【令和3年4月15日判決(知的財産高等裁判所 令和2年(ネ)第10049号)】

【事案の概要】
 本件は,名称を「立坑構築機」とする発明についての特許(特許第3694724号)に係る特許権を有する控訴人が,被控訴人らに対し,立坑構築機(被告製品)が上記特許のうち請求項1に係る特許発明(本件発明)の技術的範囲に属すると主張して,被告製品の譲渡,貸渡し等の差止請求等を求めた事案である。

【キーワード】
 特許法第70条,「接続」,特許請求の範囲の記載,明細書,発明の課題

【本件発明】
A ベースフレームに昇降且つ回動可能に支持され,
B 円筒状部材の外周部に着脱される把持機構と,
C この把持機構を駆動する回転駆動装置とを備えた立坑構築機において,
D 前記ベースフレームは組立可能に複数に分割された分割フレームを備え,
E 前記把持機構は,それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する複数に分割された円弧状ベアリング 片を備えている
F ことを特徴とする立坑構築機。

【争点】
 争点は,構成要件充足性,均等侵害の成否,間接侵害の成否などがあるが,本稿においては,構成要件Eの「両端部を各々接続して」との文言の充足性についてのみ紹介する。

1.裁判所の判断(以下,下線部等の強調は筆者による。)

 イ 争点1-2(構成要件Eの「両端部を各々接続して」との文言の充足性(被告製品は,そもそも円弧状ベアリング片間に隙間(クリアランス)が設けられている構成ではなく,仮にそうでないとしても,構成要件Eの「把持機構は,それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する」とは,被告製品のような,円弧状ベアリング片間に隙間(クリアランス)が設けられている構成を排斥しておらず,被告製品は上記文言を充足するといえるか否か))について
(ア) 被告製品の構成について
 被告製品の構成については,原判決の第3の1⑵アに記載のとおりであるから,これを引用する。
 上記構成によれば,環状の歯車付ベアリングを構成したときに,2つある分割内輪部23の間に,被告製品LMV-4000DZRではフロント側で0.8mm以上,バック側で0.4mm以上の隙間が,被告製品LMV-5000DZRではフロント側で0.2mm以上,バック側10 で0.1mm以上の隙間がそれぞれ生じ,また,2つある分割外輪部24の間に,被告製品LMV-4000DZRではフロント側で2.1mm以上,バック側で0.8mm以上の隙間が,被告製品LMV-5000DZRではフロント側で1.1mm,バック側で1.3mm以上の隙間がそれぞれ生じる。
 したがって,被告製品は,円弧状ベアリング片間に隙間(クリアランス)が客観的に存在する構成であるということができる。
(イ) 構成要件Eへの被告製品の充足性について
 従前技術においては,ベアリングを部分的に切断し,端部を当接させない状態で回転させると,内部の転動体が端部からこぼれ落ちてしまうので,使用することができなかったという問題があったところ,本件発明は,この課題を解決するため,構成要件Eの「把持機構は,それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する」との構成を採用したものと解される(前記⑵)。
 「接続」とは「つなぐこと。つながること。続けること。続くこと。」を意味するものである(広辞苑第7版)が,接続部に一切の隙間が存在しないことを一義的に意味するものではないと解されるし,本件発明の課題に照らせば,環状の歯車付ベアリングを構成する際,内部の転動体が端部がこぼれ落ちるほどの隙間がなく,環状の歯車付ベアリングとしての機能を果たすのに支障がないものであれば,課題を解決することができるのであるから,構成要件Eの「把持機構は,それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する」との構成を充足すると認めるに妨げないというべきである。
 証拠(乙11ないし14)によれば,被告製品においては,転動体(ボール)は,円弧状ベアリング片間の隙間(クリアランス)より十分大きく,円弧状ベアリングは,転動体が脱落することなく,本来の機能を果しているといえる。そうすると,被告製品における前記(ア)認定の隙間は,その存在により転動体の脱落を招いていた従来技術における「隙間」(【0006】,【0007】)には当たらず,被告製品の円弧状ベアリング片は,それぞれの両端面を「接続する」ものであると認められるから,被告製品は,構成要件Eを充足する。
 したがって,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属することになる。

2.検討

 本判決は,構成要件Eの「両端部を各々接続して」について直接解釈を示すのではなく,構成要件Eの「把持機構は,それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する」とは,被告製品のような,円弧状ベアリング片間に隙間(クリアランス)が設けられている構成を排斥しているかどうかを判断した。
 具体的には,本判決は,①国語辞典における「接続」の意味,②本件発明の課題から,環状の歯車付ベアリングを構成する際,内部の転動体が端部がこぼれ落ちるほどの隙間がなく,環状の歯車付ベアリングとしての機能を果たすのに支障がないものであれば,構成要件Eの「把持機構は,それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する」との構成を充足すると認めるに妨げないと判断した。
 しかし,本判決の当該判断にはやや疑問を感じる。
 本判決は,「接続」とは「つなぐこと。つながること。続けること。続くこと。」を意味するものである(広辞苑第7版)が,接続部に一切の隙間が存在しないことを一義的に意味するものではないと解されると判示する。しかし,「つなぐ」とは,「切れたり離れたりしているものを続け合わせる。」を意味するものであり,「続く」とは,「切れずにつながる。」を意味する(広辞苑第7版)。このような意味からすれば,接続部には一切の隙間が存在しないと解するのが自然であるように思われる。
 また,本判決も認定するように,従前技術においては,ベアリングを部分的に切断し,端部を当接させない状態で回転させると,内部の転動体が端部からこぼれ落ちてしまうので,使用することができなかったという問題があった。つまり,従来技術では,端部を当接させない状態を問題にしているといえる。ここで,「当接」との用語は,主に機械分野の特許において用いられる用語で,国語辞典(広辞苑第7版)には掲載されていないが,特許技術用語集第2版によれば,「当接」とは,「突き当てた状態に接すること。」を意味する。そうすると,従来技術では,端部を当接させない状態,つまり,端部を突き当てた状態に接しない状態を問題としていることになる。
 従来技術の問題に対して,本件特許の明細書の課題を解決するための手段における記載(段落【0011】)では,「円筒状部材には,例えば,鋼管や鉄筋コンクリートを用いた管材を用いることができる。円弧状ベアリングは隙間なく接続して環状の歯車付ベアリングを構成し,内輪及び外輪の間に配置された球やころ等の転動体がこぼれ落ちない構造になっている。」と記載されており,円弧状ベアリングが隙間なく接続していることによって,課題を解決していることが示されている。
 以上のとおり,「接続」の国語辞典における意味,明細書における従来技術の課題及び課題の解決手段に関する記載からすれば,構成要件Eの「両端部を各々接続して」とは,両端部を各々隙間なく接続して,との意味に解するのが相当だと考える。

 この点について,原審(東京地判令和2年7月9日・平成30年(ワ)第21448号)は,「本件発明は,鋼管等を回転して圧入する立坑構築機に関し,輸送する際に幅を狭くする必要があったところ,従来技術においては,円弧状歯車片同士の端部が当接されず,その隙間から内部の転動体がこぼれ落ちてしまうため,標準的なベアリングを使用することができないという課題が生じていたので,これを解決するため,構成要件Eに係る構成を採用し,円弧状ベアリング片が隙間なく接続して環状の歯車付ベアリングを構成し,もって,分割して幅方向の寸法を狭くすることができると共に,転動体がこぼれ落ちなくなり回転を安定させることができ,標準的なベアリングを使用して装置を安価に構成することができるようにしたという技術的思想であるものと認められる。すなわち,本件発明において,円弧状ベアリング片は,それぞれ両端部を隙間なく接続して環状の歯車付ベアリングを構成するという技術的意義を有しているものというべきであり,このことは,前記のとおり,課題解決手段の欄(段落【0011】)において,「円弧状ベアリングは隙間なく接続して環状の歯車付ベアリングを構成し,内輪及び外輪の間に配置された球やころ等の転動体がこぼれ落ちない構造になっている。かかる構成によって,分割して幅方向の寸法を狭くすることができると共に,標準的なベアリングを使用して回転を安定させることができる。」と記載されていることからも根拠付けられるものである。」と判示するが,前述の理由により,当該判示内容の方が,本判決の判示内容より妥当だと考える。

 以上のとおり,本判決では,構成要件Eの「両端部を各々接続して」について,両端部の間に隙間がある場合であっても,「両端部を各々接続して」を充足する場合があることを判示したが,原審では,これとは逆の判断が示されている。
 このように裁判所においても判断が分かれる可能性があることから,特許請求の範囲の記載に「接続して」との文言を用いるかどうかは慎重に検討すべきであり,「接続して」との文言を用いる場合で,かつ,特許請求の範囲として両端部間に隙間がある構成を排除する趣旨でないのであれば,明細書中にその旨明記することが必要だと考える。
 本判決は,特許請求の範囲の記載,明細書を作成するにあたって,参考になる事例であるため,紹介した。

以上

(筆者)弁護士・弁理士 梶井 啓順