 このような表現の幅(バリエーション)の拡大や表現内容の精密化が、創作性の判断にどう影響するか、今後の裁判例の判断にも期待したい。

 異なる観点でいえば、デジタル地図は多数の地理情報コンテンツ(数値化したデータ含む)を含むレイヤーが重層的に構築される点でデータベースの著作物や編集著作物、また当該データベースを端末上で作動させる点でプログラムの著作物であるという側面も有する。

 そのため、デジタル地図それ自体の著作権法上の保護を考える際、侵害の態様に応じて複数の切り口でその著作物性を検討する必要がある。

弁護士 藤枝 典明