【令和3年11月29日(知財高裁 令和2年(ネ)10029号)】

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「セルロース粉末」とする特許(特許第5110757号。請求項の数16。以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である控訴人が,被控訴人による原判決別紙物件目録記載の各製品(以下「被告各製品」と総称し,同目録1記載の製品を「被告製品1」,同目録2記載の製品を「被告製品2」という。)の製造及び販売,原判決別紙方法目録記載の方法(以下「被告方法」という。)を使用した被告各製品の製造等が本件特許権の侵害に該当する旨主張して,被控訴人に対し,本件特許権侵害の不法行為による損害賠償請求等した事案である。

【キーワード】
特許法第102条3項,損害額

【争点】

 本件では,文言侵害の成否,無効の抗弁の成否,差止請求等の可否,損害額など多岐にわたる争点があるが,本稿では,損害額について検討する。

【裁判所の判断】

争点6(控訴人の損害額)について

  • 特許法102条3項に基づく実施料相当額の損害額

ア 前記2(4)認定のとおり,被告製品1は,本件発明1及び2の技術的範囲に属するから,被控訴人による被告製品1の製造及び販売は,本件発明1及び2に係る本件特許権の侵害行為に該当する。

そして,被控訴人には,少なくとも過失があったものと認められるから(特許法103条),被控訴人は,控訴人に対し,上記侵害行為による損害賠償責任を負う

イ 平成27年12月から令和元年10月31日までの期間の被告製品1の売上高が●●●●●●●●●円であること,同年11月1日から令和3年6月28日までの期間の被告製品1の売上高が●●●●●●●●●円であること(合計●●●●●●●●●円)は,争いがない。

ウ(ア) 本件報告書(株式会社帝国データバンク作成の「平成21年度特許庁財産制度問題調査研究報告書 知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~」)の表Ⅲ-10には,「技術分野別ロイヤルティ料率(国内アンケート調査)」のアンケート結果(調査実施期間2009年11月5日~2010年2月15日)として,産業分野を「化学」とする特許の「ロイヤルティ料率」について5.3%と記載され,表Ⅲ-12には,産業分野を「化学」とする特許の「司法決定によるロイヤルティ料率」(日本司法決定・1997年~2008年)について平均値6.1%,最大値20%,最小値0.3%(件数5件)と記載されている。

(イ) 本件発明1の技術的意義は,医薬用途等において活性成分の錠剤化に圧縮成形用賦形剤として使用されるセルロース粉末は,成形性,崩壊性及び流動性のいずれもが高いレベルで満足するものが望ましいが,成形性と崩壊性及び流動性とは相反する性質であるため,従来のセルロース粉末では,成形性,流動性,崩壊性の諸性質をバランス良く併せ持つものは知られていなかったという問題があったことから,本件発明1は,成形性,流動性,崩壊性の諸機能をバランスよく併せ持つセルロース粉末を提供することを課題とし,その課題を解決するための手段として,セルロース粉末の粉体物性である「平均重合度」,「粒子の平均L/D(長径短径比)」,「平均粒子径」,「見掛け比容積」,「見掛けタッピング比容積」,「安息角」及び「平均重合度とレベルオフ重合度との差分」を特定の数値範囲に制御する構成を採用することにより,全体として成形性,流動性,崩壊性の諸性質をバランスよく併せ持つという効果を奏するものとしたことにある(前記6⑵)。

控訴人は,本件発明1の実施品として,食品添加物用途の結晶セルロース製品「セオラス ST-02」(甲5),医療薬品用添加剤の結晶セルロース製品「セオラスKG-802」(甲59,乙66の1,2)を製造及び販売している(甲60)。

  また,控訴人は,平成26年度九州地方発明表彰(宮崎県発明協会)において,本件特許について「高成形性結晶セルロース」の発明として文部科学大臣発明奨励賞を受賞した(甲54)。上記表彰の紹介記事には,「本発明は,医薬品錠剤等の圧縮成形用賦形剤として,最高レベルの成形性を有し,打錠機への均一充填に必要な優れた流動性を有し,かつ服用後の速やかな薬効発現に必要な崩壊性にも優れるセルロース粉末である。」と記載されている。

  控訴人は,本件特許を自己実施し,第三者にライセンスをしないライセンスポリシーを採用している(甲4,弁論の全趣旨)。

(ウ)a 被控訴人作成の被告各製品に係る「微結晶セルロース NPミクロース《錠剤賦型剤用途》」と題するパンフレット(甲3の1)には,「NPミクロースは硬度・摩損度に優れ直打し難い素材の製造に適しています。」,「NPミクロース W-200M,400Mは,他社セルロースより硬度・摩損度が優れており錠剤に強度を付与させることが出来ます。」との記載がある。

被控訴人は,被告製品1を食品添加物用途の結晶セルロース製品として販売している(乙3の2,弁論の全趣旨)。

b この点に関し被控訴人は,被告製品1は,成形性と崩壊性がバランしておらず(乙62),本件発明1及び2の作用効果である「流動性・成形性・崩壊性のバランス」を備えるものではないし,また,実際の取引においても,被告製品1は,成形性と崩壊性をバランスしていないことを明らかにして販売している旨主張する。

しかしながら,被控訴人が挙げる乙62のパンフレットには,被告製品1には「崩壊性(分)」欄に「43」との記載があるのに対し,他社品AないしEの「崩壊性(分)」欄には「1」又は「2」との記載があり,被告製品1の崩壊時間が他社品AないしEよりも長くなっていることが示されているが,本件発明1の技術的意義は,セルロース粉末の粉体物性(「平均重合度」,「粒子の平均L/D(長径短径比)」,「平均粒子径」,「見掛け比容積」,「見掛けタッピング比容積」,「安息角」及び「平均重合度とレベルオフ重合度との差分」)を特定の数値範囲に制御する構成を採用することにより,全体として成形性,流動性,崩壊性の諸性質をバランスよく併せ持つという効果を奏する点にあり,成形性,流動性及び崩壊性を示す個別の指標のすべてにおいて従来のセルロース粉末よりも優れているものでなければ上記効果を奏しないというものではない。

  したがって,乙62のパンフレットにおいて被告製品1の崩壊時間が他社品AないしEよりも長くなっていることが示されているからといって,被告製品1が本件発明1及び2の作用効果を奏しないとはいえないから,被控訴人の上記主張は採用することができない。

(エ) 以上によれば,本件報告書には,「技術分野別ロイヤルティ料率(国内アンケート調査)」のアンケート結果による産業分野を「化学」とする特許の「ロイヤルティ料率」は5.3%,産業分野を「化学」とする特許の「司法決定によるロイヤルティ料率」は平均値6.1%,最大値20%,最小値0.3%(件数5件)と記載されていること,被告製品1と控訴人の結晶セルロース粉末製品(「セオラス ST-02」)は市場において競合していること,本件発明1の技術的意義,控訴人が本件特許について「高成形性結晶セルロース」の発明として文部科学大臣発明奨励賞を受賞していること,控訴人は,本件特許を自己実施し,第三者にライセンスをしないライセンスポリシーを採用していることなど本件に現れた諸事情を総合考慮すると,控訴人の特許法102条3項に基づく実施料相当額の損害額は,被告製品1の売上高に●%を乗じた額(消費税相当分を含む。)と認めるのが相当である。

  そうすると,被告製品1の販売に係る控訴人の特許法102条3項に基づく実施料相当額の損害額は,●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●●●●●●)となる(このうち,平成7年12月から令和元年10月31日までの分は●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●●●●●●)となる。)。

【検討】

 本件は,本件における諸事情を総合考慮して,特許法102条3項に基づく実施料相当額の損害額を算出した事案である。

 ところで,特許法102条3項の額の算定方法については,知財高判令和元年6月7日・平成30年(ネ)第10063号が「実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。」と一般的な判断を示している。①から④に「…営業方針等」とあることから,考慮する諸事情としては,①から④に挙げられている以外の事情も考えられる。

 本件では,報告書に記載のロイヤリティ料率が上記①に,被告製品と控訴人製品が市場で競合していることが上記④に該当する。また,本件発明1の技術的意義は,上記②に該当するように思われる。一方,本件特許について文部科学大臣発明奨励賞を受賞していること,控訴人が本件特許を実施していること,第三者にライセンスをしないライセンスポリシーを採用していることについては,上記①から④のいずれにも該当しないように思われる(賞の受賞は,上記②の特許発明の重要性を基礎づける一事情と位置付けることも可能なように思われる)が,その他の事情として考慮されたと考えられる。

 本判決は,特許法102条3項の損額額を算出するにあたり考慮される事情について判断した事例判例ではあるものの,今後の事例の参考になり得ることから紹介した。

以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順