【令和3年4月13日(知財高裁 令和2年(ネ)100041号)】(原審・東京地方裁判所令和2年6月30日(平成30年(ワ)第31428号)

【キーワード】

特許権、特許発明の技術的範囲、文言侵害、均等侵害、均等論、システム

【事案の概要】

 原告は、発明の名称を「座席管理システム」(以下「本件システム」という)とする特許権(特許第3995133号)を保有していたが、被告(鉄道会社)に対し、被告が管理・使用する車内改札システムが本件システムの特許権を侵害するとして損害賠償を求めた事案である。

 本件システムの特許権は、請求項1及び請求項2から構成されるが、本稿では請求項1のみ取り上げる。当該クレームの分説は以下のとおりである(下線部は筆者)。

 内容
1A1カードリーダで読取られた座席指定券の券情報或いは券売機等で発券された座席指定券の発券情報等を管理する管理センターに備えられるホストコンピュータと,
1A2該ホストコンピュータと通信回線で結ばれて,指定座席を設置管理する座席管理地に備えられる端末機と
1A3から成る,指定座席を管理する座席管理システムであって,
1B前記ホストコンピュータが,前記券情報と前記発券情報とを入力する入力手段と,
1C該入力手段によって入力された前記券情報と前記発券情報とに基づき,かつ,前記座席管理地に設置される指定座席のレイアウトに基づいて表示する座席表示情報を作成する作成手段と,
1D該作成手段によって作成された前記座席表示情報を記憶する記憶手段と,
1E該記憶手段によって記憶された前記座席表示情報を伝送する伝送手段と,
1F前記端末機が,前記伝送手段によって伝送された前記座席表示情報を入力する入力手段と,
1G該入力手段によって入力された前記座席表示情報を記憶する記憶手段と,
1H該記憶手段によって記憶された前記座席表示情報を表示する表示手段と,
1Iを備えて成ることを特徴とする座席管理システム。

 本件システムは、自動改札機のカードリーダで読取られた座席指定席の券情報(①)と発券機で発券された座席指定席の発券情報等(②)とをサーバ(ホストコンピュータ)に配信するが、当該サーバでこれらの情報に基づく座席表示情報(各指定座席の利用状況を表示)が作成され、列車車内で車掌が使用する端末機上で当該情報が表示されるという構成である。

 従来、前記券情報と前記発券情報の双方を地上の管理センターから受ける場合、伝送される情報量が2倍(2種)になるために、通信回線の負担を2倍(2種)にするとともに端末機の記憶容量と処理速度をともに倍にする等の課題があった。

 本件システムは、両情報に基づいて表示する「座席表示情報」を、ホストコンピュータで作成し、端末機に伝送され、当該端末機が当該座席表示情報を入力して表示するようにした。これにより、本件システムは、ホストコンピュータから当該端末機へ伝送する情報量が半減され、通信回線の負担と端末機の記憶容量と処理速度等を半減するという作用効果を有する。

 一方、被告システムでは、前記①に相当する駅改札通過情報に基づく情報が「改札情報サーバー」に入力・記憶され、前記②)に相当する予約情報に基づく情報が「マルスサーバー」で入力・記憶され、それぞれ必要な情報を抽出した上、その抽出された情報を車掌端末に伝送するという構成であった。この点、①と②の双方が「ホストコンピュータ」で統合処理される本件システムと異なる。

 また、本件システムの特許権の前記構成要件1B及び同1Cそれぞれの文言からも、「前記ホストコンピュータが・・・」「前記券情報と前記発券情報とに基づき,かつ,前記座席管理地に設置される指定座席のレイアウトに基づいて表示する座席表示情報を作成する」ことが読み取れる。

 原審は、被告システムは本件システムの技術的範囲に属しないとして、原告の請求を棄却した。

【争点】

 本裁判例では、原審と同じく、被告システムが本件システムの特許発明の技術的範囲に属するかが争われた。本稿では以下の争点に対する判断を紹介する。

(1) 本件システムの構成要件1C等の充足性

(2) 本件システムの特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属するか(予備的主張)

【判決(概要)】

 本判決は、原審の判決文を引用しつつ、同裁判例と同じく、以下のとおり被告システムは本件システムの特許発明の技術的範囲に属しないとして、控訴を棄却した(下線部は筆者)。

1 争点(1)について

 「【中略】発明特定事項からすると,本件システム1の「該ホストコンピュータと通信回線で結ばれて,指定座席を設置管理する座席管理地に備えられる端末機」(構成要件1A2)に伝送される「座席表示情報」(1C,1F)は,管理センターに備えられるホストコンピュータが,①入力手段によって入力された,カードリーダで読み取られた座席指定券情報の券情報と券売機等で発売された座席管理指定券の発券情報と,②指定座席を設置管理する座席管理地に設置される指定座席のレイアウトとに基づいて作成し,記憶する手段によって作成し,記憶したものであるということができる。」

 「このような認定は,前記のとおり,請求項の記載自体から文理上明らかである上,【中略】本件明細書の記載(【中略】)とも整合するものである。」

 「本件システムにおける「ホストコンピュータ」は,前記のとおり,少なくとも券情報と発券情報とに基づき座席表示情報を作成する作成手段やその座席表示情報を記憶する記憶手段,伝送する伝送手段を備えるものである。これに対し,被告システムの改札情報サーバーとマルスサーバーは,券情報に基づく情報又は発券情報に基づく情報を作成する作成手段を備えるとしても,いずれも,券情報と発券情報という2つの情報に基づく「座席表示情報」を作成する作成手段を備えるものではなく,また,そのような2つの情報に基づく「座席表示情報」を記憶する記憶手段や伝送する伝送手段を備えるものではないから,少なくとも構成要件1Cないし1E,【中略】を充足するものではない。」

2 争点(2)について

「本件システムの特許請求の範囲(請求項1,請求項2)の記載及び【中略】を総合すれば,従来,指定座席を管理する座席管理システムとしては,カードリーダで読み取られた座席指定券の券情報及び券売機等で発券された座席指定券の発券(座席予約)情報等を,例えば,列車車内において,端末機(コンピュータ)で受けて記憶し表示して,指定座席の利用状況を車掌が目視できるようにして車内検札を自動化する座席指定席利用状況監視装置が発明されているが,この座席指定席利用状況監視装置には,券情報と発券情報を地上の管理センターから受ける場合,伝送される情報は2種になるために通信回線の負担を1種の場合に比べて2倍にするとともに端末機の記憶容量と処理速度とをともに2倍にするなどの問題があり,本件システムは,こうした問題点を解決するために,上記管理センターに備えられるホストコンピュータが,カードリーダで読み取られた座席指定券の券情報と券売機等で発券された座席指定券の発券情報とを入力して,これらの両情報に基づいて表示する座席表示情報を作成して,作成された前記座席表示情報を,前記ホストコンピュータと通信回線で結ばれて,指定座席を設置管理する座席管理地に備えられる端末機へ伝送して,該端末機が前記座席表示情報を入力して表示するようにして構成したことを主要な特徴とするものであり,こうした構成によって,上記ホストコンピュータから上記端末機へ伝送される情報量が上記券情報と上記発券情報との両表示情報から1つの表示情報となる上記座席表示情報にすることで半減され,これによって通信回線の負担と端末機の記憶容量と処理速度とを半減するなどの効果を有するようにした点に技術的意義があるものと認められる(【中略】)」

 「本件システムの上記技術的意義に鑑みると,本件システムの本質的部分は,ホストコンピュータが,券情報と発券情報とに基づき,かつ,座席管理地に設置される指定座席のレイアウトに基づいて表示する座席表示情報を作成し,これを記憶し,端末機に伝送するという構成を採用することにより,上記ホストコンピュータから上記端末機へ伝送される情報量が上記券情報と上記発券情報との両表示情報から1つの表示情報となる上記座席表示情報にすることで半減され,これによって通信回線の負担と端末機の記憶容量と処理速度とを半減するなどの効果を奏するようにしたことにあるものと認められる。」

「これに対し,被告システムは,改札情報サーバーは駅改札通過情報に基づく情報を作成し,マルスサーバーは座席指定券の予約情報に基づく情報をそれぞれ作成し,それぞれ必要な情報を抽出し,その抽出された情報を【中略】伝送する構成を有しており,少なくとも構成要件1Cないし1E,2Cないし2Eを充足しないため,【中略】本件システムの効果を奏するものと認めることはできない。

「したがって,被告システムは,本件システムの本質的部分を備えているものと認めることはできず,被告システムの相違部分は,本件システムの本質的部分でないということはできないから,均等論の第1要件,第2要件を充足しない。」

【若干のコメント】

 本件システムの明細書の作用効果等の記載から、本件システムの技術的意義は、「券情報と発券情報と」に基づいて「座席表示情報」がホストコンピュータで作成され、端末機に伝送されることで、端末機へ伝送される情報量を半減し通信回線の負担を軽減する点にあった。端末機の記憶容量と処理速度が2倍になるという課題を解決するため、特許請求の範囲の構成要件1C等に記載するとおりの構成が採用されたといえる。

 原告は、「本件システムは…両情報をサーバーによって適宜整序処理し…両情報をサーバー側から…端末機に伝送し…端末機に表示し、その表示を車掌が目視で確認できるようにしたものであり、これが本件システムの本質的部分である。」「被告システムの構成の異なる部分は…サーバーと通信回線の個数に関する相違であって、本件システムの本質的部分に関係するものとはいえない」等と主張していた。もっとも、裁判所は、構成要件1C等の文言や、明細書記載の作用効果等から導かれる本件システムの技術的意義等を踏まえ,被告システムは,構成要件1C等を充足しない上,少なくとも均等侵害の第1要件及び第2要件を充足せず,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件システムの特許発明の技術的範囲に属するとはいえず,被告システムが当該発明の技術的範囲に属すると認められないとした。

 本件システムと被告システムとを比べると、サーバ等のハードウェアの構成等が異なるとしても、ソフトウェアにより実現される「座席表示情報等を車掌側の端末に伝える」という処理結果は同一であるとも思える。もっとも、本件システムの特徴は、座席表示情報を生成する中間処理手順が異なっており、特許クレームで当該手順が明らかにされている点である。本件システムでは、特定のサーバ(「ホストコンピュータ」)上で中間データが受信され「座席表示情報」を生成し、これをエンド端末に送信する。一方、被告システムでは、エンド端末自体が中間データを受信して「座席表示情報」を生成する。そのため、本件システムの特許は、「座席表示情報」の生成過程の異なる被告システムを捕捉することができなかった。

 一般論でいえば、ソフトウェア・プログラム関連発明のクレームの記載については、侵害検出を容易にするため、可能な限り入出力やUI/UX等の外部的に表れる要素に言及し、サーバ内の中間処理やアルゴリズム等に立ち入らないことが望まれる。もっとも、本件システムの発明では、前記中間処理により端末機や通信回線の負担を軽減するといった点に技術的意義があったため、前記クレームの文言のとおりになったと考える。

 

弁護士 藤枝 典明