【令和3年10月14日判決(知財高裁 令和3年(行ケ)第10071号)】
【キーワード】
商標法4条1項11号
【概要】
本件は、商標の類否に関する事例判断である(商標法4条1項15号の判断は本稿では割愛する。)。
原告プーマ・エスイーは、著名な下記引用商標の商標権者である。被告は、下記本件商標を保有していたところ、原告が商標登録無効審判を請求したが、本件商標は有効として、維持審決がなされた。
(引用商標)
(本件商標)
そこで原告は、維持審決を取り消すべく、本件訴訟を提起した。本判決は、以下のとおり述べて、本件商標を有効と判断し、原告の請求を棄却した。
第1 判旨抜粋
1 外観
本件商標は、「pum’s」の文字を太字の斜体の書体で表し、末尾の「s」の文字の下端を語頭の「p」の文字の下部まで横一直線に延伸し、下線のように表されて構成されている。原告は、本件商標の1文字目と4文字目は、大文字「P」「S」と認識されると主張するが、1文字目の左側の縦棒が下に突き出しているのは小文字であるからなのは明らかであり、4文字目も上端が他の小文字と同じ高さに位置しているから、大文字とは認識されない。また、原告は、本件商標の2文字目は、右側の縦棒がないため、大文字「U」と捉えられると主張するが、2文字目は他の小文字と同じ大きさであって、直ちに採用できない。一方、引用商標は、「PUmA」の文字を縦線を太く垂直に、横線を細く描く書体で表し、各文字は、小文字である「m」も含めて、同じ高さで構成されている。両者は、語頭を含めた「pum(PUm)」の文字を共にするが、末尾において本件商標が小文字の「s」であるのに引用商標が大文字の「A」であるという文字の相違、アポストロフィの有無、下線のように表されたものの有無、書体が斜体であるか否か及び文字の横線が細いか否かといった点において明らかに異なり、外観においては、相紛れるおそれはない。
・・・念のために判断すれば・・・引用商標は文字の横線が細いことが明確であるのに対し、本件商標では縦線と横線の太さの違いは子細に見なければ看取できず、逆に、本件商標では角部の丸みは明確であるが、引用商標では明らかでないし・・・本件商標が斜体であるのに対し、引用商標は各文字が垂直かつ同じ高さで、長方形の範囲に収まって全体として整然とした印象を与えるものであって、両者の印象が異なることは明らかであるし・・・いずれにしても本件商標における「s」の文字の下端の延伸された部分が引用商標との相違点として着目されないということにはならないし・・・相違する最後の「A」と「S」の文字が相似た文字に看取される場合があるとは認め難いし、・・・特段の意味内容を想起させない「pum」の欧文字部分が本件商標の要部であるとは到底いえず、原告の各主張は個別にみても採用し得ない。
そうすると、本件商標と引用商標の外観は大きく異なるものであって、・・・引用商標の周知著名性を勘案しても、両者の外観が類似するとの原告の主張は採用できない。
2 称呼
本件商標からは「パムズ」、「パムス」、「プムズ」又は「プムス」の称呼が生じるのに対し、引用商標からは「プーマ」又は「ピューマ」の称呼が生じ、語頭の「pu」ないし「PU」を「プ」と読んだ場合に音を共通にする場合があるとしても、いずれも3音という短い音数においては、2音目及び3音目における音の相違、特に、3音目の「ズ」ないし「ス」(本件商標)と「マ」(引用商標)の相違は大きいものであって、相紛れるおそれはない。
原告は・・・本件審決が、本件商標の要部である「PUm」の欧文字部分から生ずる「プム」の称呼と引用商標から生ずる称呼とを対比していないと主張するが、本件商標における「pum」の欧文字部分が要部であるという主張が到底採用できないことは前記・・・のとおりである上、仮に同部分を本件商標の要部とし、これを「プム」と称呼し、引用商標を「プーマ」と称呼したとしても、短音と長音の違い、「ム」と「マ」の違いは、短い標章の中では大きな差異として認識されるものというべきである。
3 観念
本件商標が造語であることから、特定の観念を生じないのに対し、引用商標が周知著名であることから、「原告のブランド」との観念を生じ、両者は明確に区別することができ、相紛れるおそれがない。
4 その他
原告は・・・本件商標と引用商標の需要者である一般消費者は、衣類や靴等に商標をワンポイントマークとして小さく表示された場合、些細な相違点に気付かないことも多いと主張する。
しかし、商標が小さく表示された場合をことさら取り上げることの当否は措くとしても、そもそも本件商標と引用商標は全体的な印象においても明らかに異なることは前記・・・のとおりであり、小さく表示された場合でも、その相違は明白であるから、原告の主張は採用できない。
以上によれば、本件商標と引用商標とは、外観、称呼及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれがなく、類似しないものと認められる。
第2 考察
商標PUMA(以下、本項では特に触れない限りアルファベットの大文字と小文字とを区別しない。)との類否が問題となった事件には、以下のようなものがある。
※SHI−SA事件①
(引用商標) 結論:類似 (PUMA商標)
(知財高裁平成31年3月26日判決(平成29年(行ケ)第10207号)
※SHI−SA②事件
(引用商標) 結論:非類似 (PUMA商標)
(知財高裁平成31年3月26日判決(平成29年(行ケ)第10204号)
※KUMA事件
(引用商標) 結論:類似 (PUMA商標)
(知財高裁平成25年4月25日判決(平成24年(行ケ)第10454号)
これら3事件は、いずれもロゴを含んだ商標の類似性が問題となっており、文字商標としての類否が判断されたものではなかった。もっとも、その文字部分についての判断を見ると、SHI−SA②事件において、裁判所は、「PUMA」と「SHI−SA」とでは、末尾の「A」を除きアルファベットの文字が異なるほか、字体も異なるとして、外観を非類似と判断した。一方、KUMA事件では、「KUMA」と「PUMA」とでは文字数が共通し、第一文字の「K」と「P」を除いて他の文字構成を共通にしていることや、文字の特徴も酷似していることなどを認定し、外観を類似と判断している。
ところが、SHI−SA②事件とKUMA事件において、それぞれ「SHI−SA」、「KUMA」という字体のみを取り出して比較すると、いずれも角張った太字体であり、それほど大きな差異があるようには見て取れない。結局、これらの事件では、アルファベットの文字が異なる点が、外観の判断に大きく影響したものと言える。
本件では、「PUM」という3文字が共通し、異なる点は末尾の「A」と「S」のみである。ところが、この異なる部分について、本件商標は、「S」の前にアポストロフィが設けられている上、「S」の下の部分が下線のように長く左に伸びており、外観上明らかに異なった印象を与える。そのため、裁判所は本件商標と引用商標の外観が異なると判断した。
本判決はこれに加えて、引用商標は「m」以外の文字が大文字である一方、本件商標は小文字であることや、字体が異なることなども挙げているが、いずれも大きな相違とは思われない。また、判決は、称呼において、「プム」と「プーマ」の違いは大きく、観念について、引用商標の「PUMA」は著名であるから、特定の観念の生じない本件商標とは区別されることなども認定しているが、これらの認定も、仮に外観が酷似していた場合には、逆の判断もあり得たのではないかと思われる。
なお、本件では、引用商標の著名性により、引用商標と本件商標とが観念において非類似であるとの判断が導かれている。実務において、先行する商標が存在し、後から著名商標を登録しようとする場合、当該著名商標は、既に多くの需要者に認識されているから、先行商標とは観念が類似しない、或いは誤認混同を生じないと主張して登録を求めることがあり得る。また、著名商標が登録商標に類似しているとして著名商標の使用について争いが生じた場合、当該著名商標の出所識別機能を重視し、登録商標とは誤認混同が生じないと判断することもあり得る(例えば最高裁平成9年3月11日判決(小僧寿し事件))。一方、本件では逆に、引用商標が著名であることを理由として、著名でない商標が有効として維持されたものであるから、著名性が、著名商標の保護範囲を限定する方向に作用したといえる。
一般論からすれば、著名商標にフリーライドしようとする商標が出願された場合(もっとも、本件については特にフリーライド等の事情は認定されていないし、主張もされていない。)、著名商標の識別性を理由に類似性を否定し、出願商標の登録を許すことは、誤認混同要件を外し、類似性だけで著名商標の保護を認める不正競争防止法2条1項2号の趣旨と整合するのか疑問なしとはしないが、著名商標の商標権者といえども、節度をわきまえるべきということかもしれない。
弁護士・弁理士 森下 梓