【令和3年10月19日(大阪地裁 令和2年(ワ)3474号)】

【事案の概要】

 本件は、発明の名称を「照明器具」とする特許(特許第3762733号。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。また、本件特許に係る特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明」という。)の特許権者である原告が、別紙被告製品目録記載の各製品(以下、各製品を順に「被告製品1」などという。また、これらを併せて「各被告製品」という。)は本件発明の技術的範囲に属し、その製造、販売、販売の申出、販売のための展示、輸入及び輸出は本件特許権を侵害するとして、これらを販売等する被告に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償として6776万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(令和2年5月13日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

【判決文抜粋】(下線部は筆者、消滅時効の成否に限り抜粋する)

主文

1 被告は、原告に対し、73万5094円及びこれに対する令和2年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを100分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

(中略)

  (4) 消滅時効の成否(争点4)

  (被告の主張)

  ア 各被告製品のうち、被告製品3及び4は平成24年12月12日に、被告製品1は平成25年11月29日に、被告製品5は平成27年3月2日に、被告製品6は平成29年1月5日に、被告製品2は平成30年11月29日に、被告製品7は同年12月25日に製造販売を終えており、製造販売終了から既に相当な期間が経過している。

  イ 原告と被告は、照明器具の製造販売を業とする競合メーカーであり、両社とも、自社の製品を1年ごとに改訂される自社の総合カタログに掲載しているし、主たる販売ルートの一つとして大手家電量販店において製品を販売している。

  平成22年10月28日、同月29日、同年11月5日において、それぞれ異なる3店舗の家電量販店で、被告製品3及び4が本件発明の実施品である原告製品と同じコーナーに真横の並びで展示、販売されており、原告及び被告のそれぞれの営業担当者が現地で展示、販売を担当した事実があり、原告が被告において各被告製品を販売している事実を認識していたことは明らかである。

  加えて、本件のシーリングライトは簡易な装置発明の実施品であって、その特徴は容易に理解できるものであるから、原告は、家電量販店において展示、販売されている各被告製品を現認することで、各被告製品が本件特許権を侵害することを認識していたといえる。

  原告は、原告の営業担当者が原告が権利を有する特許発明の内容を全て把握しているわけでも、他社製品の構造等を全て確認しているわけでもないと主張するが、民法724条の損害および加害者を知った時とは、被害者において加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味するから、仮に本件特許権の全容を把握していない原告の営業担当者が存在したとしても、原告の営業担当者が各家電量販店において展示・販売されている各被告製品を現認しており、本件のシーリングライトの特徴は容易に理解できるものであるから、原告は、被告に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に被告製品による本件特許権侵害を認識したといえる。

  以上によれば、遅くとも平成22年11月5日には、原告は、各被告製品による本件特許権の侵害を認識したので、既に本件訴訟の提起前に3年の消滅時効期間が経過している。

  ウ 原告は、平成22年ころ、本件特許権に基づき、他の照明器具製造メーカーに対し、各被告製品と同様の機構を備えた同社の製品が、本件特許権を侵害すると指摘したことがあり、被告を含む競合他社のシーリングライトについて本件特許権侵害の有無を分析する機会を有していた。

  したがって、遅くとも平成22年12月末までには、原告は、各被告製品による本件特許権の侵害を現実に認識したので、既に本件訴訟の提起前に3年の消滅時効期間が経過している。

  エ 被告は、原告に対し、令和3年3月1日付け被告準備書面(3)の送付により、原告が本件訴訟を提起した令和2年4月9日から3年前である平成29年4月10日以前に発生した原告の被告に対する損害賠償請求権について消滅時効を援用する意思表示をする。

  なお、平成29年4月10日以降の各被告製品の利益額は、83万5336円である。

  (原告の主張)

  ア 原告は、平成30年2月頃、被告が製造販売している製品の一部が本件特許権を侵害している事実を認識し、その際、他に被告が販売している同類の製品を遡って調査した結果、複数の被告製品が本件特許権を侵害している事実を知った。

  仮に、原告が早い時期に被告による侵害行為を認識していたのであれば、当然、今回と同様の対応をしたものであり、躊躇する理由はない。本件のように、侵害行為開始後、特許権者から侵害警告がないまま一定期間経過し、後日侵害警告があったという状況であれば、企業の常識的な行動態様に照らし、侵害警告がされた時まで侵害行為を認識していないかったことを合理的に推認することが可能である。

  イ 本件発明の構成要件のうち、構成要件A、B、C、Dについては、いずれも内部構造に関するものであり、これらの構成要件該当性について、展示・販売されている被告製品の外観から判断することは困難である。

  また、家電量販店の照明器具コーナーに出向く原告の営業担当者は、原告が権利を有する特許発明の内容を全て把握しているわけでも、他社製品の構造等を全て確認しているわけでもない。原告の営業担当者は、顧客対応やチラシ等の製作が主たる業務であって、自社の商品開発等の参考にするため他社製品の価格情報や自社製品に対する顧客要望情報を社内他部門へ共有することもあるが、無数に存在する他社製品について、その構造を確認・分析することまで業務に含まれていない。

  ウ 原告が平成22年頃に本店所在地が大阪市である照明器具製造販売メーカーに対し、本件特許権に基づく警告を行った事実については、原告内部で確認が取れておらず、そのような事実はない。仮にそのような事実があったとしても、原告が被告による本件特許権侵害の事実を認識していたこととは関連性がない。

第3 当裁判所の判断(消滅時効の成否に限り抜粋する)

(中略)

 4 消滅時効の成否(争点4)について

  (1) 原告の権利行使可能性

  ア 証拠(乙10の1~3)によれば、平成22年10月21日から同年11月5日にかけて、大手家電量販店チェーンの3店舗において、原告製品と被告製品3及び4が隣り合った状態で陳列され販売されたことが認められる。

  一般に店舗において商品の陳列場所等は商品の売上に影響を及ぼす重要な要素であって、原告においても、営業担当者等を通じて、当然に自社製品や競合他社製品が家電量販店においてどのように陳列・販売されているかを逐次把握していたものと考えられるから、遅くとも平成22年11月5日には、原告において、被告製品3及び4の存在を知ったものと認められる。

  そして、原告製品と各被告製品は同種の用途の競合品であって、大手家電量販店チェーンにおいては概ね統一的な商品陳列を行っているものと考えられることからすれば、各被告製品は、家電量販店において基本的に原告製品と隣接して陳列されていたと考えられ、被告製品3及び4以外の各被告製品についても、その販売開始から間もなく、原告は、各被告製品の存在を知ったものと認められる。

  イ 本件発明は、前記のとおり、効果〈1〉~〈3〉を奏するものであり、これらの効果は外観上明らかであって、各被告製品の外観から、各被告製品が本件特許権の侵害品であることの疑いを持つことは十分に可能である。

  原告は、本件発明の構成要件A~Dは、内部構造に係るものであるから、被告製品の外観からは判明しないと主張するが、被告製品の外観からして本体カバーに被覆された接続器やセンサ保持具が存在することは明らかであり、センサ保持具が天井面と略平行な面内で回動可能に構成されていることは推測することができる。そして、証拠(乙10の1~3)によれば、家電量販店の陳列棚において、天井を模した造作があり、引掛型配線器具が設けられ、各被告製品を現実に組み立て、取り付けることができるようになっていたものと認められ、原告において、各被告製品の取付状態を確認することもできたものと考えられる。

  また、証拠(甲5の1~3、甲7、乙14)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、各被告製品を毎年発行する被告のカタログに掲載すると共に、各被告製品の仕様や構造を記載した「施工・取扱説明書」をインターネット上等で公開していたことが認められ、カタログには引掛シーリングに取り付けるタイプであること、人感センサがあり、本体可動式であること等が記載され、施工・取扱説明書には、購入者又は工事店が各被告製品を取り付けることができるよう、各部を分解した構造図とセンサの可動範囲等が記載されているのであるから、被告はこれらの情報を秘匿せず、一般に公開していたのであって、原告は、各被告製品の存在を知り、その外観から本件特許権侵害の疑いを持った時点で、各被告製品の構造等を容易に検討することができたといえる。

  ウ 原告は、遅くとも平成22年11月5日までに被告製品3及び4の発売を知り、その余の各被告製品についても、発売後まもなくその事実を知ったものと認められ、各被告製品の構造等を知ることもできたのであるから、製品が競合する関係にある原告としては、その時点で、損害賠償請求をすることが可能な程度に、損害及び加害者を知ったと認めるのが相当である。

  (2) 原告の主張について

  ア 原告は、原告の営業担当者は他社製品の構造等を確認しておらず、平成30年2月頃になって初めて、被告が製造販売している製品の一部が本件特許権を侵害している事実を認識したと主張する。

  しかしながら、証拠(乙9)によれば、平成30年2月には、各被告製品の大半の製造販売が終了しており、販売されていたのは被告製品2のうち型番DCL-37765と被告製品7のみであり、被告製品2については同月から同年12月25日の販売終了までの約11か月間に●(省略)●個が販売されたにとどまり、被告製品7についても同年2月から同年11月29日の販売終了までの約10か月間に●(省略)●個が販売されたが、各被告製品の総販売数●(省略)●の約2%、被告製品7の総販売数●(省略)●の約26%にとどまることが認められる。

  原告の主張によれば、原告は、各被告製品が被告のカタログに掲載され、家電量販店で原告製品に隣接して販売されていたにもかかわらず、平成22年9月から7年5か月もの長期にわたって各被告製品の存在に気付かず、各被告製品がほとんど販売を終了し、市場への影響も原告に与える損害もわずかとなった平成30年2月頃になって、突然、各被告製品の存在に気付いたということになるが、同月以前には各被告製品に気付かなかったことがやむを得ないとするような事情や、同月に至って初めて気付いたことが合理的と思えるような事情の変化については、特に主張も立証もしていない。

  イ 侵害品の販売等が権利者の目に触れぬところで行われていたり、侵害品の構成や構造が権利者には容易には知り得ぬものであったりするような特段の事情がある場合には、権利者が特許権侵害が行われていることに気付くのに一定の時間を要したことに合理的理由があるといえるが、本件では、原告にそのような特段の事情や合理的理由が認められないことは、前記検討のとおりである。

  原告が主張するところによれば、各被告製品の構造等に着目し、検討の結果、本件特許権を侵害するとの明確な判断をしない限り、民法724条の時効期間は進行しないこととなるが、本件のように侵害品となるものの販売等がオープンになされていた場合に、権利者がこれを検討の俎上に上げない限り時効期間が進行しないものとした場合、一方では注意深い権利者よりも、競業者の行為等に注意を怠った者を有利に扱うことにもなりかねないし、時効期間の進行という公平が求められる事項について、権利者の恣意的な取扱いを許すこととなり、妥当ではないというべきである。

  (3) 以上によれば、被告製品3及び4については平成22年11月5日に、その余の各被告製品については遅くとも発売開始日の3か月後に、原告において本件特許権侵害行為に基づく損害賠償請求権の行使が可能になったと解するのが相当である。

  そして、被告が消滅時効の援用の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著な事実であり、各被告製品の販売行為に係る損害賠償請求権は、販売行為ごとに時効によって消滅するものと解されるから、前記3(3)の原告の損害のうち、本件訴えの提起日である令和2年4月9日までに発生(販売行為)から3年を経過した部分については、時効によって消滅したものと認められる。

  そうすると、証拠(乙9)によれば、平成29年4月10日以降の各被告製品の販売に係る被告の限界利益額は、別紙「被告製品一覧表2」の「限界利益」欄の合計●(省略)●円と認められ、特許法102条2項の損害の推定について2割の覆滅を認めた損害額は●(省略)●円となり、弁護士費用及び弁理士費用としてその1割である●(省略)●円を加えた73万5094円の限度で、原告の請求は理由がある。

  そして、原告は、各被告製品の販売行為日よりも後であることが明らかな本件訴状送達の日の翌日(令和2年5月13日)を遅延損害金の起算日として請求しているから、原告主張の起算日には理由がある。

 5 結論

  よって、原告の請求は主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

【解説】

 本件は、照明器具の特許の特許権侵害が認められたが、損害賠償請求権の一部について消滅時効の成立が認められた事案である。消滅時効の成立に関する争点に絞り抜粋してご紹介する。

 特許権侵害は不法行為であるから、損害賠償請求権は不法行為による債権であり、民法724条の消滅時効の規定が適用される。すなわち、損害及び加害者を知った時から3年間で、損害賠償請求権は消滅時効にかかる。

 競合他社が自社の特許権を侵害しているかどうかは、一般には競合他社の被擬侵害品を購入し、分解調査等を行って判断する。競合他社からすれば、特許権者が被擬侵害品の特許権侵害を知っているかどうか(損害=特許権侵害を知ったかどうか)は、特許権者の内部事情であるため、把握することは一般には難しい。特許権者が競合他社に警告状を送付する等の外形的な事情をもって、損害賠償請求権の消滅時効の起算点とすることが多いと思われる。

 本件においては、原告は、平成30年2月頃になって初めて、被告製品の一部が本件特許権を侵害していることを認識したと主張している。それに対して、裁判所は、平成22年10月頃に、大手家電量販店チェーンにおいて、原告製品と被告製品が隣り合った状態で陳列され販売されたこと、被告製品の仕様や構造を記載した「施工・取扱説明書」がインターネット上で公開されていたこと、から、各被告製品について、発売の事実とその構造等を知ることもできたのだから、競合製品を販売する原告としては、損害賠償請求をすることが可能な程度に、損害及び加害者を知ったと認めるのが相当である、と判断した。また、本件のように侵害品となるものの販売等がオープンになされていた場合に、権利者が検討しない限り時効期間が進行しないものとした場合、注意深い権利者よりも、競業者の行為等に注意を怠ったものを有利に扱いことになりかねないし、公平が求められる時効期間の進行について権利者の恣意的な取り扱いを許すことになり妥当でない、とも判示している。

 被告製品が販売されて7年以上にわたって各被告製品の存在に気付かず、被告製品がほとんど販売を終了した平成30年2月頃になって、突然、各被告製品の存在に気付いたという原告の主張も不自然ではあるが、裁判所の判断は原告にとってやや酷であると考える。

 一般には、特許権者は権利行使するに当たり、特許権侵害の成否や権利行使のメリット・デメリットに関して慎重に検討することが多いと思われる。しかし、本事案のように、自社製品と被擬侵害品が隣接して陳列・販売されていたことが、消滅時効の起算点の根拠とされることもあり得ることから、消滅時効にも留意する必要があるという点で、ご紹介させていただいた。

以上

弁護士 石橋茂