【令和3年7月7日(知財高裁令和2年(行ウ)第423号)】

【キーワード】
特許法第184条の4第4項,正当な理由

【事案の概要及び前提事実】

以下,特許法第184条の4第4項の正当な理由に関する部分のみ検討する。なお,証拠番号等は,適宜省略する。

1 本件は,1970年6月19日にワシントンで作成された特許協力条約(以下「特許協力条約」という。)に基づき国際特許出願(以下「本件国際特許出願」という。)をした原告が,特許法(以下「法」という。)184条の4第1項が定める優先日から2年6月の国内書面提出期間内に同項に規定する明細書等の翻訳文(以下,「本件明細書等翻訳文」という。)を提出することができなかったことについて,同条4項の正当な理由があるにもかかわらず,特許庁長官(処分行政庁)が令和元年7月17日付けで原告に対して国内書面に係る手続を却下する処分(以下「本件処分」という。)をするとともに,特許庁長官(裁決行政庁)が令和2年5月13日付けで原告に対してした本件処分の取消しを求める審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をしたことが違法であるとして,その各取消しを求める事案である。

2 前提事実(略)

(1) 本件処分及び本件裁決に至る経緯

ア 本件国際特許出願

原告は,米国の州立大学を運営する外国法人である。原告は,平成28 年12月8日,特許協力条約に基づき,米国特許商標庁を受理官庁として,外国語(英語)による国際出願(PCT/US2016/065653)をした(以下「本件国際出願」という。)。

本件国際出願は,特許協力条約4条(1)(ⅱ)の指定国に日本国を含むものであり,法184条の3第1項により,国際出願日である平成28年12月8日にされた特許出願(本件国際特許出願)とみなされた。

原告は,平成30年6月5日,本件訴訟の原告補佐人となる弁理士(以下「担当弁理士」という。)に対し,本件国際出願の国内移行に係る手続をすること(以下「本件案件」という。)を依頼し,担当弁理士は,同日,原告に対し,当該手続に係る法184条の4第1項所定の書面及び本件明細書等翻訳文(以下,国内移行に伴い提出することを要する書面を総称して「国内書面」という。)の提出期限が同月9日であるとの理解を前提に,これを受任する旨の返信をした(実際には,同日が金曜日であったことから,その提出期限は同月11日であった。)。

イ 国内書面の提出期限の徒過

担当弁理士の事務所では,技術担当の補助者(以下「技術担当補助者」という。)を通じ,事務担当の補助者(以下「事務担当補助者」という。)に国際出願の国内移行に必要な書面の作成・提出を指示するのが通常の業務の進め方であったが,本件案件については,担当弁理士が,平成30年6月7日,事務担当補助者に対し,案件ファイルの作成及び国内書面の作成を指示するとともに,技術担当補助者に対し,本件国際特許出願に係る国内移行手続を担当するように指示した。

事務担当補助者は,同日,本件案件のファイルを作成するとともに,未提出の国内書面の印刷物を添付し,技術担当補助者に渡したが,技術担当補助者は,受領した印刷物を特許庁に提出済みと誤認し,自らの机の中に収納したまま何らの手続を行わなかった。このため,本件明細書等翻訳文の提出期限は徒過した(以下「本件期間徒過」という。)。

担当弁理士は,平成30年6月14日になり,ようやく本件明細書等翻訳文がその期限までに提出されていないことを認識するに至った。

ウ 本件国際特許出願は,平成30年6月11日までに本件明細書等翻訳文が特許庁に提出されなかったことから,法184条の4第3項の規定により,取り下げられたものとみなされた。このため,原告は,平成30年6月14日付けで,特許庁長官に対し,本件国際特許出願について,本件明細書等翻訳文を含む国内書面を提出し(以下「本件提出手続」という。),更に,同月15日付けで,手続補正書を提出した。

原告は,平成30年7月20日付けで,特許庁長官に対し,本件期間徒過には法184条の4第4項の「正当な理由」がある旨の回復理由書を提出した。

エ 特許庁長官は,平成30年12月27日付けで,原告に対し,本件期間徒過には「正当な理由」があるとは認められず,本件提出手続を却下すべきものと認められる旨の却下理由通知書を送付した。これに対し,原告は,特許庁長官に対し,平成31年3月8日付け弁明書及び同月27日付け上申書を提出し,担当弁理士は,同年5月15日,特許庁担当官と面接した。

特許庁長官は,令和元年7月7日付けで,原告に対し,前記却下理由通知書に記載した却下理由は解消されておらず,本件提出手続は不適法な手続であるとして,これを却下する旨の本件処分をした。

オ 原告は,令和元年10月25日付けで,特許庁長官に対し,本件処分の取消しを求め,行政不服審査法2条の審査請求をしたが,特許庁長官は,審理員意見書の提出及び行政不服審査会の答申を受けた上,令和2年5月13日,当該審査請求を棄却する旨の本件裁決をした。

原告は,令和2年5月14日,本件裁決に係る裁決書謄本を受領し,同年11月9日,当裁判所に対し,本件処分及び本件裁決の取消しを求め,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

【争点】

本件期間徒過に正当な理由があるか否か。

【判旨抜粋】

(1) 「正当な理由」の意義

法184条の4第3項により取り下げられたものとみなされた国際特許出願の出願人は,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて「正当な理由」があるときは,その理由がなくなった日から2月以内で国内書面提出期間の経過後1年以内に限り,明細書等翻訳文等を特許庁長官に提出することができる(法184条の4第4項,同法施行規則38条の2第2項)。そして,ここにいう「正当な理由」があるときとは,特段の事情のない限り,国際特許出願を行う出願人(代理人を含む。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成29年3月7日判決・判例タイムズ1445号135頁参照)。

(2) 「正当な理由」の有無

ア 技術担当補助者について

前記前提事実(1)イのとおり,本件期限徒過は,出願人から本件国際特許出願の国内移行手続の委任を受けた担当弁理士事務所の技術担当補助者が,事務担当補助者から受け取った未提出の国内書面の印刷物を提出済みと誤認し,自らの机の中に収納したまま放置したことに起因するものである。

原告は,担当弁理士の特許事務所における通常の業務の流れは,技術担当補助者を通じて事務担当補助者に対し国内書面の作成・提出を指示するというものであったが,本件国際特許出願については,担当弁理士が,両補助者の面前において,事務担当補助者に対し国内書面の作成を指示するとともに,技術担当補助者に本件案件を担当することを指示したと説明する。

しかし,いずれの業務の流れにおいても,技術担当補助者は,事務担当補助者の作成した書面の正確性等を確認した上で,特許庁への提出を行うことになるのであるから,事務担当補助者から受け取った書面を十分に確認することなく,特許庁に提出済みであると誤認することは,補助者としての基本的かつ初歩的な業務を怠ったものといわざるを得ず,事務担当補助者に対し当該書面が提出済みかどうかを口頭で確認することが困難であったことをうかがわせる事情も存在しない。

イ 担当弁理士について

(ア) 補助者に対する管理・監督について

原告は,担当弁理士は,特許庁勤務経験を有する弁理士を技術担当補助者に選任するなどして,法の規定する期限徒過が生じないようにするために相当な注意を払っていたなどと主張する。

しかし,担当弁理士が,一定の知識や経歴を有する者を技術担当補助者として選任したとしても,それのみで相当な注意を尽くしたということはできない。特に,本件案件を担当した技術担当補助者は,担当弁理士の特許事務所の業務に従事し始めてから2か月しか経っていなかったのであり,また,本件案件については通常の業務の流れと異なる方法で両補助者に指示をしたというのであるから,担当弁理士としては,必要な注意喚起をした上で,本件国際特許出願に係る国内書面の作成の進捗状況を確認し,提出期限を徒過することがないように事前に技術担当補助者又は事務担当補助者に確認すべきであったというべきである。そして,かかる確認を行うことは容易であったと考えられるが,担当弁理士

がかかる確認作業を行ったと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,担当弁理士が,本件事象①の発生の防止のため相当な注意を尽くしていたということはできず,同事象の発生をもって技術担当補助者の単独の人為的過誤によるものと評価することもできない。

(イ) 期限管理システムの確認について

前記前提事実(1)ア及びイのとおり,本件国際特許出願の国内移行に係る国内書面の提出期限は平成30年6月11日(担当弁理士は同月9日と認識していた。)であったが,担当弁理士は,提出期限に至るまで期限管理システムを確認しておらず,ようやく同月14日になって本件本件期間徒過に気付いたとの事実が認められる。

原告は,担当弁理士が期限管理システムにアクセスしなかった理由について,担当弁理士がその当時繁忙を極め,平常時の精神・身体状態を失い,突発的な適応障害を発症していた可能性も高い状態にあったことが原因であり,本件期間徒過を救済すべき「特段の事情」があったと主張する。

しかし,担当弁理士が,本件期間徒過の生じた当時,多数の案件を担当していたことは認め得るとしても,その頃に適応障害を発症して,通常の業務を遂行し得ない状態にあったと認めるに足りる証拠はなく,これらの症状により本件案件以外の業務に支障が生じていたことを具体的に示す証拠もない。まして,期限管理システムにアクセスし,提出期限に遵守状況を確認するという作業は,労力や時間をそれほど要するものではなく,かかる作業も行うことができないような心身の異常を来している状態にあったとは認め難い。

そうすると,本件期間徒過について,それがやむを得なかったと認め得るような「特段の事情」があったということはできない。

(中略)

(4) 小括

以上のとおり,本件処分が違法の瑕疵を有し,又は無効なものであるとしてその取消しを求める原告の請求は理由がない。

【解説】

本件は,特許法第184条の4第1項が定める優先日から国内書面提出期間内に同項に規定する明細書等の翻訳文を提出することができなかったことについて同条第4項の正当な理由があるか否かが争われた事案である。

裁判所は,従前の「特段の事情のない限り,国際特許出願を行う出願人(代理人を含む。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成29年3月7日判決・判例タイムズ1445号135頁参照)」との規範を引用し,本件において正当な理由はないと判断した。

原告は,外国の出願人としては一定の実績がある特許事務所の代理人に委任したことをもって相応の措置を尽くしたとされるべきである等も主張したが受け入れられなかった。

従来から,裁判所は,出願人本人だけではなく,代理人に関しても,相当な注意を払ったかということを検討しており,本件においても同様の判断を行っている。

本件は,「担当弁理士事務所の技術担当補助者が,事務担当補助者から受け取った未提出の国内書面の印刷物を提出済みと誤認し,自らの机の中に収納したまま放置したことに起因する」とされており,正当な理由が認められる可能性は低い事案であり,裁判所の判断は,妥当であろう。

以上
(筆者)弁護士 宅間仁志