【令和3年8月30日判決(知財高裁 令和2年(行ケ)第10126号)】

【キーワード】
商標法4条1項8号、音商標
【概要】
 本件は、「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む音商標について、これを商標法4条1項8号に該当するとして無効とした審決の取消訴訟である。
 裁判所は、以下のとおり、音商標に他人の氏名が含まれるとしても、取引の実情に照らして人の氏名を指し示すものとして認識されないときは、4条1項8号には該当しないと判断した。

第1 判旨抜粋

 商標法4条1項8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人は、自らの承諾なしに、その氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものと解される(最高裁平成15年(行ヒ)第265号同16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁、最高裁平成16年(行ヒ)第343号同17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁参照)。
 このような同号の趣旨に照らせば、音商標を構成する音が、一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には、当該音商標は、「他人の氏名」を含む商標として、その承諾を得ているものを除き、同号により商標登録を受けることができないと解される。
 また、同号は、出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。
 そうすると、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、取引の実情に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから、当該音商標は、同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

 これを本願商標についてみるに・・・本願商標に関する取引の実情として、「マツモトキヨシ」の表示は、本願商標の出願当時(出願日平成29年1月30日)、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店名や株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社を示すものとして全国的に著名であったこと、「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む本願商標と同一又は類似の音は、テレビコマーシャル及びドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用された結果、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の広告宣伝(CMソングのフレーズ)として広く知られていたことが認められる。

・・・取引の実情の下においては、本願商標の登録出願当時(出願 日平成29年1月30日)、本願商標に接した者が、本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」、企業名としての株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社であって、普通は、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものと認められないから、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
 したがって、本願商標は、商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

第2 考察

 商標法4条1項8号は、他人の氏名、名称等を含む商標の登録を認めない。これは、本判決も引用する国際自由学園事件により、「すなわち、人は、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。」(最判平成16年(行ヒ)第343号、平成17年7月22日判決)と述べられ、人格的利益を保護する趣旨であるとされている。
 これまで、商標法4条1項8号の規範は厳格に扱われ、例えば知財高裁平成31年(行ケ)第10037号(令和元年8月7日判決、KEN KIKUCHI事件)は、以下のようなロゴ商標について、「キクチ ケン」を読みとする氏名に係る他人の承諾がないことを理由に拒絶している。

 同判決でも、商標出願人は、4条1項8号で保護されるべき人格的利益と、商標による保護利益との比較考量(以下「著名性アプローチ」という。)を求めていたが、排斥されている。
 かかる判決の態度は「厳格説」と呼ばれ、特にデザイナーの氏名がブランドとして採用されることの多いファッションの業界を中心に、その要件が緩和されるべきとして近時批判を浴びていた(学説について、例えば、山本真祐子「デザイナー名のブランド化と商標法」発明2020年5月号52頁、中川隆太郎「自己氏名商標における『他人の氏名』の再検討」IPジャーナル16号(2021年3月)21頁)。
 これに対し本判決は、著名性アプローチを正面から採用し、「マツモトキヨシ」の表示及びこれを言語的要素として含んだ本件商標が全国的に著名であることから、本件商標から、ドラッグストアないし原告会社以外の他人の氏名を想起するものと認められないとして、商標による保護を肯定したものである。
 著名性アプローチは海外で米国、韓国、中国などにおいて広く採用されているが、商標法4条1項8号が「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標」として、雅号や略称についてのみ著名性を求めていることから、条文の文言(更に現行法の制定過程)と矛盾するという弱点をはらむ。そのため、本判決が確定するかどうか注視する必要がある。

弁護士・弁理士 森下 梓