【令和3年10月6日判決(知財高裁 令和3年(行ケ)第10032号)】

【キーワード】
商標法4条1項11号、商標の類似
【概要】
 著名な医療用保湿クリーム・ローションである「ヒルドイド」(引用商標)を販売するマルホ株式会社(原告)は、「ヒルマイルド」を販売する健栄製薬株式会社(被告)に対し、同社の保有する商標「ヒルドプレミアム」(本件商標)の無効審判を提起した(無効2019−890086)。特許庁は本件商標を有効として維持したため、原告は本件審決取消訴訟を提起した。
 判決は以下のとおり、本件商標が引用商標に類似しないとして原告の請求を棄却した(判決では4条1項15号の判断もなされているが、割愛する。)。

第1 判旨抜粋

1 前提事実
・・・原告は、原告使用商標を医療用医薬品である原告薬剤を表示する商標として使用しているが、薬用化粧品を含む化粧品は販売して・・・いない。
 医療用医薬品の名称については、承認等を受けた名称又は一般的名称以外の名称を使用してはならない旨の規制があることから・・・原告は、原告薬剤の広告及び容器表示において原告使用商標である「ヒルドイド」・・・という名称を略することなく使用しており、また、取引者及び需要者との間において「ヒルドイド」が「ヒルド」と略して称されている実情は認められない。

2 規範
・・・商標法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。

3 類否判断
・・・本件商標は「ヒルドプレミアム」との標準文字からなり全体としてまとまりよく構成されているが、「プレミアム」は「高級な。上等な。」を意味する英語形容詞由来の語として一般に広く知られているから、本件商標は、「ヒルド」と「プレミアム」とを組み合わせた結合商標と解される。そして・・・化粧品の分野において、「プレミアム」の文字は、既存品に特別な成分を配合することによって優れた商品である旨を表示するため使用されているから、本件指定商品(化粧品)との関係においては、本件商標の「プレミアム」の部分は、出所識別標識としての機能は低いと認められる。一方、「ヒルド」の部分は、後記のとおり造語と認められるから、出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。
したがって、本件商標と引用商標との類否判断に当たっては、本件商標は、全体の構成文字に相応した「ヒルドプレミアム」の他、「ヒルド」の部分を抽出して引用商標と対比するのが相当である。

ア 外観
引用商標・・・は「ヒルドイド」を標準文字で表してなるものであるから、本件商標の全体構成「ヒルドプレミアム」と対比すると、両者は語頭の「ヒルド」を共通にするのみであり、文字数及び構成全体の文字において明らかに相違する。また、本件商標のうち「ヒルド」の部分を抽出した場合においても、「ヒルド」を共通にするものの、本件商標は、5文字という比較的少ない文字数からなる引用商標2及び3との間で2文字の相違があり、後記イの通り、引用商標2及び3の「ヒルドイド」は造語と認められるところ、引用商標において「ヒルド」と「イド」を分離して観察しなければならない理由はないから、引用商標との比較においては、文字数及び構成全体の文字が相違する。したがって、本件商標と引用商標・・・とはいずれも明確に区別できるというべきである。

イ 観念
引用商標の由来は「ドイツ語のHirudo(蛭属)とoid(~の様なもの)を組み合わせたもの」と認められるものの・・・そのような事実は一般的に知られておらず、辞書等に載録された既成語ではないから、本件商標のうち「ヒルド」の部分及び引用商標「ヒルドイド」は、いずれも、特定の意味合いを有しない一種の造語として理解され、特定の観念を生じない(なお、この点につき、被告は、「ヒルド」は北欧神話の女神の名前及び競走馬の産駒の名前であるからその観念を生ずる旨主張するが、インターネット上を検索すればそのような検索結果も得られたという程度のことにすぎず、化粧品の分野において取引者・需要者が「ヒルド」の語からこれらの名前を連想することを認めるに足りる証拠はない。)。したがって、観念において両者を比較することはできない。

ウ 称呼
 引用商標2及び3からは「ヒルドイド」との称呼を生じ、本件商標の全体構成「ヒルドプレミアム」からは「ヒルドプレミアム」との称呼を生じる。両者は語頭の「ヒルド」の部分のみ称呼を共通にしているにすぎないから、その構成音及び音数において明らかに相違する。また、本件商標のうち「ヒルド」の部分を抽出した場合でも、本件商標「ヒルド」と引用商標・・・の「ヒルドイド」とは、前者が3音で後者が5音からなり、後者には語尾に濁音を含む「イド」が付加されていること、前記の通り両者はいずれも造語であって、「ヒルドイド」を「ヒルド」と略して使用する取引の事情もなく、「ヒルドイド」を「ヒルド」と「イド」に分離して観察すべき理由はないから、両者はその構成音及び音数が相違し、容易に聴別することができる。

エ まとめ
・・・本件指定商品が「化粧品」であって、その需要者としては薬用化粧品のみならずその他の化粧品を含む一般消費者が想定されること、医薬品とは区別して販売されるものであること、必ずしも高価な商品ばかりとは限らないことなどの化粧品としての一般的・恒常的な取引の実情を考慮しても、本件商標と引用商標・・・とは類似しないと認めるのが相当である。

原告は、取引の実情として種々の事実を挙げ・・・出所混同を生ずるおそれがある旨主張する。しかしながら、原告の挙げる諸事情は、本件商標が被告商品(ヘパリン類似物質含有商品)に、引用商標・・・が原告薬剤(ヘパリン類似物質含有製剤)に、それぞれ使用されている現状を前提とした個別的な事情である。商標法4条1項11号の類否判断において取引の実情として考慮することが許されるのは、指定商品全般についての一般的、恒常的事情に限られるというべきであるから(最高裁昭和47年(行ツ)第33号同49年4月25日第一小法廷判決・審決取消訴訟判決集昭和49年443頁参照)、原告の挙げる事情は類否判断を左右しない。

第2 考察

 本件は、被告による「ヒルマイルド」の販売に関連する一連の争訟に関する。原告は被告に対し、被告の商品である「ヒルマイルド」について不正競争防止法3条1項、2項に基づく販売差止め仮処分を申し立てている。
 また、被告は商標「ヒルドソフト」(第6178215号)、「HIRUDOSOFT」(第6178126号)について無効審判及び審決取消訴訟を提起していたが、判決は商標を有効として維持した(知財高裁令和3年(行ケ)第10030号、同10031号、知財高裁令和3年8月19日判決、第1事件)。その論旨は、要するに「ヒルドソフト」を分離観察すべきでなく、「ヒルド」を要部として抽出できないから、「ヒルドイド」とは非類似であるというものである。
 一方、被告は商標「ヒルドマイルド」(第6178213号)、「HIRUDOMILD」(第6178214号)についても無効審判及び審決取消訴訟を提起しており、判決で商標は無効と判断された(知財高裁令和3年(行ケ)第10028号、同10029号、知財高裁令和3年9月21日判決、第2事件)。その論旨は、「ヒルドマイルド」について「ヒルド」を要部と認め、「ヒルド」は「ヒルドイド」を意味する単語として認識されていたから、「ヒルドマイルド」と「ヒルドイド」は類似するというものである。以上をまとめると、以下のようになる。

 第1事件
(知財高裁令和3年(行ケ)第10030号、同10031号)
第2事件
(知財高裁令和3年(行ケ)第10028号、同10029号)
本件判決
商標ヒルドソフト
(第6178215号)/HIRUDOSOFT(第6178126号)
ヒルドマイルド
(第6178213号)/HIRUDOMILD(第6178124号)
ヒルドプレミアム
(本件)
係属部知財高裁4部
(菅野裁判長)
知財高裁2部
(本多裁判長)
知財高裁3部
(東海林裁判長)
分離観察NG(「ヒルドソフト」の全体観察)OK(「ヒルドマイルド」は「ヒルド」が要部)OK(「ヒルドプレミアム」は「ヒルド」が要部)
指定商品薬剤薬剤化粧品
取引の実情考慮した上で「ヒルド」の共通性に基づく誤認混同を否定考慮した上で「ヒルド」の共通性に基づき観念類似を肯定取引の実情の参酌を否定
結論有効無効有効

 第1事件と第2事件の検討については別稿に譲るが、本件では、先行する2事件とは異なり、保土谷化学工業事件(最高裁昭和49年4月25日判決)の規範に基づき、原告商品と被告商品とが誤認混同を生じているという主張を一蹴している。
 商標権侵害の場面とは異なり、商標の登録の場面では、例えば出願時点で未使用の商標を登録する場合に、「未だ使用されておらず、したがって誤認混同の可能性がない」として類似性を否定することは妥当でなく、当該商標が将来いかなる態様で使用されても先行商標とは類似しないことを担保する必要がある。そのため、具体的な取引の実情を考慮しないという規範は妥当である。
 もっとも、既に使用されている先行商標があり、これにフリーライドする形で新たに商標出願がなされた場合について見ると、先行商標が既に著名であり、誤認混同を生ずるという事実を参酌して類似性を肯定しても、商標法4条1項15号において判断すべき事項を同11号で判断したということにとどまり、特段の不都合は生じないと解される(例えば田村善之「商標法概説」第2版、弘文堂、116頁)。実際に、先行する2事件では取引の実情を考慮しており、特に第2事件では取引の実情を理由に類似性を肯定している。
 一方、本件は先行する2事件とは異なり、指定商品が「化粧品」である。原告の「ヒルドイド」ローション・クリームは医薬部外品であり、原告の主張する取引の実情は、「化粧品」の全域に及ぶものではない。そのため、本件では、他の2事件と異なり、原告の主張する取引の実情を指定商品の「一般的、恒常的事情」として考慮する余地がなかったものと思われる。ただし、本判決には、取引の実情を考慮しなかったことにつき詳細な理由付けはない。
 なお、第1事件と第2事件とでは、原告の主張する同様の取引の実情に基づき、誤認混同の可能性について逆の結論を導いている。また、第2事件と第3事件とをみると、取引の実情について一方はこれを参酌して類似性を認め、他方は参酌せず類似性を否定している。それぞれの判決が結論として首肯し得る判示を示していたとしても、その理由付けが正反対であれば、少なくとも判決を受けた当事者にとって納得のいくものとはいえないであろう。

弁護士・弁理士 森下 梓