【令和3年8月31日(知財高裁 令和2年(ネ)第10132号)】

キーワード:進捗性

1 事案の概要

 本件は、特許無効審判の請求不成立審決の取消訴訟である。結論として本件発明の進歩性は否定され、審決は取り消された。

2 本件特許の請求項1

【請求項1】

【請求項1】

1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする,骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;

(1)年齢が65歳以上である

(2)既存の骨折がある

(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である

(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する。

3 引用発明との一致点、相違点

(1)引用発明

 ヒトPTH(1-34)酢酸塩の200単位を毎週皮下注射する,ヒトPTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する骨粗鬆症治療剤であって,厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された,年齢範囲が45歳から95歳5 の被験者のうち,複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し,スコアの合計が4以上の場合の患者であって,2mg/dlより高い血清クレアチニン又は30mg/dlより高いBUNによって示される腎機能が低下している患者は除外された患者に投与される,骨粗鬆症治療剤。

(2)一致点

 1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療ないし予防剤であって,特定の骨粗鬆症患者に投与されることを特徴とする,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤。

(3)相違点

 (ア) 相違点1

特定の骨粗鬆症患者が,

本件発明では

「下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者

(1)年齢が65歳以上である

(2)既存の骨折がある

(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,

骨萎縮度が萎縮度I度以上である

(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する」であるのに対し,

甲7発明では,

「厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された,年齢範囲が45歳から95歳の被験者のうち,複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し,スコアの合計が4以上の場合の患者であって,2mg/dlより高い血清クレアチニン又は30mg/dlより高いBUNによ5 って示される腎機能が低下している患者は除

外された患者」である点

(イ) 相違点2

 骨粗鬆症治療剤ないし予防剤が,本件発明では,「骨折抑制のための」ものであることが特定されているのに対し,甲7発明では,そのような特定がない点

4 争点

進歩性

5 裁判所の判断

「⑵ 相違点1の容易想到性について

ア 本件4条件の技術的意義

(ア) 前記1のとおり,本件明細書には,・・・

(イ) 前記(ア)によれば,本件3条件は,骨折の危険性の高まった骨粗鬆症において,骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に対して治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいとの認識の下,当該危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者を特定する条件として設定されたものというべきであるが,本件条件(4)は,腎障害を有する骨粗鬆症患者に対しても有効かつ安全な薬剤を提供することは重要であるとの認識の下,腎機能障

害が軽度又は中等度であっても腎機能正常者と安全性が同等であるとの知見を踏まえ,軽度又は中等度の腎機能障害を持つ患者の中から中等度腎機能障害を有する患者を取り出し,当該患者を投与対象とできることとして設定されたものであると認められる。他方で,実施例2においても,本件3条件の全てを満たし,軽度及び中等度の腎機能障害者を有る患者に対して,新規椎体骨折抑制効果及び骨密度増加効果が奏されるとの記載はあるが(本件明細書【0126】,【表25】,【0127】,【表26】),本件条件(4)を加えたことによって骨折抑制効果が奏されるとの記載はなく,また,本件4条件の全てを満たす者と本件3条件の全部又は一部を満たさないが本件条件(4)を満たす者との間での安全性の対比はしておらず,本件3条件の全てを満たすことによって腎機能正常者と同等の安全性がもたらされるとの効果を奏するとの記載もなく,被告も,本件発明がこれらの効果を奏するとまで主張するものではないと認められる。したがって,本件3条件と本件条件(4)とはその目的を異にする独立の条件であると理解できる。

 エ 本件4条件について

(ア) 本件3条件について

a 甲7発明と本件発明とは,「1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする」との用量の点において一致するが,その投与の対象となる骨粗鬆症患者の範囲を一応異にする。

b 甲7発明で投与対象とされた患者は,前記⑴のとおり,1989年診断基準で骨粗鬆症と診断された患者であるところ,甲7発明に接した当業者が,甲7発明のPTH200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する対象患者を選択するのであれば,より新しい基準を参酌 しながらその患者を選別することは,当業者がごく普通に行うことで

あるから,1989年診断基準とともに,より新しい,1996年診断基準又は2000年診断基準を参酌するといえる。

・・・

 したがって,これらを参酌し,骨粗鬆症による骨折の複数の危険因子として,低骨密度及び既存骨折に並んで年齢が掲げられていることに着目して投与する骨粗鬆症患者を65歳以上として,本件条件(2)及び本件条件(3)に加えて本件条件(1)のように設定することはごく自然な選択であって,何ら困難を要しない。

そうすると,甲7発明に接した当業者が,投与対象患者を本件3条件を全て満たす患者と特定することは,当業者に格別の困難を要することではない。

・・・(中略)・・・

オ 効果について

 発明の効果が予測できない顕著なものであるかについては,当該発明の特許要件判断の基準日当時,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することのできなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討する必要がある(最高裁判所平成30年(行ヒ)第69号令和元年 8月27日第三小法廷判決・集民262号51頁参照)。もっとも,当該発明の構成のみから予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから,当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される

 前示のとおり,本件発明の構成は容易想到であるが,これに対し,被告は,前記第3の3⑵イのとおり,本件発明は,本件3条件を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果(以下「効果①」という。),②本件条件(4)を満たす患者に対する副作用発現率と血清カルシウムに関する安全性が腎機能が正常である患者に対する安全性と同等であるという効果(以下 「効果②」という。)及び③BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果(以下「効果③」という。)を奏し,これらの効果は,当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものである旨主張する。

以下,これらの効果について検討する。

以上によれば,効果①は,本件明細書の記載に基づかないものというべきである。

c 被告は,効果①を明らかにするものとして,乙25証明書及び甲111証明書を提出する。

 しかしながら,本件明細書の記載から,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することができず,また,これを推認することもできない以上,効果①は対外的に開示されていないものであるから,上記各実験成績証明書を採用して,効果①を認めることは相当でない。

 ・・・

d 以上によれば,いずれにしても効果①を認めることはできないから,その他の点について判断するまでもなく,効果①を予測することのできない顕著な効果という余地はない。

(イ) 効果②について

・・・

 そうすると,効果②は,甲7発明と用量・用法・有効成分等が同じである本件発明の構成から当業者が予測し得る範囲内のものというべきである。

・・・

(ウ) 効果③について

・・・上記主張は,明細書に記載されていない効果を主張するものであって失当というほかない。」

6 コメント

 最判令和元年8月27日・平成30年(行ヒ)第69号は、進歩性を裏付ける効果について、「そうすると,原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを 容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する 本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を 誤った違法があるといわざるを得ない。」と判示し、進歩性を裏付ける効果の有無を検討するにあたっては、本件発明の構成が奏するものとして予測できない効果であるか、予測を超える顕著な効果であるかを検討すべきとした。ところが、最高裁判決では、本件発明の構成が奏するものとして予測できない効果であるか、予測を超える顕著な効果であるかを検討するにあたって、どのような発明の構成をもとにして効果を検討すればよいのか分かりづらい点があった。

 本件判決は、この点に関して、「当該発明の構成のみから予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから,当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される。」と判示し、本件発明の構成に近い構成である引用発明の効果や技術水準において達成されていた効果を参酌することは許されることを明らかにした。

以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎