【令和3年5月19日判決(知財高裁 令和2年(ネ)第10062号)】

【キーワード】並行輸入、商標権侵害
【概要】
 本件は、並行輸入を適法として認めた一例である。
 カナダ法人であるハリスウイリアムズデザイン(控訴人ハリス)は、代表取締役を同じくするランピョンエンタープライゼスリミテッド(ランピョン社)を通じて、シンガポールの販売代理店であるMST GOLF PTE(Mゴルフ社)に男性用下着(2UNDR商品)を販売した。
 Mゴルフ社は、その後ランピョン社から代理店契約を解除され、同解除後に株式会社ブライト(被控訴人ブライト)がMゴルフ社から2UNDR商品を購入し、日本で販売した。
 控訴人ハリスが本件訴訟を提起したところ、被控訴人ブライトは真正輸入の抗弁を主張し、裁判所はこれを認めた。
 原審も同様の結論であるが、本件控訴審では、フレッドペリー事件の3要件に関しより詳細に検討し、その適用範囲について判示を行っていることから、並行輸入の適否について検討する上で参考となる(原審については「フレッドペリー事件の3要件を検討して並行輸入を適法とした一例」参照)。

第1 判旨抜粋

 最高裁平成15年判決について・・・この判決は、商標権者から商標の使用許諾を受けた上で、当該商標を付した商品を製造販売した者から、当該事件の被告が商品を輸入したという事案に関するものであった。これに対し、本件の事案は、商標権者が自ら商品を製造してこれを販売代理店に売却し、その販売代理店から被控訴人ブライトが商品を輸入したという事案であり、製品が商標権者自らの手によって製造されていたかどうかという点において、重大な違いがある。このため、後述のとおり、上記の3要件を事案の違いに応じて変容させる必要がないのかという点が問題になり得るものの、基本的には、上記の3要件をベースとして被控訴人ブライトによる輸入行為が実質的に違法性を欠くものであるかどうかを判断すべきであると解されるので、以下、各要件について判断する。

 第1要件について
 上記のとおり、第1要件は、当該商標が当該商標権者等によって適法に付されたものであるかどうかを問題とするのに止まるから、この要件をそのまま適用する限り、商標権者が製造した本件商品の輸入が問題になっている本件においては・・・第1要件が満たされることは明らかであるし、本件代理店契約の解除や、地域制限条項の存在などといった控訴人ら主張の事情は、この判断に何ら影響を及ぼすものではないということになる。そして、これが被控訴人らの主張するところでもある。

 これに対し、控訴人らは、本件事案においては、第1要件は、単に適法に商標が付されたことだけではなく、適法に商標が付された商品が、商標権者の意思に基づいて流通に置かれたことまで要求するものとして理解すべきであると主張する。
・・・しかし、仮にそのように考えるとしても、本件において、Mゴルフ社は、ランピョン社から正規に本件商品を購入したのであるから、この時点において、本件商品が「適法に流通に置かれた」ことは明らかである。そして、本件代理店契約の解除や地域制限条項の存在といった控訴人ら主張の事情は、上記の判断を左右するに足りるものではないと考えられる。その理由は、次のとおりである。

 すなわち、まず、本件代理店契約解除との関係について検討すると、前認定のとおり、Mゴルフ社は、上記解除によって本件商品を販売してはならない義務を負うと解する余地はある。しかし、このような条項があるからといって、Mゴルフ社が本件商品の処分権限を失うわけではない(本件代理店契約解除によって、直ちにMゴルフ社の本件商品に対する所有権が失われるものではないことは控訴人ら自身が自認しているところであるし、ランピョン社が買戻権を行使した事実が存在しないことも既に指摘したとおりである。)。そうであるとすると、Mゴルフ社が、本件代理店契約解除後に本件商品を売却したとしても、それは、ランピョン社との間で債務不履行という問題を生じさせるだけで、本件商品が「適法に流通に置かれた」という評価を覆すまでのものではないというべきである。実質的に見ても、Mゴルフ社が正規に購入した商品を、本件代理店契約解除後に他に売却したからといって、直ちに商標の出所表示機能が害されるとはいえないのであって、この点からしても、第1要件該当性を否定する理由はない。
 この点は、地域制限条項との関係についても同様であり、地域制限条項は、あくまでも債権的な効力を有するにすぎず、Mゴルフ社による本件商品の処分権限を奪うものではないのであるから、これに違反した処分がされたからといって直ちに、本件商品が「適法に流通に置かれた」という評価が覆るものではないというべきである。実質的にみても、Mゴルフ社が正規に購入した商品を制限地域外で販売したからといって直ちに商標の出所表示機能が害されるとはいえないのであって、この点からしても、第1要件該当性を否定する理由はない(なお、最高裁平成15年判決は、地域制限条項違反を理由の一つとして第1要件該当性を否定しているので、この判断との関係についても念のため触れておく。同判決の事案は、商標の使用許諾契約において地域制限がされていたという事案であったため、使用権者は、そもそも、制限地域外において商品に商標を付す権限を有していなかった。このため、制限地域外で商標を付したとしても、それは「適法に」商標を付したことにならないとの評価を免れなかった。これに対し、本件事案において、Mゴルフ社の商品処分権限は何ら制約されていないことは既に説示したとおりであり、この点において、本件と最高裁平成15年判決の事案とは事案を異にするというべきである。)。

 第2要件について
 本件においては、控訴人ハリスが我が国における商標権者であると同時に外国における商標権者でもあるから、本件商品に付された商標と我が国の登録商標(原告商標)とが同一の出所を表示するものであることは明らかである。

 第3要件について
 最高裁平成15年判決における第3要件は、「我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合」であることというものである。
ところで、最高裁平成15年判決の事案は、商標権者自身ではなく、商標の使用許諾権者が商品を製造したという事案であった。そこで、商標に係る商品の品質保証のため、商標権者が、商標使用許諾権者(あるいは、その下請等の立場にあった者)の行為に対して、直接的に又は間接的に品質管理を行い得る立場にあったかどうかが重要な問題になり得たものである。これに対し、本件のように、商標権者自身が商品を製造している場合には、商品の品質は、商標権者自身が商品を製造したという事実によって保証されており、後は、その品質が維持されていれば品質保持機能に欠けるところはないといえる。そして、本件商品は男性用下着であって、常識的な期間内で流通している限り、その過程で経年劣化等をきたす恐れはないし、商標権者自身が品質管理のために施した工夫(商品のパッケージ等)がそのまま維持されていれば、商品そのものに対する汚損等が生じるおそれもないといえる。
そうであるとすると、少なくとも、本件のように商標権者自身が商品を製造している事案であって、その商品自体の性質からして、経年劣化のおそれ等、品質管理に特段の配慮をしなければ商標の品質保証機能に疑念が生じるおそれもないような場合には、商標権者自身が品質管理のために施した工夫(商品のパッケージ等)がそのまま維持されていれば、商標権者による直接的又は間接的な品質管理が及んでいると解するのが相当である。

 そこで、以上の観点から、第3要件が満たされているかどうかを検討するに、本件商品と2UNDR商品の日本における販売代理店が販売する商品とが、登録商標の保証する品質において実質的に差異がないといえることは、原判決・・・に記載のとおりである。そして、商品のパッケージ等はそのまま維持されていたものと推認できるから、「我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあること」との要件も、満たされているものといってよい。

 控訴人らは、地域制限条項は、商品が最終消費者に販売されるまでの間の品質を商標権者がコントロールするために重要な条項であるから、同条項の違反は商標の品質保証機能を害する旨主張するが、販売地域の制限に係る取決めは、通常、商標権者の販売政策上の理由でされるにすぎず、商品に対する品質を管理して品質を保持する目的と何らかの関係があるとは解されないから、上記主張は失当である(なお、最高裁平成15年判決の事案における地域制限条項は、商品を製造する地域を制限する条項という意味も持っていたため、どこで商品を製造するかは品質の保持に影響すると解する余地があった。これに対し、本件事案においては、商品自体は商標権者によって製造済みであり、それをどの地域で販売するかが問題になるのにすぎないのであるから、両者が全く事情を異にすることは明らかである。)。また、本件代理店契約が解除されたという事実も、第3要件の充足性に影響を及ぼす事情とはいい難い。

 控訴人らは、本件商品の包装箱にシールを剥がした跡があることや、広告に「訳あり/パッケージ汚れ」との記載があることは、商標の品質保証機能を害する旨主張する。しかし、包装箱(パッケージ)の汚れ等の不具合は、商品(男性用下着)自体の品質とは直接の関係がなく(パッケージの汚れが、単に表面にとどまらず、内部にまで影響を及ぼしていたことを認めるに足りる証拠はない。)、本件商品の品質が控訴人らの扱う2UNDR商品の品質よりも実際に劣っていたことをうかがわせる証拠もない。また、「訳あり/パッケージ汚れ」との記載は、商品そのものではなく、そのパッケージに汚れがあることを「訳あり」と称しているのにすぎないものと理解できるから、これによって、2UNDR商品そのものの品質に疑念が生じるおそれはないものといえる。

 ・・・控訴人らは、控訴人ハリスは、正規代理店を経由して日本に輸入された商品については交換に応じる等の保証をしており、品質について独自の信用を構築しているところ、本件商品は保証の対象外であり、本件商品の購入者は、商品に欠陥があった場合も交換等を受けられないのであるから、控訴人ハリスの保証を受けられないことは、品質保証機能を害するとも主張する。しかし、控訴人ハリスが、顧客からの要請に基づいて、商品の交換に応じることがあるというだけで、独自の品質管理体制が構築されていたとまでいうことはできないし、そのほかに、控訴人らが、商品の品質について、並行輸入を排除するのに足りるような独自の信用を構築していることを認めるに足りる証拠はない

第2 考察

 本判決は、フレッドペリー事件の第一要件(商標が商標権者等によって適法に付されたか否か)に関し、ランピョン社とMゴルフ社との間の代理店契約が解除されたという事情、更に代理店契約に地域制限条項が存在したという事情は、いずれも①債務不履行という債権的効力が生ずるだけであり、Mゴルフ社の商品処分権限を奪うものではないとして、第一要件を満たすと判断した。更に本判決は、②フレッドペリー事件では商標使用許諾契約において地域制限がなされていたのに対し、本件では代理店契約に地域制限がなされている点で事案を異にすると判示している。
 上記①によれば、販売地域制限違反により発動する買戻し特約を代理店契約に盛り込むことで、フレッドペリー事件の第一要件を否定することができる可能性がある(ただし、本判決は、上記①に加えて、契約解除や販売地域制限違反により商標の出所表示機能が実質的に害されないことも根拠としているから、買戻し特約のみで第一要件を否定することができるかは定かでない。)。
 一方、上記②によれば、代理店契約ではなく、商標使用許諾契約中で、商標の使用許諾の範囲(商標法30条2項、31条2項を参照)として地域制限を明示的に定めることにより、ライセンシーによる許諾地域外での製造販売について、第一要件を否定することができるかもしれない。もっとも本判決は、フレッドペリー事件と本件との異同について触れているのみであるので、フレッドペリー事件のように、許諾地域外で製造され、商標が付された商品についてのみ第一要件が否定されることとなるのか、それとも、許諾地域内で製造され、商標が付された(又は商標権者により製造され、商標が付された後にライセンシーに譲渡された)場合にも、その後ライセンシーが商標使用許諾契約で定めた地域外で販売を行ったことのみで第一要件が否定されることとなるのかは明らかでない。仮に後者であれば、商標権の使用許諾に与えた制限を法律上の制限と捉え、債務不履行とは区別するところにその根拠を求めることになるのであるが、商標の使用許諾と商品の販売代理権付与とは同一契約中でなされる場合も多く、契約中でどのような趣旨で地域制限を定めたものであるか判然としない場合もある。したがって、後者の場合には、実務上は上記②による区別は明確に機能しないのではないかと思われる。
 次に本判決は、フレッドペリー事件の第三要件(品質管理要件)に関し、

「商標権者自身が商品を製造した場合には、商品の品質は、商標権者自身が商品を製造したという事実によって保証されており、後は、その品質が維持されていれば品質保持機能に欠けるところはない。」

「包装箱(パッケージ)の汚れ等の不具合は、商品(男性用下着)自体の品質とは直接の関係がなく・・・本件商品の品質が控訴人らの扱う2UNDR商品の品質よりも実際に劣っていたことをうかがわせる証拠もない。」

と述べる。しかし、第三要件の具備の有無を、商品の客観的な品質の劣化の有無によって判断することは妥当であるとは思われない。商標に化体したブランド価値を保護するためには、並行輸入品が、商標権者が流通を許容した品質基準をクリアしている必要があり、そのためには、契約の内容その他の事情から見て、商標権者がどのような品質基準を設け、管理していたものであるのかを認定し、当該基準を外れているか否かによって判断すべきである。仮に本件において、控訴人ハリスが商品パッケージを重視し、その汚損を防止すべく、代理店契約中に商品輸送時の取り扱いについて厳格な定めを置いていたとすれば、パッケージの汚れた並行輸入品は品質保持機能を害すると評価することもできる。
 本件において第三要件を否定する根拠は、専ら販売地域制限が販売政策上設けられたに過ぎず、それ以外の品質管理が実施されていなかったことに求められるべきであった。

弁護士・弁理士 森下 梓