【令和3年3月25日(知財高裁 平成31年(ワ)第3273号)】
キーワード:均等論

 1 事案の概要

 本件は、差止請求権不存在確認請求事件である。特許権の被疑侵害者側が原告となって、対象製品が特許権を侵害していないことの確認を求めて訴訟を提起した事件である。

 2 本件発明(構成要件ごとの分説)

「A コンピューターを備え,対応する語句が存在する原画の形態を該語句と結
びつけて憶えるための学習用具であり,
B 前記コンピューターが,
B1 前記原画,該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに,該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画,から成る組画の画像データが,複数個記録された組画記録媒体と,
B2 前記組画記録媒体に記録された複数個の組画の画像データから,一の組画の画像データを選択する画像選択手段と,
B3 前記選択された組画の画像データにより,前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画の順に表示する画像表示手段と,
B4 前記関連画及び原画に対応する語句の音声データが記録された音声記録媒体と,
B5 前記音声記録媒体から,前記語句の音声データを選択する音声選択手段と,
B6 前記選択された語句の音声データを再生する音声再生手段と,を含み,
C 前記画像表示手段が,前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画を,対応する語句の再生と同期して表示する
D 学習用具。」

 3 本件製品(原告製品)

a 別紙セット画目録記載(1)~(47)の都道府県の地図上の形状を前記都道府県の名称と結びつけて憶えるための学習用DVD。
b 前記学習用DVD には,後記都道府県形状画と結びつけた形状のイラストが描き込まれた画(以下「イラスト画」という。),後記都道府県画と形状を同じくしその中に翻案したイラストを入れ込んだ5 画(以下「形状・イラスト画」という。),都道府県の地図上の形状を示す画(以下「都道府県形状画」という。)及び都道府県形状画と共に当該都道府県が属する地方の位置関係を示す画(以下「都道府県位置画」という。)の4画をセット(以下「セット画」という。)にした映像が,日本全国及び別紙セット画目録記載1~6の地方ごとに記録されている(なお,セット画の具体例は,別紙「セット画一部抜粋表」記載のとおり)。
c 前記学習用DVD には,それぞれ前記イラスト画,前記形状・イラスト画,前記都道府県形状画,前記都道府県位置画の一連の語呂合わせの歌の音声が,別紙セット画目録記載1~6の地方ごとに一曲ずつ,映像として記録されている。
d 前記学習用DVD の映像は,1つのセット画ごとに前記イラスト画,前記形状・イラスト画,前記都道府県形状画,前記都道府県位置画の順に出力されると共に,前記イラスト画,前記形状・イラスト画,前記都道府県形状画の一連の語呂合わせの歌が音声として出力される。
e 前記学習用DVD に記録された映像を再生するにあたっては,日本全国の都道府県を別紙セット画目録記載(1)~(47)の順に再生するモード(以下「ALL PLAY モード」という。)又は別紙セット画目録記載1~6の地方ごとに再生するモード(以下「地方選択モード」という。)が選択できる。ALL PLAY モードであっても,地方選択モードであっても,それぞれの再生順は,地方ごとに作成者が設定した都道府県の順に自動で連続して再生され,選択された地方に属する都道府県の前記イラスト画,前記形状・イラスト画,及び前記都道府県形状画の一連の前記語呂合わせの歌の音声が再生される。

 4 争点

 本件発明の構成要件の充足性
 均等侵害の成立

 5 裁判所の判断

(均等論の第5要件のみ取り上げる)
「(4) 構成要件 B2 について
ア 原告製品が「複数個の組画の画像データ」を「記録」した「前記組画記録媒体」に当たることは,前記(3)イのとおりである。
イ 「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」の意義
(ア) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば,本件発明のコンピューターが備える「画像選択手段」は,組画記録媒体に記録された「複数個の組画の画像データから,一の組画の画像データ」を選択する手段である。そうすると,「画像選択手段」は,コンピューターが,その組画記録媒体に記録されている他の組画の画像データと区別して,一つの組画の画像データを選択することができるものである必要があるものと理解される。もっとも,コンピューターが二つ以上の組画の画像データを同時に選択することしかできない構成が本件発明の「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」から除外されていることを明示的にうかがわせる記載はない。
 他方,本件明細書には,「画像選択手段」について,選択の実行手段については記載があるものの(【0053】,【0054】),選択対象である「組画の画像データ」については, 一つの組画を念頭に置いたと見られる記載はあるものの(【0057】),二つ以上の組画の画像データを同時に選択することしかできない構成が本件発明の「画像選択手段」に含まれることをうかがわせる具体的な記載は見当たらない。
 以上より,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」(構成要件B2)とは,コンピューターが,その組画記録媒体に記録されている他の組画の画像データと区別して,一つの組画の画像データを選択することができるものであり,二つ以上の組画の画像データを同時に選択することしかできない構成は含まれないと解される。
(イ) 原告製品について
 原告製品においては,前記(第2の2(4))のとおり,都道府県の形状に係るイラスト画,形状・イラスト画,都道府県形状画及び都道府県位置画からなるセット画が,日本全国及び地方ごとの映像として記録されている(構成b,c)。また,その映像の再生に当たっては,日本全国の都道府県を順に再生するALL PLAY モード又は地方ごとに再生する地方選択モードを選択することができるが(構成e),個々の都道府県単位での選択はできない。再生順についても,ALL PLAY モードであれ地方選択モードであれ,地方ごとに作成者が設定した都道府県順に自動で連続して再生される(構成e)。また,同一の地方に属する複数の都道府県について,一の都道府県ごとに1組ずつのものとしてコンピューターが区別し得る形式で組画の画像データが存在し,これを1つずつ選択する構成になっていることを認めるに足りる証拠もない。
 そうすると,原告製品を使用したコンピューターは,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」(構成要件 B2)を備えているとはいえない。
・・・(中略)・・・
 2 均等侵害の成否(争点2)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に,相手方が製造等をする製品等(対象製品等)と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),そのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は,当該対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁,最高裁平成29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)。
 そこで,本件発明の「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」(構成要件B2)を備えない原告製品を使用したコンピューターが,なお本件発明に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属するものといえるかについて,以下検討する。
・・・(中略)・・・
 (6) 第5要件(意識的除外のないこと)について
ア 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許発明の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,均等の主張は許されないものと解されるところ,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象商品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである(最高裁平成29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)。
イ 原告は,組画の逐次又は一斉の表示をして記憶する人の「作業」となる部分を削除しつつ,組画の表示を構成要件B2の選択手段に限定して,明確性の欠如に係る拒絶理由を補正すると共に,「組画を逐次又は一斉に表示して」とする構成を削除し,かつ,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」を付加したという本件補正の経緯から,被告は,特許請求の範囲につき,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」に客観的,外形的に限定し,これを備えない発明を本件発明の技術的範囲から意識的に除外したなどと主張する。
 しかし,本件通知書及び本件意見書の各記載を踏まえると,「それぞれの前記記憶対象に対応する前記組画を逐次又は一斉に表示して前記記憶対象を記憶する」のは人間が行う作業であって,物の発明としての「学習用具」の構成をなしていないなどといった明確性要件に係る本件通知書の指摘に対し,被告は,本件補正において,作業の主体につき,画像選択手段,画像表示手段,音声選択手段,音声再生手段といった「手段」とし,人が行う作業を示す部分を削除することで,これらの手段を含むコンピューターであることを明確にしたものと理解される。それと共に,進歩性に係る本件通知書の指摘に対しては,上記のように作業の主体を明確にしたことに加え,組画記録媒体に記録される画像データを,「1又は複数種の記憶対象から成る記憶対象群に含まれる個別の記憶対象を表現する原画及び該原画に関連する関連事項又は関連像を表現する1又は複数種の関連画から成る組画の画像」(当初の請求項1)から「原画,該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに,該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画,から成る組画の画像データ」に限定すると共に,画像表示手段が第一の関連画,第二の関連画,及び原画をその順に表示することとし,さらに,その表示を,これらに対応する語句の再生と同期させることとして,情報の提示方法を限定したものである。
 このような出願経過を客観的,外形的に見ると,被告は,本件補正により,人為的作業を示す部分としての「逐次又は一斉に表示」という行為態様は意識的に除外しているものの,物及び方法の構成として,逐次又は一斉に表示する構成を一般的に除外する旨を表示したとはいえない。また,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」との構成を付加した点は,本件明細書に「一の組画」の画像データの選択,表示を念頭に置いた記載があることを踏まえたものと理解されるものの(例えば【0057】),これをもって直ちに,客観的,外形的に見て,複数の組画を選択する構成を意識的に除外する旨を表示したものとは見られない。
 そうすると,原告指摘に係る本件補正の経緯をもって,被告は,特許請求の範囲につき,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」に客観的,外形的に限定し,これを備えない発明を本件発明の技術的範囲から意識的に除外したと見ることはできない。この点に関する原告の主張は採用できない。
ウ 小括
 以上より,原告製品を使用したコンピューターは,均等の第5要件を充足する。」

 6 コメント

 本判決は、平成29年の最高裁判決が示した規範を用いて均等の第5要件を判断した。本件特許の特許請求の範囲は、審査時に補正されており、「組画を逐次又は一斉に表示して」とする構成が削除され,かつ,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」という構成が付加されている。
 裁判所は、これらの補正は、本件補正により,人為的作業を示す部分としての「逐次又は一斉に表示」という行為態様は意識的に除外しているものの,物及び方法の構成として,逐次又は一斉に表示する構成を一般的に除外する旨を表示したとはいえないなどと判示し、第5要件を満たすことを認めた。
 補正によって請求項が限定されていると、その補正後の構成に意識的に限定されたものとして、それ以外の構成について均等の第5要件は満たされないと考えがちであるが、裁判例では、補正がなされていても、安易に第5要件が満たされないと判断されないことに留意が必要である。

以上

弁護士 篠田淳郎