【令和3年9月3日(東京地裁 令和元年(ワ)11673号)】
【キーワード】
標章,著作物,登録商標,指定商品・役務,美容用品
【事案の概要】
原告は,商業施設,文化施設等の企画・設計等,陳列用器具又は家具の設計・製造・販売などを目的とする株式会社であり,被告は,化粧品,美容用品,美容機器等の企画・製造・販売などを目的とする株式会社である。
原告は,遅くとも平成12年4月頃に,以下の原告標章の使用を始め,令和元年9月13日には,以下の原告標章及び標準文字「アノワ」について,「店舗内装のデザインの考案,店舗什器のデザインの考案,小売店舗のデザインの考案」を指定役務(第42類)として,それぞれ商標登録を受けた。
そして,被告は,平成30年6月14日から商号を「株式会社アノワ」に変更し,令和2年6月頃,被告サイトにおいて,以下の被告標章1が付された被告商品の写真を掲載するほか,被告標章1ないし3を使用するなどして被告商品を宣伝した。
原告は,被告が被告商品などに被告標章1ないし3を付していることが,原告標章に対する原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張し,著作権法112条に基づき妨害排除(使用差し止め)を求めた。
<原告標章(商標登録第6170930号)>
<被告標章1> <被告標章2> <被告標章3>
【争点】
・原告標章の著作物該当性
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1・第2・第3 (省略)
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告標章の著作物性の有無)について
⑴ 著作物性について
著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。そして,商品又は営業を表示するものとして文字から構成される標章は,本来的には商品又は営業の出所を文字情報で表示するなど実用目的で使用されるものであるから,それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り,美術の範囲に属する著作物には該当しないと解するのが相当である。
これを本件についてみると,別紙1及び4の記載によれば,原告標章は,一般的なセリフフォントを使用して,大きな文字で原告の商号をローマ字で表記した「ANOWA」の語を「ANO」及び「WA」の上下2行に分け,「A」の右下と「N」の左下のセリフ部分が接続し「W」の中央部分が交差するよう配置した上,その行間(文字高さの3分の1)には,小さな文字で,英単語「SPACE」(空間),「DESIGN」(デザイン),「PROJECT」(プロジェクト)の3語を1行に配置し,その全体を9対7の横長の範囲に収めたロゴタイプであると認めることができる。
上記認定事実によれば,原告標章は,文字配置の特徴等を十分考慮しても,欧文フォントのデザインとしてそれ自体特徴を有するものとはいえず,原告の商号を表示する文字に業務に関連する単語を添えて,これらを特定の縦横比に配置したものにすぎないことが認められる。そうすると,原告標章は,出所を表示するという実用目的で使用される域を出ないというべきであり,それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情を認めることはできない。
したがって,原告標章は,著作権法2条1項1号にいう美術の範囲に属する著作物に該当するものとは認められない。
⑵ 原告の主張に対する判断
ア 原告は,実用品に使用されるデザインであっても,不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」として保護される場合との均衡を考えた保護を与えるべきであると主張する。しかしながら,不正競争防止法は,事業者間の公正な競争などを確保し,国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするのに対し,著作権法は,文化的所産の公正な利用に留意しつつ,文化の発展に寄与することを目的とするものであって,不正競争防止法と著作権法とは,その趣旨,目的を異にするものである。そうすると,不正競争防止法との均衡を考慮すべき旨の原告の主張は,著作権法の趣旨,目的を正解するものとはいえず,前記判断を左右するに至らない。
イ 原告は,原告標章の「ANOWA」というアルファベット5文字を選定したことに創作性があると主張する。しかしながら,「ANOWA」は,原告の商号のローマ字表記であり,我が国では営業表示をローマ字で記載することは一般的に行われているのであるから,原告の主張は,文字の組合せのアイデアを保護すべきことをいうものに帰し,著作権法で保護されるべき法益をいうものとはいえない。
ウ 原告は,原告標章には,多様に選択し得る文字の配列や文字の比率の中から,安定感がある配置が採用されているなどと主張する。しかしながら,原告標章に採用された単語の配置や文字の比率によって,一定の安定感が生じているとしても,その安定感は,ロゴタイプという実用目的に資するのを超えて,それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
エ 原告は,原告標章の文字の配置や比率によって,「ANOWA」の部分が強調され,原告の事業がアピールされるとともに,均整のある美観を生じさせていると主張する。しかしながら,原告標章から原告の商号や事業がアピールされたとしても,標章としての実用目的に資するにすぎず,文字の配置や比率も,ロゴタイプのデザインとしては,ありふれたものといえるから,それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
オ 原告は,原告標章がV字型(逆三角形)の下方をカットしたような構図を採用することにより,躍動感を感じさせる美観を生じさせているなどと主張する。しかしながら,原告が指摘する構図は,「ANOWA」の文字を2行に分け,中央寄せした配置とする場合に自然に生じるものにすぎず,それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
カ そのほかに,原告提出に係る準備書面を改めて検討しても,原告の主張は,上記にいう美的創作性の該当性につき独自の見解に立って主張するものにすぎず,いずれも採用することができない。
そうすると,その余の点(争点2及び3)について判断するまでもなく,原告の請求のうち,著作権侵害及び著作者人格権侵害に係る部分は,いずれも理由がない。
(・・以下,省略・・)
【検討】
1 著作物
著作権法において保護される著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である。すなわち,対象物が著作物として保護されるためには,当該対象物に,①思想又は感情、②創作性、③表現、④文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものである,という4つの要件が備わっている必要がある。
④の要件である「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」に,応用美術(実用に供され,あるいは産業上利用される美的創作物)が該当するかという点は従来から議論されている。裁判例においては,応用美術といえども著作物に該当しうるものであり,純粋美術と同視しうる場合は,「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であり,著作物に該当するという基準で判断されているようである。
2 本件の検討
本件では,裁判所は,企業の使用する標章について,「商品又は営業を表示するものとして文字から構成される標章は,本来的には商品又は営業の出所を文字情報で表示するなど実用目的で使用されるもの」であり,「それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り,美術の範囲に属する著作物には該当しない」と判断規範を示している。これは,標章は「応用美術」に該当すると判示したものと考える。
そのうえで,本件における原告標章について,「文字配置の特徴等」があるとしても,「欧文フォントのデザインとしてそれ自体特徴を有するものとはいえず,原告の商号を表示する文字に業務に関連する単語を添えて,これらを特定の縦横比に配置したもの」であり,「原告標章は,出所を表示するという実用目的で使用される域を出ない」として,「著作権法2条1項1号にいう美術の範囲に属する著作物に該当するものとは認められない」と判示した。
なお,原告標章の「文字配置の特徴等」としては,以下が認定されている。
①一般的なセリフフォントを使用して,大きな文字で原告の商号をローマ字で表記した「ANOWA」の語を「ANO」及び「WA」の上下2行に分け
②「A」の右下と「N」の左下のセリフ部分が接続し「W」の中央部分が交差するよう配置した
③行間(文字高さの3分の1)には,小さな文字で,英単語「SPACE」(空間),「DESIGN」(デザイン),「PROJECT」(プロジェクト)の3語を1行に配置し,その全体を9対7の横長の範囲に収めた
上記①~③を考慮すると,「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当するように思えるが,標章が応用美術に該当する点を加味して,著作物性を否定したものと考える。
3 標章保護の限界
企業の使用する標章は,商標登録が行わるのが一般的である。しかし,商標権侵害に該当するためには,「指定商品・役務と同一又は類似する商品・役務」に「登録商標と同一又は類似する標章」が「使用」されている必要がある(商標法第37条1号)。
原告標章は,登録商標であるところ,指定役務が第42類(「店舗内装のデザインの考案,店舗什器のデザインの考案,小売店舗のデザインの考案」)であった。そのため,登録商標と同一又は類似する標章が使用されたとしても,「店舗内装のデザインの考案,店舗什器のデザインの考案,小売店舗のデザインの考案」とは全く異なる「美容用品の販売」という役務での使用である場合は,商標権侵害を主張することができない。
もし原告が「美容用品の販売」という役務を指定役務として商標登録を行っていた場合,原告標章と外観・称呼・観念が類似している被告標章1は,商標権侵害に該当する可能性があったと考える。
商標登録を行う際に,指定商品・役務を包括的に記載することは現実的ではない(コスト観点からも困難であるし,実際に展開していないビジネスについて商標登録を行った場合,不使用取消しとなる可能性もある)。
すると,自己が指定商品・役務として登録していない商品・役務に,自社の登録商標と同一又は類似する標章が使用されていても,本件のように著作権侵害等を主張するしかなくなってしまう。しかし,上記のとおり,標章について「応用美術」と同様の基準で著作物性が判断されることとなると,少なくとも著作権侵害の主張が認められる可能性は高いとは言い難いと考える。
以上
弁護士 市橋景子