【令和3年11月25日(知財高裁 令和3年(ネ)第10058号)損害賠償請求控訴事件】

【キーワード】
文言侵害、クレーム解釈

【概要】
 控訴人(原審原告)である日本ネットワークサービス株式会社は、特許第4750927号に規定されたネットワーク型監視カメラに係る発明(本件発明、以下では請求項1に記載の発明のみ取り上げる。)に基づき、被控訴人(原審被告)であるKYB株式会社の販売する製品(被告製品)が本件発明を侵害するとして損害賠償請求訴訟を提起した。

【請求項1】(※本判決で取り上げられる部分に下線を引いた。)
  施設中の所定の位置に配置された監視装置からの情報を受理し、当該監視装置からの情報に基づき、所定のデータを関連する携帯端末に伝達するように構成された遠隔監視方法であって、監視装置による異常検出によって前記監視装置により撮影された画像を受理するステップと、前記受理された画像を監視装置と関連付けて記憶するステップと、前記受理された画像のうち、少なくとも所定の部分をコンテンツとして形成するステップと、前記監視装置の顧客の所持する携帯端末を特定するステップと、前記携帯端末に通知すべきメッセージを作成するステップと、前記通知すべきメッセージ、および、前記コンテンツを、前記携帯端末に伝達するステップと、を備え、前記コンテンツは、初期的に受理された画像のうち、略中央部分の画像の領域から構成され、前記コンテンツを受理した携帯端末からの遠隔操作命令であって、前記受理された画像のうち、他の領域の画像を参照することを示す命令であるパンニングを含む遠隔操作命令を受理するステップと、前記パンニングを含む遠隔操作命令にしたがって、前記受理され或いは記憶された画像のうち、前記中央部分の画像の領域から縦横左右の何れかにずらした画像の領域を特定し、当該特定された画像の領域から構成されるコンテンツを形成するステップと、前記特定された画像の領域から構成されるコンテンツを前記携帯端末に伝達するステップと、を備えたことを特徴とする遠隔監視方法。

 本判決は以下のとおり、被告製品は本件発明を侵害しないとして、原審と同様に控訴人の請求を棄却した。なお、本稿では、判決で判断された充足論に係る争点のうち、上記クレームの「携帯端末」との文言の充足性に係る争点のみを取り上げる。

第1 判旨抜粋

1 文言侵害

 本件発明・・・は、①監視装置からの情報に基づきデータを関連する「携帯端末」に伝達するように構成された遠隔監視方法であり、②監視装置による異常検出によって前記監視装置により撮影された画像を受理するステップと、前記受理された画像を監視装置と関連付けて記憶するステップと、前記受理された画像のうち、少なくとも所定の部分をコンテンツとして形成するステップと、③前記監視装置の顧客の所持する「携帯端末」を特定するステップと、メッセージを作成するステップと、前記メッセージ及び前記コンテンツを前記「携帯端末」に伝達するステップと、④前記「携帯端末」から他の領域の画像を参照するよう遠隔操作命令を受理するステップと、遠隔操作命令により縦横左右のいずれかにずらした画像の領域から構成されるコンテンツを形成するステップと、前記特定された画像の領域から構成されるコンテンツを前記「携帯端末」に伝達するステップをその発明特定事項に含むものであるところ、ここでいう「携帯端末」は、通常の用語からすると、携帯することが可能である端末であると理解することはできるが、携帯することが可能である端末は種々のものが想定されるため、その端末の種別は特許請求の範囲からは必ずしも一義的に明確に定義することはできない。

 そこで、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するために、本件明細書の記載についてみると、本件明細書には、「本発明のさらに好ましい実施態様においては、前記コンテンツが、受理された画像の略中央部部分の画像から構成される。これにより、表示装置が小さい携帯端末において、顧客により十分認識可能な画像を表示することが可能となる。・・・」(【0007】)、「このように構成された監視システム10において、ある施設の所有者や管理責任者である顧客は、監視を必要とする施設、監視サービスの内容、顧客の携帯端末やPDAなどの携帯端末28などを、制御サーバ24の側に伝達する。これは・・・ユーザが携帯端末やパーソナルコンピュータなどを利用して、インターネットを介して、上記情報を制御サーバ24に伝達しても良い。」(【0019】)、「なお、上記コンテンツは、CCDカメラ14にて撮影されキャプチャ11された画像全体ではなく、中央部の所定の範囲の画像とするのが望ましい。これは、携帯端末の表示装置は非常に小さいため、全体を表示すると、顧客により認識不可能な画像となる可能性があるからである。・・・」(【0023】)、「上記画像DB52の画像は、顧客の要求により所望のように取得することができる。これは、たとえば、携帯端末28から指示を与えることにより、或いは、他のパーソナルコンピュータから指示を与えることにより実現される。・・・ユーザ(顧客)は、携帯端末やパーソナルコンピュータを操作して、制御サーバ24にアクセスするときに、顧客IDおよびパスワードを伝達する(ステップ701)・・・」(【0031】)「...上記ステップ704、714は、特に、携帯端末28にて画像を参照しているときに有用である。或いは、パーソナルコンピュータなどにて画像を参照している場合には、上記ステップ704、714を省略して、顧客の側において画像をプリントアウトしてもよい。」(【0033】)との記載があり、【図1】には「携帯端末28」として携帯電話が描かれている。このように、本件明細書においては、「携帯端末」は、「表示装置は非常に小さい」もの(【0007】、【0019】)であり、「PDA」(Personal Digital Assistant)を含むが(【0019】)、「パーソナルコンピュータ」とは別の端末(【0019】、【0031】、【0033】)としてその用語が用いられている。

 したがって、本件発明1の「携帯端末」は、表示装置が小さい端末であり、典型的には携帯電話端末を念頭に置いたものであり、少なくともパソコンとは別の端末であると解することができる。

 ・・・控訴人は、被告商品の構成として、監視カメラとLANで接続する端末について、パソコンや固定式モニタのものを書証として提出しているが、携帯電話のような表示装置が小さい端末や、少なくともパソコンとは区別される「携帯端末」に関する構成を証拠として提出していない。したがって、被告製品は、構成要件・・・の「携帯端末」を充足するものではな・・・い。

2 均等侵害

 本件発明・・・の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の開示事項を総合すれば、本件発明・・・は、従来の遠隔監視システムでは、施設の侵入者があったり、施設において異常が発生した場合に、当該施設の所有者や管理責任者が一次的に当該侵入や異常発生を知ることができず、また、警備会社からの二次的な通報により上記所有者や責任者が侵入や異常発生を知ることは可能であるが、これらの者が外出している場合等には警備会社が通報をすることができないといった課題があり、こうした課題を解決するために、構成要件・・・の構成を採用し、施設の監視対象領域を監視する監視装置からのメッセージと監視装置によって得られた画像の情報が当該施設の所有者や管理責任者に対応する顧客の携帯端末に通知又は伝達されることにより、顧客が何れの場所においても施設の異常等を適切に把握することができるとともに、監視装置から受理された画像の略中央部分の画像からなるコンテンツを携帯端末に伝達することにより、表示装置が小さい携帯端末でも顧客により十分に認識可能な画像を表示することができ、さらに、カメラの「パンニング」を含む携帯端末からの遠隔操作命令により「パンニング」に従った領域を特定し、その領域の画像を携帯端末に伝達するステップを備え、顧客が参照したい領域を特定して携帯端末に提示することができるようにしたことにより、施設の所有者や管理責任者が外部からの侵入や異常の発生を知り、その内容を確認することができるという効果を奏するようにしたことに技術的意義があるものと認められる(【0004】ないし【0007】)。

 このような技術的意義に鑑みると、本件発明・・・の本質的部分は、①何れの場所においても顧客が携帯し得るものとして、監視装置からの異常検出によって監視装置により撮影された画像データの伝達を受ける端末を「携帯端末」とし、②「携帯端末」に伝達する画像は、略中央部分の画像領域から構成され、③携帯端末からの「パンニング」を含む遠隔操作命令を受理し、その領域の画像を携帯端末に伝達するステップを含むことにより、④表示装置が小さい携帯端末でも、顧客により十分に認識可能な画像を表示することができ、さらに、携帯端末からの遠隔操作命令により、顧客が参照したい領域を特定して携帯端末に提示することができるようにした点にあるものと認められる。

 すなわち、単にセンサの情報伝達の宛先を警備会社の中央コンピュータから施設の所有者等の携帯端末に切り替えたことのみに重きがあるわけではなく、何れの場所においても顧客にとって携帯が容易で、操作等が迅速かつ簡便であるためには表示装置が小さい端末とならざるを得ない面があるところ、そうであっても、外部からの侵入や異常の発生を知り、その内容を確認することが十分に可能な構成を有することが本件発明・・・の本質的部分であるというべきである。

第2 考察

 本件では、本件発明の「携帯端末」に、被告製品の「ノート型パソコン」が該当するか否かが争われた。本件特許の出願日は2000年(平成12年)であり、既にノート型パソコンはある程度普及していたが、本件明細書中には、携帯端末がノート型パソコンを含む旨の記載はない。一方、本件明細書では、具体的実施形態の記載において、「携帯端末」とは別に「パーソナルコンピュータ」との用語が用いられている。そのため本判決は、本件明細書の記載に基づき、携帯端末はノート型パソコンを含まないものと判断した。

 また、本稿で触れていないが、本件発明は、「携帯端末」との要件のほか、被告製品が「パンニング処理」(画像の特定部分から、上下左右方向にずれた部分を表示する処理、つまり画像上で、カメラの首振りを行ったように見せる処理)を行うことを構成要件として備えるものであり、このパンニング処理との関係で、本件発明の本質的部分は、パンニング処理を具備することで小さな携帯端末の画面でもユーザーに明瞭な画像を表示することであるとして、均等侵害も否定された。

 本件明細書は、上記のとおり携帯端末とパーソナルコンピュータとを書き分けており、これはデスクトップ型パソコンを主に想定した記述と思われる。一方、出願後の技術進歩により、現在ではソフトウェアキーボードを備え、携帯電話とほぼ変わらないサイズのノート型パソコンも登場しており、その中には、SIMを搭載して携帯電話網を利用した通信を行うものも含まれている。また、携帯電話の機能も向上し、マルチタスク可能なOSを有し、パソコンと同一のアプリケーションを利用可能である。そのため、携帯電話とノート型パソコンとの相違は、実質的に、携帯通信会社による音声通話回線の利用の可否といった、本件発明とは関係のない機能に限られる。したがって、「携帯端末」と「パソコン」とを画面のサイズ等により峻別する判旨は、本件の証拠関係から認定される被告製品(通常のコンピュータを端末として用いたもの)との関係では意味をなすものの、本件発明の外延を画することはできない。 仮に、携帯電話と変わらない小型のコンピュータ端末を利用した被疑侵害品が存在した場合、本件明細書では携帯端末とパーソナルコンピュータとが書き分けられているものの、出願時には予測できなかった出願後の技術開発により両者がマージしたということであるから、少なくとも均等の第1要件の充足を認める余地があるかもしれない。出願後の技術革新を想定することは難しいが、クレームの重要な用語については、明細書には可能な限り非限定的な記載を残しておくことが望ましい。

(文責)弁護士・弁理士 森下 梓