【令和3年5月31日判決(知財高判 令和2年(ネ)第1048号)】

第1 事案の概要(説明の便宜上、事案を簡略化している。)

 本件は、ゲームソフト、ゲーム機(ハードウェア)を製造する会社(以下「被告会社」という。)に勤務していた原告が、被告会社の業務範囲に属し、かつ、原告の職務に属する競争ゲームに関する発明をしたと主張し(①被告会社の特許となっているもの〔競争ゲームのベット制御方法に関するもの〕について共同発明、②被告会社の特許となっていないもの〔競争ゲームに関するノウハウ(以下「本件ノウハウ」という。)〕に関しては単独発明を主張)、上記発明に係る特許を受ける権利を被告会社に承継させたとして、被告会社に対し、特許法35条3項(平成16年法律第79号による改正前のもの。)に基づく職務発明の対価請求として、①につき885万0466円、②につき36億0643万4391円の一部である対価3114万9543円の合計4000万円及びこれに対する遅延損害金を求めた事案である。
 第一審判決(東京地裁令和2年6月11日〔平成30年(ワ)第36424号〕)は、①につき相当対価として17万0625円及びこれに対する遅延損害金の限度で被告会社の支払義務を認め、②については、「本件ノウハウの趣旨は、当業者であれば当然に試みる技術的事項の範疇にあるものといわざるを得ず、いまだ、原告において、発明として保護される程度に至る、被告に独占的利潤をもたらすような、独占の利益が生じていると評価するに足りるノウハウが存在しこれを有していたことは認められないというほかはない。したがって、本件ノウハウに係る原告の被告に対する対価請求権が存するということはできない。」として、対価請求権は認められないとした。
 上記第一審判決に対して、原告は控訴した(被告会社は全部棄却を求めて附帯控訴。)。
 知財高裁令和3年5月31日(令和2年(ネ)第1048号)(以下「令和3年知財高判」という。)は、控訴及び附帯控訴のいずれも棄却し、第一審の判断を維持した。
 本稿では、知財高判の本件ノウハウに関する判断について紹介する。

第2 裁判所の認定判断

1 第一審判決は、本件ノウハウについて「被告各製品の販売開始以前に、他社から予想ゲームと馬主ゲームを組み合わせたゲームが販売されていたことが認められ、このようなゲームにおいて完全確率抽選方式を採用することは、保護に値すべきノウハウとはいえない。」(下線は執筆者が付した。)として、上記「第1」で紹介したとおり、「独占の利益が生じていると評価するに足りるノウハウが存在し…ていたことは認められない」とした。

2 令和3年知財高判は、第一審判決からさらに進んで、以下のとおり、「特許性を有する発明でなければ、これを実施することによって独占の利益が生じたものということはでき」ないとした。

本件ノウハウは、特許登録がされていない職務発明として主張されているものであるところ、特許性を有する発明でなければ、これを実施することによって独占の利益が生じたものということはできず、特許法35条3項に基づく相当の対価を請求することはできないと解される。

3 その上で、知財高判令和3年判決は、「本件ノウハウが特許性を有する発明といえるか否か」を検討した。

  ⑴ まず、知財高判令和3年判決は、以下のとおり、特許明細書の【発明が解決しようとする課題】に相当するような「課題」を認定した上で、同じように【課題を解決するための手段】に相当するような「手段」について、特徴①~④を認定した。

(2)原審及び当審における控訴人の主張によれば、控訴人が主張する本件ノウハウの特徴は、次のとおり理解することができる。
  ア 完全確率抽選方式の下で、何らの工夫もせずに予想ゲームと馬主ゲームとを組み合わせた競馬ゲームを設計すると、馬主ゲームにおいて購入する馬の能力値によって馬ごとのメダル獲得の期待値に不公平が生じるため、プレイヤーが能力値の高い馬ばかりを購入するようになり、馬主ゲームのゲーム性が損なわれてしまう。他方で、各馬の能力値を同一にすることによってこの問題を解消しようとすると、今度は予想ゲームのゲーム性が損なわれてしまう。このように、上記のような競馬ゲームの設計においては、馬主ゲームにおける馬ごとのメダル獲得の期待値の不公平さを解消して公平性を確保しつつ、現実の競馬同様のゲーム性を持たせる工夫をする必要があるという課題があった。
  イ 本件ノウハウは、上記の課題を解決するために、①プレイヤー馬について、能力値とは別に、一定の割合でメダル数と相互に換算される活力値と呼ばれる指標を導入した上で、②馬主ゲームにおいて、レースに出走するために消費する活力値(以下「消費活力値」という。)とレース結果に応じて増加する活力値(以下「増加活力値」という。)の期待値とを等しくすることにより、馬主ゲームにおける馬ごとのメダル獲得の期待値の不公平さが生じないようにするものである。
    また、消費活力値及び増加活力値の算出においては、③同じレースに複数のプレイヤー馬が出走する場合もあるところ、プレイヤー馬の能力値が当初は未確定であることから、各プレイヤー馬の増加活力値、消費活力値及び能力値について、一旦暫定値を用いて計算し、必要に応じて数値を再調整する計算方法が採られている。
    さらに、④活力値は、メダルとして目に見える賞金や出走料とは異なり、プレイヤーに認識されない形で増減され、次回以降の競馬ゲームに影響を与えるように導入されており、これにより、ゲーム性が醸成されている。(以下、上記①ないし④の点を、順に「特徴①」などという。)

⑵ 次に、認定した特徴①~④について、それぞれ「必然的に必要となる指標を導入したものにすぎない」「課題解決のために当然に採られ得る手段であるといえる」「通常よく採られる方法を超えるものではないというべきである」「それ自体としては、本件ノウハウの特許性を根拠付ける事情には当たらないというべきである」として、「本件ノウハウは、特許性を有する発明であるとは認められ」ないとした。

(3)以下、控訴人が主張する本件ノウハウが特許性を有する発明といえるか否かにつき、特徴①ないし④を基に検討する。
  ア 特徴①について
   (ア)予想ゲームのみの競馬ゲームを設計する場合であれば、各馬の能力値を定めた上で、能力値に応じた適切なオッズを定めることにより、公平性及びゲーム性を確保することができるといえるが、これにゲーム内容が全く異なる馬主ゲームを組み合わせて新たな競馬ゲームを設計しようとするのであれば、能力値とは別の指標を導入する必要が生じることは、いわば必然のことであるといえる。
   (イ)また、上記…によれば、完全確率抽選方式の下で予想ゲームと馬主ゲームとを組み合わせた競馬ゲームを設計する場合、馬主ゲームで購入する馬の能力値に差があることが原因となって馬ごとのメダル獲得の期待値に不公平さが生じることにより、馬主ゲームのゲーム性が損なわる事態が生じ得るが、他方で、馬の能力値の差をなくすことによってこの問題を解消しようとすると、今度は予想ゲームのゲーム性が損なわれてしまうというのであるから、これらの問題を解決するためには、能力値を調整するのみでは足りず、能力値とは別の指標を導入する必要があることは明らかである。
   (ウ)以上によれば、特徴①における活力値の導入は、完全確率抽選方式の下で予想ゲームと馬主ゲームとを組み合わせた競馬ゲームを設計する場合において、必然的に必要となる指標を導入したものにすぎないというべきである。
   イ 特徴②について
   (ア)上記…の馬主ゲームにおける馬ごとの不公平さは、能力値の高い馬について、レースに出走するために消費するメダル数よりも、レース結果に応じて獲得するメダル数の期待値の方が大きくなることが原因となって生じるものといえるところ、完全確率抽選方式の下で予想ゲームに馬主ゲームを組み合わせる場合にこのような問題が生じ得ることは、当然に想定されるべきことといえる。そして、上記の問題は、消費メダル数と獲得メダル数の期待値とに差があることによって生じるのであるから、両者が等しくなるように数値調整をすれば解消し得るものであることは、誰もが容易に思い付くことであるといえる。そうすると、上記の数値調整を行うために、一定の指標(例えば活力値)を導入し、消費メダル数及び獲得メダル数を活力値に換算し、消費活力値と増加活力値の期待値とが等しくなるように数値調整をすることは、課題解決のために当然に採られ得る手段であるといえる。
   (イ)以上によれば、特徴②における期待値の調整は、完全確率抽選方式の下で予想ゲームに馬主ゲームを組み合わせる場合において、前記の課題を解決するために当然に採られ得る手段であるといえる。
   ウ 特徴③について
   (ア)プレイヤー馬に係る消費活力値と増加活力値の期待値とを等しくするための計算について、控訴人が主張する計算のプロセスは別紙3のとおりであり、その具体的内容は控訴人の陳述書…に記載されている。その計算方法は、要するに、あるプレイヤー馬(以下「A馬」という。)に係る増加活力値等を算出するためには、他の馬の能力値の数値が必要であるところ、当該レースに他のプレイヤー馬(以下「B馬」という。)も出走している場合には、B馬の能力値がA馬と同様に当初は未確定であることから、増加活力値等について一旦暫定的な数値を用いて計算を行った上で、必要に応じて当該数値を再調整するなどして、A馬及びB馬に係る確定的な増加活力値等を算出するというものである。
      そして、複数の未確定の数値を基に確定的な数値を算出しようとする場合において、上記のように、後で必要に応じて数値を再調整することを前提として、一旦暫定的な数値を用いて計算を行うこと自体は、通常よく採られる方法であるといえる。また、暫定値をどのような値に設定するかや、数値の再調整をどの程度の幅で行うかなどは、上記の計算方法を採用することに伴って当然に必要となる数値範囲の調整の問題にすぎないといえる。
   (イ)上記の点に関して、控訴人は、スターホースシリーズにおけるレースは最高12頭立てであり、プレイヤー馬も最大8頭が出走する上、3着までが入賞とされることから、上記の計算には極めて高度で複雑な工夫が必要である旨主張する。
      確かに、控訴人が主張する条件の下においては、考慮すべき要素が増えるため、計算量が大きく増加する可能性があることは事実である。しかしながら、上記の計算の内容を具体的に説明する控訴人の陳述書…をみても、いわば量の問題が質の問題に転化し、特殊な発想や解法が要求されるに至っているとまではうかがわれないことからすれば、プレイヤー馬も含めて出走頭数が多いからといって、必要な計算量が増大する以上に特別な処理等が必要になるものとまではいえない。
    (ウ)以上によれば、特徴③における活力値の計算方法は、複数の未確定の数値を基に確定的な数値を算出しようとする場合の計算方法として、通常よく採られる方法を超えるものではないというべきである。
   エ 特徴④について
   (ア)アないしウにおいて検討した結果に照らせば、活力値がプレイヤーに認識されない形で増減されることや、それが次回以降のゲームに影響を及ぼすことは、特徴①ないし③を有する活力値を導入したことによる当然の結果であり、それ以上に、特徴④を実現させることについて特段の工夫がされていることを認めるに足りる証拠はない。
   (イ)以上によれば、特徴④は、それ自体としては、本件ノウハウの特許性を根拠付ける事情には当たらないというべきである。
   オ 小括
     以上検討したところによれば、本件ノウハウにおける活力値の導入については、必然的に導入すべき指標を用いたものにすぎないというべきである上、活力値を用いた期待値の算出等についても、課題解決のために当然に採られ得る手段であるか、又は通常よく採られる方法を超えるものではないというべきである。

  ⑶ 以上の検討を踏まえて、令和3年知財高判は、以下のとおり述べて、「本件ノウハウにつき、特許法35条3項に基づく相当の対価を請求することはできない」とした。

(5)以上検討したところによれば、本件ノウハウは、特許性を有する発明であるとは認められず、これを実施することによって被控訴人に独占の利益が生じたということはできないから、本件ノウハウが控訴人によって職務発明として開発され、被告製品…において実施されたものであったとしても、控訴人は、被控訴人に対し、本件ノウハウにつき、特許法35条3項に基づく相当の対価を請求することはできない。

第3 若干の検討

 職務発明に係る特許を受ける権利を会社(使用者等)が取得した場合、当該職務発明をなした発明者たる従業員(従業者)は、会社に対し、相当の利益を受ける権利を有する(特許法35条4項)。相当の利益について職務発明規程等の定めがない場合や、職務発明規程等において定めた相当の利益が同条5項の規定により不合理であると認められる場合には、従業員は、同条7項に定める要素に基づいて会社に対して相当の利益を請求することができる。
 上記要素に「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というものがあるが、これは、一般に、「独占の利益」(対象となる発明を実施することによって、単なる通常実施権を超えたものの承継により得た法的独占に由来する法的実施の利益1 )と言われている。
 従業員がなした職務発明に係る特許を受ける権利を会社が取得し、会社が当該発明について特許出願を行い特許となり、この特許発明を会社が実施して利益を上げる、という場合においては独占の利益を観念しやすい。一方で、職務発明がノウハウとして管理されているような場合には、特許発明を実施しているような場合に比して、独占の利益を観念しづらく、そもそも、ノウハウについては独占の利益を観念できるかも問題となる2 。この点については、知財高判平成27年7月30日(平成26年(ネ)第10126号)が「…独占的利益は、法律上のものに限らず、事実上のものも含まれるから、発明が特許権として成立しておらず、営業秘密又はノウハウとして保持されている場合であっても、生じ得る。」と判示しており、ノウハウについて独占の利益が生じ得ることは裁判例においても認められているところである。
 一方で、どのようなノウハウについても独占の利益を観念できるということではない。例えば、上記知財高判平成27年では、原告が主張したノウハウに係る発明を実施していないこと、当該ノウハウに係る発明の代替技術が多数存在することを理由に独占の利益を否定した。また、令和3年知財高判の原審では、上記のとおり、「本件ノウハウの趣旨は、当業者であれば当然に試みる技術的事項の範疇にあるものといわざるを得ず、いまだ、原告において、発明として保護される程度に至る、被告に独占的利潤をもたらすような、独占の利益が生じていると評価するに足りるノウハウが存在しこれを有していたことは認められないというほかはない。」として、独占の利益を否定している。この点については、ノウハウに係る発明がそもそも特許性を有するものでない場合は、特許を受ける権利とはいえず、それによって得られた収益は独占の利益とはいえないという指摘もある 3
 令和3年知財高判は、一般論として、「特許性を有する発明でなければ、これを実施することによって独占の利益が生じたものということはでき」ないということを明確に述べたうえで、本件ノウハウに係る課題、解決手段、特徴部分を指摘し、新規性・進歩性を審査するかのような検討を行い、「本件ノウハウは、特許性を有する発明であるとは認められ」ないと結論づけ、独占の利益を否定した。
 ところで、職務発明対価請求において対象となる発明が特許発明の場合の裁判例においては、当該特許発明に無効理由があるときであっても「少なくとも形式上有効な特許として、第三者に対する禁止権を行使し得る状態で存続してきた」ことを理由に独占の利益を否定しない例もあり4 、この点において特許発明とノウハウの場合とで独占の利益に関する判断方法に違いがあるようにも見える。
 いずれにしても本判決は、ノウハウに関する独占の利益の有無に関し、特許性に言及して検討した例として実務上参考になると思われる。

以上

弁護士 藤田達郎


1髙部眞規子編『裁判実務シリーズ 特許訴訟の実務〔第2版〕』505頁〔東海林保〕(商事法務、2017年)
2髙部眞規子編・前掲注1・506頁
3髙部眞規子編・前掲注1・506頁
4東京地判平成19年4月18日(平成17年(ワ)第11007号)