【令和3年4月27日(知財高裁 令2(行ケ)10125号 審決取消請求事件)】

【キーワード】
商標法3条1項6号、識別性のない商標

【事案の概要】

 原告は、以下の標章(以下「本願商標」という。)について商標登録出願(商願2018-30044号。以下「本件出願」という。)を行ったが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判(不服2019-11255号)を請求した。

・本願商標:六本木通り特許事務所(標準文字)

・出願日:平成30年3月14日

・指定商品:第45類「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」

しかし、特許庁は、本願商標は商標法3条1項6号に該当するとして、「本件審判の請求は、成り立たない」と審決(以下「本件審決」という。)したため、原告は、本件審決の取消しを求め、本件訴訟を提起した。

【審決の理由の概要】

特許庁は、以下の①~③の理由により、本願商標をその指定役務について使用した場合、これに接した取引者、需要者は、本願商標を、「六本木通りという呼び名の道路に近接する場所に所在する、弁理士の事務所」程の意味合いとして理解、認識するにとどまり、このような本願商標は、単に、役務の提供場所あるいは役務を提供する者の所在を表すものであるとして、本願商標は商標法3条1項6号に該当すると判断した。

① 本願商標の構成中の「六本木通り」の文字の意味は、「東京都千代田区霞が関から渋谷区渋谷までの道路の呼び名」であり、「特許事務所」の文字の意味は、「弁理士の事務所」であるから、本願商標は、「六本木通り」の文字と「特許事務所」の文字とが結合してなるものと認識、把握されること

② 特許事務所が、広く、スタートアップに対して役務を提供している実情にあるから、「特許事務所」の文字は、本願商標の指定役務を提供する者を意味する一般的な名称であること

③ 法律家によって提供される法律事務に関する役務を取り扱う分野において、「○○通り□□事務所」の文字が、広く採択、使用されている実情があること

【争点】

・商標法3条1項6号該当性

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)

第4 当裁判所の判断

1 商標法3条1項6号該当性について

⑴ 本願商標は、「六本木通り特許事務所」の文字を標準文字で表してなり、指定役務を第45類「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」とするものである。

 本願商標の構成中の「六本木通り」の文字は、昭和59年(1984年)に、起点を東京都千代田区霞が関2丁目、終点を渋谷区渋谷2丁目とする道路に東京都が設定した通称名を意味する語である(乙1)。また、本願商標の構成中の「特許事務所」の文字は、弁理士等が業務を行う事務所を意味する語であり(弁理士法76条1項参照)、弁理士は、特許、実用新案、意匠、商標等に関する特許庁における手続等の代理又はこれらの手続に係る事項に関する鑑定その他の事務を行うこと等をする者であり(弁理士法4条参照)、事務を行う者が所在する事務所があたかも事務を行う主体と呼ばれることは慣用の表現であるから、「特許事務所」は、特許に関する手続の代理等を行う者の一般的名称と認識されるものである。

 そうすると、本願商標は、道路の通称名である「六本木通り」の文字と、特許に関する手続の代理等を行う者の一般的名称である「特許事務所」の文字とを結合したものと認識、理解されるものである。

⑵ 本願商標の指定役務である「スタートアップに対する特許に関する手続の代理」は、「特許に関する手続の代理」の範囲を「スタートアップ」に係るものに限定したものであり、語義からして「特許に関する手続の代理」に含まれることは明らかであるから、本願商標の構成中の「特許事務所」の文字は、本願商標の指定役務を提供する者の一般的名称を意味すると理解される。また、本願商標の構成中の「六本木通り」は、本件審決時である令和2年(2020年)9月時点で35年以上の長きに渡り広く一般に慣れ親しまれている道路の通称名であるから、本願商標の指定役務の提供の場所を意味すると理解される。

 そうすると、本願商標に係る「六本木通り特許事務所」との文字は、本願商標の指定役務との関係で、役務の提供場所と理解される「六本木通り」との文字と、役務を提供する者の一般的な名称と理解される「特許事務所」の文字とを結合させたものであるから、本願商標の指定役務の需要者は、これを「通称を六本木通りとする道路に近接する場所に所在する特許に関する手続の代理等を行う者」を意味するものと認識するというべきである。

 以上からすると、「六本木通り特許事務所」との文字は、六本木通りに近接する場所において本願商標の指定役務を提供している者を一般的に説明しているにすぎず、本願商標の指定役務の需要者において、他人の同種役務と識別するための標識であるとは認識し得ないものというべきであって、その構成自体からして、本願商標の指定役務に使用されるときには、自他役務の出所識別機能を有しないものと認められる。

 したがって、本願商標は、商標法3条1項6号に該当するものというべきであり、これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

⑶ 原告の主張について

ア 原告は、本願商標の指定役務の分野において「〇〇通り□□事務所」の文字が広く採択、使用されているとの本件審決の認定は誤りである、あるいは本願商標の指定役務を取り扱う法律事務所や「〇〇通り法律事務所」という名称の法律事務所が多数あるとしても、「〇〇通り法律事務所」との名称に自他役務の出所識別機能がないと根拠付けることはできない旨主張する。

確かに、これらの主張については、当裁判所としても首肯し得る面もある。しかしながら、そもそも本願商標の指定役務の分野において「〇〇通り□□事務所」の文字が広く採択、使用されているとの事実の有無や、本願商標の指定役務を取り扱う法律事務所や「〇〇通り法律事務所」という名称の法律事務所が多数あるとの事実の有無等が、本願商標の自他役務の出所識別機能の有無の判断に当たって必要な前提事実となるものではないから、これらの点に関する本件審決の認定に誤りがあるとしても、その認定の誤りが結論を左右するものではなく、本願商標に自他役務の出所識別機能を認めることができないことについては、前記⑵において認定判断したとおりである。

 したがって、原告の上記主張は、結論を左右しない点に関する誤りを主張するにすぎず、採用し得ない。

・・(以下、省略)・・

【検討】

1 商標法3条1項6号

識別力とは、需要者に何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識させる力をいう。商標の本質は、自己の営業に係る商品を識別するための標識として機能すること(自他商品・役務識別機能)にあるため(東京高判昭和56年3月25日等)、識別力のない商標は、商標法による保護を受けられない。

商標法3条1項6号は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」は商標登録を受けることができない旨を定めている。当該条項は、商標の登録要件を定める商標法3条1項の総括的規定であるとされ、商標法3条1項1号から5号に掲げられたもの以外の識別力のない商標を定めていると解される。

2 本件

本件において、裁判所は、「六本木通り特許事務所」との本願商標について、「六本木通り」と「特許事務所」との文字の結合商標であり、識別力がなく、商標法3条1項6号に該当すると判断するとともに、商標法3条1項6号の該当性において、スタートアップへの特許支援という指定役務の分野において「〇〇通り□□事務所」の文字が広く採択、使用されているとの事実、及び、当該指定役務を取り扱う法律事務所や「〇〇通り法律事務所」という名称の法律事務所が多数あるとの事実は、商標法3条1項6号の該当性の判断の前提事実とならない旨を判示した。

これまで、商標法3条1項3号に関する裁判例では、「産地、販売地」を表示する商標について、需要者又は取引者によって、商品が商標の表示する土地において生産又は販売されていると一般に認識されることをもって、商標法3条1項3号に該当するものであり、実際に商標の表示する土地において商品が現実に生産又は販売されているか、当該土地が産地・販売地として周知であるか、商品に使用した場合に産地・販売地について誤認を生じさせるかという事情は該当性判断に必要ない旨が判示されていた(最判昭和54年4月10日〔ワイキキ事件〕等)。本件は、商標法3条1項6号の該当性の判断においても、問題となるのは、あくまで、標章が需要者にどのような意味として認識されるかという点にあり、商標法3条1項3号と同様、実際に商標が使用されているか等の事実は、該当性判断に不要であることを判示したものと考える。

以上
弁護士 市橋景子