【令和3年10月6日判決(知財高裁 令和2年(行ケ)10103号)】
【ポイント】
進歩性における主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの判断について、具体的な規範が示された事案
【キーワード】
特許法29条
進歩性
容易想到性
動機付け
第1 事案
原告は、名称を「多色ペンライト」とする発明に係る特許(特許第5608827号)の特許権者であった。これに対して、被告が、特許庁に本件特許について無効審判請求をしたところ、特許が無効であるという審決が下された。
そこで、原告が当該審決の取消しを求めて訴訟を提起した事案である。
第2 判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)
1 取消事由1(無効理由1に関する相違点1についての判断の誤り(無効理由1関係))について
(1) 甲2に記載された技術事項
相違点1については、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することにより相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたか否かが問題になるので、甲2に記載された技術事項について検討する。
ア 甲2の記載
甲2には、別紙1の記載がある。
イ 甲2に記載された技術事項
別紙1の記載によると、甲2には次の技術事項が記載されていると認められる。なお、本件審決第6、2、2-1(2)(2-1)イ(ア)a〔本件審決49頁〕には、LED照明装置において、光の三原色をなす赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)の発光ダイオードに加え、さらに白色及び黄色の発光ダイオードを含めてLED照明装置を構成するという公知の技術事項が「甲2に記載された技術事項」という略語の内容として記載されているが(後記(3)イ(ア))、ここで認定する甲2に記載された技術事項は、次のとおり、本件審決に記載された上記の事項を含み、それより広いものである。
甲2は、複数のLEDが実装されたカード型LED照明光源を用いるLED照明装置と、このLED照明装置に好適に用いられるカード型LED照明光源とに関するものである(段落【0001】)。LEDは、白熱電球、蛍光ランプ、高圧放電ランプなどと比べて寿命が長いという優れた利点があるが、1個のLED素子では光束が小さいため、白熱電球、蛍光ランプと同程度の光束を得るためには、複数のLED素子を配置してLED照明光源を構成する必要がある(段落【0002】)ところ、各LEDベアチップの光束をできる限り増加させるために、照明以外の通常用途における電流よりも大きな電流を各LEDベアチップ22に流すと、LEDベアチップからの発熱量が大きくなり、LEDベアチップ22の温度(ベアチップ温度)が高温に上昇し、LEDベアチップの寿命に大きな影響をもたらす上、発熱量の増加に伴ってベアチップ温度が高くなると、LEDベアチップの発光効率も低下するという課題がある(段落【0011】~【0013】)。そのため、甲2に記載されたLED照明装置とそのカード型LED照明光源は、素子基板上に発光部を有するLEDベアチップを放熱基板上に設け、LEDベアチップの発光部は、放熱基板に配置され、LEDベアチップの素子基板の光出射表面は、辺縁部が中央部に比べて低背である傾斜面状として形成し(段落【0022】)、また、照明装置の光源部分を着脱可能なカード状構造物によって構成し、各LEDで発生した熱をスムーズに放熱させる効果を高めるとともに、寿命の尽きた光源だけを新しい光源と取替え可能とすることにより、LED照明装置の光源以外の構造体を長期間使用できるようにしている(段落【0059】)ものであることが認められる。
(省略)
他方、甲2記載のカード型LED光源及びLED照明装置を用い、青、緑(青緑)、黄(橙)、赤、白のLEDを個別に駆動することによって照明を行うこと(段落【0065】)や上記のとおり各々に給電電極を割り当てること(段落【0189】)の記載はあるものの、段落【0065】及び【0189】には、5色のLEDを搭載した光源により、白色光を提供するのか、可変色光を提供するのかについての記載はなく、各色LEDを単独発光させることも明記されていない。
(省略)
(2) 技術分野相互の関係と採用の動機付け
甲1の1頁の上から2番目の写真は、筒全体が17色の各色で発光しているペンライトの写真であり、その写真の上下には、「カラフルプロ1本で、」、「全17色もの色を持ち歩くことができます。」という記載があり、5頁の上から5番目の写真の下には「カラプロのLEDはRGBの三原色に加えてWhiteが搭載されています。計4LEDです。」と記載されており、甲1の7頁の一番上の写真の上には「※分解及び改造行為を行ったペンライトは安全性が保証できないためライブ会場に持ち込まないでください。」という記載があることから、甲1発明は、ライブ(コンサート)会場に持ち込むフルカラーペンライトに係るもので、光源として、赤、緑、青(RGB)の三原色に加えて白色の4LEDが搭載されたものであり、筒全体が様々な色で発光する技術に関するものであることが認められる。
他方、甲2に記載された技術事項は、前記(1)のとおりであり、物に光を照射してその物が見えるようにするための照明にかかわるものであり、複数のLEDが実装されたカード型LED照明光源を用いるLED照明装置と、このLED照明装置に好適に用いられるカード型LED照明光源とに係るもので、白色光又は可変色光を提供する技術に関するものである。
ところで、進歩性の判断においては、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明又は周知の技術事項があり、かつ、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を適用する動機付けないし示唆の存在が必要であり、そのためには、まず主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項との間に技術分野の関連性があることを要するところ、主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず、近接しているにとどまる場合には、技術分野の関連性が薄いから、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず、それが容易であるというためには、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要であるというべきである。この点、甲1発明と甲2に記載された技術事項は、いずれもLEDを光源として光を放つ器具に関するものである点で共通するものの、甲1発明は筒全体が様々な色で発光するペンライトに係るものであるのに対して、甲2に記載された技術事項は、白色光又は可変色光を提供する照明装置に係るものである点で相違するから、近接した技術であるとはいえるとしても、技術分野が完全に一致しているとまではいえない。そのため、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して新たな発明を想到することが容易であるというためには、甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要である。
第3 検討
本件は、進歩性の判断において、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けについて、新たな規範が提示された事案である。
進歩性における動機付けの有無について、特許庁が公開する特許・実用新案基準では、「進歩性の判断において、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無は、技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、及び引用発明の内容中の示唆の動機付けとなり得る観点を総合考慮して判断される」と記載されている(特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節進歩性3.1.1)。しかし、それ以上の具体的な規範は示されていない。
本判決は、動機付けの判断について、次のように具体的な規範を示した。
「進歩性の判断においては、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明又は周知の技術事項があり、かつ、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を適用する動機付けないし示唆の存在が必要であり、そのためには、まず主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項との間に技術分野の関連性があることを要するところ、主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず、近接しているにとどまる場合には、技術分野の関連性が薄いから、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず、それが容易であるというためには、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要であるというべきである」
つまり、主引用発明と副引用発明等の技術事項の技術分野が完全に一致していない場合には、相応の動機付けが必要であるという規範である。動機付けについて、このように具体的な規範を提示した裁判例はこれまでになく、動機付けの判断のひとつの方向性を示したものである。
通常、特許の無効を主張する者は、主引用発明と副引用発明等の技術事項の技術分野の共通性を緩やかに判断し、それらの技術分野は同じであるとして、主引用発明に副引用発明等を提供する動機付けがあるという主張をする。しかし、本裁判例の上記規範は、主引用発明と副引用発明の技術事項の技術分野が完全に一致するか否かが重要なメルクマールになっており、主引用発明と副引用発明の技術事項の技術分野が完全に一致するか否かは厳密に判断されることになる。この意味において、特許無効を主張された側(特許権者等)に有益な規範であるといえよう。他方で、特許の無効を主張する者は、主引用発明の技術事項の技術分野が完全に一致する副引用発明を見つけ出せるかが重要なポイントとなってくる。
そして、本裁判例は、上記「第2」の判旨のとおり、主引用発明と副引用発明の技術事項の技術分野を綿密に検討している。その結論として、両者の技術事項は、いずれもLEDを光源として光を放つ器具に関するものであるが、主引用発明の技術事項は筒全体が様々な色で発光するペンライトに係るものであるのに対して、副引用発明の技術事項は、白色光又は可変色光を提供する照明装置に係るものである点で相違するとして、主引用発明と副引用発明の技術事項の技術分野は完全に一致しないと判断した。そして、上記規範に基づき、主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて、相応の動機付けが必要であると判断した。
そして、上記「第2」では割愛したが、動機付けの有無の判断については、主引用発明と副引用発明は共通する課題があるとは認められないとして、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けはないと判断した。
以上のように、本件は、進歩性における動機付けの判断の具体的な規範やそのあてはめが実務上参考になる事案である。
以上
弁護士 山崎 臨在